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試験

 眼下でミスリルの大剣が宙を舞い、男が勢い良く吹っ飛ばされた。


 今日は中等部三年進級試験。試合の最中は担当の術士数人で結界術が張られ、その周りを暇な下級生や上級生が大勢で見物していた。学校生活で実戦試験があるのはこの年だけだからな。

 こっちでこれなら向こうはもっと見物が多いのだろうか。


 会場は二箇所の訓練所が使われており、半分の同級生はそちらで試験を受けている。割り振りは戦闘能力の評価。つまりこっちは“弱い”と評価を下された劣等生組。

 クレナとレコウは向こう。こっちは俺とリフェルとチマ。あと今カズが吹っ飛ばされて負けたところだ。


 いくら体力に自信があっても飽くまでこれは魔法戦闘。肉体強化魔法――スタイルアップ――の精度次第で素の体力の差は無いに等しい。

 しかも試験官は現役の近接物理型戦闘要員(レギュラー)、スタイルアップのエキスパートだ。まともに剣を持って勝つのは難しいだろう。


 だがこの試験は勝たなくてもいいのだ。というか普通は勝てない。日頃鍛えた力を見せる。それをどこかで見ている誰かが採点する仕組み。


「おーいてて、ちくしょう」


 カズが俺の後ろ、階段状になっている上の方にドカっと腰を下ろした。まあ一応同級生だし、こいつも受かると良いな。

 俺の左側ではぎりぎり仕立て間に合った制服を着たリフェルが、髪の色と似た青白い顔をしてガチガチに緊張している。転入早々試験がこれでは無理もないけれど、大丈夫か?


 ……あと距離が近い。腿は殆ど、肩は完全に当たっている。次は手でも握ってきそうな勢いだ。これは俺も恥ずかしいぞ。

 勘違いされるからもう少し離れてくれないかと言うと、青い顔を赤くして謝りつつ一度離れるが、気付くとまたくっつきかけていた……。不安がそうさせるのか? もう放って置こう。



 くいくいと逆側から腕を引っ張られた。


「シュゼ、もうすぐボクの番。作戦ない?」


 チマか。うーむ。実はたまに考えていた。チマはどうやって試験を乗り切ればいいのだろうと。

 他の結界術使いは大概皆自衛程度の攻撃手段も持っている。結界で身を守りながら逃げ回り、合間に簡単な攻撃魔法や剣で牽制するという戦い方が出来る。

 しかしこいつには攻撃手段が無い。使えないのか使わないのかは知らないが、とにかく結界術以外無いのだ。頭の出来が良いこいつが俺に訊くということは、表情には出さないが追い詰められているのだろう。多分。


 だが俺には結界を張って亀のように丸くなり、魔力が尽きるか、結界を突破されるギリギリまで攻撃を耐えることくらいしか思い付かなかった。一応これでも結界の強度や持続性はアピール出来る。ただ本当にこれだけで大丈夫か、チマでは強度が保たないのではないか、という不安は隠せない。……うーん。



「俺が考えてやろうか?」


 後ろからカズが野太い声をかけてきた。確かこいつも見た目に似合わず、チマに次ぐ程度には座学の成績が良い。でも今無様に吹っ飛ばされたばかりで期待できるのか?

 ……とりあえず聞くだけ聞いてみるか。

 チマは結界術使いで、攻撃手段が無いことを俺から伝えてやった。


「そりゃまた難儀な話だが……。おいちびっ子、おめぇ“閉じ”られるか?」

「閉じるって何? あとちびっ子って言うなデカ男」


 カズが言う作戦は、魔法で身を守ろうと思うなら普通は自分の周囲に張る結界を、逆に相手を囲うように、なるべく小さく張るというものだった。

 上手くいけば相手が剣を振りかぶるスペースを潰せるため、結界の耐久を保ちやすい。

 また、結界は空気を遮断する。更に上手くいけば酸欠で勝ちも狙えるかもしれない。


 ただ懸念もある。相手の周囲に結界を張るならば、チマの場合は手が届くような距離まで近付かなければならない。結界術は他の魔法に比べ発動の際に足を完全に止めなければならず隙が大きい。だからこそ実戦では使われない戦法だ。


