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試験3

 試験官の先輩と俺は無言のまま階段を上り、近くにある救護室へと向かった。見物人は何人かこちらに駆け寄る素振りは見せたが、遠巻きに見るだけで話しかけようとはしてこない。俺たちの雰囲気が――主に俺が――異様だからだろう。


 試験で先輩に勝った。大金星だ。なのに微塵も喜びを表さない俺は気味悪く見えたに違いない。

 カズだけは『お疲れ』なんて一言だけ挨拶して帰って行った。その表情はなんとも言えず、俺と同じ顔をしていたような気もする。


 救護室、いくつかベッドが並べられている一つでチマは完全に眠っている。リフェルは俺が入ると半身だけ起こして弱々しい笑顔をこちらに向けた。

 他にも何人か休んでいたが、この二人が比較的重症に見えた。どちらも魔力欠乏だから怪我ではないのだけれど。

 更に重症の先輩は脇腹の治療を受けながら、負けちゃったよなんて笑っていたが、どうにも俺は笑えない。


「おい、なんで落ち込んでんだ。もっと誇れ。俺に勝ったんだから」

「……いいんでしょうか」

「当然だろ。俺が始まる前に『なんかあっても恨むな』と言ったこと覚えてるか?」

「覚えています」

「だから俺も恨んでねえ。勝ったって言いふらせ。そしてもっと強くなれ。俺が笑われなくなるくらいにな」


 先輩が右手を差し出してくれる。俺も右手で固い握手を――。


「いっ――」


 いてぇ! 握り潰される!

 思わず膝をついたら、「はい一勝一敗」なんて笑っている。なんて人だよ、今スタイルアップ使ってやがった! でもそのお陰で、ようやく俺も笑えた。本当に今負けた気がする。全然悔しくはないけれど。


「シュゼさん! 手! 手!」


 うん? 手を見ても、握られ少し赤くなっているくらいで別に折れちゃいない。


「逆です! 逆!」


 左手を見る。……手の平が酷く焼けただれ、赤と白の肉に所々黒く焦げた皮が張り付いている。なんだこりゃ!

 ヘルフレイムを使った時か。確かにあれは密着して撃つもんじゃない。そういえばピリピリと痛んでいた気がする。

 まずい、気付いたら猛烈に痛くなってきた。でも目の前にはこれのせいでもっと大火傷を負った人がいる。我慢しなきゃ。



 左手の治療をして貰う。火傷は治りが遅い。全治二週間ほどらしい。リフェルが何やら驚いていたが、マナがあれば術士の怪我はこんなものだ。多分、きみも。

 蹴られた腹は打撲で済んだ。内臓がいくらか傷付いていたとしても、ほっとけば治る程度だと。

 辛い場合はここに泊まってもいいと言われたが、俺は帰ることにした。リフェルもなんとか歩けそうと言う。チマにどうするか訊くため起こすと、歩けないけど帰りたいと言う。俺に背負ってけってことかよ。




「シュゼさん、勝っちゃったんですね」


 もう肩をぶつけてくる元気は無いようだ。帰り道。後ろをとぼとぼ付いてきながら、疲れているような、悲しいような声色でリフェルが呟く。悔しい、というタイプではなさそうだけど。

 俺の左手には包帯がぐるぐる巻き、制服は汚れている。対してリフェルと背中のちびっ子は綺麗なものだ。

 なのになんで俺がチビを背負って先頭を歩いているんだ。と、魔法を使わない人が見れば思うだろう。


 俺は経験無いが、魔力欠乏は結構きついと聞く。酷い貧血のような状態がしばらく続く。こうなるまで力を出し切って頑張ったんだ。二人共――いや、みんな進級できるといいな。


