第15話
「ーーたまえ、起きたまえ」
目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった。
「やっと起きたか。後ろだ。うーしーろ」
俺は背中を叩かれたので、ゆっくりと重たい身体を動かして振り返る。
「やぁ」
そこにいたのは白髪の青年だった。
「誰ですか?」
俺が立ち上がると、彼の身長が俺より低いことがわかり、おそらくベアリアよりも低いのではないだろうか。
彼は俺の問いに対して、メンズファッション誌の表紙を飾れそうな爽やかさがある笑みをして見上げてくる。
「僕かい?僕はそうだな…神のような者だね。タロニッツと呼んでくれ」
「…ような?」
「うん。ようなような」
よくわからない答えだな。でもあれか、俺の転生の件には関わっていそうな感じがする。神…のような存在らしいし。
「えーっと…それで何かご用で?」
タロニッツは俺に背を向けて歩き出すと、後ろ手に手招きしてくる。仕方なくついて行けば、タロニッツは上機嫌に鼻を鳴らして、背中越しに俺の方を見てウインクを送ってきた。
「君の名は・・・・・だね?」
タロニッツが口にした名は間違いなく俺の両親が付けてくれた名だった。やはり神様なのか。
「んな…ぜそれを」
「そんなことより、今はもっと気になることはないのかい?」
…今、そんなことっつったか?そんなことより、だと?
俺が死にかけているというのに、そんなことと片付けるとは一体…………いや、そうだな。今は転生云々よりも気になることがある。落ち着け。
「俺はまた死んだのか?」
確か俺はオークの群れがミッヒラを食べようとしていたのを目撃し、俺の制止を振り切ったベアリアを見て…身体が勝手に動き出したんだ。記憶の最後には「オートモード」という単語を口にしていたが…
「見る?」
「見る?…見る」
タロニッツが何もない空間の何もない場所で立ち止まって、右手を広げて前に出す。
「【神の目】発動」
「神の目?」
「かっこいい?」
「いや、そんなに…」
「えぇ…?」
タロニッツの右手の人差し指を中心にそこそこ大きなモニターが出現すると、そこにはゾンビ映画よろしくと言わんばかりに迫り来るオーク達を握り斧でぶっ倒していく映像が映し出された。
「これ、今の君視点」
タロニッツはそう言って俺の肩を叩く。
「ゲームの頃のレベルを考えたら、全然これだけ戦えるよね。君は武技とか魔法の使い方をあまり理解していなかったみたいだけど。クマノヴィッツはそうでもないということさ」
あれが…クマノヴィッツ。
それを見て俺は瞬時にあることを思い出す。
「そうか。だからオートモード…」
【龍の剣】にはオ-トモードという機能がある。これは自分のキャラクターを自分で操作することなく、自動で魔物等と戦う機能だ。俺みたいに戦闘が苦手な人や同じ魔物が落とす素材を大量に集めなければならない人などに重宝される機能だった。ただ実際のところは、自動操作は非効率的な戦いしかしないため、自分で操作した方が強かったりする…はずだったのだが…
「まさかオートモードがここまで強いとは…」
普通にオークの攻撃とかも避けてるし、どこの殺陣師だよってくらい華麗に動いている。
「まぁゲーム仕様と現実仕様の違いだね」
「なるほど。メニュー画面が開けなかったのも、そういう仕様なのか?」
「現実でステータスが数値化されてたら…気持ち悪くないかい?ただ数字で殴り合うだけの、何の可能性も感じない世界は僕の望むところじゃない。僕は神だから、奇跡の力は信じてやまないのさ」
オートモードが想像以上に強い以上、ひとまずは安心するべきだ。そして、やはり重要なのはそっちじゃない。
「タロニッツ、なぜ俺なんだ?」
今は転生について聞けることを聞いた方がいい。
そう思っていると、タロニッツはオーク将軍すら難なく倒している映像が流れるモニターを消し、含みのある笑みを見せる。
「俺は正直…強くない。見ていたのなら、わかるだろう?」
「ああ、僕も呼ぶなら君の友人を呼んだ方がいいと思っているよ」
僕も思っている、と。つまり何か?直接関与はしていないのか?
「じゃあ俺に何をさせるつもりだ」
「特に何も。好きに生きるがいいさ」
「は?」
ダメだ。よくわからない。
「タロニッツ」
「うん、クマノヴィッツ」
ここは一旦…
「「落ち着いて話がしたい」」
なぜか俺の言葉が読まれた。そして得意げに笑うタロニッツは右手の指を鳴らして、俺に前を向くように促してくる。
「もともとそのつもりだよ。さぁ、行こうか」
聞くが早いか、見るが早いか、感じるが早いか…突然の強風を正面から受ける。
「ちょ…風だと!?」
さっきまではどこまでも続く真っ白な世界だったはずだ。風も吹いていなかった。なのにどうして…
「これが神の力か」
「これが神の力だ」
「さすがだな」
「さすがでしょ」
目の前に広がっていたのは…青い空と浮島のように点在する白い雲。真っ白な世界もあと1mほど残して大地が消えた。これは正しく上空ということになるのだろう。
「雰囲気を出すために雲の上で話そう」
「雰囲気て」
上から俺の部屋と同じくらいの広さがある雲が降りてくる。それに乗ったタロニッツは俺に手を差し伸ばしてきた。
「なぁ?先に1ついいか?」
俺は思わず苦笑しながらタロニッツの手を取って、僅かに沈むがしっかりとした足場だった雲の上に乗り込む。
「俺が高所恐怖症だと知っていての雰囲気作りか?」
タロニッツはただ爽やかに笑った。
「さぁ?神のみぞ知る秘密かな?」