「それ、相手は近付かれるまで黙って待っててくれるのか?」

「恐らく問題ねぇ。戦ってみてわかったが試験官は先手を取らねぇ」


 試験官にはこちらが何かをしようとすると、それを見終えてから反撃に移るというルールのようなものがあるらしい。


 カズと戦った試験官は交代して次の担当が会場に降りているが、このルールは多分変わってないだろう。開始いきなり近付いてしまえば逃げない可能性は高い。

 もし逃げられても亀戦法に切り替えればいい保険がある。カズが考えついたあたりが妙に悔しいけれど、賭けとしては悪くない作戦だ。

 あとはチマの技量と持久力次第。結界を閉じる魔法は詠唱法則外の使い方ゆえ、精度よりも技術力が物を言う。


「ん。それでやってみる。ありがとうシュゼ、デカ男」

「チマちゃん、頑張ってね」


 リフェル、お前もな。戦う前から目が潤んでるぞ。チマは逆に、もっと緊張した顔をした方がいいと思うが。




 ――結論から言うと、この作戦は失敗した。


 開始すぐ“閉じる”ところまでは成功したものの、すぐに破られてしまう。

 余分な空間が広すぎたのもあるかもしれない。剣の切っ先を結界に当て、思い切り押す。それだけでしばらくするとビシビシとヒビが入り割れてしまった。


 結界が剣の先のような『点』の力に弱いことは授業で習っていた。だが勢いも付けず、押すだけで割れるというのは俺もカズも、恐らくチマも知らなかっただろう。一般の軍に普及している鉄の剣ならばこうはならない。

 これは俺たち術士が扱うミスリルという魔力を帯びる剣――魔法銀――特有の現象に思えた。


 だけどそこからチマは粘りを見せる。すぐにしゃがみ込み、結界の面積をなるべく少なくして強度を上げ、自分の周囲に展開。亀モードに入る。

 これもすぐに割られてしまうが、結界の内側に更に結界を張るという、強度不足を技術で補った高度な技で、魔力と息が切れるまでそれなりの時間をもたせることに成功した。二重結界。おそらく理論的には可能だが実践するとなるとかなり難しい。

 流石さぼり魔でも天才と言われるだけはあるじゃないか。



 しかし驚くべきはこの試験官。普通俺達は対術士の戦法に詳しくない。何故なら相手に術士がいないから。この学校の卒業生以外で魔法を戦闘用に使える者なんて、本当に限られておりまず遭遇することはない。

 でもこの人はよく戦法を研究している。誇るべき先輩が、今は大きな壁だな。




 さぁ次はリフェルだ。俺とクレナで作戦は与えてある。

 場内に降りてしまえばもう、中の音もこちらの音も聞こえない。最後のアドバイスをしておくか。


「リフェル、もし相手を傷付けるのを怖がってるなら大丈夫だ。あの試験官相当だよ。ちょっとやそっとじゃ倒せない。思いっきりやっていい」

「は、はい! 頑張ります! ん!」


 謎のポーズをしてズンズン歩いて行った。どうやらチマの奮戦を見て気合が乗ったらしい。




 階段からリフェルが下りて来て場内中央、礼を交わす。

 彼女は即座に後方に向け走り距離を取る。相手はまだ動かない。そこから一呼吸置いて――。

 ウォーターウィップ怒涛の連発。右手から、左手から、まるで子供が駄々をこねるように両の腕をブンブン振っては、その都度まともに当たれば致命傷にもなりかねない水の鞭が様々な角度で叩きつけられる。


 周囲がざわめく。いくら下級魔法とは言え、あれだけの威力を保ったままこんな速さで連発出来る奴は、同学年で他にクレナくらいのものだろう。俺達がこの一週間教えこんだのはまさにこれだった。

 まだこれしか戦闘用の魔法が使えない、その弱点を強みに変える。これしか使えないのならば、他の魔法や行動を意識する必要は無い。場内戦で最適な中距離術式ウォーターウィップだけに意識を注げる。魔法において集中は力。それゆえの連射力。


 リフェルは身体能力強化の術式“スタイルアップ”がまだ実用レベルで使えない。これは致命的なことだった。俺達は魔法を習いだすと、適正の有る無し関係なくまずこれを徹底的に教え込まれる。

 この狭い閉じた空間、移動速度の差は大きい。遠距離型の術士は接近されれば終わってしまう。それをどう克服するかも、この試験のポイント。


 しかし流石と言うべきか、試験官はこの連射を捌く。剣で受け、ステップで躱し、掌で襲い来る鞭の軸を叩き割る。水魔法は重いこともあり、しなる先端部以外が遅い。それを見事に看破されていた。

 リフェルにはあえてコントロールの特訓をしなかった。ランダムに飛ぶ鞭がフェイントや目眩ましにもなると思ったからだ。

 だが試験官は的確に当たりを見極め、じりじりと近付き、そして……終わった。



 接近された時の手段も与えてはいた。人間の半身ほどもある、巨大なウォーターボールを放つ。

 ダメージは無いに等しいが、これを突然目の前で出されれば当たる、躱すの何れでも隙が出来る。体勢が崩れたところに鞭を見舞う、という作戦。

 現実は放ったウォーターボールを剣で真っ二つに裂かれ、真っ直ぐ距離を詰められて終了という有様であった。こんなに違うものか。学生の考えることと実戦の世界で生きている戦闘要員(レギュラー)のレベルは。



 ――諦めない。俺は今日、試験に受かるためではなく、倒すためにここにいる。

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