「んー、シュゼェ……してぇ……」


 ただ、辛いと言っても背中で寝惚けるのはどうかと思う。手は今のところジクジク痛むだけ。腹の方が辛い。背中の重みが直に痛みに変わる。今度いじめてやろう。


 それにしても、なんというか、これはもしかしてなのだが、何かが背中に当たる。二つ。

 完全に子供を背負う感覚で担いで来てしまったが、そういえばこいつも一応女の子だったんだ。

 どうしよう。悪いことをしている気分になってきた。リフェルに代わって貰いたいが、あの様子では無理だろう。自分が歩くだけで精一杯という感じだ。どうしたらいい。リサ、見ているなら助けろ。


「シュゼェ――してぇ……」

「なんだよ耳元でうるさいな。今考えごと――」

「シュゼ、降ろして……吐きそう」

「は? 待て、まだ吐くな、吐くなよ!」



 うずくまるチマの背中をさすり、結局また罪の感触に悩みながら背負って女子寮まで送り、飯も食わずに自分の部屋まで帰ってきた時には日も落ちかけていた。

 疲れ果て、二段ベッドの下段――この世界唯一である自分の敷地――に倒れ込む。

 俺はこんなに面倒見の良い性格じゃない。こういうこと担当のクレナとレコウがいないせいだ。ベッドの上段は無人だった。どうせ居ても口利かないけどな。今日は世界樹に行くのも休みだ。このまま眠ろう……。



 部屋をノックする音で目を覚ます。疲れすぎていたせいか時間の感覚がおかしいが窓の外はまだ暗い。誰だよ、レコウか? 鍵なんか付いてすらいないぞ。


「あ、先輩今日はお疲れ様でした」


 なんだ、一つ下の後輩か。


「あの、外でクレナさんが待ってます。呼んで来てくれって頼まれまして」

「クレナ? ありがとう。今行く」


 一度部屋に戻り上着を取って廊下に出る。後輩くんはまだそこにいた。


「先輩、今日見てましたよ。凄かったっすねー勝っちゃうなんて」

「ん、うん。まぁ、その話は今度な」


 後輩は付いてこない。階段を下りる段になって、今のは少し冷たくあしらい過ぎただろうかと気になった。だがこれだけ疲れている日に寝ている所を起こされればこうもなる。

 しかもどうやら腹が減っている。晩飯は食っておくべきだった……。


 外は寒かったが、怪我で熱を持った体には心地よく感じられた。男子寮入り口前にある十段程の下り階段、その最下段付近にクレナは背中を向けて座っていた。

 近付くとこちらを見もせずに、スッと立ち上がり歩きだす。呼びつけておいて酷い態度だ、なんてこいつに向かって怒る度胸はないので仕方なく後を追う。


 しばらく進み、街の中央付近、地下への入り口があるその脇、石造りのベンチへこちらにクルリと向き直り座った。冷たい風が一瞬だけ強くふいて髪を乱す。

 周りの建物には壁に人工晶石の燭台が備え付けられ、淡い青色の光が等間隔で灰色の壁を照らしている。逆に、ベンチがある広場には明かりが少ない。クレナの表情が見えないが、どうやら楽しいお話をしましょうという雰囲気では無さそうだ。


 どう話を始めようか考えていると、クレナの影がベンチをペチペチと叩いた。座れと促しているらしい。いい加減喋れよ。二つ、訪ねながら右隣に座る。


「レコウはどうした? 死んだか?」

「魔力欠乏。救護室で寝てる」


 あいつがね。珍しいもんだ。


「みんな魔力の使い方下手くそなのよ。普通一戦で切れるとかないでしょ」


 そりゃ俺――は別として、皆実際に魔法を使う許可を貰ったばかりだし効率が悪いのは仕方ないだろう。おかしいのはお前だよ。俺が必死で覚えたところまで一瞬で追いつきやがって。


