命の使い道
「クレナっ!」
レコウの叫び声で呼び戻され、今一瞬意識が飛んでいたことに気付く。
「無惨な戦術だ。今のは少し危なかったが、甘かったな」
世界が横だ。右の頬が壁に押し当てられている。
いや、これは地面か。そうか、俺は今倒れているんだ。
……クレナ? クレナがどうしたんだ。
「あの裏切り者にくれてやろうと思っていたのだがな」
グラードの手に握られた細長い筒の先端から煙が立ち昇っている。
起きねぇと……。視界が揺らぐ。吐き気がする。
腕に力を込め、なんとか上体を起こそうとしたところへ何かが放り投げられた。さっきの筒だ。
「それは銃という武器だ。知っているか?」
知るわけない。黙っていろ。
頭を起こしたところで視界の半分が赤に染まる。頭を切ったか。
「では大砲はどうだ」
よく回る舌だ……。
お前が知らないのも無理はない。この大陸では造れない武器だ。
「くそっまた頭の中に!」
魔力が切れた……!
心配するな、もうお前を操る気はない。出来れば自らの意志で私の臣下になって欲しいところだがな。
ふざけんな。欲しけりゃ俺の死体でも持っていけ!
「まぁいい。外の世界にはこのような武器がある。私にはこの大陸に生きる民の血を守らねばならん使命がある。わかるか?」
「……海に沈めておいて、イカれたことをっ!」
腕に、脚に力を込め、奥歯が噛み潰れるほど食いしばり、怒りに任せ強引に身体を起こす。
――クレナがうつ伏せに倒れ、その体の下に血溜まりが出来ているのが、見えた。
腰のあたりで服が血を吸い円形に黒ずんでいる。リフェルが懸命に手を真っ赤に濡らし止血をしている。
呼吸が、荒くなる。
「レコウ、クレナを頼む」
やりやがったな。ついにやりやがったなっ……!
「凄まじい。怒り、憎悪。お前の中から感じるぞシュゼ。そんなにこの私が憎いか」
「黙れ……」
「憤怒を糧に牙をむく。およそ英雄とは程遠い。謂わば獣か」
「俺たちは、ただの、傭兵だ!」
思い切り地面を蹴る。
右の拳を突き出すと奴はその手首を掴もうと動く。
拳を引かず、頭を前に振り足で跳躍。
低空で鋭く前転し頭頂に踵落としを見舞うが、腕一本で防がれる。
そのまま膝を曲げ、踵で腕を押し込むようにして後転。反対の足でつま先を顔面に突き刺すが、グラードはすんでのところで首を傾け頬を掠める。
着地の直前に奴の蹴りが左から迫る。
仰け反りながら素早くつま先で地面を蹴りバックステップ。蹴りが鼻先を掠める。
動きが見える。見えるんだがっ……!
ステップに追いつく速度で奴が踏み込み左の拳を――いや、フェイントだ!
虚を突かれた。右の殴打が迫る。
咄嗟に左腕を曲げて防御。
――上腕にヒビが入ったのがわかる。
同時に蹴り出した俺のつま先が奴のみぞおちに……左手で防がれている。
軸足で跳躍、空中で横に回転しつつ靴裏で思い切り肩を蹴り飛ばし、距離を開ける。
動きは見えても身体と力がついていかねぇ……。
「いい動きだな。やはり人造勇者はコントロールしない方が強力なようだ。訓練無しで闘気を使いこなすセンスも素晴らしい。お前はやはりこちら側が向いているよ」
遊ばれている。わかる。こいつはまだ手を抜いている。腰の剣すら使う様子がない。何が目的だっ。
「止血、終わり、ました……」
「今医者に見せてやっからな。シュゼすまねぇ! お前も絶対生き延びろ!」
視界の端でレコウがクレナを背負い後退していく。
勇者の聴力のせいか、意識が朦朧とするクレナが微かに呟いた言葉が耳に届く。
「死なないで」と。
もしかしたら、ここで退けばこいつは追って来ないのかもしれない。わざわざ戦って死ななくても、今すぐ逃げれば大地の崩壊にも巻き込まれずに済むのかもしれない。
でもリサを見捨てて、ヴェイグさんたちを殺した仇敵を見過ごして生き延びたって、そんなの命の意味がねぇ!
「絶対逃げねぇ」
「もう少し、痛めつけてみるか」
グラードの接近。速い! 滑るようだ。
右拳の突き、顔面、ふせぎ――なっ、寸止め!
拳で視界を塞がれ、意識していなかった攻撃がみぞおちに突き刺さる。
「がっは……」
押し上げられた空気が肺から喉へ逆流。
身体が浮かぶ。もう一度同じ箇所へ拳が迫る。
両腕を交叉し防御――また、フェイント!
脇腹に打撃がめり込む。鈍い音が体内から鼓膜に響く。何本かイカれた。
「眼は良いようだが、それが命取りだな」
同じ勇者でこんなに差があるのかよ……!
