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結ぶ4

「神託の少女って、あの、大昔人々が苦しんでた時に教えを授けたとかいう……」

「お前がいつか話すって言ってた秘密はこの子かよ。すげーな。殆ど神様みたいなもんか」


 人としてはありえないリサの登場を見たせいか、思ったよりすんなり事実を受け入れてくれたようだ。

 クレナは小鳥でも捕まえるようにゆっくりリサへ近付くと、その頭を軽く触った。何がしたいんだか……。

 リサは不満そうな顔でされるがままになっている。


「ク、クレナさん、失礼ですよ! 神託の少女様に対して!」

「でもこの子すっごい可愛くない? リフェルちゃんも触ってみなよ。神様触れる機会なんてないよ」

「そんな、罰当たりな…………わぁ髪サラサラ」


 リサはまだ何も言わない。目を細めて何故か俺を睨んでいる。

 ずっと傭兵長を無視してたり、さっき呼んでもすぐ出て来なかった罰だ。助けないぞ。


「ボクも触る~。あ、ボクより少し大きい。肌白いね~。さっきどうやって出てきたの?」

「お、オレも~――」

「あんたは駄目!」



 三人は飽きることなくぺたぺたと触り、撫で続け、リサの拳がぎゅーっと握られていく。

 あ、キレる。


「もう終わり! 禁止!」


 なんの動作もなくリサの体の内側から結界が張り出すと、それがそのまま拡大していき三人を弾き飛ばした。

 いつもながらよくわからない魔法の技術を使う……。


「なんでシュゼ助けてくれないの!?」

「まぁ、お仕置きってことで。済んだところで本題に入ろうか」


 俺は緩んだ空気を一度引き締めるべく、少し溜めを作ってから続けた。



「リサ、俺は勇者だったよ。お前は知っていたんだろう」

「うん。知ってたよ」

「なら何故魔法が使えるんだ」

「それは本当に偶然。奇跡のような偶然なんだよ」


 リサの体液は猛毒。これは本当らしい。

 術士が飲めば廃人か死。勇者が飲めばこれも人ではない何かに変異し、死ぬ。リサの体は世界樹の魔法。リサの体液は高濃度な魔力の塊。魔力と魔力、魔力と闘気が反応し合い、飲んだ者の体を崩壊させる。


 だが俺は無事だった。それは勇者へと覚醒する直前だったため。

 勇者の素質を持つ者は元々魔力が不安定だが、それが覚醒へと至り闘気に変質する直前、ほんの僅かな間だけ体が持つ魔力も闘気も完全にゼロになる。だから俺は体が反発することなくリサの魔力をそのまま受け入れ、勇者へと覚醒もせず、今日まで過ごしてきたらしい。

 なら、俺の体に今流れるこの魔力は、リサのものと同質ということか。



「でもグラードと戦った時、俺は勇者になっていたようなんだ」

「それは此方の言いつけ守らないからだよ! 魔力使い切ったでしょ~!」


 そうか。あの時俺は頭に血が上って、大技を連発してしまった。自分でも気付かないうちに魔力を使い切っていたのか……。

 勇者の血を抑える魔力が無くなり、勇者へと……。そして操られ……。


「なら、術士のままでいれば俺はグラードと戦えるってことか!」

「んー。多分ね。でもそいつ、原祖の勇者でしょ? きっと相当強いよ。一人で戦わない方がいいよ」

「リサでも勝てないくらいか?」

「えー夜なららくしょー。昼は無理~」

「なんだってお前はそんなに昼萎れてんだよ」

「此方は世界樹の一部だからね~。夜は本体が寝てる分、力を存分に使えるのさ」


 木が眠る? そんなことあるのか。

 とにかく、魔力さえ使い切らなければ俺はまだグラードと戦える。戦場に立てる。これは大きな収穫だ。



「ではリサ、わたしからも聞いていいだろうか」

「いいよ。言ってごらんなさいな。ノーレグの」


 傭兵長の雰囲気。いつもそうだが、いつになく真剣なピリピリした空気が伝わってくる。

 きっとあの“疑い”とやらを今直接ぶつけるつもりなんだろう。


「あなたはシュゼが勇者であることを知りながら長年黙っていた。それだけの力がありながら、我々に直接手を貸そうとはしない。――あなたは、一体誰の味方なのだ」


「……みんなの前に出ないのはね、それで昔失敗したからなんだ。此方は昔、ずっと昔、神託の少女って呼ばれてたよ。そうしてみんなに知恵と魔法を教えていた。でも、人が集まり力を得ると争いが起きるの。だんだん、世界樹と神託の少女を巡って、人々は此方が教えた魔法を使って争うようになった……。だから今はなるべく人前に出ないようにしてるんだ」


 そこでリサは傭兵長からこちらに向き直り、俺の両手を握った。

 銀髪の可愛らしい顔が、いつもは見せない憂いを滲ませた表情で下から見上げる。


「でも本当は、多分寂しかった。だからシュゼと出会えてとても楽しかったよ。何故キミに魔法を教えたのかは、わからない。此方はね、世界樹の一部。世界樹を守ることが使命で、本能。リサは世界樹の味方なんだ。

