第14話
「ーー以上が私の考えた作戦です」
ベアリアの提案を簡潔に言うと「自分がオークを撹乱するから、そのうちに助け出してください」ということだ。確かにベアリアの足ならオークを引きつけることは可能であり、俺の木を切り倒した剛撃なら木の檻の破壊も可能だろう。
事実、俺も同じことを考えていた。
「そんなこと可能なんですか?」
シンシアは目を輝かせるが…
「無理だろう。32匹全員を引きつけなければ、捕まってる人全員を助けることはできない。絶対に逃げ遅れが出る」
ベアリアの弓1つでオークの群れをどうこうできたら楽な話だ。しかしこれもゲームとは違い、オークも自我を持って動いているはず。となると、絶対に檻や木箱に少なくとも数匹残る。俺が奇襲を仕掛けたところで、すぐこちらの狙いがバレる。
「オーク将軍もいる。最悪、ただ刺激するだけとなって、彼女達が人質に使われたら…助けられる命も助けられなくなる」
「ですがクマノヴィッツ様…!」
「ここは落ち着いて偵察に徹するべきだ」
そうだ。俺の判断が最も正しい。成功する可能性と失敗する可能性を天秤にかけた時、どちらが重いかなど、失敗して彼女達を無駄に死なせてしまう方が重いに決まっている。だから俺は…
しかし、俺がベアリアとシンシアに背を向けて、オークの群れの様子を伺おうとした瞬間だった。
「「きゃぁぁあああああああああああぁぁあ!」」
突然森に響いた悲鳴。それはベアリアのものでも、シンシアのものでもなく、遠くから聞こえてきた。
「は?」
遠くからでもわかる。オーク達が中央に集まり始めていた。移動でも始めるのだろうか。
「やめて!誰か!助けてぇぇえええ!」
にしては…何か雰囲気が違う。
「いや!いや!いやぁぁあああああ!」
移動を始めるだけで発狂するなら、追跡中にも聞こえてきたはずだ。ここにきて初めて悲鳴を聞いたとなると…少し様子がおかしいのではないか?
「ベアリア、距離を詰めるぞ。シンシアは待機だ」
俺は言うが早いか木の陰から飛び出して、木々を転々としながら距離を詰めていく。ベアリアも俺とは別のルートで距離を詰めていたが、その顔には明らかな焦燥が見て取れた。
そして50mほど距離を詰めたところで、いよいよ何が起きているのかが判明する。
「ミッヒラ!ミッヒラぁぁ!」
「やめて!離して!」
オークの野郎…ここで味見をするつもりだ。
中央に群がったオーク達のデカい図体が邪魔をして檻を直接確認することができなかったが、複数の女性の叫び声を聞いただけでも何が起きているかは想像できる。
「いやいやいや!誰か助けて!いやぁ!」
残り25m…これ以上近づけば、さすがに危険な気がする。ベアリアもそれ以上は近づかず、俺の真後ろに控えて身を震わせた。
「クマノヴィッツ様…」
「は?は?…は?」
オーク達から離れたところにいたオーク将軍達が笑いながら中央に近づく。
「痛い痛い痛い痛い痛い!やめてぇぇええええ!」
そこへ1匹のオークが1人の女性の髪を掴んで、オーク将軍達の前まで引きずってくる。
「ミッヒラ!ミッヒラァァ!」
中央から聞こえる叫び声から察するに…彼女が…
「ヤックム君のお姉さんです…!」
ベアリアが俺の腕にすがるようにして揺すってくる。
「クマノヴィッツ様!私にミッヒラさんを助けるよう命令を!どうか!どうか!」
しかし今飛び出して何になる。ここで敵のど真ん中に突撃しろと言うのか?
『どうした?戦いなよ?』
不意に誰かに囁かれた…気がした。
「誰だ!」
咄嗟に振り向くと、見ているこっちも心苦しくなるような顔をしたベアリアが見つめているだけで、その声の主は姿を見せない。
「クマノヴィッツ様…!く、ぁぁ…」
無理だ。でも…このままだとミッヒラが喰われる。
ーーお姉ちゃん…助けてくれるの?ーー
「うあああああぁぁぁぁぁぁああああああ!」
叫んだのは…ベアリアだった。
「よせ!ベアリア!」
俺は慌ててベアリアの肩を掴もうとするが、その時にはベアリアはもう…俺より前に飛び出して骨弓を構えていた。
『あらら、どうするんだい?』
ベアリアが放った1本目の矢はミッヒラを引きずっていたオークの頭を貫き、2本目も奇襲を受けた1匹のオーク将軍の頭を貫く。そして3本目を射ようとしたところで、オーク達が動き始める。
ダメだ。死ぬ。
『おや、諦めるのかい?』
もうどうしようもない。
『本当に?』
じゃあ…
「どうしろと言うんだ!」
ベアリアが迫り来るオーク達に矢を放つ。しかし、別のオーク将軍が腰を抜かして動けないミッヒラの右腕を掴み上げる。
『ふふん、ここは1つ、助けてあげましょう』
「なんだ!?」
俺の身体が意思に反して木から飛び出す。
『仕方がありません。これは貸しにしておきましょう』
俺の右手がベアリアの左肩を捕まえ、そのまま後ろに投げ飛ばす。そしてなぜか左手に持っていた守護天使の盾を捨て、リュックの中から2本のオークのハンドアックスを抜き出した。
「オートモード、オン」
勝手に動き出した俺の身体は迫り来るオーク達の前で仁王立ちをして…笑った。




