大軍
この要塞に駐留してから今日で五日目か。新しい指揮官が来たので顔見せしなくてはならないが、どうして俺が参謀なんてやらされるのか未だに納得出来ていない。頭脳労働はそんなに得意じゃないと思うぞ俺は。
ここ数日でこの要塞を奪還した際の状況を色々と聞いた。あの時は夜間で視界が悪く、俺も前線からは下がっておりその後大変なこともあったため詳しくは知らなかったのだが、どうやら以前指揮官だった隻腕のマティルダさんは敵勇者の突撃により亡くなったらしい。
他にも前衛後衛ともに本隊側はかなりの損害を被った。その分多くの勇者も討ち取ったようだが、敵の残存戦力は不明なまま。そこまで無理をしてここを奪い返す意味はあったのだろうか。
会議室、ここか。初めて来たけれど、やっぱり苦手だなーこういうの。作法とかよく知らないし。
適当にノックをして声をかける。
「えー参謀のシュゼです。入ります」
「おー入れ」
よく響く低い男の声。偉そうな奴だ。嫌いなタイプだな。
扉を開け中へ入ると、物凄く意外な顔がそこにあった。
「よぉ苦労人」
「……は? なんでカズがここにいるんだよ」
「なんでって、そりゃおめぇそのまさかよ」
カズは横顔だけでこちらに笑いかけると、大きなテーブルの上に散乱した書物や地図類を中腰で整理する作業に戻る。デカい体を折りたたみ、デカい手で細々と物を弄っているのは微妙に滑稽……っていやそうじゃなくて。
嘘だろおい。傭兵長熱でもあるんじゃないのか? こいつが指揮官?
「いや、えーと、失礼を承知で言わせてもらいますが、寝言は寝て言え?」
「お前戦場で揉まれて性格きつくなったなぁ!」
カズはいつものように豪快にがははと笑って俺を席に促してから経緯の説明を始めた。
まず指揮の経験がある者が既にいないこと。勇者共は優先的に指揮官を狙い、相打ち覚悟で突っ込んでくるせいでマティルダさん以前も随分と指揮官は殺されていたらしい。
勇者登場以前に部隊指揮をしていた者はまだ数名いるらしいが、今とは状況と戦法が異なっており、彼らの経験はむしろ判断の邪魔になるとして補佐役に留まるようだ。
そして指揮と同じくらいに戦力が欲しいこと。指揮官は当然戦闘に加わる余裕はない。指揮能力と魔法のどちらも有能な者がいるなら魔法部隊として使いたいようだ。
「あとは候補者何人かで試験を受け、その結果一番出来の良かったのがこの俺様ってことよ」
声がデカいのが良かっただけじゃないのか。指示を叫ぶのには向いていそうだが。
「まぁ、そもそも指揮官はそこまで重要じゃねぇってのもあるな」
「重要だろう。だからこうして不服な顔をしてるんだが」
「指揮官の仕事は戦闘前までだ。始まったらうるさくって声なんか聞こえやしねぇ。俺たちゃ戦闘中あれこれ陣形変えることも少ねぇしなぁ。役割はせいぜいオトリだろうよ」
そんなものだろうか。確かに戦闘が始まると特に前衛は指揮官の声など聞こえないし、俺たちは指揮官が居なくても戦えるよう訓練は受けている。
普通の軍隊だと何か楽器などで指示を出したりすることもあるらしいが、勇者が出てくる前までは楽勝過ぎてその必要もなかったからな。あるとすれば退却指示の旗程度だ。もっとも、それが振られたのが見えたら交戦中の前衛は殿軍として残るので死ぬのが決まったようなものだが。
「まぁおめぇがいくら不満言ったとこでもう決まったことよ。頼むぜ参謀」
「最後に、なんで俺が参謀なんだよ」
「あ? 何も聞いてねぇが、対勇者戦の経験が豊富で俺と同い年だからじゃねぇか? 年上だと気ぃ遣うのを懸念したんだろ。いらねぇ心配だがな」
そう言ってまたガッハッハと笑う。
