第3話
「お呼びですか?クマノヴィッツ様」
彼女はつむじ風と共に突然目の前に姿を見せる。
「…」
175cm53kg、きめ細かい白色の肌、プラチナブロンドの長髪、青く澄んだ目、通った鼻、小ぶりな口、細い首、控えめな胸、細い腕、手入れの行き届いた手先、細い腰回り、ほんの少し大きな尻、長く細い脚…ああ、間違いない。正しく俺のある種の欲望が形作られた存在だ。
おまけに装備も狩人の服(上)(下)、鷹の爪ネックレス、骨弓ときた。
「あの…クマノヴィッツ様?」
しかもこんな綺麗な声で話すんだ。【龍の剣】ではキャラクターのボイスってなかったし…従者と会話するコマンドも少ない。なんか感動だぁ。
「クマノヴィッツ様!どうかされましたか?」
「え…あぁ…えっと…」
いかん、感動している場合じゃない。いやでも、美人だなぁ。うん、さすがは俺だ。
「何なりとご命令を」
さて、目の前にいるのは我が従者ベアリアさんなのだが、そもそも従者はストーリーに全く関係ない。本当にソロプレイヤー用の戦闘補助NPCで、冒険者と従者の関係について説明もなかった。つまりいざこう相対すると、どう接するべきかわからない。
従者という肩書きだし、ベアリアさんも俺のこと「クマノヴィッツ様」と呼んでるし、多分命令してもいいのだろう。
試しに1つ聞いてみよう。
「ここはどこかわかりますか?」
「ここ、ですか?」
うわっ、聞き返してくるなんてやっぱりこれゲームじゃないんだ!
俺はベアリアさんがゲーム内では絶対に見せない困った顔を見て、やはりこれは現実であり、ゲームではないことを確信する。
そんな俺を前にベアリアさんは頭を下げてきた。
「申し訳ありません。私にもわかりません」
「え、マジ…ですか。じゃあ、メニュー画面の開き方ってわかります?」
「申し訳ありません」
「バッグを開く方法って…」
「申し訳ありません。何のことか」
…あれ?従者は何も知らないということか?じゃあ、あの命令ならばどうだろうか。
「下級回復薬を出してください」
従者には自分のアイテムを渡すことができ、戦闘時に従者がそのアイテムを使ったり、こちらのコマンド入力で使わせたりすることが可能だ。
俺の命令にベアリアさんは笑顔で腰につけられたポーチを探り始める。彼女が俺の知っている従者なら下級回復薬を持っているはずだ。なぜなら、戦士として前で戦う俺を後方で支援させるため、常に5個以上は下級回復薬を持たせるようにしてあるからだ。
「それならあるはずです。クマノヴィッツ様は私に常に5個以上お渡しになりますから」
「そうだよね。うんうん」
ほら、ベアリアさんもわかってるじゃないですか。
「少しお待ちを…あれ?」
「ん?」
待て待て待て待て…嘘だろ?
最初は笑顔でポーチを開いたベアリアさんの顔がどんどん暗くなっていく。
「そんな…どうして?ありえない…」
最終的にベアリアさんは顔を真っ青にして俺を見てくる。正直、魔物に倒された時に苦しそうな顔をする以外は基本的に微笑んでる印象があるこの従者が顔を真っ青にしているということにも驚いたが…
「今まで渡されたアイテム類が見つかりません」
「…下級回復薬も?」
「はい」
「攻撃強化剤も?」
「はい」
「火炎瓶も?」
「はい」
まさか従者もアイテムが使えないというのか。
「あの、一旦戻っていいですか?」
ベアリアさんもどうやら事態の異常性に気がついたらしい。しかし、彼女をここから消す方法は1つしかなく…
「実は従者呼びの笛が砕けて使えなくなった」
もう1度あの笛を吹く必要があった。それも今となっては無理な話だ。
そのことを説明すると、とうとうベアリアさんもその場でへたり込んでしまった。
「一体何が…どういう…」
「だよな」
俺もベアリアさんの前にしゃがみ込むと、不意にある可能性が浮上する。
「ここ、龍の剣の世界、オルタードラゴニアじゃない世界かもしれない」
ゲームのNPCですらゲームに存在するシステムが使えないとなると…俺はクマノヴィッツになっただけでなく…
「それって異世界転移ということですか?」
おお、それよそれ。もっと言えば、クマノヴィッツに転生しつつ、クマノヴィッツがいる世界じゃない世界に転移したということだ。
「かもしれない。とりあえず動こうか」
結局、わかったことは1つだけだ。
「どこまでもお供します」
ウチの従者は本当に…いい。