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大軍3

「どう思う? カズ」

「どうってこりゃ……使えるかもしれねぇ。まさかたった一人でこの規模かよ……」


 カズにリフェルの魔法を見せるため、三人で東の海沿いまで来ていた。要塞からは比較的近く、ここなら水魔法をいくら試してもあちこちぬかるむことはない。

 ……それにしても、俺も予想以上だった。


 一年以上前、リフェルが来たばかりの頃の試験を思い出す。相手はヴェイグさん。

 あの時リフェルには俺とクレナで作戦を与えた。初級魔法のウォーターウィップを連打する作戦。その戦法を選んだ理由の一つに、リフェルは魔力のスタミナが人より多いというものがあった。効率は最悪な魔法の使い方なのに、どうも特訓していても使用量の割りにあまり疲れた様子を見せない。

 試験後は魔力切れで多少バテてはいたが、それまでに放った魔法の数は俺ならとっくに魔力切れで気絶している量だった。


 普通、魔力の総量はあまり個人差が無い。訓練で効率よく使えるようにはなるが、節約が上手くなる程度のものだ。

 だが今のリフェルの魔力はどう見ても常人の倍以上はくだらなかった。


「リフェル、疲れないのか?」

「この魔法でしたらもう一回くらいはなんとか」

「はっはっは! よし。そうだな、これを生かすならあとは地形だな……戻るぜ!」



 カズは急いでどこかへ駆けて行ったので俺とリフェルはゆっくり要塞へ帰る。参謀とかいう大層な肩書のくせに戦術面は丸投げだ。そんなものを俺に期待する方が間違っている。前線で血まみれになるのが俺の仕事だぞ。


 要塞に戻ったあとリフェルが「練習中の必殺技があるので見て下さい」と得意げに言うのでそれも見せられた。

 ……うん。凄いことは凄いのだが、使えるかと言うと……。以前見せられたこともある謎現象の改良版だった。もしまともに当たればあのグラードすら即死の必殺だろうけれど。


「これはまぁ、チャンスがあれば、だな」

「駄目ですかねー」


 自分でも微妙な魔法だと気付いていたのか、リフェルは少し照れたようにえへへと笑う。もし彼女にスタイルアップの素質か、贅沢を言わなくてもクレナ並みの運動神経があれば……残念だ。よく何もないところでコケているのを見るものな。

 それで、このカチカチになった羊肉の塊はどうしようか……。




 リフェルの魔法をカズに見せてから二日後。カズはここから北西の位置に陣を構え準備を進めていた。三千名の連合国兵ももう数日で合流するようだ。

 俺とカズで考えている戦術も着々と整っている。どうも少し楽観的に思えるが、カズは自信満々のようなので適当な口出しはやめておく。



「シュゼはいるか!」


 食堂で一人飯を食っていたら急に名を呼ばれた。あまり話したことのない先輩だが、やけに急いでいるようだ。


「はい。俺ですけど。敵ですか?」

「おぉいたか。敵……でもないんだが、すぐに来てくれ」


 特に説明もないままにとりあえず後を追う。どうやらあの俺が入れられていた牢へ向かっているようだった。

 牢の前には数名、中にはクレナとカズもいた。皆表情が微妙に緊張している。見ると俺が繋がれていた鎖に、今は金髪の女性がぶら下がっていた。所々擦り切れている質素な布服に汚れた靴、青い瞳は怯えたように俺を見つめている。


「あっ、あなたがシュゼ様……私は――」


 女の言葉をひとまず無視してカズに尋ねる。


「この人は?」

「俺達の陣に帝国側から白旗持って一人で来やがった。身ぐるみ剥いだが武器の類は持ってねぇみてぇだ。お前に伝言があるとか言ってよ」


 帝国の者か。伝言、となると頭に浮かぶのはユーマだが……。

 俺は剣を抜き――。


「あっ、おい!」

「ひっ」


 軽く横に薙いだ。布で覆われていない女の腹に短な一筋の赤い線が浮き出ると、そこから溢れるようにして血が垂れる。

 仲間は全員俺の意図をすぐに理解したようだった。無言でじっと血が湧き出る傷口を眺める。女だけが訳がわからないように震えながら視線を泳がす。


「あのっ私は――」

「黙っていろ」


 しばらくして、一度どこかへ行っていたクレナが戻ってくると傷口の血を優しく布でぬぐい、二本の指でそこを開いてみせる。女は痛そうに顔をしかめた。――傷は治っていない。


