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蜘蛛の戦場3

 呼吸を整え、戦場を見渡す。

 虫けらのように魔法で蹴散らされていく帝国兵。前線では帝国と連合の歩兵がぶつかり、押し合いをしている。勇者は……何箇所かで交戦中のようだ。

 ……どうもおかしい。違和感がある。


「ユーマ、俺と合流する前に何人勇者を倒した?」

「後ろから不意打ちで首を三つ。……シュゼ、この戦いはおかしいよ。僕が聞いていたよりも勇者の姿が少ない」


 そうだ。今まさにそれを考えていた。

 これは俺たちにとってほぼ最後の決戦となる。はずだ。

 歩兵の投入数から見ても帝国も同じく戦力を惜しむ様子はない。だがしかし勇者が少ない。もうこれしか残っていなかったのか?

 一見では勇者の判別は難しい。もしかしたら歩兵に紛れて好機を伺っているのかもしれないが……それにグラード。奴はどこだ。



 一度ユーマと、魔力を消耗したクレナを連れカズ達のいる中央へ戻る。


「大したもんだぜおめぇは。よく生きてたな。グラードはまだ見えてねぇ。奴はここに居ないかもしれねぇな」

「ユーマ。グラードはどこにいるのか知らないか」

「わからない。砦では見かけなかったけれど、僕が知らされていないだけかも。この戦場に居ないとまでは保証できないよ」

「そうか……カズ、どうも勇者の数が少なく感じる」

「あぁ。そいつは俺も思っていた。勇者だけじゃねぇ。歩兵も後方にいくらか予備戦力を残してやがる。奴ら思ってたより消極的だぜ」


 続けてカズは誰に言うでもなく小さめの声で「嫌な感じだ」と呟いた。同感だ。

 敵が何かを仕掛けようとしている気配はわかるのに、その正体が全く掴めない……。


「ところでリフェルは?」

「さっきまでそこでおめぇの頑張りを見てたけどな。フラフラしてたから後ろで休ませた」

「心配だな。少し見てくる」

「はぁ~。どうもお前はあの子に甘いねぇ」


 そうか? ……そうなのだろうか。自覚は無いのだが。

 後方へ丘を下り見回すと、簡易的な布の屋根だけを張った下に大量の怪我人が運び込まれていた。殆どが連合の兵だろう。うーん、あそこには居ない気がする。

 少し大きめの岩が転がっているのが目に入る。あの影に……いた。


「こんなところにいたのか」

「ひゃっ!? シュゼさん脅かさないで下さい」


 そんなつもりは無かったのだが、図らずもこの間脅かされた意趣返しのようになってしまった。

 座り込んでいるリフェルに顔を近付け様子を見るが、さっきよりは落ち着いたようだ。だけどまだ少し顔色が悪いかな。


「……シュゼさんの戦い、見ていました。私は……」

「別に、何も考えなくていいさ」

「えっ?」

「この戦いは結末がどうあれ、もうすぐ終わる。傭兵稼業も終わり。リフェルが戦う必要はなくなる」

「そう……ですね」

「一年前まで芋掘ってた田舎の娘が突然こんなことになったら、そりゃあ戸惑いもするだろうさ」

「芋は掘ってないですっ!」


 少しは元気が出てきたようだ。

 俺たちは命を奪うことを悩まない。戦場でいちいち敵を殺すことを悩んでいては自分の命が無くなるのを知っているから。それでも、なんだかリフェルだけは悩んでいるのが似合う気がした。

 こいつだけには、何の感情もなく人の命を奪うようになって欲しくはない。一つ望むならばただ、俺たちのようにしか生きられない人間を見て、知っていて欲しい。

 何故かそのような、もう失ってしまった人間としての渇求。祈りを、俺はリフェルに探していた。



「シュゼ! やべぇことになった! こっちに来い!!」


 突然、丘の上からあたり一面に響き渡るような大声でカズが怒鳴る。

 ああ、くそっ。嫌な感じだな全く。今行くよ。

 立ち上がり急いで向かおうとしたところで、リフェルが俺の腕にしがみつき立ち上がった。


「私も行きます」

「まだ万全じゃないだろ。休んでろ」

「いいえ。私、決めました。まだ何が正しいのかわかりません。それでも、最後まであなたの側で見届けます。足手まといにはなりません!」


 表情はまだ憔悴していたが、その目には確かな意志が宿っている。

 そうか。わかった。

 俺はリフェルの足を腕で掬い持ち上げると、一気に丘を駆け上がった。


「グラードか!?」

「違う! 今伝令が来た。ちくしょう、やられたぜ。奴らの狙いはウィズだった!」

「なっ……どういうことだ!!」

「落ち着け。伝令の話じゃ、封魔の森から魔物が溢れ出てウィズへ向かっているそうだ」


 封魔の森だと? ウィズの北に広がる鬱蒼とした広大な森林。

 中には魔物が居るとは言われていたが、出てきて街を襲った話は聞いたことがないぞ。


「どうやら帝国が森を切り開いたらしい。あいつら、本国から南下して直接ウィズを狙ってきやがった!」


 くそっ。くそっくそっ。

 だったらまさか、この八千の兵と勇者共がいるこの戦場、これ全てがオトリ、罠だったのかよ!


「なら勇者共がウィズに攻め入ってるのか!」

「まだ実行部隊は見つかってねぇらしいが、間違いなく時間の問題だろうよ。魔物の混乱に乗じるつもりだろ。……グラードも、おそらくそっちだ」


 魔物がいる森を切り開いて突っ切れるなんてあいつしかいない……。ここに勇者が少ないのもそういう訳かよ! なんで気付かなかったんだ!

 これを狙っていたんだ。いつからだ。どこから罠だったんだ。ずっと俺たちは踊らされていた。まんまと魔力を消耗してしまった!


「ねぇ! 敵兵が引いていく! あいつら、あたし達をここに釘付けにするつもりだわ」


 見計らったように徐々に帝国軍が退却を始めた。おそらく砦までは下がらずこちらの様子を伺う算段だろう。

 まずい。あいつらがここにいたら全軍でウィズへ戻るわけにはいかない。術士が居なくなればあっという間に連合軍は壊滅しツィドリハイム国まで攻め込まれる。


「カズ! どうすんだ。追撃して全滅させてから救援か、それとも――」

「待て、今考えてる……追撃は無しだ。もし北に逃げられたら手間取るどころか泥沼だぜ。シュゼ、それからここに居る奴らは先にウィズへ戻れ! 全戦力の半分をここに残す、もう半分を俺が見繕って救援に合流する! おら急げ野郎共!」

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