第2話
目覚めると森の中だった…って言って信じてくれる人はいるのだろうか。
「…ん?」
いや、俺自身信じたくない。
「夢…じゃないよな」
夢だと認識できる夢は稀だ。そもそも木の香りがめちゃくちゃ鮮明だし、草の上で寝ていた影響か、微妙に後頭部が濡れてる。というか…俺、そんなに髪の毛長くないはずなんだけど。いや、髪質もこんなにサラサラしてないと思う。
「何これ」
周囲を見回すと、緑あふれる森の開けた場所で寝ていたようだ。自慢じゃないが、近所にある森といえばコンクリートジャングルよろしくなオフィス街くらいのもので、常識的に考えられるとしたら拉致られて捨てられたということだけ。そう、常識的に考えれば。
問題は俺の服装だろう。
「コスプレ趣味はないんだけど」
見覚えがある。服の名前はそう…疾風のコートだ。攻撃を喰らわなければ死なないというコンセプトの元、素早さを上げようとして防具屋で購入した素早さがほんの少し上がる灰色の薄手コート。防御力は極めて低い。
「うん…ゲームの話だろう?」
素早さをわずかに上げるアクセサリーこと羽のネックレスまでついてるよ。じゃあ靴やズボンも…
「そよ風ブーツに旅人の服(下)…」
まさか…いや、そんなはずはない。
俺は立ち上がると、いつもより明らかに高い目線に立ちくらみ、よろけた勢いで踵が何かを踏む。何を踏んだかは見なくてもわかってしまうあたりで確信せざるを得ない。
「旅人の剣と守護天使の盾」
なるほどなるほど。つまり俺はあれか。
「クマノヴィッツか…」
ゲームのキャラクターになってしまったということか。確かこういうのを何と言ったか…
「いや、それよりここどこよ?」
ゲームの世界と同じなら、地図…というかメニュー画面で【始まりの森】とか【王都スイームシア】とか現在地が表示されるはずなのだが…
「メニュー画面ってどうやって出すの?」
【龍の剣】ではバッグを開くにしろ、どこかにテレポートするにしろ、スキルポイントを割り振るにしろ…全部メニュー画面から操作をしなければならない。当然ログアウトもだ。
「メニュー!メニュー画面オープン!メーニューオープン!開けゴマ!オープン!」
もしかしてどこかに操作端末でもあるのか?
「いや、何にもないんだけど…」
体力がなくなってもアイテムを取り出せない。金は…どうしてたかな。
俺は慌てて自分の所持品を探るも、コートのポケットにもズボンのポケットにも何も出てこなかった。
案外コスプレだけされて山に捨てられ…ありえないか。
空を見上げると晴天。多分昼時だ。これから太陽が沈んでいくに違いない。そうなると…暗くなる前に人と出会わなければ、割と危険かもしれない。
「どこに進めばいい?」
周囲は針葉樹ばかり。
「あれ、やってみるか」
もしここがゲームの世界で、俺がクマノヴィッツだというのなら、おそらく可能だ。
俺は近くの木に近づいて、その下に剣と盾を置く。そして木に抱きつくと、全身に力を入れる。
「木登りじゃ!」
ゲーム内ではキャラクターが木に登ったり、崖を登ったり、登る機能について充実していた。どんな初心者キャラでもこの登りアクションだけは平等に可能だったのだが…
「え…待って…え…」
木に抱きついて上によじ登ろうとしても動けない。
「くそったれ」
諦めて適当な方向に真っ直ぐ歩くか。
そう思って剣と盾を拾う。
クマノヴィッツは確か…右手で剣を持ってたな。利き手に武器を持てばいいのか?じゃあ、鞘に収まってる時は左手に持っていたらいいのか。守護天使の盾は円盾だから左手で…いや、塞がってるし。あ、左にホルダーがあるから腰に据えれるわ。すっげぇの。じゃあ盾は左手で持つんだな…って…
「何これ?」
盾の持ち手部分に何かが巻きついている。俺はそれを解くと、右手でそれを目の前まで運んで観察する。
「笛、だよな?」
巻きついていたのは紐で、その紐には笛がついていた。しかもかなり使い込まれてボロボロな石でできたホイッスル。見覚えは……あるな。
吹いても大丈夫だよな。
いや、それ以外に選択肢はない。
俺は恐る恐るホイッスルを咥え、力強く吹き鳴らす。すると…ホイッスルにヒビが入って粉々に砕けた。
「は?え?ペッ!口に入った!ペッ!プッ!」
ていうか、俺の知ってる笛なら壊れないはずなんだけど…
「お呼びですか?クマノヴィッツ様」
だってこれ、従者を呼ぶ時に使う必須アイテム【従者呼びの笛】なんだぜ?




