終是
ゆっくりと歩みを進める。
リサから魔力を受け取った。また魔法が使える代わりに、体は勇者の力を失い元々酷かった命が更に縮まったようだ。
だが何故だろう。不思議と意識ははっきりしている。
あちこち骨も肉もボロボロ。血も足りない。なのに体も動く。どうしてかな。
「全く負ける気がしねぇんだよ」
「自惚れるなよ、たかが術士の一匹が」
こいつは勇者だ。それもとびきり優秀な。
化物の体を失ったとは言え、既に急速に体力を回復しつつある。きっと、このまま放っておけばまたさっきの姿になることも可能なのだろう。ここで逃がせば、結局こいつの勝ちだ。
対してこちらは今にも崩れそうな危うい身躯。それでも。
「貴様を獣と呼んだこと、訂正する。何度私に敗れようと向かってくる。それはまさに原理を外れた人間の証左。お前は人間だ。だからこそ、ここで、殺さねばならない」
「珍しく意見が合ったな。てめぇの首をうちのボスが欲しがってる。くれよ」
「私は貴様などには負けん。何を犠牲にしようと、為すべき大義と使命がある。背負った重みが違うと知れ!」
「関係ないんだよ。そんなものは」
こいつが何を考え、何のために、どうしてこの方法を目指したのか。
何を背負い、何に急かされ、何を犠牲にここまで来たのか。
どーだっていい。
何ならこの大陸が沈もうが、世界が壊れようが、星が割れようが、何かしてやる義理は無い。
でもな、勇者だか英雄だか王様だか知らんが、俺から大事なもんを奪おうとするお前は――。
「勇者? 英雄? そんなものは後の時代の誰かが決めればいい。今こうして眼前に立っているお前は――ただ俺の“敵”だろうが」
グラードは腰に差した剣を抜き、切っ先をこちらに向けるように胸の横で構え、足を引いて半身になった。心臓を抉る突きの構え。
足でかき回せばいいものを、どうやらこいつも相当消耗したらしい。
一人じゃ、ここまで来れなかったな。
「強敵と認めよう。我が名はグラード。姓はローウェル。勇者が国アステリア二十二代目国王にして、原祖の勇者だ」
最期くらい、付き合ってやるか。
「名はシュゼ。姓はウィズ。俺は貴様を――勇者を殺す、“世界樹の”傭兵だ」
既に必殺の間合い。
にわかにグラードの眼光が鋭さを増していく。握りに力が込もり柄がギシリと軋む。
小細工も出し惜しみも小手調べも無しだ。この一瞬に全てを注ぐ。
俺の今持つ全てを燃やしこいつを討つ!
「スタイルアップ・デクリネーション……」
なんだったかなリサ、魔法において……。
『集中は力。イメージはパワーだよ』
ああそうそう。そうだった。同じ意味だろうが。
強いイメージ。力強い、俺にとって強いもの。
「クロウ・パス・グラン――」
剣先が突き出される。
普通であれば気付いた瞬間には心臓を貫かれている速度。
でも今なら捉える。そう自信があった!
頭で考える前、切っ先を迎え討つように俺の左手の平が突き出されていた。
音もなく皮膚を、肉を切り裂き貫通した鋼が甲から覗く。
更に突き進むそれが心臓に達する前、剣の刺さった左手を体の外側へずらす――。
強大な闘気により強化されたその剣は俺の胸骨を砕き、肺を刺し、心臓を掠め、背中から突き出る。
自分の口元が歪んだのを感じた。苦痛ではなく、勝利の確信っ!
更に突き出した左手が刃を飲み込み剣の鍔に触れた瞬間呪文を紡ぐ。
借りるぜお前の魔法。
「――アストラルエンド」
黄金色の光が、俺の左腕と奴の半身を飲み込む。
あっという間に魔法を発した指先が黒く炭になりぽろぽろと崩れていく。
堪能しろ! 本物には劣るが最強の炎魔法だっ!
「クレナ! 力を貸せぇっ!!」
「ぐおおおおおおっ!!」
熱で溶け持ち手に張り付いたグラードの腕が焼かれながら必死に手首を返そうとする。
俺の体の内側へ、心臓を切り裂こうと――!
