結ぶ2
洞窟での反響がやけに大げさな音にさせながら、足元に剣が転がってくる。
ユーマはゆっくりと近付き、ついに顔が見える距離まで来た。鎧も着ておらず、剣の他に武器の類は持っていない。
「お前一人か」
「もちろん。クレナ久しぶりだね」
「本当に生きてたのね……なんで、なんでもっと早くシュゼに会ってあげなかったのよ! こいつがどんだけ――」
「いいんだクレナ。ありがとうな」
クレナはまだ言い足りない様子だったが、一つユーマの脛を蹴っ飛ばすと俺たちから少し離れ入り口側の見張りについた。
「ってぇー。……シュゼ、本当にごめんね。僕は――」
「わかってる。……いや、やっぱお前は俺に謝れ。落ち着いたら手土産でも持って謝りに来い」
ユーマは少し笑う。
「うん。そうするよ。ところでステラは無事?」
「あー無事……というか」
結果的にあいつが言ったことは全て真実だったな。仕方なかったとはいえ、謝っておくべきか。
「……悪い、勇者か確かめるためにほんの少し怪我をさせた。その他は特に。今は牢にいる」
「そっか。そのくらいは仕方ない、かな。本当に無茶するんだから」
俺たちはユーマの持ってきた松明を立て、その場に腰を下ろした。
本当はこのままゆっくり話したいんだけどな……そろそろ本題に入ろうか。
「さて、ユーマ。先にいいか」
「どうぞ」
「グラードと、それから俺についてだ。奴が俺を操った術は一体なんだ」
「それについては、まず僕ときみの違いから話そう」
一拍置いて、ユーマはほんの少しだけ言いにくそうに話し始めた。
勇者には二種類いる。いや、グラードを特別とすると三種類。
まず、俺とその他大多数の戦場に投入されている勇者。これは帝国で人造勇者、または“フィクション”などと呼ばれている存在。
身籠った女性にある状況を付加することで人工的に勇者に似た者を産むことが出来る。しかし力は本来の勇者に劣り、グラードによる精神支配を受ける。
俺はここで一度話を止めたい欲に駆られたが、ぐっと堪え続きを促した。
グラードは“原祖の勇者”。伝承にもなっている始まりの勇者その直系血族だ。この力は代々王家の男子にのみ受け継がれる。ただし皆が皆勇者として覚醒するわけではなく、奴の父、先代国王のサウロペは勇者ではなかったらしい。グラードは知る限り近代で最も勇者の血が濃く、強い。
ユーマは通称“分け血の勇者”直系ではないが勇者の流れを汲む血統。分け血が勇者として覚醒するのは歴史上でもかなり珍しいようだ。力は人造勇者よりは強いがグラードには劣る。精神支配は受けない。
「……俺が、人造勇者。じゃあ、生まれたのは帝国……?」
「それはわからない。でも可能性は高い。調べた限り人造勇者計画が始まったのは今から二十五年ほど前らしいよ」
「なら母は……身籠った女性にすることってなんだよ。ユーマ」
「……特殊な陣を敷いて、出産までのあいだ人間が本来持つ魔力を吸い続けるんだ。始まりの勇者の母は生まれながらにして魔力を持たない人だったという話がある。それを再現するための強制的な魔力欠乏」
魔力欠乏。そうか。酷い吐き気や頭痛。たった半日でも耐え難く辛い。それを子が生まれるまでの間、ずっと、常にだって?
