魔物
焦る心をなんとか落ち着かせ、俺達は拠点としていた要塞へ向かって駆けた。
術士は足が遅い。俺とユーマ、それから近接戦闘組の予備隊が先行して走る。要塞にあるウィズ直通の転移陣へ。それほど距離は離れていないがもどかしい。
後ろからはクレナとリフェル、それと待機していた術士が十名ほど。
開戦は早朝、太陽はまだまだ東の空にある。夜は遠い。
駄目か。もし夜だったら街に侵入した勇者共なんてリサ一人で片付けられたかもしれないものを。たまたまか、それとも知っていてあえて昼を狙ったのか、不利でも夜まで耐えれば……という戦術が取れるような時間じゃない。
「シュゼ~。はやくはやく」
要塞には意外なことにチマが大きな鞄を背負って待っていた。
「なんでここにいるんだ!」
「封魔の森近くに転移陣を繋げてきた。魔物がいっぱいで大変なんだ。傭兵長達がなんとか押し返してる」
ウィズから封魔の森は近いとはいえ、走ってもそれなりに時間はかかる。転移陣があれば救援も早いな。しかしウィズと森、どう戦力を割り振るべきか。今はまだ報告が無いが機を見てウィズに勇者が攻め込むのは自明だ。
「ごめん、少しだけステラに会ってきてもいいかな」
「ああ。クレナ達を待つから少しなら時間はある」
ユーマは頷くと「すぐ戻るよ」と言い残し牢の方へ向かった。
そうだ、今こっちにはユーマもいる。さっきの戦いぶりからして一対一なら人造勇者を圧倒する程度に強い。
だったら俺とユーマでウィズに――いや、もし勇者がしばらく姿を見せなければその間の戦力が無駄になる。魔物に関しては知識がないが、傭兵長が以前下手すれば大陸の人間が滅ぶほどだと言っていた。
勇者も魔物も、状況次第でどちらもウィズを壊滅に追い込みかねない危険性がある。不安で吐きそうだ。
「随分悩んでるな参謀さん」
近接予備隊の先輩が声をかけてきてくれた。
「まずは安全確認だ。少し待ってな」
そう言い残し、先輩は晶石をいくつか持ちウィズ方面の転移陣へ向かう。
「戻ってこなかったらこっちは使うな」そう言い残し光になって消えた。とても危険だが、誰かがやらなくてはいけない確認作業。もし既にウィズ側の転移陣を勇者におさえられていたら、向こうに着いた瞬間無防備なところを斬られる。
誰も止める者はいなかった。ウィズの人間はこうした自分が犠牲になることを厭わない者が多い。それを違和感なく受け止めてる俺もいる。きっとこれも異常なんだろうな。
すぐに先輩は戻ってきた。二重の意味で胸をなでおろす。街への直接転移も出来そうだな。
「参謀、近接組は全員こっちだ。魔物は数が多いんだろう? 火力のある術士を回した方がいい」
「そうですね、お願いします。それから地術士もそちらへ回します。彼らなら市街戦で役に立つ」
「わかった。森の方は戦力足りるのか?」
「俺とユーマ、寝返った勇者が向かいます。あいつは俺たちと違って使い倒しても魔力切れの心配がない」
先輩は一瞬不安そうな顔をしたが、少し思案してから「気をつけろよ」と俺の肩を叩く。
せめてイシルディンをそちらに渡そうとしたが、片刃は使ったことがないと断られた。それもそうか。俺も練習しなきゃ使えなかったもんな。
対グラード用に温存していた近接組六名は転移陣からウィズへ飛んだ。
グラードが現れるとしたら街だ。本当は俺も近接組に混ざった方がいいのかもしれないが、ユーマの側についててやらないと仲間に撃たれそうで不安なんだよな……。
「チマ、聞きたいんだが魔物って……なんだ?」
「なんだって……魔物は魔物」
それもそうなんだが。戦い方のヒントとか、は流石に知らないよな。
「色んな種類がいるからボクも詳しくはわかんない。弱いのもいればすっごい強いのもいるって」
「……わかった。ヤバそうなのが居たら教えてくれ。出来ればでいい」
やがて後続の術士達が息を切らしながら到着し、ユーマも戻ってきた。
どこから見つけてきたのか連合軍の鎧を胸の部分だけ着ている。頼むから味方に撃たれるなよ……。
「ステラとはもういいのか」
「うん。待っててくれって言ってきたよ。必ず戻るからって」
「そうか。なら、死ねないな」
俺は地術士に指示を伝え、ウィズ方面へ飛んでもらった。
あとは全員封魔の森方面へ――見ると、チマによってユーマがロープでぐるぐる巻きにされている。
「ちょっと! なに? なにこれ!」
「うるさいなー黙ってて。今から行く森の木の皮から作った貴重な縄だよ。これ巻かないで転移したら良くて全裸だよ」
「そうなんだ。うるさくしてごめん。全裸は嫌だ」
緊張感ねーな……。
俺は巻かれたユーマを担ぎ、全員で転移陣のところへ。
――光に包まれ目を開くと、草原の中にいた。
右手側には森が見える。尋常じゃなく木の背が高い。世界樹とよく似ているな。
このあたりには初めて来たが不思議な光景だ。草地と森の境目が線を引いたようにくっきり分かれている。
チマはユーマの縄をほどき終わったようだ。
遠くで戦闘音が聞こえる。よく見ると何やらよくわからない生き物がまばらに、しかし確かに多く森から出てきているのが見えた。
おそらく全員が初めて見る、魔物。こんなものが、俺たちの住む世界のすぐそばに生きていたなんて……。
皆の間に緊張が走るのを感じた。
「リフェル、クレナ、魔力の残りは」
「まだいけます!」
「あたしも。感覚的には半分以上残ってる」
かなり使っていたように見えたから一応聞いたんだが、心配無用だったか。
流石序列トップ組は違うな。
こちらの戦力は全員で九人……足りるのか?
いや、やるしかない。
「よし、行くぞ。まずは傭兵長と接触する!」
俺はチマの鞄を掴んで背中に投げ乗せる。
正真正銘、最後の戦いだ。今日、日が沈む前に全てが終わる。




