大軍2
俺たちが今留まっている要塞、ここはツィドリハイム国の領土ということになっている。
戦争で帝国領との国境線など曖昧になってはいるが、一応ツィドリハイムはそう主張している。その国を治めるのが王族のズルツブルク家。その現国王エリックが兵を出さないなどと駄々をこねていた。
というのも先日の要塞奪還作戦。
部隊を二手に分け、俺たち側は全てウィズの兵で構成されていたが本隊は連合国の兵も使っていたらしく、そこでかなりの被害が出たというのも王が渋る理由であった。だが無理からぬこととはいえ臆病になったところで戦争に勝てるわけではない。ここは脅してでも兵を出してもらわねば困る。
カズがそのツィドリハイムとの交渉から帰って来たのは夜になってのことだった。
こいつと二人きりはなんだか居心地が悪い。適当に理由を付けて食堂で報告を聞くこととなった。別に仲間に聞かれて困る内容でもないだろう。
席に着き、まず最初に訊いたのは――。
「傭兵長はどうした?」
「あの人はウィズに帰ったよ。ったく、交渉殆ど自分でやっちまって指揮官なんか行く必要無かったじゃねぇか」
まぁ、あの人らしいと言えばらしいが。
「で、兵は?」
「喜んで出しますってよ。傭兵長が散々脅したからな。そもそも王族貴族の連中なんて帝国に占領されりゃ首から上はてめぇの身体に別れの挨拶をしなきゃいけねぇのよ。そうでなくても逃げ延びて没落貧乏暮らしだ。はなから渋る理由なんかねぇのさ」
「それなら何でまた。最初から素直になっておけばいいだろうに」
カズは、ふっと一つ息をついてから水を一口飲み、続けた。
「民衆のつきあげよ。貴族はそうでも民からすりゃ帝国に占領されたところで必ず殺されるとは限らねぇ。むしろ徴兵されて戦で死ぬよかそっちの方がましだなんて声もあるぜ。おまけに俺たち傭兵はわざと戦争を長引かせて連合国から金を巻き上げてるなんて噂も流れてるくらいだ。こっちだってもう半分近く死んでるってのによぉ」
憤りよりも先に、それもそうだという感想を覚えた。
一般の市民からしてみればマナが無くて攻め込めない事情なんて知らないだろうし、俺たちの盾になって死ぬ兵士の不満は大きいなんてものじゃないだろう。彼らとあまり関係が良くないのは以前から感じていた。これでも多分、多くの連合国が神樹信仰なこともあって風当たりはかなりマシな方なのだ。
三十年の戦争と言っても、奴らが本格的に強引な侵略を始めたのはここ十年。ウィズに受け入れきれないほどの孤児も生まれている。更に最近になっての勇者の出現。予想、というよりもそれら過激な軍事行動に関わっているのがあのグラードだという確信があった。
しかしカズはどうも俺たちに対する良くない噂が気に入らない様子だ。傭兵が悪者扱いされているのが嫌なのだろうか。
「でもさカズ、俺たちは別に正義の味方じゃないだろ。言わせておけよ」
「俺ぁちょっと、正義の味方のつもり、だったんだけどなぁ」
「指揮官がそんなことで落ち込んでんじゃねーよ」
「うるせぇ、ちょっとだよ」
俺は自分を正義だと思ったことはない。ウィズの者達は皆帝国に侵略された国で産まれた孤児、それか帝国と戦って死んだ兵の子供だ。あいつらを悪だと恨む者も多いだろう。そのおかげで士気も高い。
だが俺はウィズに来る以前の記憶が殆ど無いのもあるのか、奴らに対するその手の恨みは薄い。だけど殺す。何故ならば奴らは俺たちを殺すからだ。もしウィズが占領されたら帝国は迷わず術士を皆殺しにするだろう。当然だ。こんな危険分子生かしておくわけがない。
もし俺たちがいなければ、この戦争はさっさと終わっていたことだろう。もし魔法が無い世界ならばこれだけの長期間、戦況が膠着状態になっていることは有り得ないのかもしれない。結果を見ればその方が犠牲も少なかったかもしれない。
だがそんなことは俺には関係ない。大陸の未来も、他国の民も知ったことじゃない。仲間が殺されないためにあいつらを殺す。これは俺の私闘だ。
「ま、とにかく連合が出してくる兵数は三千だ。これでなんとかするしかねぇ」
「それって少ないのか?」
「敵の数がまだはっきりしてねぇが……今の様子なら七千ってとこだろうな。傭兵の火力も落ちてっからな、厳しい戦いにゃなる。策がいるな」
策ねぇ……とりあえずリフェルの魔法はもしかしたら戦術として有効な規模かもしれない。明日にでもためそうか。
勇者に関しては今まで通りスタイルアップで近接戦闘しかないだろう。カズは勇者との実戦経験が無い。このあたりのセオリーを伝えておくか。これも、殆どがヴェイグさんに教えてもらったことなんだけどな。
「あぁ、そうだ忘れるとこだったぜ。傭兵長からお前に伝言だ」
「俺に? この間会ったばかりなのに」
「『わたしはリサを疑っている』だとよ。なんのことかわからんが、確かに伝えたぜ。じゃあまた明日な」
……傭兵長が、リサを疑っている……?




