第1話
友達に誘われてMMORPGってやつをやり始めた。
ゲームタイトルは【龍の剣】。一応ストーリーでは龍の剣なるめちゃくちゃ強い剣を探す冒険者の話だったはず。剣と魔法のわかりやすいファンタジーな世界観が初めてMMORPGに触れる俺には親しみやすかった。元々、据え置きや携帯型のゲーム機で名作RPGとかはやってたし、プレー自体に問題もなかった。
ただ、課金をすればするほど強くなる、ソシャゲ的な側面が俺の中では少し引っかかった。形ないものに金を出すのか、という考えが頭をよぎり、結局…無課金のまま難易度の低いダンジョンやモンスターばかり相手にしていた。たまに重課金者の友達に寄生して高難度に挑戦したが、まぁ強くもなく弱くもないそこらにいる中級プレイヤーだ。
「ふぅ…で、どうするかな」
高校2年の時に何となく始め、3年になると受験勉強でログイン勢になった。そして志望していた大学に合格すると、一緒に遊んでいた重課金者の友達とは疎遠になっていた。さらにゲームに使っていたノートパソコンが古くなったため、廃棄を検討することとなった。
【龍の剣】から手を引くにはいいタイミングかもしれない。そう思って現在…卒業式を終えた3月に至る。
「敵のインフレについていけないしなぁ…」
ノートパソコンのディスプレイに表示された自分のキャラクターのステータスを見る。
クマノヴィッツ、人間、男、戦士、43レベル…
「うん、これは…ないな」
戦士って1番最初に選べる基本職だし、転職して騎士とか勇者みたいな上級職じゃないと、高難度では使えないからな。装備も…初期装備と無課金で揃えられる大して強くない装備の併用だ。イベント限定装備等も…ログインしてたら自然に貰える実用性のないものばかり。
そもそもアカウント消さなきゃ、IDとパスワードを覚えておけば、いつでもログインできるし。
「よし、ノーパソ廃棄決定。あとMMORPGは引退だな。つっても無課金ライトユーザーだから、運営もフレンドも痛くも痒くも無いわな」
俺は何となく他のメニューも開く。すると、あるページで自然と手が止まった。
【従者】ベアリア
従者とはソロプレイヤー用に準備されたNPCのことだ。自分のキャラを作るときに従者も作る。この従者はソロの時だけ連れて行けるキャラで、自分と従者のレベル差を見れば大体のソロ活動率がわかる。
ちなみにベアリアのレベルは42。本当にたまに友達とマルチをしていただけで、基本的にはずっとソロだったためだろう。
すごくどうでもいいが、クマノヴィッツのクマを英訳してベアーにし、ベアのついた名前にしようという天才的閃きがベアリアの由来である。当時、高校英語に挫折しかけていた時に「クマってベアーじゃね?」とか自慢にもならないのに得意げにしていたのも覚えている。
ただ、俺が手を止めた理由はそんなしょうもない理由じゃなく、ベアリア…彼女の姿だった。
「さすがに俺好みで作っただけはある。いや本当に」
キャラクターの外見を好きにいじられたので、思春期真っ盛りの高校生なら従者を異性にし、自分好みに作っても不思議じゃあるまい。
俺はその屈強なクマから名前を連想させたのが似合わないほどの美女をしばらく眺める。何度見ても自信がある作りだ。現実にこんな美女…いるにはいるだろうが、俺と会話したりすることはない。2次元様様だ。
「いや…俺、まだ3次元を諦めてねぇから」
ーー置いていかないでーー
「…オプションってどこだっけかなぁ」
最後に一応パスワードの変更をして、スマホのカメラで撮る。
面白いゲームだった。基本無料というPCゲームをやったことがないだけに、その滑らかなグラフィックと自由度の高いシステムには驚いた。社会人になって金を稼げたら、課金をしても悪くない、そう思える作品だったのは間違いない。
ログアウトをクリックして、俺はノートパソコンの初期化を始める。
「パソコンの処分の仕方ぁーっと…」
それを気に、俺の頭から彼女達は姿を消したが…ここで選択肢を間違わなければ、巻き込まれることもなかったのではないかと、これからずっと思うことになる。まぁ…知る由もないというわけだ。