マントが翻る。回避を……駄目だ脚が動かねぇ。
回転の威力を存分に乗せた回し蹴りが頭部を襲う。
なんとか防御するが到底受けられる威力ではない。衝撃で鎖骨が折れる。
体勢を崩さないよう踏ん張るが、そこへ追撃が――。
グラードが二本の指を俺の左肩へ突き立てた。
指の付け根まで埋まったそれが抜かれると鮮血が溢れ出す。関節をやられた。
体のダメージが重い、反応出来ても対処が出来ねぇ。
「次は首を狙う」
「舐めやがって……」
そんなに欲しけりゃこの命くれてやる。
せめて一矢。片目を貰う!
この身体、ここで朽ちても貴様を殺す毒に!
突き出された互いの指が交差する瞬間――。
「十二芒八辺障壁!」
――いつの間に現れたのか、俺とグラードの間に美しい銀髪が小さな背中になびく。
リサが張りだした結界にグラードの二指が激突し、びりびりと震える。
「ぐぅっ。もたない……!」
いつもの訓練の時とは違う、振り絞るような弱々しい魔法。
なんで、なんで出てきた!
「何守ってんだよ……お前は俺を利用すんだろ!」
「へへ。魔法で出来たこの身体にも“人の心”ってのがちゃんとあるみたい」
結界を両手で維持したまま振り返り顔の半分で妙に嬉しそうな笑顔を作る。
この隙きに――突如に、咳き込む。押さえた手のひらには血がついていた。内臓をやられている。
なんでだよ。こんな時に身体が動かない。
「シュゼは、やらせないっ!」
リサが結界を強めるが、駄目だ。割れる。
「ああ。それでいい。私の狙いは元より――」
「リサもういいっ! 逃げてくれ!」
「元よりお前だ!」
グラードの指が結界を突き破り、その勢いのまま左手がリサの首を捕まえ持ち上げた。
追いすがろうとした俺は蹴り飛ばされる。
体が……ちくしょう。動け!
リサに何をする気だ。やめろ。やめろ!
「あぅぅっ! ああああぁぁぁっ!!」
奴の右手がリサの胸に挿し込まれていた。
「やめ……ろっ!」
「神託の少女だ? 馬鹿馬鹿しい。こいつは贄)だ。世界樹を生み出すために寄生された養分、その抜け殻よ。だからここには“これ”があるっ!」
リサから何かが引き抜かれ、体を用済みとばかりにこちらへ投げ捨てた。
なんとか這いつくばり近付き抱き起こすが、わからない。
目を閉じている。身体は温かい。でも、わかんねぇよ。
お前いつも息してねぇから、生きてんのか死んでんのかわかんねぇよ馬鹿リサ!
「これだ、これが欲しかった。“世界樹の苗木”ついに手に入れた。礼を言うぞシュゼ。お前のおかげだ」
今までに無い、感情を押し殺せぬ声色。グラードの右手の平に乗っているのは、刻々と色を変え輝く光球。黒と白が混ざり合い銀となり、また分離し煌めく様は夜空の闇と星のように。
奴はマントを脱ぎ捨て、苗木と呼んだその光球を自分の胸へと押し込んでいく。
「ぐっ、おおおぉぉぉぉっ!!」
もう、どうにでもなれ。クソ野郎。
「うぅぅっ」
「リサ? 生きてるのかおい! 返事しろ!」
「……生きて……ううん、時間の問題、かな」
抱きかかえたリサが手をあげる。それを握りしめると、指先からゆっくりと光の粒となって空中に消えていくのが見えた。
……なら、いい。俺のやることは同じだ。
リフェルの方を振り返り近寄ると、座り込んだまま真っ青な顔をこちらに向けた。恐怖、いや、極度の魔力欠乏だ。
クレナの治療で使い果たしたのか、この感じではもう絞りカスも残っていない。まだ意識があるのがおかしいくらいに。
「シュゼさん、近くに……血を止めます……」
「何言ってんだ馬鹿。本当に死んじまうぞ。ここから離れた方がいい」
リフェルは弱々しい笑顔で頭を振る。
「動けません。それに、言いましたよね。最後まで見届けるって。あなたがここで死ぬなら、私の死に場所もここです」
まったく、呆れて言葉も出ない。見た目の割に強情なことで。
俺はため息を一つ吐き出すと、足元にリサを降ろした。
「なら、こいつを見ててくれ。寂しがり屋だからな」
振り返ると、グラードは変貌している最中だった。
身体は樹木の表皮のようなものに覆われ、辛うじて上半身だけが人の姿を露出させている。
表皮や背中からは無数の茶色の触手――植物の根――のようなものが蠢き、それが体を支え高い位置へ持ち上げていく。
一本一本が人間の脚ほどの太さの触手を、感覚を確かめるように俊敏に動かしている。
やれやれ、さっきですら敵わなかったのにもっと化物になっちまった。
俺は少し前へ歩き、落ちていたナイフを拾い上げる。
これは、昔俺がレコウにあげたものか。刃は何度も研いだ跡があり、柄も補強されていた。
あーあ、実はこれ投げナイフじゃないって言うの忘れてたな。
苦笑しながら、ナイフに闘気を流し込む。
勇者の体ってのは頑丈なもんで、こんなボロボロでもまだ戦えるんだな……。
逆手に握り、姿勢を落とす。
「さぁやろうかグラード。俺一人殺せない力を欲しがってたわけじゃないだろ!」