炎の光はまだ止んでいない! 奴の半身と俺の腕を炭へ変えていく!
「どうしてお前が負けるのか教えてやろうかっ!」
「ぐぅぅぅっ! これが命を捨てた者の力というわけかっ! だがっ私は! 私が負けるはずは!」
「そうじゃねーよ!」
クロウ・ミディ――
「ヒュージ!」
身体を剣で貫かれたまま、一歩前へ。
右拳に重力魔法が集まる。乾いた音を鳴らし小指が押し潰れる。握り拳に親指が食い込み人差し指がへし折れる。
両腕くらい知ったことか!
「野望を抱いて土へと還れっ! グラードっ!!」
貴様の中の“それ”返してもらう!!
「メテオァァ――!!」
右拳がグラードの胸に食い込み、肘まで深々と――心臓をぶち抜いた。
バキンと剣が鍔元で折れ、その衝撃でなのか、俺の左腕が肩口から全て灰になり地面に落ちる。
右腕と顔に、奴が吐き出した熱い血が吹きかかった。
「答えを……まだ、聞い、ないな……」
何故俺が勝ち、お前が負けたのか。単純なことだろうが。
「お前が、俺達より弱いからだろ」
「ふ、馬鹿が…………」
グラードはよろめこうとしたが着いた右足が炭となり崩れ、胸に大穴を開けたまま後ろへ倒れ込む。
目を瞑り、もう息をしていない。死んだ。
――勝った。みんな、俺たちは勝った。
ああ、時間がねぇな。急がねえと。
勝利の余韻に浸る余裕も、激痛を訴える肩口を気にする余裕もない。残った右腕で胸に刺さった刃を引き抜く。
「貰うぞ」
刀身を握りグラードの首を落とした。心臓が無いため出血は殆どない。
ムカつくことに安らかな顔をしていやがる。
「……任務、終わりました。傭兵長」
……一瞬意識が遠くなり倒れそうになるのをなんとか堪えた。まだ終わっていない。最後の、が、まだ……!
死んだグラードの体から夜色の光球が浮かび上がってくる。世界樹の苗木。
右手に乗せる。ああ、温かいな。これが、悪魔の樹を作る――。
やっぱり、そうか。これに触れているとわかる。どうすればいいのか。
殆ど動かない左脚を引きずり進む。世界樹へ。
橙色の光が差し込み、もう夕方だと気付いた。街に差し込むこの光が好きだった。これからも見られるだろうか。
少しだけ、怖いな。お前もこんな気持ちだったのかな。
いや、ずっとましか。一人じゃないもんな。
ほんの少しの距離をどれだけ遠いのだとうんざりしながら、ようやく世界樹へ辿り着いた。大きく抉られた幹へ。
あの斧の力か。よくもまあこんなにしてくれたものだ。この異常な巨木が少し押せば捻じ折れていきそうだ。
さて、と――。
「シュゼさん!」
「……リフェル。起きたのか」
「からだが……今から、何を……」
あまり見られたくなかった。
リフェルは今にも泣き出しそうな震える両目で俺を見る。さっきの格好良かった姿は見る影もないな……。側まで近付いて来ないのは今俺がそういう雰囲気を纏っているからだろう。
右手の中に光る世界樹の苗木。俺は決意が鈍る前に、それを自分の胸の中へと押し込んだ。……温かく、そして恐ろしい。
「待って! それはっ!」
「だーいじょうぶだって。あいつみたいにはならないから。だから泣くなよ」
「でもっ。でももう会えないんですよね!? そんなの嫌です!」
「会えるさ。たまに、本当にたまにでいいから会いに来いよ。俺たちはここにいるから」
「そんなのって……。シュゼさん……シュゼっ! 私は、あなたのことが――――」
再び軋みだした世界樹の音で、最後の言葉は聞こえなかった。
まあだいたい口の動きでわかったけれどな。
もう、時間が無い。世界樹に手を触れる。
結局最後まで俺は世界樹の傭兵だった。仕事は終えたし、報酬も沢山貰った。色々あったが、ここまでもここからも全て俺の意志で俺が選んで来た道だ。何一つ後悔は無い。短いけれど、いい人生だった。
それじゃあ、リサ、今行く。
みんなは――またな。




