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結ぶ

 ステラに地図で場所を示させたところ、かなり近い場所。と言っても要塞からは西へ徒歩で半日以上はかかる距離に洞窟はあるようだった。

 何故こんな場所の洞窟の存在を知っているのか、怪しくはあるが訊いたところで意味はない。どうせ真偽などわからないのだから。

 乾燥した平野で歩きやすいのは助かるな。

 カズからは十名ほど護衛を付けて行くことを提案されたが、もし敵の罠で勇者が大量に待ち構えでもしていたら大損害になる。下手すれば術士が十人でも二十人でも全滅、その被害のせいでこの後の決戦でも敗北なんてことになりかねない。


 この戦争には何かある。ここまで危険を冒してでも、情報が欲しい。それに、自分自身のことが気になるのも正直なところだ。

 ステラの怪しい持ち掛けに乗ったのは俺の我儘だ。ならば俺一人で、もし罠でも死ぬのは俺一人で済む……はずだったんだが。


「天気良くてあったかいわー。歩いてると汗ばむくらいね」


 なんでクレナがついてきてるんだかなー。

 散々帰れと言ったんだが、こいつは一度言い出すと聞かないし。「信用できると太鼓判を押した自分にも責任がある」とか言い出すし。女の勘なんか当てにしてないっつーの。



「なぁ赤毛、今からでも帰ったらどうだ」

「あら銀髪さん、じゃあお聞きしますけれど、あなたもし敵の勇者が大勢待ち伏せていたら潔く死んであげるおつもり?」


 なんだその喋り方は。彼女は横で片目を閉じ、顎を上げ、わざと小憎たらしい表情を作って俺に投げかけた。


「一人二人は道連れに死んでやるさ」

「ふふん、そうでしょう。なら良いことを教えてあげる。炎魔法序列上位には、使えても使わない大逆転魔法というのがあるのよ」

「そりゃすげーですね。一体どんな“魔法”ですかお姫様」

「自分を中心として全魔力を使い尽くす大範囲超火力の自爆魔法よ。もし敵が勇者を沢山用意しているなら、これを使って奴らもろともあなたと一緒に死んであげるわ。感謝しなさいね」



 ――絶句してしまった。前へ前へと無意識に進んでいた両の足がその動きを止めてしまうほどに。

 なんてことを言う、なんてことを考える女なんだ。一緒にいた時間が長いからわかる。今の言葉は嘘や冗談、強がりの類ではない。その時が来ればなんの躊躇いもなく“それをやる”と彼女の声が、表情が、照れ隠しに少しおどけた態度が告げていた。


 俺が止まったことで少し前へ行き過ぎたクレナが振り返り、片手を腰に当て柔らかい笑顔を作る。

 降り注ぐ太陽の下、さっきの発言直後の曇り無い顔を見ているとなんだかおかしくなってきて吹き出して笑ってしまった。


「なによ、言っとくけどあたしよりあんたの方がイカレてるからね!」

「あぁ、そうかもな。でもいい勝負だ」


 俺の笑い声につられてクレナも「ふふふ」と笑う。

 笑い声が反響し合い、次第に俺たちは大笑いしながら乾いた大地を西へと進んだ。




 途中何度か短く休憩を挟みながら歩き通し、日は沈みあたりは薄暗くなってきていた。そろそろ目的地だと思うんだが、まさかクレナとバカ話していて見落としたなんてことないよな。

 左手側には山がある。洞窟があるとするならそっちだと思うんだが――。


「そんでねー、なんだかあたしも段々気持ちよくなっちゃってさー」

「待った、あれじゃないのか。洞窟」


 黒に包まれつつあった山にぽっかりと一層黒い穴が浮き出ているのがわかる。きっとあそこが洞窟だろう。

 俺も、多分クレナも、ここに来る道中、死地へ向かっているかもしれないと分かりながら、何故か緊張も無くピクニックでもしているように楽しげな雰囲気で進んで来た。どういう精神状態なのか自分でもよくわからなかったが、いざ到着すると否が応でも緊張感が高まるのがわかる。

