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片刃の神剣

 要塞の裏手に位置する平原。いつかクレナとリフェルとで訓練をしたあたり。まだ雑草が四角に焼き描かれたまま残されている。

 左腰の柄を握ると鞘から引き抜き、刃を露出させる。晴天の空が差す光に溶け込むようにして白くそこにある神剣、イシルディン。光っているのとも少し違う。ほんの少し刃で指を切り、血を塗りつけてみるがそれすらも赤ではなく白に飲み込まれていった。


「不可視の剣、か」


 決して見えないわけではないが、確かに高速で振るえば視認性は低いだろう。

 しかしなぁ、片刃かぁ……。


 片刃では裏刃を用いた死角攻撃など接近戦用の技術が使えない。切り返しも手首を返さなければいけないのでほんの少し制限がある。

 勇者との戦いではそこまで掴み合うような距離で戦うことはないとはいえ、一度手に染み付いた技が使えないのは大きい。咄嗟の際に思考が淀む、致命傷になりうる。古代の誰かさんは一体何の利点があると思って片刃の剣なんぞ作ったのだか。呼びつけて説教してやりたい。


 左手に持っていた鉄の鎧を宙に放り投げた。

 連合軍の鎧で、使えなくなったものを貰ってきたのだ。勇者が使う闘気を帯びた鎧とはまた違うものの、いくらかの目安にはなるだろう。

 投げた鎧が落ちてくる。

 左足を引き、腰を捻り、剣の柄に手を添え、魔力を流す。

 丁度鉄の塊が目の前に差し掛かったその時、鞘から引き抜く流れのままに鎧を斬った――はずだった。


 驚くほど剣は軽く、そして手応えも殆ど無く、土に落ちた鎧は放り投げた時と同じ形のままに見事な着地を果たしていた。

 確かに俺の眼は塊に剣が滑り込むのを目撃している。試しに鎧を蹴飛ばしてみると、丁度中間から半分となり崩れた。

 神剣と言うだけはある、恐ろしいほどの切れ味。もしかすれば勇者の鎧も……。片刃が面倒とはいえ使わない手は無いな。



 異様に軽いこの剣に手を馴染ませるように素振りを繰り返していたところ、ふと背後に気配を感じ振り返る。

 ――驚いて一歩後ずさりしてしまった。気配に比べてその人物は既にあまりにも近くに居た。


「丁度良かった」


 そう言って初老の男はこちらへ木剣を投げ渡す。

 白髪の混じったグレーの頭髪に比べ、背筋は鉄芯が入ったように伸び切っている。ウィズの戦闘服を着てはいるが、俺たちのそれとはかなりデザインが違っている。古いものなのだろうか。


「あなたは……確か名前は」

「ネーガーです。一応肩書は副長ですが、セリカ様の秘書のようなものですな」

「セリカとは……」

「あぁ失礼、傭兵長のことです。未だに彼女が幼い時分の呼び名が抜けず、お恥ずかしい」

「そうでしたか。副長がどうしてここへ?」


 副長は俺に投げ渡したものともう一本、まだ手元に残した木剣を左手に構え、感触を確かめるように宙を二、三度切りつけながら話す。


「流石に衰えてはいますが、剣術には少々心得がありまして。『練習相手になってやれ』とのお達しです」


 なるほどね、俺が片刃に苦戦するのも傭兵長はお見通しってわけか。


「助かります。是非」

「ではいきなりですが、まずは腕を見させて貰います。私は魔法が殆ど使えないので剣術のみでお願いしますよ」


 左手に剣、左足を前に、そのつま先あたりへ剣先をゆらりと下ろし副長は半身に構えた。

 理想的な、自然な脱力。力みもなく、筋肉を瞬発させる直前の状態を維持している。構えだけで既に熟練の技を彷彿とさせる。

 俺もいつも通り右手に剣を握り半身になり中段に構える。


「さぁ、どこからでもどうぞ」



――――



「よく、わかりました。今日はここまでにしましょう」

「ありがとう、ございました……」


 構えを解き頭を下げる。

 俺は全身から汗を流し肩で息をしているが、副長は薄っすらと汗を流す程度で明らかに俺より疲労が少ない。やはり傭兵長が遣わしただけあり、歳の割りにとんでもない化物だった。自分の未熟さが悔しい。


「気を落とすことはありませんよ。あなたの戦法はスタイルアップを基本にしたもの。それを使わないのだから慣れていなくて当たり前。むしろ慣れてもらっては困るのですよ。これは実戦ではなく筋力トレーニングと同じ、基礎訓練と思って下さい」

