試験2
昨日のこと。今日戦う順を先生から発表された後、すぐに俺は順番を最後に回してくれるよう頼んだ。
本来の最終試合の予定であった奴を一緒に連れて行くと、二人共即了承をくれた。先生にとっては順番などどうでもいいし、本来のトリからすれば目立つのは嫌だっただろう。
俺は最後がいい。そうでなければ駄目だ。――相手に怪我をさせる気満々なのだから。
リフェルとチマはまだ戻って来ない。大方どこか救護室にでもいるのだろう。
あれから何人かの戦いを経て、今やっている炎魔法使いが終わればいよいよ俺の番だ。少しだけ緊張してきたな。
「おい苦労人、頑張れよ」
俺の応援はこいつだけか……。見物人もまばらになってきた。そろそろ行くか。
「おー、お前で最後だな。使うならもってけ」
階段の手前には先生が待っていた。脇に置いてある木箱の中にはいくつかの武器。俺はその中からミスリルのショートソードを選び、ベルトで腰に固定する。ずしりとした重みがあった。初めて持った訳ではないが、金属の重みにはまだ慣れない。
俺たちウィズの術士は兵士のように鉄の鎧を着込んだりしない。一見するとただの変わった服に見えるこの制服、それから正式な戦闘服。どちらも世界樹の根から取った繊維を特殊な加工法で編み込んでいるらしい。
これらは身に着けている者の魔力と反応してとても頑丈になる。斬撃に対しては金属の防具と遜色ないほどに。
階段をゆっくり中程まで下りる。その更に下では同級生が二人、心配そうに今試験に挑んでいる者を見守っていた。
剣を抜いてみると刀身にはミスリル武器特有の魔法文字が刻まれている。唯一普通と違うのは刃が丁寧に潰され丸みを帯びていることだった。向こうが使っている剣もこうなっているのだろう。
そのままではただの脆い銀の剣。魔力を流すことで鋼鉄以上の金属へと変わる。一時的に手から離しても刀身に魔力が残っている間は強度が持続する魔術。
刃が無くともスタイルアップで強化された筋力で振るえば、俺の貧弱な手足を切り落とすくらい訳はない。制服も含め、気休めだな。
一つ深呼吸をし、リサに与えられた言葉を反芻する。
『戦う時は、冷静に、冷徹に。相手じゃなくて自分を含めた空間をよく見ること』
冷静に、冷徹に。あの声を頭のなかで繰り返す。不思議と心が落ち着き、視界が広がるような気がした。
さっきまで戦っていた生徒が、両脇を抱えられながら階段を上ってくる。
炎魔法のおかげか訓練所の床に降り積もっている砂は大部分が乾いていた。いよいよ俺の番、力試しの時間だ。
「お前で終わりだな。さぁ、やろう」
短く濃い茶色の髪に薄い顎髭。体格は当然俺より二回りは大きい。一見身体は細く見えるが、衣服の上からでもがっちりとした腕の筋肉が見て取れる。ビビるなよ~俺。
「先輩、一つお願いがあります」
「手加減してくれって話なら、適当にしてやるから心配すんな」
「逆です。本気でお願いします」
やにわに試験官の顔つきが変わり、薄い顎髭に指を這わせる。試される側が、本気でやれと言うなんて失礼な話なのはわかっている。でもそれが欲しいんだ。
力を込め、真っ直ぐに目を見返す。
「……わかった。と言いてえが、まずはお前がそれに値するのか力を見せろ」
「お願いします」
礼を交わす。互いにスタイルアップの術式を発動。溢れた黒い靄のような魔力が目で見てわかる。腰から剣を抜く。右手に感じる重み――よし、行く!
先手は俺、後ろに飛び退き、詠唱。
「フェイ・ミディ・ウィンドカッター!」
風の刃が右腕を狙い飛んで――剣で弾かれた。
反撃、真っ直ぐ来る。疾い! 目前、相手の体勢が沈む。
下段? 防御は――飛んで躱す!
今俺の足があった部分を風切音を鳴らして剣が通り過ぎる。
このまま空中から魔法をぶち込んでやる!
左手、無詠唱、ウィンドランス!!
圧縮した風の槍は剣で真横を薙がれ軌道を逸らされる。
くっ、これも防ぐか。落下地点に入られた。
相手が顔に剣を寄せ右足を下げる。突きが来る。
まともに合わせられれば突きは反応出来ない。タイミングをずらす!