 もしかしたら無意識にシュゼを、世界樹を守る道具として利用していたのかもしれない。ごめんね、でも楽しかったから。毎日キミが魔法を教わりに遊びに来てくれて。勇者の力を持っているって知ったら、どこかへ行っちゃうんじゃないか、もう来てくれないんじゃないかって、怖くて聞かれるまで黙ってたんだ。ごめんねシュゼ」



 リサは顔を伏せ、握った両手を微かに震わせた。

 何百年生きているか知らない。人々に神様のように祭り上げられていたこともある。世界樹の魔法で出来た、人間のものではない体。

 でも今こうして、顔を伏せ泣いているじゃないか。過去に何があったか、どんな力を持っているか知らないが、今こうしているリサはただの女の子じゃないか。


「何言ってんだよリサ。俺はお前に感謝してんだ。魔法も使えず、どん底にいた俺を助けてくれた。勇者の血がなんだよ。俺は今その勇者共をお前が教えてくれた魔法でなぎ倒してるんだぜ。こっちの方がずっと良いに決まってる。利用されてたってなんだっていい。俺もリサと出会えて楽しいよ。これからも、ずっと会いに来るさ」


「……うあああんジュゼ~! ずぎ~!!」


 ……俺の腹に顔を埋め泣き始めた。

 あーあ、この涙も俺以外には猛毒なんだろ……。でも、もうしばらくこうしていてやるか。


「傭兵長、今の答えで問題ありませんか」

「……納得はいかん。が、お前がそれでいいならわたしからはもう何も言わん」



 リサはようやく泣き止んできた。……はずなのだが、何故か他にも啜り上げる声が聞こえる。


「ごべんなざい~私感動しぢゃっで~」

「おぉぉ! いい話だなリフェルちゃんよぉ!」


 どうしてリフェルとレコウが号泣してるんだよ……。

 リフェルはクレナに背中をさすられ、レコウはほっとかれている。


「ぐずっ。いい子達だね。シュゼの友達」

「んー。まぁな」

「ノーレグ。此方はキミのお爺さんとお父さんが作ったこの街が好きだよ。人も、みんな好き」

「……わたしもです」


 リサは何度も俺の服に顔をこすりつけ涙を拭うと、ひたひたとリフェルの方へ近付き、腕を伸ばし頭を撫でる。


「リフェル。魔女の娘よ。どうかシュゼを、助けてあげてね」




 世界樹の台地から街へ降りてもまだ少しリフェルは鼻をすすっている。いつも泣いたり笑ったり忙しい子だな。そこがリフェルの魅力なんだけど。

 昨日からまともに睡眠も取らず歩いたり話したりで妙に疲れがでてきた。クレナと「向こうに戻ってさっさと寝よう」なんて話をしていると、急にチマが声を上げた。


「忘れてた! シュゼちょっと待ってて!」


 ……こちらが何事か問いかける前に、チマは街の地下へ続く階段へ急いで降りていってしまった。


「じゃ、シュゼおっさきー」


 クレナとリフェルも先に帰り、レコウと傭兵長もいつの間にか居なくなり、急に俺一人。早く帰って寝たい……。

 地下から子供達が騒ぎながら駆け上がってくる。

 初等部以下の学校と寝床は地下なんだよな。自分がその立場だった時はなんとも思わなかったが、今だと少し可哀想だなとも思う。


 確かこの街が出来た当初は地上じゃなく地下の施設が殆どだったと聞いたことがある。

 アベル・ノーレグ。傭兵長のお爺さんが世界樹と魔法の研究施設を作ったのが始まり。その後息子のナオヤ・ノーレグが孤児の引き取りを開始。人数が増えて足りなくなってきた施設を魔法で地上に増設。

 その経緯から今でも子供たちは地下なのだろう。


「お、おまた、ひぇ……あ、脚が……ひぃ……」


 考え事をしていたらチマが戻ってきた。脚をガクガクさせ地面に這いつくばっている。

 研究員とはいえこの体力でよく傭兵が務まっているもんだ……。


「こ、これ。抜いてみて」


 チマから手渡されたのは装飾の少なめな鞘に収められた長剣。驚くほど軽い。

 鞘から引き抜いてみると、一瞬柄から先に何も付いていないと錯覚するほどに、何故か周囲と同化して見えにくい、そして軽い片刃の直剣だった。動かすと角度によって刀身が白や黒に光り方を変える。なんだこれ。こんな物質見たことがない。


「ふぅ。ふぅ。これはね、『イシルディンのつるぎ』って呼ばれてる神器だよ。いつからあるのか、誰が作ったのか、誰も知らないんだって。光にあって白く、闇にあって黒い、不可視の剣」

「神器……こんな物がウィズにあったのか」

「うん。ギハツでずっと研究用に保管してたんだ。ミスリルはイシルディンを真似ようとして作られた物なんだよ。傭兵長がこれをシュゼに持たせてやれって」

「じゃあ、もしかしてこれなら……」

「多分、グラードの神器と打ち合える」

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