「基礎訓練、ですか」

「それでは時間が無いのは確か。あまり付け焼き刃は感心しませんが、仕方がないですな。いくつかアドバイスをしましょう」


 片刃剣における間合いのとり方、イシルディンの切れ味を前提とした踏み込みの深さ、長剣を振る手首の使い方などの技術的なことを簡潔に教わった。

 副長は教え方が恐ろしく上手く、あまり頭の良い方でもない俺にもすんなり飲み込める。話を聞いただけでまるで自分が少し強くなったような気さえした。普段から剣術講師やってくれればいいのに。



「私は執務でウィズに居ますが、明日からも稽古をつけに来ます。今日教えたことを忘れないように」

「はい。よろしくお願いします!」




「ほら、足止めない。走れ走れ~」


 可愛らしい声で激が飛ぶ。

 昼間は副長、夜はこいつが師匠。ギャップが有り過ぎてどうにも調子が狂う。

 リサは俺の放った電撃魔法を結界で受けるでもなく、軽く手をかざし“分解する”という反則的ないなし方をしながら声を張る。

 夜の世界樹で久々に稽古をつけて貰っているのはいいが、そうも簡単に魔法を防がれると勇者との戦いでせっかく芽生えかけていた自信が消えていくのだが。

 ……どうせグラードには一度こっぴどく負けている。自信など持つべきじゃないのかもしれない。


「どっちつかずの存在だから仕方ないけど、やっぱ魔法の才能無いよね~」

「うるっせえよ!」


 俺が意地で放った火炎はリサの小さな手でパタパタと扇がれ、円状に分散するようにして消えた。が、直後何かがリサの額に直撃して顎を跳ね上げる。

 まぁ何かがっていうか、俺が火炎の中に隠して投げた小石なのだが。

 結界で受けないからそうなる。一矢報いた。


「……ほほーう、師匠にそういうことするんだ」

「いやそれよりさ師匠、夜の師匠は本当強いよな。魔法分解とか聞いたことねーよ。そんな強いなら師匠が帝国倒してきてくれればいいのになーなんて」

「えー? 流石に無理だよ~確かに強いけどさ~」


 なんとか誤魔化せた。滅茶苦茶ちょろいなこいつ。



「……もう少しこれを生かせるような戦い方が出来れば、魔力の節約になるんだけど」


 いつものように世界樹の幹に背中を預け休みながら、誰に言うでもなく呟いた。

 イシルディンを引き抜いてみると夜の闇の中では炭のように暗く、黒い。


 特訓により体の中には残った魔力が一割。このスタミナではやはりどう頭の中で都合よく想像してみても、勇者と四、五人戦うと魔力が切れる。

 決戦だ。次の戦いが最後なんだ。どれだけ勇者がいるか計り知れない。グラード自ら出て来ればそれとも戦わなければならない。

 スタイルアップは燃費が良いが、そればかりではいくらイシルディンがあっても勇者に勝てやしない。何か良い魔法は……。


「一応、あるには……」


 リサが隣で小さく曖昧な答えを発した。


「え? 何かあるなら教えてくれよ」

「んにゃ~やっぱ駄目。聞かなかったことにして~」

「それは無理だろ! 俺の耳はそこまで聞き分けが良くないぞ」

「にゃあ~失敗したぁ~。お口滑ったぁ。駄目なんだって~神経いじるから体の負担大きすぎるんだよ」

「何をにゃーにゃー言ってんだ。負担なんて次で最後なんだから、この戦争が終われば二度と戦えなくなったって俺は構わないんだよ」



 暫くの間リサは唸ったり転がったりとよくわからない悩み方をしていたが、俺が「もういい」と少しヘソを曲げたふりをすると、ようやく渋々ながら教える気になったようだ。

 ちょろい。何年一緒に居ると思ってるんだ、弱点はお見通しなんだよ。


「これもスタイルアップの応用だけど、本当に気をつけるんだよ? 使いすぎると脳と神経焼き切れて術士でも再生出来なくなるからね。キミ才能無いんだから」

「わかってる。ここ一番でしか使わないよ」

「その基準がキミは緩いから心配なんだよ~。むぐぅぅぅ……。シュゼはさ、お爺さんになっても戦争が終わっても、ずっと元気で沢山此方に会いに来て、沢山お話しなきゃいけないんだからね!」


 寂しいのだろう。

 だったら俺以外にも姿を見せればいいのにと思うが、優しいこいつには昔の出来事が相当心の傷になっているのかもしれない。

 だけれど俺は……。


「俺が俺としてリサに会いに来るためには、昔のように怯えて泣いていたんじゃ駄目なんだ。皆を死なせないために、戦って勝つことでしか、もう俺は俺で居られない。だから戦っても死なない力を貸してくれ」

「もう、この子は……はぁ……時間ないんでしょ! ちゃんとものにならなかったら使用禁止だから!」



 付け焼き刃でもなんでも、やれることはやっておかないと。

 もうすぐだ。もうすぐ、次の戦いで全てが決まる。

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