蜘蛛の戦場2
斜面を下りつつ右翼側へ駆ける。
以前ユーマと話した時に打ち合わせをした。叛逆するのなら左翼側で起こせと。つまり俺達から見て右側。そしてこっちには……赤い髪、赤い髪……。主戦場よりも幾分高い地形。皆が一心に敵方へ向け法撃している。クレナは……いた。
「クレナ!」
「シュゼ? ねぇあっちに!」
「わかってる。ユーマだろ。くそ、随分追い込まれてるな……。俺はあいつを助けに行く。ここから真っ直ぐ。最短でだ!」
「はぁ!? 無茶よ! 死にに行くつもり?」
「違う。生きに行く。あの野郎、二度も目の前で死なれちゃたまんねぇんだよ。クレナ、このためにお前をここに配置したんだ。俺を助けろ」
「……ほんっと。いい男ね! わかった協力する。雑魚は任せて。絶対生きて帰って来なさいよ!」
詠唱が始まる……。下に降りれば人垣で奥は見えない。クレナの爆炎が道しるべだ。
「最強の炎術師の最強の魔法で送り出してあげる。いくわよ……パス・クーディ・グラン! アストラルエンド!!」
――同時に直進、スタイルアップを最大に高め突貫する。
隊列を組んでいる連合軍兵を飛び越え、全速で前へ!
前方敵集団を炎――いや、白い、光が包む。
なんて強大な、力強い……とんでもない熱だ。太陽でも落ちたような、こんなに離れていても熱い。
顔を腕で隠しながら更に進む。
直撃を受けた敵兵の鎧が溶解していく。跡には骨も残っていない。
クレナ、ちょっとやり過ぎだ。
敵と接触する――。イシルディンの剣を抜き刀身に魔力を流す――。
「通してもらう! 邪魔だっ! どけっ!」
槍を突き出す帝国兵の懐に踏み込み、低い姿勢から横に剣を薙ぐとまるで霧を裂くように抵抗なく鎧ごと体を両断した。
凄まじい切れ味。片刃剣の扱いを練習した甲斐があった。
その威力に敵が怖気付き二の足を踏む。――今のうちに前へ。
前方で爆発が起こる。
あっちか!
突き出される剣や槍を掻い潜り先へ。足を止めたら穴だらけにされる。止まるな。クレナを信じろ!
爆発。人が舞い飛ぶ。
転がってきた焦げた足を前方の敵の顔面へ蹴り込み、それごと縦に分断する。
爆発。そろそろ……抜けた!
兵の壁を越えた。まだ背後から追われるがもう俺の足には追いつけない。
ユーマは……。いた。勇者に追われている! 数は三匹!
チマから聞いている。イシルディンは人体並みに魔力の伝導性が高いと。
だから、こういう使い方も――!
「フェルム・スト――」
「シュゼ!?」
勇者に飛びかかり、真っ直ぐ脳天に振り下ろす!
金属がかちあう高い音。
鉄剣に食い込みつつも頭上で防がれた。
それでいい!
「ヘルフレイム!!」
剣の刃から放出された爆炎が、無防備な勇者の顔面へ直撃する。
顔を押さえ悶絶するが喉ごと焼けたのか、悲鳴も聞こえない。
そのまま手首を返し、剣を下から上へ、勇者の腕ごと喉笛を裂いてやった。
まず、一人。
「なんで来たんだよ馬鹿!」
「馬鹿はお前だ! いつも勝手に死のうとしやがって!」
残った二人の勇者が飛び込んで来るのをユーマの剣と俺の魔法で弾き飛ばす。
「それよりまずは」
「ああ。死なねぇために――」
「「こいつらをぶっ殺す!!」」
背後からは敵兵の群れが迫る。時間がない。
一撃だ、一撃で決める。
さっきは不意打ちが成功したがこいつは――。
勇者が剣を大げさなほど上段に構える。
イシルディンの剣なら、多少筋力を下げても勇者の鎧を切り裂ける。
リサに授けられたスタイルアップの応用技上級編――危険だが、試してみるか。
「スタイルアップ・デクリネーション」
不要な感覚を消し去り、脳、視覚、身体の神経、一瞬の動作に必要な箇所を強制的に活性化させる。筋肉ではなく、神経ではなく、魔力で身体を動かすイメージ。
負担が大きいから長時間は無理だ。
剣を頭上に掲げる勇者へ歩いて近付く。
イシルディンは腕の力を抜き垂れ下げる。
副長に教わった、剣術において最も単純で最強の技。
攻撃を、前へ躱す。
敵も俺がカウンターを狙ってきていることは気付いているだろう。
起こりを見逃すな。こういう時に選ぶ手は……。
――間合いに、入った!
敵が動く。
上段? いや、蹴りだ――!
「――――ふーっ」
体がどう動いたのか今ひとつ実感が無い。
ただ気付くと真後ろで、さっきまで一つだったものが二つの肉塊になり地面に崩れ落ちる音がした。
「ユーマ!」
ユーマが戦っていた方を急いで確認すると、地面に組み伏した勇者の首からユーマが剣を引き抜き、こちらに振り返るところだった。
「強くなったね」
「まぁな。ほら早く逃げるぞ!」
背後を見るともうすぐそこまで敵兵が迫っていた。
二人でそいつらを斬り伏せながら、集団を避け大回りで自陣方向へ逃げる。クレナも援護してくれてはいるが、俺たちを気にしてか火力は控えめだ。
「あ、お前いつまで鎧なんか着てんだよ!」
「なんかって、鎧は着るものだろ!」
「敵と間違えて撃たれるぞ! どうせ大して役に立ってないんだから脱げよ」
「あ。そっか。脱ぐよ」
ユーマは全力疾走しながら器用に着ている防具を外し、それを身体を反転させつつ追ってきている敵へぶつける。
走っているところへ勇者の膂力でもって鉄の塊を投げつけられる。即死級だな……。
「ふふ」
「こんな時に、何笑ってんだよ」
「昔もさ、こうやって二人で逃げたことがあったよね」
昔、そういえば、こいつが食堂から何かつまみ食いして追いかけられたことがあったっけ。
結局二人で捕まって長時間説教を食らったな。俺は何もしてないのに……。
「でも、今度は捕まるわけにはいかないね!」
「おいユーマ。戦場で昔の話をするやつは死ぬんだぞ」
「えっ本当!?」
嘘だよ馬鹿。昔の仕返しだ。
ようやく自陣が近付いてきた。連合軍の隊列が見える。
「飛ぶぞ! 攻撃されないように絶対俺の近くにいろ!」
まずは俺が、続けてユーマが人垣を飛び越え、クレナの元に戻った。
……流石に息が切れる。終わってみれば瞬く間の出来事に感じるが、内容はぎりぎりだった。
もし最初の不意打ちが失敗していたら……。もし次の勇者を仕留めるのに手こずっていたら……。
「シュゼ~! よくあたしの元に帰ってきた! あんた偉いよー!」
膝に手をついて息を整えていた、いくらか血に濡れた俺の頭を躊躇なくクレナは胸に抱きしめた。
……苦しい。クレナの匂いがする。
こいつがいて、本当に良かったな。
「ありがとなクレナ。ユーマも、クレナにお礼、言っておけよ。……あと、苦しい」
「うん。クレナありがとう。それからシュゼも――」
「俺はいいんだよ。お前を助けたのは自分のためだ」
「わかってる。それでも、ありがとう」