「レコウはアレ使わなかったのか」

「使ってないわね。理由は知らないけど、まだ無理なんじゃない」


 クレナが何やらごそごそと動き、パンを差し出してきた。

 たまにこいつは怖いくらいに気が利く。気が利いていない時はただ怖い。

 左手で受け取ろうとして、包帯まみれでまともに指の開閉も出来ないことを思い出し、右手に切り替える。


「チクんないでよ。それ、食堂から黙って持ってきたんだから」


 うんうんと頷き、水が無いから少しずつかじる。


「あたしもレコウも、本気でやったけど勝てなかった。勝つつもりでやったのに」

「……レコウはともかく、お前は仕方ないだろ。完全に遠距離型じゃどう考えても不利だ」


 包帯が巻かれた左手を軽く挙げて見せた。炎魔法は火力が強力なら強力なほど、接近されると使い方が難しい。


「それはっ! それはわかってるけど、なんか……ムカつく」


 なんかムカつくという理由で叩き起こして、呼び出して、盗んだパンを食わせている女がここにいた。

 あぁそうか、このパンは八つ当たりするけど許せという意味だったのか。


 俺は、どれだけこの試験のためだけの特訓をしてきたか、殆ど騙し討ちのような形で勝ったこと、それでも手加減されていたことを話してやった。


「だいたい知ってるだろ、俺の魔法適正。戦場じゃ役立たずだよ」

「じゃあ、なんで勝とうと思ったの?」

「え?」

「勝ちたいと思った理由よ。あんたらしくないじゃない」

「……試したかっただけだよ。自分の力を」

「本当にそれだけ?」


 そう、試したかっただけ。自分の中の真意に気付かない振りをして、それだけだと答えた。


「……ふーん。まぁ、いいわ。なんでも」


 それっきりクレナは黙り込んでしまった。

 地下へ向かう階段がある。広場の真ん中に置かれた不格好な小屋にしか見えないだろう扉の向こうに。雨ざらしで少し古くなった木の扉が風でキィキィと鳴いている。

 それだけ。他に音はなく、光はなく、二人で隣同士座りながら会話はなく、俺だけが黙々とパンをかじっている、異様な状況。気まずい。帰りたい。


「それ食べたらもう帰って寝なさい」


 ありがたい、俺の気持ちを察してくれたのか。と、一瞬感謝しそうになったが、元はと言えば自分で呼び出しておいてなんて言い草だこの女。将来結婚する旦那が大変そうだ。


「チマとリフェルは体大丈夫そうか?」

「あたしが戻った時にはもう寝てたわ」

「明日まで残りそうだな」

「あたしは?」

「ん? 何が?」

「あたしには大丈夫だったか聞かないの?」

「あー悪い。でも元気そうだし」


 なんか今日は拗ねてんなこいつ。パンも食い終わったし、これ以上機嫌を悪くしないうちにさっさと帰ろう。

 立ち上がり、別れの挨拶をして戻ろうとすると、背中に声をかけられた。


「服よこしなさい」

「お前は山賊かよ」

「違うわよ! 袖のとこ、破れてるから直してあげるって言ってんの」


 よく見ると左の手首のあたりがボロボロになっていた。繊維の無い部分が焦げたのか。この暗い中よく気付いたものだ。こんなのギハツに出せば直してくれるのだが、口答えすると怖いので素直に従っておく。

 寮まで戻り、中に入って着替えるのも面倒だったのでその場で制服の上だけ脱いで渡した。今度炎魔法でなるべく火傷しないコツを聞こう。


 部屋まで帰ってきてベッドに横になっても、一度起こされてしまったせいで中々寝付けない。さっきクレナに言われたことや、この間レコウに言われたことが頭の中で回っていた。

 どうして勝ちたいと思ったのか。

 人との間に壁を作る。

 そんなの、理由が無くちゃ駄目か? 理由を話さなきゃいけないことか? 俺の勝手じゃないか。お前たちには一番話したくないんだよ。たとえ悟られているとしても、口に出したくないんだよ。




 翌日学校で、中等部三年の全員進級が発表された。

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