魔物2
「傭兵長は本当にこっちに居るのか?」
走りながら背中に担いだチマに問いかける。
失敗した。あっちの方が安全だし転移陣のところに置いてくるんだった。
「ボクがいた時はこっちで戦ってたよ。すっごい強かった」
傭兵長。背が高めのブラウンの長い髪、どこだ。まずは接触して情報を交換しなくては。
徐々に近付き、蠢いていた異形の者共の姿がはっきりとしてくる。
なんだこいつらは。
ブヨブヨとした不定形の生物に、二足歩行の犬、骨、小柄な中年男のような顔をしたもの、多種多様だ。
これもちゃんと斬れば死ぬのか?
「シュゼ! 僕は先行して魔物を片付ける!」
「ああ! 敵にも味方にも気をつけろよ!」
ユーマは苦笑してから走る速度を上げ、魔物の中に突撃していった。
――ふと右手側に目をやって驚愕する。
文字通り、森が切り開かれている。この巨大な太い木が、北の方からずっと直線上に何列か根本から切り倒されていた。
魔物共は一度その開かれた道へ出てくると、顔をこちらへ向け進んでくる。
「チマ! なんで魔物はこっちへ来る!」
「仮説。多分魔物は世界樹を目指してる。マナの濃いものに惹きつけられてると思う」
どうしろって言うんだよ。魔物は際限なく森から湧いてくる。ここで一生こいつらと遊んで暮らすわけにいかねーぞ。
どうもこうも、とにかく数を減らすしか……! そろそろ敵と接触する。その場にチマを降ろし後ろを走る皆を振り返った。
「俺は前へ行く! 味方を巻き添えにしないように援護頼む!」
骨の人間。
イシルディンを腰から抜き様、真一文字に切り抜けた。
骨は崩れ落ち立ち上がってはこない。
……弱い。一体一体は大したことがない。だが数が多い。
見れば魔物はまばらに、隊列も組まず森から出てきては好き勝手にこちらへ進む。
味方も数の不足から陣形など組めず、乱戦模様になっていた。
「よお相棒無事かよ!」
「レコウか!」
背後から聞き慣れた声。
後方から目でも見えるほどの太い電気の帯が伸び、敵を直線に焼き払った。俺も目前の敵を斬り倒し、下がる。
短く逆立てた金髪に高めの身長。一緒に戦うのは随分久し振りな気がするな。
「傭兵長を知らないか」
「あっちにいるぜ。ついてこい!」
魔物を蹴散らしレコウのあとに続く。
くそっ、こいつらさっきより増えてないか。
「シュゼ! 救援か。戦場はどうした!」
「良かった合流できました。戦場は膠着。カズが半数の戦力を率いてこちらに合流する予定です」
「そうか。いい判断だ」
「魔物はどう対処するんですか」
「結界術士達を入り口に送って封印をかける。そのためには戦力が足らん。あいつは信用出来るのか」
傭兵長は素早く地を滑りながら次々と敵を斬り伏せていくユーマの方を親指で差す。
「出来ます。駄目なら俺もとろも後ろから撃ってくれて構わない」
「わかった。よし、さっさと行け! 敵を蹴散らせ!」
亜人や巨大な虫のような魔物共を剣で切り捨てる。
切って、切って、森へ詰めようとするが上手くいかない。敵が、減らない。
焦りからか不用意に小柄な不定形のブヨブヨした魔物に剣を刺したところ、離れなくなった。持ち上げても剣にくっついたまま、手元に伸びてこようとする。まずい!
「そいつスライム! 火に弱いはず!」
珍しく大声で叫ぶチマの声が聞こえた。
火に弱いなら――。
「フェルム・ミディ・ファイアーボール!」
刀身を包んでいたスライムの更に内側から火球を発生させると、煙を上げ蒸発しながら弾け飛んだ。
剣から魔法を出せるって聞いた時はそんなの使い道あるのかと思ったが、意外と使えるもんだな。
「チマ! 助かった!」
しかし、終わりが見えない。
二足歩行の豚のような生き物の首を落とす。
消化液を吐き出す巨大ミミズに電撃を流し焼く。
飛びかかってきた小男の体を縦に分割する。
体長が俺の倍はあろうかという巨人は足を斬り飛ばしてから頭を割る。
勇者共に比べれば魔物は弱い。それでも一般の兵ではこうはいかないだろう。この剣や魔法があってこそこうして対抗出来ている。どれだけの数があの森に詰まってたんだよ。こいつらが溢れ出したら、本当に人間はみな殺し尽くされるかもしれない。
グラードっ……!
ここにたどり着いてからどれだけ戦っているだろう。
剣で戦っている限り魔力の消耗は然程じゃないが、疲れる。人間と違って急所の知識が無い分、確実に頭を狙う以外の戦法が取りにくい。
さっきからあまりその場を動かずにしのいでいる。もし殺し損ねていて足でも掴まれたら厄介だ。
押されもしないが前へも進めない。術士も魔法で敵後方を攻撃しているが、魔物は次々森から湧いてくる。
まずいぞ。スタイルアップは燃費が良いとは言ってもいつまでもはもたない。
このままじゃ、術士の魔力もいつかは切れる。
もし戦力を分割されていなければ、この程度の雑魚さっさと押し返せるものを!
――その時、地響きがした。空気を震わせる爆発のものとも違う、こうして走り動いている中でもわかる、確かに足の裏から体へ伝わる振動。
もう一度、揺れる。目の前の敵を払いながら正体を探る。何が起きている……?
……首を振ると、森の入り口に巨大な影が見えた。あれは、まさか……。
「どうすんだよあれ……」
自然と言葉が口から漏れ出てしまった。
苦笑もこぼれる。殺し合いをしながらも、今までどこか忘れていた“恐ろしい”という感覚を本能的に呼び覚まされる。
大きな眼に下から上へゆっくりと膜が覆っていき、また開かれていく。あまりの事態に、それがまばたきであることに気付くのに時間を要した。
顔の半分を占める巨大な口。尖った歯は凶暴さを示しているよう。
額のあたりからは一本の鋭利な角が突き出ている。背中には、翼。
「ゴガアアアアアアアアアアアア!!」
耳をつんざく巨大な咆哮が響き渡った。
俺たちを威嚇しているのでもなんでもない。まるで敵として認識すらしていない、寝起きの欠伸のような、視界にすら入っていないかのような、鳴き声。その証拠に奴の視線は世界樹に向いたままだ。
校舎ほどの大きさもある巨体、あれは――ドラゴンだ。




