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魔物3

「スパイナスロード!」


 地面から石の棘が隆起し、敵を串刺す道が出来る。

 今の声は、傭兵長?


「聞こえている者は全員私の位置まで一度退け!」


 呆然としていたのを引き戻される。なんとか……ドラゴンをなんとかしなくては。あんなのが街に入ったら勇者どころの話ではない。

 急いで傭兵長のところまで戻ると、カズ達後続の部隊が順に到着するところだった。


「おいなんの冗談だよありゃ」


 全員、言葉にならないでいた。

 ドラゴンが一歩踏み出すたびに地面が揺れ、魔物が数体踏み潰されていく。

 短い脚が重鈍に見えるが、体がデカい分一歩の距離が大きい。胴体とほぼ同じ長さはあろう太い尻尾が、まるでゴミでも払うように魔物をバラバラに砕きながら薙ぎ殺す。

 あの羽根……体に対して小さく見えるが、まさか本当に飛ぶのか。

 何故か近くまで来ていたチマが、ドラゴンからは視線を外さず俺の袖を引く。


「シュゼ、ヤバいのいた」

「……あぁ、教えてくれてありがとう」


 そんなもん見ればわかる。物語で誰もが知っているが実際に見るのは勘弁して欲しかった、伝説の生き物だ。

 全員、動きが止まっていた。混乱しているというよりも、どうしようもなさ過ぎて思考が止まっている。



「臆するな貴様ら。あれを倒すぞ」


 傭兵長が低く、響く声で告げた。

 そうだ、それしか、倒すしかない。今ならまだ……。あれがもう一体でも出てきてみろ、本当におしまいだぞ。

 何か弱点は……。体は全体的に鱗に覆われている。イシルディンかユーマの闘気で剣が通るだろうか。見る限り顔は鱗が薄いが、こんな短い剣で急所でもない所をいくら刺しても致命傷には程遠い。


「チルハオリマ、カズ、二人で作戦を立てろ。なんでもいい、思いつけ! その間に他の者は足を――」


 傭兵長が叫ぶ。その言葉を途中で切ったのは、目撃したからだ。

 ドラゴンの口から炎が漏れ出てきた。

 短く、弱く、赤い炎が口の先から吐き出される。その炎が上顎の更に上、大人が入り込めそうなほど巨大な鼻の穴あたりで揺らめく。ああ、鼻から空気を吸っている。大量に。知ってるぞこれ。本で読んだ。

 ヤバいぞ。ヤバい。ヤバい――!


「ブレスだ!」

「全員わたしの周りに集まれっ!!」


 あらん限りの声を張り上げ、地面に両手をつきながら傭兵長が叫んだ。

 ほぼ同時に、背骨に恐怖の種を植え付けるようなこの世のものとは思えない声を上げ、ドラゴンの口から炎が放射される。


「インバイラブルテルミヌス!!」


 地面からせり上がった円形の大きな岩壁が間一髪炎を防ぐ。上の開けた岩の隙間から炎が流れていくのが見える。どれだけ巨大なんだ。さっきから生きた心地がしない。

 外からは魔物の焼かれる叫び声。

 ……みるみるうちに岩の円で囲まれた内側、岩壁内が暑く、熱くなっていく。ブレスが長い! なんとかしないと。

 見回すと内側にはカズが連れてきた中に何名か顔を知っている結界術士もいた。


「結界術士は岩壁内側に結界! 風術士は上部に空気の層を作れ! リフェル、水魔法は使うなよ。蒸し焼きになるぞ」


 俺も風魔法に参加し、耐える。今は耐えるしかない。まだ終わらないのか。岩壁が熱せられ赤くなってきている。


 もう駄目かもしれないと思い始めた時――ようやく炎が止んだようだった。

 傭兵長が魔法を解除すると、あたり一面は緑が焼け飛び、茶色い地面が丸見えになっていた。そこかしこから蒸気が立ち昇っている。まだところどころ土の上で何かが燃えくすぶったままだ。