もう諦めて付き合うしかないか……。いつも忘れそうになるが、こう見えて頭はそこそこに切れるらしいから大丈夫だろう。多分。そうじゃなきゃ普通ならまだ実戦に出てるはずのない俺らの年代から指揮官なんて任されるわけないもんな。……多分ばかりだが。
カズは「さーて」と大きく息を吐いて地図を取り出しテーブルに広げた。
「ちょっと待て、作戦会議って俺ら二人だけか?」
「今のとこはな。だいたい作戦指針なんてもんはウィズで決まってんだよ。向こうじゃ何人もで会議したりしたけどな」
「じゃあなんで俺は……って帰還禁止だからか」
「納得したか? 大まかな方針はもう貰ってきてんだ。ここからは俺とお前で策を練る」
カズは広げた地図の一点を指差し「と言っても」と続けた。
「ここに敵さんの砦がある。こっから行軍速度で真っ直ぐならば一日半ってとこだ」
地図上でこの要塞から北北西の位置。
「結構近いな」
「ああ。だがそこはもうマナの傘ギリギリだぜ。帝国は今その砦に全ての兵力を集めてる途中だ」
「全てだって?」
「昨日届いた。帝国にいる諜報員からの情報だ。みんなここに送られちまってもう本国は兵隊さんが殆ど歩いてねぇってよ」
何を考えているグラード。こんな中途半端な地で決戦だと?
「それだけの兵力を何ヶ月も留めておくわけがねぇ。兵糧も保たんしな。近いうちに攻めてくるぜ」
「敵は勝ち目があると思っているってことか?」
「さぁな。勇者が百人でもいたらどうするよ? 俺たちゃ全滅だな」
「そんな戦力があるならもっと早く投入してるだろ」
「はっはっは。その通りだ。流石だな参謀」
ヴェイグさんに教えてもらった受け売りなのだが……。
「勇者の残存兵力はそう多くねぇってのが作戦本部の見解だ。俺もそう思う。とは言え、まともにぶつかり合ったらどっちが残るかはわからねぇ程度にはまだ残ってんだろな」
勇者は少ない……なのに一般兵を大量に集めている?
ますます訳がわからない。俺は参謀に向いてないんじゃないのか。
カズは更に話を続ける。
「奴ら勝ちの目を見てるってよか、やけっぱちに見えなくもねぇが……」
「いや、グラードはそんなに諦めの良い男じゃない」
少し対峙しただけだがそう感じる。
あの冷徹な態度、秘めた野心、ここまで国民を死地へ追いやったんだ。きっとまだ何かある。諦めてはいない。
今までの用兵を見ても最後の最後になって博打で突撃、なんて戦法を取るような奴には思えない。
「ちっ。そりゃそうだ。ここでヤケになってくれる相手なら俺たちもこんなに苦労してねぇわな」
「何か裏がある……。それを見極めないと、この戦争の結末を左右するかもしれないぞ」
「本当ならそれがわかるまで交戦は避けてぇがな……ここで下がったらまずいことになる」
「どうまずいんだ? 敵は何かを仕掛けてくる。一度引いて様子見も有効だと思うが」
確かにここを引いて南へ逃れると被害を受ける村々は出てくるだろう。
だがこれはおそらく決戦だ。一般の兵では勇者をどうすることも出来ない。俺たちが敗れれば結局全ての国は帝国に飲み込まれるだけじゃないか。
元々この要塞を取り戻したのだって、別にそれ自体が目的ではない。どうせ対勇者戦となれば建物に籠もった戦法はむしろ不利なのだ、どちらにせよ打って出ることになる。もう一度ここを明け渡したって良いんじゃないのか。
「……出資者様が金と兵力出し渋ってんだよ。今ですらな。ここで引いたら下手すりゃ傭兵廃業よ」
「……この状況で今も出し渋ってるって、まずいんじゃないのか」
「大いにまずいわな。だから明日俺と傭兵長で交渉に行く」