「どうやら勇者じゃなさそうだな」

「いきなりぶっ殺すかと思ったぜおめぇはよ」

「そんなことするわけないだろ」

「あんた帝国には容赦ないからね~」


 勇者は黒髪、この女は金髪。だがもしかしたら例外がいるかもしれない。そうやって騙してくるかもしれない。そのために一応傷を付けてその治りを観察した。もし勇者が自分の意志で傷の治りを遅めるなんて器用な真似ができなければ、一応疑いは晴れたことになる。

 疫病でも持っているのではないかとも思ったが、長い距離を歩いてきたせいか、痩せ気味で疲れは見せるものの体調自体は悪く無さそうだ。念の為あとでウィズから医者を呼んで見てもらった方がいいか。



「それで、伝言って?」

「は、はい。私は帝国で侍女をやっていたステラと申します。ユーマ様から伝言を預かって参りました」


 ステラと名乗った女はまだ怯えた小動物のような眼に涙をにじませながらこちらを見た。どうやらかなり俺が怖いらしい。無理もないが。

 勇者の疑いはひとまず晴れたが、ユーマから伝言とはまだ納得出来ない。


「ステラ」

「はい……」

「俺の知っているユーマは、女性にこんな危険な役目をやらせるような男じゃない」


 その言葉を聞いた途端、ステラの目は見開かれ涙が溢れ落ちた。


「ああっ! そうです! その通りですシュゼ様! ユーマ様は大変お優しいお方。私が行きますと言っても何度も止めるのです! 私はユーマ様が幼くして帝国にいらした時からずっと侍女をしておりました。親も兄弟も失い王宮に買われ生きるしかなかった私をユーマ様はいつも楽しませ元気付けてくれたのです。シュゼ様のことも何度も聞かされておりました。ああっ! 少しでも恐ろしいなどと思って申し訳ございません。聞いていた通りのお方でした」


 ――呆気にとられる。俺たちを包む空気はまさにそれだった。

 さっきまで怯えていたのが嘘のように、いきなり頬を紅潮させ生き生きと舌を回す女。身振り手振りをしたいのか、繋がった鎖がガチャガチャ揺れる。

 やっぱ病気なんじゃないかと疑いたくなる。頭の方の。


「ちょっと待て、喋るのをやめろ。俺の質問に答えてくれ」

「あっ。はい。申し訳ありません。私興奮してしまって……」

「まず何故きみが俺とユーマが通じていることを知っている」


 彼女は帝国がこの要塞を落としてからずっと、ここで働いてユーマや他の勇者の世話係をしていたのだと言う。

 俺とこの牢で話したあとユーマはなんとかもう一度この要塞に忍び込む道はないかステラに相談した。彼女に心当たりは無かったそうだが、その時にどうしてそんなに危ないことをするのか問い詰めると、正直に俺との関係を話したらしい。


「ユーマ様とは彼が帝国に来てからずっと一緒でした。あの方を売るような真似は、誓ってこのことは他の誰にも喋っておりません」 


 矛盾はしていない。だが信じる理由もない。帝国は俺が疎ましいだろう。こうして策を弄してでも罠にかけて殺そうとする理由はある。“もし”はいくらでも考えられる。


「クレナ、どう思う?」

「あたし? わかんないわよこんなの。でも、危ないことはしない方がいいんじゃないの」

「本当なのです! 信じて下さい! 今夜ここから西の洞窟でユーマ様はシュゼ様を待っております!」

「じゃあ何故きみがここへ来たのかを教えて欲しい」

「あ、あの。その……」

「言えないならこの話は終わりだ」

「伝言というのは、嘘です……行かせてくれなければ死んでやると言って脅し、無理矢理抜け出て来ました……」



 ふぅ……どうしたもんかね。

 ユーマには会っておきたい。色々聞かなければならないこともあるし、あいつに会わなければリサにも会えないなんてややこしいことになっている。


「ねぇあなた、ユーマのことが好きなの?」


 クレナがステラに顔を近付けて尋ねる。こうして横から顔を見比べると、この女性は俺たちより少し歳上だろうか。目鼻立ちがくっきりと整った美しい顔をしている。……単にクレナが童顔気味なだけかもしれないが。


「いえ、それは……彼は勇者で私なんかが……」

「ん~?」

「その……好きでないと言えば嘘になりますが……ユーマ様には恩もありますし……」

「んんん~?」

「おいそのへんにしてやれ」


 クレナはわざとらしく口角を上げた表情のままこちらに振り返った。


「あたしは信用してもいいと思うな」

「女の勘ってやつか」

「そうよ。文句ある? でもリスクが大きすぎるわね」


 信じるか、信じないか。もし罠ならば……。


「よし、決めた。俺はステラを信用しない」

「そんなっ! お願いします。ユーマ様とシュゼ様がいればこの戦争は――」

「信用しないが、その洞窟とやらには行く。あんたの言葉じゃない、俺が決めた。これは賭けだ」

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