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序開

 葉巻を噛んだまま溜息と一緒に唇の隙間から煙を吐き出すと、今まで読んでいた書類を机の上にぶん投げ、少しの間天井を仰ぐ。良い予感はしない。これは、凶事だ。恐らくは本当の戦いの始まり。

 始まるということは終わるということでもある。この三十年に渡る帝国の侵攻は保有している戦力に比してあまりにも生温いものだった。


 我々が戦場に介入してからはより一層積極性を無くし、ここ数年は小競り合いやにらみ合いといった状況が多くなっていた。マナの傘が届かない以上、こちらから攻め入ることも出来なかったが。

 咥えた物の先からゆらゆらと紫煙が登ってゆく。くるくると渦を巻いては、やがて溶けて見えなくなって。


 わたしは葉巻をわざと乱暴に灰皿へ押し付けると、水差しからグラスに水を注ぎ少しだけ口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。


 コツコツとドアがノックされた。そろそろ終わった頃か。


「ネーガーです」

「入れ」


 椅子から立ち上がり背後にある両開きの窓を内側に開く。髪を揺らす風はさっき放り投げた書類を飛ばすほどではなかった。飛んでしまえば良かったのにな。


「セリカ様――」

「その名で呼ぶな。まだ抜けないのか」

「……ノーレグ様、先の報告はお読みでしょうか」


 水を注いだグラスを持ち、窓の外に吊るしてある鉢植えに少しずつ水を与える。


「読んだ。が、それよりそっちが先だ」


 こっちは報告が楽しみだ。窓を閉めるとまた椅子に腰を落ち着けた。父の代から仕えてくれた初老の男が、紙に目を近付ける。そろそろこいつも目が見えなくなってきたか。わたしももう若くはないしな。


「まず、注目はクレナとレコウの二名ですな。このままいけば卒業後の属性序列上位は確実と言えます」


 その二人は小さい頃から片鱗を見せていた。良く成長してくれているようだ。ただし間に合うかどうか。


「それから、シュゼという者が今年唯一試験官に勝っております」


 奴か。オール七十のジャック。普通ではない。

 『どうやって』についてはおおよそ調べがついているが、『何故か』はわからんままだ。

 何れにしても戦場ではこの劇的な結果ほどは役に立たんだろう。今後の状況次第というところか。


「その他に戦闘で飛び抜けて目立った生徒はいませんが、平均して高水準であるとの報告です」

「リフェルはどうした」

「確か、ご友人の子女様で合ってましたかな」

「いいから言え」

「やはり様々な未熟さはありますが、魔法の才は本物とのことです」


 当然だな。あいつの娘だ。だからこそ異例の転入を認めた。他の者の子だったら、魔法の才が無かったら、いくら友人の子であっても引き受けたりはしない。不幸な子供にタダ飯を食わせてやる教会ではないのだ。この街は。


 ネーガーから羊皮紙の束を受け取りサインをしていくと、ある名前で手が止まった。

 チルハオリマ、結界術のみを使ってギリギリ合格か……。この子は昔から戦いを恐れている節があったが、ここらが限界だろうな。直に退学となるだろう。許せよ。

 そこにもサインをし、机の前でじっと待っていた男、ネーガーに手渡す。


「全員合格だ」

「はい。そのように」



 さて。……息を吐き先程ぶん投げた書類をまた集め、手の中で整える。面白くない話の始まりだ。約三十年前、アステリアが帝国を自称し始めた時からの争いの歴史、これが動く。

 その面白くもない紙切れに目を落とすと、よくよくと書かれた報告書の中程に『サウロペ王死去』の文言がある。

 自称帝国、アステリアの国王が死んだ。


「ネーガー、どう見る」

「信憑性は高いかと」


 同意見だ。この報告書は帝都に潜入させている複数の諜報員連名のサインになっている。最後の一枚、その右下には四日前の日付。転移陣を使った緊急の報せと言える。

 仮に諜報員が捕まり嘘の情報を流してきたとしても、この内容である意図が読めない。優秀なあいつらが、全員同時に捕まるようなマヌケを冒すとも考えにくい。――王の死去は本物。


「数日中には新たな王が即位するでしょうな」

「あの一人息子だろう。名は確か――」

「“グラード”だったかと」


 報告ではかなりのタカ派と評されていた。その割に民の支持は厚く、文武に秀でた優秀な男と聞く。今までの王、サウロペは戦争をふっかけておきながらどこか侵略を良しとしない思想が見えた。だがこいつは違う。戦争の激化は避けられないだろう。


 我々ウィズの魔法は強力だ。戦力たった数百人で何倍もの軍を相手に圧勝出来る。だがいくつかある問題はどうしようもなく弱点だ。


 一つにこちら側にも多数の兵による『壁』が必要だということ。

 主な戦場は地形の起伏に乏しい。一人が一撃で何十人を圧倒出来るとしても数で囲まれれば危ういだろう。そのため他国の軍と連携し壁になってもらい、その後ろから遠距離魔法で相手陣に打撃を与えるのがわたし達のやり方だ。


 問題のもう一つがマナの傘。魔法の源となるマナは世界樹から発散されている。マナの濃い地域であれば我々は無敵とも言えるが、帝国は幸か不幸かこの世界樹から地図で大陸上真向かい、最北の位置にある。

 奴らの本拠地に近付くにつれマナは薄くなり、帝都周辺ではほぼ攻撃魔法は使えない。そうなれば術士はただの人だ。守る力はあっても攻める力が無い。だからこその傭兵。否応無しの傭兵という手段。


 大森林を抜けて最短距離で真っ直ぐ攻め入れば水際まで迫れるが、あの魔の森には手を出せない。膠着だな。


 だが向こうから大戦力でもって来てくれるというならば文句はない。迎え撃ち、ひねり潰し、殲滅する。その為の力は持っている。その為の準備は出来ている。来るなら来い。犠牲は――厭わない。


「……わたしは地獄行きだな」

「そのようなことは。ノーレグ様は正しい行いをしておいでです」

「少し、休憩する」

「ではお茶をお持ちします」

「明日、この件につき会議を開く。後でそちらの準備も頼む」


 葉巻に火をつけ、吹かす。帝国の兵数は圧倒的だ。我々抜きの戦力で連合国が攻め込み勝てる見込みは薄い。

 向こうから来てくれるのならば好都合。そのはずなのだが。……どうも嫌な予感が拭えない。


 ネーガーが茶のセットを持って戻り、目の前で淹れ始める。嗅いだことのない焦げたような匂いが部屋に立ち込めた。なんだこれは。

 試しに口をつけると、舌の上に強烈な刺激が――。


「なんっ! 苦いぞコレ!」

「外国から取り寄せました。炒った豆から淹れた――」

「飲めるかこんなもの!」

「いい加減大人の味も楽しめませんと」


 わたしは男を睨みつけ眉間に思い切り皺を寄せながら、砂糖を二つ、おまけにもう一つ落とし、乱暴にかきまぜてからグイと煽った。

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