なるほどね。そうか。……やはり、グラードは殺さねばならない。必ず。
「人造勇者。僕も長くそれを調べていて、やっと突き止めたのはグラードがよく外出するようになった最近なんだ。おかげでこうしてきみ達側につく決心がついた。奴は危険だ。大義のためなら人の命も尊厳も簡単に踏みにじる」
グラードの精神支配を受けずに強い力を持つユーマは、帝国では監視され、自由に行動することが難しい立場だったらしい。重要な秘密を抱える施設にも出入り出来ない。
そして、おそらく俺の母親は生きてはいないということだった。人造勇者の母体に使われた女性は、産後酷く衰弱し長くは生きないらしい。
親なんてずっといないものとして生きてきたんだ。覚えてもいない。今更実母が恋しいなんてことはない。ただ、静かに自分の中の殺意が膨らむ感覚をおぼえた。
「でも、僕がわからないのはどうしてシュゼは勇者でありながら魔法を? 勇者は魔力の代わりに闘気を持つから魔法は使えないはずなんだけど」
「それは俺も今はっきりとはわからない。というか、髪が白いうちは俺に勇者の力はないんだよ」
松明が揺らめく明かりの中、俺は自分の髪を少しつまんで見せた。
驚いた様子を見せたユーマだったが、すぐに考えるのを諦めそのまま受け入れたようだ。単純な奴だが、それが正解。俺だってわからないんだから考えてわかるわけがない。リサに聞かなきゃな。
「グラードの精神支配だが、俺は今でも受けていると思うか? 急に暴れだしたりとか」
「例を見たことがないから確かなことは言えないけど……多分それはないと思う。人造勇者は普段から言動がおかしくて、日常会話すら噛み合わないことが多いんだ。もし支配を一時的に強めたり弱めたり、それも離れた場所から出来るならもっと便利に使っているはず」
なるほど。納得出来る話だ。少しは安心かな。
人造勇者は生まれた頃からずっとグラードの精神支配を受けている。もう人格そのものが書き換えられて元に戻す手段は無いらしい。
別に同じ人造勇者だからって奴らに同族意識なんか持っちゃいない。憐れだとは思うがそれだけだ。躊躇わず殺せる。むしろ気休め程度だが妙案を思いついた。……俺も正義とは程遠いな。
「もう質問が無ければ、僕の話をしてもいいかな」
「ああ。聞こう」
「シュゼ、僕は帝国を抜けてきみ達ウィズに加勢する。でも今日じゃない」
ユーマの提案する作戦はとても危険なものだった。
今砦に集まっている決戦軍。ユーマもその際出撃することになっている。帝国と俺たちがぶつかる瞬間、敵陣のど真ん中で裏切り、人造勇者の首をいくつか手土産に合流するとのことだ。はっきり言って、殆ど自殺行為。
「どうしてそんな危ない真似を。十中八九囲まれて死ぬぞ」
「うん。でも、どうしてきみの元へ行ったのが僕じゃなくステラだったのか。それは勇者が白旗を上げてもきっと殺されるからだよ。もしきみが庇っても他の者が僕を殺すだろう」
「だから、あえて危険を冒すことで信頼を得ようと?」
「不意打ちなら楽に二人は倒せるかもしれないし、それしかないからね。もしそれでも駄目なら……諦めるしかないかな」
炎が揺れる向こうで、弱々しく笑う。
確かにそれしかない。いくら口で『こいつは仲間だ』と言っても自陣の内側に今まで帝国に居た勇者を招き入れるような馬鹿はうちにはいない。
だけど……。
「今まで僕は帝国を調べるため、なんて自分に嘘をついて、本当はグラードを恐れていただけなんだ……。覚悟があればいつだって帝国を抜け出せた。今が、その時なんだ。きみの仲間として死ねるなら悔いは無い」
「……俺は、お前を信じてもいいのか」
「信じなくてもいい。ただ、見ていてくれれば」
裏切るタイミング、位置関係などの具体的な打ち合わせを済ませると、少しの沈黙が流れた。ひとまず今必要な話は互いに終えたか。
ユーマは膝に手をかけ「そろそろ戻ろうか」と立ち上がった。なんでも明日の朝までに戻らないとまずいらしい。今から朝までには相当無理そうだが、勇者ならなんとかなるのか。あらためて身体能力が異常だな。
俺も立ち上がり、クレナと三人で一応警戒しつつ洞窟の入り口へ戻った。月はまだ高いが夜の時間も半分は過ぎた頃合いだろう。
「ところで、ステラはどうなるんだい」
「嘘じゃないってわかったからな。そんなに酷い扱いはしないけど、とりあえず次の戦いが終わるまでは牢の中だろう」
「そっか。本当、行かせなければ死んでやるなんて、無茶を言うんだからあの人は」
砦から兵に見つからないように抜け出し、その後も警戒しつつ大回りでこちらの陣に来たとすれば、女性の足なら丸二日はかかっていてもおかしくない。それも、たどり着いて命の保証もない。確かに、相当無茶だがお前も人のことは言えない。
「女だってね、好きな男のためなら命くらい賭けられるのよ」
何故かクレナが得意げな顔で答えた。なんだその恋に通じた大人みたいな台詞は。十六の子供だろうに。
「好きな男?」
ユーマは心底不思議そうに小首をかしげる。
「はぁー駄目だわ。こいつも朴念仁か……」
そいえば忘れていた。預かっていた剣を投げ渡す。
俺の剣より少し長いが重さは同じくらい。鉄の剣は軽いんだな。
「じゃあシュゼ近いうちにまた」
「ああ」
それだけを言って別れた。
ユーマは砂煙を上げながら北へ走って行く。
正直言って、俺はまだユーマを信じていいのか判断出来ていない。今の話が嘘だったとして、こんな大袈裟な芝居を打つ理由なんて考えつかないが……。とにかく、次だ。生きていれば次がある。
また、生きて会おう。