 さっきまであれだけ大量にいた魔物共も今はもう殆ど姿が見えない。……仲間もおそらく何人か犠牲になっただろう。



「くっ……今のうちだ! 結界術士は森の入り口へ走れ! 奴の正面には立つな! 半数は援護に回れ!」


 傭兵長の合図で呆けていた者達が一斉に行動を開始する。


「し、死ぬかと思った~」


 チマが腰を抜かしてへたりこんだ。


「なんかないのかよあいつの弱点は!」

「ドラゴンの情報なんか何もしらないよー」

「じゃあ今考えろ!」


 自分でも理不尽なことを言っているとは思うが、今はこいつの頭に頼るしかない。


「リフェル、俺が援護したらアレは出来るか?」

「あの大きさだと……ちょっと自信無いです」


 だよな。戦場でもかなり大規模な魔法を使っていたからな。流石にリフェルでも魔力がもたないか。


「こんのぉっ!」


 クレナが腕を前方にかざし、何発か魔法を放つが全て強靭な鱗の前に傷を付けることすら叶わなかった。

 もしかしたら炎に強い体を持っているのかもしれない。ドラゴンは歯牙にも掛けぬというように視線は真っ直ぐ世界樹を目指したまま悠然と歩みを進める。


「次は目を狙ってやる!」

「やめとけクレナ落ち着け! 目を潰したって死にはしない。闇雲に暴れられた方が厄介だ!」

「でも早くしないと街が!」


 何か方法は無いのか。何か……。

 チマが何かをぶつぶつと呟き始めた。


「ドラゴン……トカゲ……四足歩行……あの骨格なら多分……確信は持てないけど……」

「何か思いついたのか!」



 チマが弱点の可能性を探り、それをカズがまとめて作戦にした。

 いける……かはわからない。これもまたある種の賭けだ。だが分は悪くないように感じる。差し当たっての問題は、傭兵長の魔力。


「傭兵長大丈夫ですか」

「見くびるなよ。かなり鈍ってはいるが、今でも復帰すれば地魔法序列一位はこのわたしだ」


 そのまま傭兵長の合図で全員がドラゴンの側面へ、尻尾の当たらないぎりぎりの距離まで接近しつつ回り込む。傭兵長、他の地術士二名とリフェルがまず先鋒だ。

 傭兵長はポケットから角砂糖を一つ取り出し口に含んだ。願掛け、のようなものだろうか。

 四名全員が横並びになり地面に手を付けると、リフェルが傭兵長に向かって話しかけた。


「私、出来るでしょうか。合成術なんて初めてで……」

「心配するな。合成と言っても擬似だ。術式はわたしが整える。お前はただ思い切りやればいい」

「やって……みます」

「……こうしていると思い出す。お前の母はわたしの相棒だった。何一つ敵わなかったがな。二人でいくつもピンチをくぐり抜けてきた。だからリフェルとなら、今回も上手くいく」

「お母さんが……はい! 思いっきりやります!」


 これが成功すれば次は俺たち……。

 横目にチマを見るとかなり震えているのがわかる。


「チマ平気か?」

「やっぱ怖いよ~」

「大丈夫。お前はやる時はやる子だろ。ヴェイグさんも根性があると褒めていたぞ」

「うぅ~」


 今結界術が使えるのは俺とこいつしかいない。頑張ってもらうほかないな。

 ドラゴンが地面を揺らしながら進み、俺たちの真横に来る。

 次にブレスを吐かれたらもう駄目かもしれない。最初で最後のチャンスだ。

 傭兵長の合図で、決死の作戦が始まった――。


「いくぞ! パス・クーディ・グラン!! パルスアビインフェリス!!」


 膨大な魔力が働いているのが感覚でわかる。

 ドラゴンの足音よりも大きく地面が揺れる。

 術式が大地に反応、あの巨体の真下全体を覆うように地面が凹凸に隆起する。

 間を置かずそこから水が滲みだし、土と混ざり合い巨大な泥沼を作った。


 凄い。流石だ。ドラゴンはその短い脚を沼に捉えられ叫びながらもがいている。前足、後ろ足までどっぷりだ。あれならいくら暴れてもしばらくは出てこれまい。

 そしてチマが言うにはおそらくあの体の割りに小さな翼は既に退化していて飛べない。

 どっちにしろそこまで体が沈んだら羽ばたけねぇだろ!


「ここまでだ。流石にあの全身は沈められん。予定通りあとはお前らの仕事だ!」


 魔力を吐き出し尽くした傭兵長が大粒の汗をかきながら振り返った。


「チマ行くぞ! ユーマ頼む!」

「わかった。しっかり掴まっててね!」

「う~やれば出来る子~!」


 俺は単独で、チマはユーマに抱きかかえられながら一直線にドラゴンの顔面を目指す。

 味方の術士は念のために翼を狙って集中法撃している。

 奴は顔を振り乱し暴れているが、なんとかしてとりつかないと。どちらかが失敗してもこの作戦は終わりだ!


「シュゼ危ない!」


 ユーマが叫ぶ。

 顔面へ飛びつこうと地面を蹴ったところに、ドラゴンの額に付いている角が迫る。

 まずい。

 直撃したら吹き飛ばされ――いや、死ぬ。

 どうする。

 もう飛んでいる。

 避けられない!

 くそっ。一か八かだ!!


「タイニー! メテオぉぉぉらああああ!!」


 思い切り足を振りかぶり、迫る角を真上に蹴り上げた。


「うわぁぁ! シュゼすっげぇぇぇ!!」


 ユーマが興奮して子供のような歓声を上げる。

 一か八かで足に魔法をかけて蹴った。

 上手く軌道を逸らせ、ついでにヒビが入ったところから折れ、角の先端部は後方に吹き飛んだ。

 やばい。完全にまぐれだ。

 重力魔法が練習含め今までで一番上手くいった。足先の骨が何本かイカレた気がするが、この程度で済んで奇跡だ。

 ……本当に死ぬかと思った。人間追い詰められると思いがけない力が出るもんだな……。


 顔面、鼻の前へたどり着く。

 振り落とされないよう鱗の隙間に折れていない方のつま先を蹴り込み足場にする。

 剣も鼻の内側へ突き立て、体を支える。

 猛烈な鼻息で飛んでいきそうだ。


「チマ! 準備はいいか!」

「いいよ!」

「いくぞ! 結界! 封緘障壁!」


 猛烈な風が止む。

 ――結界は、空気を遮断する。


 チマが言うには、殆どの動物は人間のように口では呼吸出来ないらしい。

 さっきの亜人のような二足歩行の魔物は別だが、四足歩行であれば骨格の関係でその可能性がとても高い。それらの生き物が唯一呼吸に使うのが、鼻だ。

 そう。俺たちが狙うのは、ドラゴンの鼻を塞いでの窒息死。


 ドラゴンは唸り声を上げて大きく暴れる。振り落とされたら終わりだ!

 ユーマは俺より身体能力が数段上、チマを抱えてもなんとか耐えるんだろう。

 問題は俺の方。落ちるわけにはいかない!


 揺れ、咆哮、音。唯一自由な尻尾を振り回しているのがわかる。

 効いている! 苦しんでいる! やはりこいつは鼻でしか呼吸が出来ない!

 それでいい。もっと暴れろ! 叫べ! 消耗しろ!

 術士が更に激しく胴体へ向け魔法を放つ。


 ――人間が呼吸を止めていられるより、遥かに短い時間。

 ドラゴンは頭を地に落とした。

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