 覚悟を、決めなくてはな。



「……はぁー着いちゃったかー。覚悟は出来てる?」

「いつでも」


 周囲を警戒しながら近付く。足音は……別に隠さなくてもいいか。おそらく勇者共は五感も常人より鋭敏だ。見つかる時は見つかるだろう。

 入り口まで来ると洞窟の中を通る低い風の音が耳に響く。余裕で立って歩けるほど大きな穴だ。人の気配はない。何も起こらないに越したことはないが……。

 邪魔になる背負っていた荷物をその場に降ろす。


「クレナ、俺の後ろから離れるなよ。後方の警戒を頼む。何かあったら声を出さず肩を叩け」

「はいはい。あたしこれでも優秀なんだけどなー。あんたといるとまるでか弱い村娘みたいに感じるわ」

「それは、悪かったよ」

「別にいいわよ。男に守られるのって悪くないものね」


 意を決し、一歩踏み出そうとしたところで、腰に手が回り後ろから抱きとめられる。


「クレナ?」


 何も言わない。ただ身体を密着させ、小柄な背丈で俺の首筋のあたりへ頭を擦り付ける。

 洞窟の風の音。それと、微かな呼吸だけが耳に届く。

 言わなくてもわかる。気丈に見せていても、それは怖いだろう。俺だって怖い。今から俺たちの命は運が支配する。判断をしくじっていれば、死。



 随分長くそうしていたようにも感じるし、とても短い一瞬だったようにも感じる。


「ん。もう平気。いこ。シュゼ」


 一応持ってきた人工晶石では灯りの量が足りない。かわりに炎魔法で代用した。

 大きな洞窟だった。それが奥まで一定の幅で続いている。まるで何か巨大な生き物が掘ったように。

 思ったより広いとは言っても、密閉された空間であることは変わらない。俺が敵なら、ここでは仕掛けないだろう。魔法でまとめてやられる危険があるし、人数や待ち伏せの優位性も取れない。もしやるならもっと……。



 ここか。

 今までの幅より少し開けた場所。奥までは見えないが風の様子からするとどうやらすぐ行き止まりのようだ。

 背後のクレナに手の甲で軽く触れ合図を送る。すぐに肩を叩き返してきた。

 左手を構え、その空間へ向け火力を調整した炎魔法を無詠唱で――天井、床、壁、適当に全体的に数発撃ち込む。

 ――大げさな羽音をさせ、やたらデカい鳥が奥から洞窟入り口の方へと逃げていった。鳥がいたってことは……。


「敵は、無し。かな」


 はぁ……まだ油断出来ないがとりあえず命拾いした。


「ん~! んんっ~!」


 その時、背後から高速で肩を叩かれる。何かあったか!

 急いで振り返ると、クレナは片手で自分の口をぎゅっと塞ぎもう片手は地面を指さしていた。

 炎魔法で照らすとそこには――。


「んだよヘビかよ」

「無理! にょろにょろ! 無理ぃ!」


 さっきまで死ぬかもしれない覚悟で進んできたのに、ヘビにここまでビビるのか。

 ある意味勇者を超えたヘビが音もなくクレナのかかとがある方へ滑り、クレナは形容しがたい悲鳴を喉から上げながら俺の背へ飛び乗りしがみつく。


「お前実は結構弱点多いよな」

「う、うるっさい!」



 洞窟の奥に勇者は居なかった。そう、ユーマも。

 一度入り口まで戻り置いた荷物を回収して再び洞窟奥へ。俺一人でいいって言ったのに、ヘビが怖いらしいクレナは服の背中部分をがっちり掴んで往復ついてきた。歩きにくいわ。

 ヘビなんか普段からそこらじゅうにいるだろうに、一度不意打ちで接近を許してしまうと常に近くに潜んで居るような気がして怖くなってしまうらしい。

 洞窟の奥は相変わらず風の音がする色気のない闇。耳をすませると微かに水滴の音もする。さて、戦うとしても外よりはここの方がやりやすいし、しばらく待つか。



 二人でじっとキルトに包まり、緊張が薄らぎ少しうとうとしてきた頃――クレナが小さく叫ぶ。


「シュゼ、誰か来る!」


 足音が響いてくる。数は一つ……特に警戒している様子も音を殺す意思も見えない。クレナは既に魔法を放つ体勢に入っている。


「やる時合図して」

「わかってる」


 松明と思われる光が風で揺らめきながらゆっくり近付く。まだ、まだ顔が見えない……。


「そこで止まれ! 何者だ!」

「……シュゼ? 良かったぁ! 僕だよ!」


 この声は、ユーマか……。一瞬安堵してしまうが、クレナはまだ魔法の体勢を解かない。


「剣をこっちへ投げろ!」

「わかった。心配性だな~」

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