侵入2
統率が取れておらずまばらに向かってくる勇者を三人で何匹か殺し、ついにウィズへたどり着く。まずは中央に――。
いや、地下への階段から誰かが上がってくる!
「っはぁ。はぁ。シュゼ……」
「どうした?」
激しく息を切らしたクレナが、腕に二人子供を抱え階段を駆け上がってきた。
なんだよ。聞きたくないが、何があった。
「はぁ……はぁ……シュゼ早く……奴ら、あのウジ虫共、地下に毒の霧を……」
――全身の毛が、逆立つのを感じた。握った拳が震える。
毒? 毒だって? 子供がいるんだぞ。
勇者様は子供を毒で殺すのかよ。畜生がっ!
「チマもまだ下に居るの!」
「……ふざけるなよ」
怒りを通り越し、徐々に頭が冷静になる。
暗く深い階段の前に立つ。微かに甘ったるい匂いがする。これが毒か。
チマが、毒が……どうする。俺の技術じゃ動きながら結界は使えない。だったら――。
「フェイ・スト・ウィンドミル!!」
風で吹っ飛ばす! 地下の階段は複数ある。中に霧が溜まることはない。ある程度毒も消えるはずだ!
地上に居るレコウとユーマにクレナと子供の護衛を頼み、地下へ。
魔法を継続して毒の霧を晴らしながら全速で階段を降り、駆ける。早く。早くしないと。頼む間に合え!
「チマ! どこだっ!」
薄暗い道には、子供や非戦闘員が横たわっている。顔は変色し眼を見開いたまま苦悶の表情で死んでいた。
よくも。よくも、どうしてあいつらはいつも俺から奪う!
「頼むチマ! 返事をしてくれ! 頼む!」
どこをどう走ったのかもわからない。
迷路のようになっている薄暗い地下を必死に走り回る。焦燥で脚が震える。
広めの研究施設。机や椅子が複数並ぶ部屋の角に、大きな結界が張ってあるのが見えた。
机をぶっ飛ばし縋るようにして駆け寄る。
チマだ!
後ろに十人ほど怯えた顔の子供たちがいる。うつむいていて顔が見えないが、チマの足元には口から吐いたであろう血が滴っていた。
「俺だ! 結界を解け!」
素手で結界を叩いてみるが反応が無い。
子供たちの一人、茶色い髪の男の子が事態に気付きチマの体にしがみつき揺するが、結界は解かれない。
お前、もしかしてもう殆ど意識が無いのかよ……!
剣を抜き切っ先を結界に当て、足を踏ん張り、全身で押した。
結界が割れると同時に前のめりで倒れ込むチマを腕で支える。
「おい! しっかりしろ!」
「このお姉ちゃん、僕らを助けるために少し毒吸ったんだ!」
茶色髪の子が泣きながら訴える。
チマを仰向けにし軽く手のひらで包むように頬を叩く。頼む。頼むから死ぬな。
「あ、シュゼ……ほら、やっぱり来た」
意識はあるが眼の焦点が合っていない。早く医者に見せねぇと!
「お前ら体は平気か」
「うん、お姉ちゃんが守ってくれたから僕らは平気!」
「じゃあもう少しそこに隠れててくれ。風を感じたら息止めろ。あとで誰かよこすから。心配するな」
チマを背負い、子供たちの方へ霧が及ばないよう吹き飛ばしながら診療所方向の出口へ向かう。首に巻き付けた腕が微かに痙攣している。ぐったりと脱力していて背中が重い。
なんだよ。なんだよこいつ。いつもあんなやる気なさげな癖に。誰かを守って、ここで死ぬようなタイプじゃないだろ!
「シュゼ、ボクね、本当は」
呼吸音がおかしい。肺をやられている。
「喋るな。今度聞くから」
「本当は雷術がね、適正なんだ。……秘密、だよ」
チマが咳き込む。
俺の顔に跳ねてきた何かを指で拭う。
血だった。
「血、ごめんね」
「いいよ。今なら吐いてもいい。そのかわり絶対死ぬなよ。絶対だ」
「がんばる。……戦い、怖がらないで、もっとちゃんと、訓練やれば、よかった」
地上の明かりが見えてくる。もうすぐ、もうすぐ出口だ。頼む、頑張れ。
なるべく背中を揺らさないよう、地上への長い階段を跳ぶようにして駆け上がる。
よし、地上に出た! 早く医者に――。
右側に影。剣を振りかぶろうとしている。
しまった。勇者に待ち伏せされた。
この体勢じゃ避けきれない。せめて、背中は守っ――。
勇者の視線が右に泳いだ。俺がそちらを気にする間もなく何かが飛んできて奴に激突する。
体。死体? 首のない勇者の死体。
「うおおおおおお!!」
低い雄叫びを上げながら今死体が飛んできた方向から大きな体が突進してくる。知っている。
その体は投げつけた死体ごと勇者の体をミスリルの大剣で貫き、壁に縫い止めた。
続けざまに背負ったもう一本の剣を抜き、斜めに勇者の胴から上を落とした。――俺はこの人を知っている。
「ガライ、さん……?」
「誰かと思えば。久しいなシュゼ」
俺との死合で負った怪我が元でしばらく療養していると聞いていたけど。助かった。本当に助かった!
