第17話
「クマノヴィッツ様!」
その声に気づくとベアリアが駆け寄ってくる。
おぉ、戻ってきたのか。
しかしベアリアは俺の目の前まで来ると、すぐさま深々と頭を下げてきた。
「申し訳ありません。私が勝手に動いたばかりに…」
本当にその通りだが、予期せぬ収穫があったのもまた事実。
「なぁベアリア、オートモードって知ってるか?」
念のため聞いてみる。するとベアリアは顔だけを上げて首を横に振った。
「武技の名でしょうか?」
「知らないならいい。もう頭を上げてくれ。まだ終わりじゃないだろ」
「はい」
知らないのなら、タロニッツのことも含めて黙っておくか。
俺は周囲に転がるオークの死体が本当に死んでいるかを確認する。オートモードの俺がやったとはいえ、見事にオークの頭を潰していた。オーク将軍も確実に首を落とされている。
「両手に握り斧って…二刀流スタイルは短剣使いだけの特権で、ゲームじゃありえなかったけど、そういう仕様なのか」
幸い、俺には怪我がない。コートは物凄い量の返り血を浴びていて、鉄臭さが鼻につくも…やはりクマノヴィッツとして調整された俺の精神にはさして影響を与えていない。尤も、グロいとか気持ち悪いとか思わないわけではなく、あくまでそれが俺の判断を鈍らせたりすることはないということだ。実に都合がいい。
「さて」
俺はオークの死体や血だまりを可能な限り踏まないように飛び越えて、腰を抜かしていた彼女の元に向かう。
「君がミッヒラで間違いないか?」
オーク将軍に食べられそうになっていた女性。その顔立ちはどこかあの少年に近いものを感じる。
「は…はい」
こちらも怪我はない。ひとまずは安心だな。
「弟を逃がすために囮となる心の強さには心から尊敬する。俺はヤックムに泣きつかれて助けにきた者だ」
「ヤックムが…!生きてるんですか!」
「村長宅に避難した人達は無事だ」
「良かった…」
ミッヒラはその場で泣き始めた。その一方でベアリアがオークの死体の中から檻の鍵を見つけ出し、捕らわれていた人々を解放する。出てきた人々も目前に迫っていた恐怖から解放され、ほとんどの人が涙ながらにベアリアに感謝を述べていた。
「私は何も…クマノヴィッツ様のおかげです」
俺自身、何もやっていないから…褒められても困る。これから剣の稽古なり、自分で戦闘経験を積んでいかなければ…
「な、長居は無用。シンシア!」
素直に胸を張れない俺は慌てて遠くに待機しているシンシアを呼ぶ。早々にカリカリオ村まで戻り、多少の報酬金を貰って退散するべきだ。これ以上…今の俺には荷が重い。
「皆…良かった。良かったよぉ…」
駆けてきたシンシアまで泣いている。俺はその…感動的な空気に涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えた。
「ベアリアさん、クマノヴィッツさん…本当にありがとうございます!」
参ったな。
「そういうのは後でいいさ。この血の匂いに釣られてぼっちウルフが集まってくるかもしれないし、すぐに村まで戻った方がいい」
「ぼっちウルフ…?」
「ああ、ロンリ狼な」
かくして俺達は誰1人として欠けることなく、大筋の人命救助には成功した。しかし村の男衆が全滅した今、彼女達を待ち構えているのは俺では想像もできないほどの過酷な生活だろう。それでも人間は助けようと、生きようとする生き物なのかもしれない。
まぁ、助かったから良かったが、本音を言えば…俺の飛び出さないという判断は間違っていなかったと今でも思う。俺達は偵察に徹するべきだった。タロニッツがオートモードを使ってくれなければ全滅していたのだから。俺達が全滅したら誰が偵察をし、情報の整理をするんだ。救援隊による迅速な救出活動にも差し障りが生ずるに違いない。
じゃあ…俺の目の前で泣くミッヒラを見殺しにしろと言いたいのか…?
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「立てる?手を貸そうか?」
多分、今の俺は同じ場面なら何度でもミッヒラを見捨てる。助けられない命だって確かにあるのだ。
「とりあえず…鍛えるか」
もうこんなことには巻き込まれたくないが、オートモードのような力さえあれば助けられた事実がある以上…強くなるに越したことはないのだろう。