この身体が射程に入る瞬間、風を纏いほんの僅か滞空時間を伸ばした。
突き――見える。剣で弾いた!
このまま着地と同時に切り上――。
……体が浮いた。背中が石壁に激突する。衝撃で呼吸が止まる。なんだ。
蹴られた! 足で腹を! 無警戒。立てない。
いや! まだだ、踏み込みは浅かった。ダメージは軽いはずだっ!
背中を打って足が動かない。
追撃、来る。
後ろは壁、逃げ場は無い。
足が動かない。
相手が走りながら剣を振りかぶる。
左からの袈裟斬りだ。あと五歩! 動け! 躱せ!
「ぐっ、ぁぁあああ!」
立ち上がると同時に剣をかち合わせ、そのまま相手後方へ抜け衝撃を逃がす。
なんとか、なった。声と一緒にようやく呼吸が戻り、相手から目を離さぬよう小さく咳き込む。
体を入れ替えた。今壁を背負うのは向こう。まだまだ、一発蹴られただけじゃないか。
「いい気合だ。魔法も剣も上手く使う。が、『本気で』とのたまった割には、って感じだな」
「うっせーな……こっからだよ」
次が勝負だ。息を整えろ。冷静になれ。冷酷になれ。空間を良く見ろ。
きっと真っ直ぐ来る。次の動き出しの瞬間……。
相手の体がわずかに前傾した――今!
剣を逆手に持ち、突っ込む。全速。奥へ。体が密着するほど!
相手の攻撃は――右からの振り下ろし! 受け止めろ!
俺の逆手の剣と試験官の剣がかち合った瞬間、左手を差し込む!
クロウ・スト――!
「ヘルフレイムっ!」
相手の右脇腹で大きな炎が上がる。殆ど爆発に近い。
「何っ! ぐぅっ!」
右手で剣を受け、同時に左手から密着距離で大火力を脇腹に直撃。効いたはずだ。
足が止まっている。畳み掛けろ!
素早く三歩下がり大きく一歩踏み込む。
右手での突き。そのまま勢いに乗せ剣を手放す。
突きの軌道のまま剣が飛んでいく。
体を捻って躱された。剣は壁に突き刺さる。
相手の顔が苦痛に歪んでいる。足はまだ動いていない。いける!
半歩下がり地面に手を。
「ストーンウォール!」
石の壁が互いの視線を切る。
次!
「パス・ミディ・ウィンドミル!」
広範囲のつむじ風。巻き上がった砂が僅かに視界を遮る。
次の魔法!
無詠唱、ハルシネーション。
「いいぜ。本気でやってやる。なんかあっても恨むなよ!」
頭上で剣が石壁を真横に切り裂く。
今だ!
壁から飛び出し、相手の背後へ、壁に刺さった剣を抜き――。
二人分の速く浅い息遣いが聞こえる。
「――本気になった途端これかよ。参った。こっちの負けだ」
俺は試験官の背後から首に押し当てていた切っ先を下ろす。途端、詰まっていた呼吸が戻りしゃがみ込んで咳き込みつつ大きく息をした。
「最後の、なんだありゃ。前にいると思ったらいつの間にか後ろを取られてた」
試験官が脇腹を押さえながら問いかける。戦闘服は焼け焦げ、手の平では収まりきらない範囲に傷が出来ている。大火傷だ。急に申し訳ない気持ちになってくる。
「ハルシネーション、幻覚術です」
「はっ、書庫でしか読んだことないぜそんな魔法。畜生が。完全に騙されたよ。てっきり風と近接術士だと」
「そんなことより、早く治療を――」
「あぁ、まぁ治るには少しかかるだろうが大丈夫だ。多分内臓までは焼けちゃいない。少し火力下げたろ?」
すみませんと言葉が出かかって、なんとか堪えた。そんなことを言えばきっと怒られる。
戦ってみてわかる。他の生徒とやっている時とは明らかに動きが違う。最後は殺気も感じた。でも、それでもやはりこの先輩は加減していた。
本気でなどと言わなければ良かったとは思わない。だけど、勝ってもあまり良い気分ではなかった。加減されたからとかではなく、何故こんな気持ちになるのか理由は自分でもよくわからない。
後ろを向き、階段へと歩きだした先輩の背中へ、バレないように少しだけ頭を下げた。