いや、今はそれどころじゃない!
「ガライさんこいつお願いします!」
「怪我人か」
背中のチマを腕に抱き差し出す。もう意識は無くぐったりとしているが呼吸はしているようだ。
まだ、まだ間に合う。
「奴ら地下に毒を撒きました。ほぼ、全滅です」
「……よくも」
「俺は傭兵長に報告してきます。チマのことよろしく頼みます!」
「近くに仲間もいる。診療所の守備は任せろ」
口調は冷静だが、あの堅いガライさんの表情が憎しみに染まっていた。ああ、そうですよね。奴ら皆殺しだ。
約束だ。死ぬなよチマ。俺は絶対、絶対グラードをぶっ殺してくるから。
傭兵長の居場所はおそらく中央施設だ。街の西側。地下道の出口も近い。
一度地下に戻り出口を目指す道中、体に風を感じた。これは、風使いが来ている? クレナ達が応援を呼んだのか。
あいつらも中央施設にいる。グラードは世界樹だ。急げ。早く戦力を整えてリサのところへ……!
中央施設前には臨戦態勢の術士が数名守りを固めていた。
俺はそちらに向かいながら足を止めずに声を張り上げる。
「傭兵長は!」
「中だ! でも今は……」
何かを言いかけていたが時間がない。
文字通り中へ飛び込むと、入り口すぐの広い空間には多くの怪我人が横たわっていた。診療所に運ぶことすら出来ないのだろう。その中をリフェルが手当てして回っているが、見るからにもう手遅れの者も多かった。
「ネーガー! 死ぬな!」
傭兵長の声が耳に飛び込んでくる。
見ると、床に寝かせられている白髪混じりのグレーの頭髪をした男性、副長を抱きかかえていた。
彼の体は血に濡れている。あの出血はもう治療じゃどうしようもない――手遅れの方であった。
どうして、魔法が殆ど使えないのに逃げなかったのかよ。みんな、みんなが死んでいく。俺の街が。
「お前はわたしの側近だろうが。おい! 勝手に死ぬな!」
「……あなたの父に拾っていただいた命、今更惜しくはありません」
咳き込み、大量の血を吐き出す。
命の灯火が今消えようとしているのを感じる。
「わたしはまだ未熟だ。どうか、もう少し、側にいてくれ……」
「……充分、ご立派です。セリカ、強くなった――」
僅かに体に残っていた力が抜けていった。
「……その名で、呼ぶな……」
傭兵長はへたり込んで動かない。今は――だが時間がない。一瞬でも惜しい!
泣いてる暇なんてないんだよ。背負うんだろう。俺たちの命を。やってみせてくれよ!
「傭兵長、報告します」
「ちょっとシュゼ!」
クレナが口を挟む。構うもんか。
「地下を見てきました。非戦闘員はほぼ全滅。俺が見た限り十数名の子供は生存を確認。チルハオリマが身命を賭して守った結果です。彼女は現在重体。助かるかは、わかりません」
「そんなっチマちゃん!」
リフェルが顔を覆って泣き出した。気持ちはわかるが――!
「今は泣くな! その憎しみ、悲しみを俺によこせ。豚共にぶち込んでやる」
傭兵長が震えながら立ち上がった。顔は伏せている。様子がおかしい。
彼女はゆっくりとした動きで、おもむろに腰に差した剣を抜く。
「ネーガー、すまない。わたしは……許さん……勇者共っ! わたしの首が欲しいのだろう! 取りに来い。ここだ臆病者共っ!」
くそっキレやがった。
血走った目で出口へ向かい歩きだす。魔力切れてるんだろうが。戦えるわけがない。死にに行くようなもんだ!
「止めろ!」
俺の合図により近くで呆然としていた術士が二人、飛びかかるようにして傭兵長の体を押さえつける。
「離れろ貴様ら! シュゼ! どういうつもりだ!」
「それはこっちの台詞なんだよ。いいか頭冷やしてよく聞け、あんたは俺達に必要な人なんだ。俺だってあんたのためにも戦っている。勝手に死のうとしてんじゃねぇ!」
「だったら、だったらこのわたしの怒りはどうしろというのだ!」
「そのためにいるんだろうが。待ってろ、あんたが唾を吐きかけるための首を今ここに並べてやる。命令してくれ。使えよ! あんたの傭兵団だろうが。俺達はなんだってやるぞ。なんだってだっ!」
――言い過ぎた、か。どうやら俺もキレる方だったらしい。
傭兵長は怒りで満ちた目のまま、左手人差し指を何度か曲げ、俺を側へ呼んだ。
「……あの軟弱なガキが言うようになったじゃないか。そんなに欲しいならくれてやる。命令だ。“糞英雄共の首を狩れ”そのあとお前のケツを叩く。覚悟しておけ」
中指を立て俺の額に力いっぱい押し付けながらそう言った。怒りのせいか、それとも別の何かか、声が震えている。
俺は一つ深呼吸をしてから答える。
「了解。今から一番良い首を狩ってきます」




