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休息の合間に2

 食堂……としても使われている大きな部屋。机と椅子が並べられ、皆が思い思いに食事をしたり休んだり談笑したりしている。時々行き交う人に大丈夫か? と心配したような声をかけて貰い、どう返したらいいか戸惑う。俺が意識を失って暴走、自傷、牢に拘束されていたことを知っている人だろう。


 多少の居心地の悪さを感じながら先に席に着き待っていると、まずはクレナが合流。その後しばらくしてから浮かない顔でリフェルが着席した。

 三人黙々と飯を食う。このメンバーはいつかの任務を思い出すな。

 リフェルはさっきのパンツ転移事件がショックだったのか、口数少なく悲しげに食事を口へ運ぶ。クレナは元々食事中あまり話をしない方らしく、こちらも静か。なんとなく俺も二人に話しかけにくい。やっぱ本当に先に食っとくんだった。



 食事が終わり、一息ついてからようやくクレナが口を開いた。


「そういえばリフェルちゃんの別件ってなんだったの?」

「あ! そうだ聞いて下さいよ! 私水魔法序列一位もらっちゃいました!」


 はぁ? 本気で言ってるのかこの子は……。

 さっきまでのこの世の終わりのような表情とは打って変わってニコニコと純粋に嬉しそうに報告してくる。本当にコロコロと表情が変わる子だ。


「クレナ、才能ってこえーな」

「……まったくね」


 クレナもかなり天才と言っていい部類の人間だが、相当の努力をしているのも知っている。リフェルも「特訓頑張りました」とは言うものの、ウィズに来てからまだ一年と少しというところ。以前俺も世話になった謎の止血魔法といい、天才中の天才と言うほかない。まぁ、それがわかっていたから異例の転入なんて受け入れたのかもしれないと今では思うが。

 俺に関してはこうやって戦いまくっているのにいまだ“序列無し”だぞ。きっと序列認定する人たちも『こいつは色々面倒だからいいや』なんて思っているに違いない。仮に認定されたところで全属性最下位にランクインするだけなんだけれど。

 

「ねぇシュゼ~」


 気持ち悪い猫なで声。クレナが悪ノリしている時は絶対ろくなことを言わない。


「久しぶりにリフェルちゃんに魔法教えたげたら~?」

「なっ!?」

「あ、懐かしいですねー。ふふ、楽しそう。是非お願いします!」


 序列一位に今更俺が何を教えることがあるんだっつーの!

 恥かかせて遊ぼうとしてるなクレナのやつ。

 ならばこっちにも考えがある。


「いいけど、そのかわり対戦形式な」


 どうだ。リフェルは争いを好む性格ではない。

 頼む。断れ。


「へー面白そうじゃない」

「大怪我はしないように……ですよね?」

「そりゃねぇ。今のあんたたちなら怪我させない加減くらい出来るでしょ?」


 雲行きが怪しくないか。


「じゃあ、わかりました。やりましょう! やるからには負けません!」


 やっべぇ。どうしよう。断らないのかよ。リフェルも俺たち傭兵に毒されて前より好戦的になったのか?

 まずいな。男として、ウィズの先輩として、対勇者筆頭戦力として絶対に負けるわけには……。

 とりあえず食事を終え三人で席を立ち上がったのだが、その時のリフェルの仕草を、俺は見逃さなかった――。


「よし! やると決まったら善は急げだ。クレナは場所の確保、リフェルは俺と来い」

「えっ少し食休みを……」

「オッケー南門側にいるわね。なによやる気満々じゃない」

「リフェルきりきり歩け。敵は待ってはくれないぞ!」


 かなり強引に手を掴み歩きだす。ああ、この反応は間違いない。



 俺はリフェルの手を引きながらその辺の人に場所を聞き、資材倉庫から訓練用の剣を一応二本持ち出すと南門へ向かった。

 この要塞の周囲は木々も山も無く、少々の丘があるくらいで見事な平野が広がっている。北は砂地が多いが南は背の低い草花の広がる草原だ。もう少し南へ行くと先日の戦闘の跡で地形はボロボロになっているが。



「おーいこっちこっちー」


 門を出て少し真っ直ぐ歩くと、クレナが小さめの体躯でぴょんぴょん跳ねながらこちらに両手を振っていた。

 やけに楽しそうじゃないか。他人事だと思って。さっきまでやたら暇だ暇だと言っていたから完全に遊びの思考に入っているな。

 どうせリフェルに負けて悔しそうにしてる俺を見たがっているに決まっている。ふふふ、だが甘い。こっちは一瞬の頭の回転が生死を分ける戦いを何度もやっているんだ。既に我必勝を得たり。


「あたしがルール決めるわね。この箱の中から出ないように戦うこと。出たら失格ね」


 草を線状に焼いて作られた四角形がそれぞれ少し離れた位置に二つ用意されていた。

 多分魔法で焼いたんだろうな。これだけでも職人級の技だ。器用なことで……。


 箱から出ないように戦う、このルールは遠距離だとリフェルが、近距離だと俺が有利で面白くないので中距離で戦うようにする仕掛けらしい。まあ想定通り。その他に枠内を全て一度に攻撃するような大範囲魔法も禁止とされた。


「よっし。じゃあリフェルちゃん、ちょいちょい。あいつはねぇ――」


 クレナは何か小声でリフェルにアドバイスを始めた。

 やっぱりお前はそっちの味方か。でしょうね。そうなるでしょうね。


「よし、泣かす」

「じゃあ二人とも位置について。……準備はいい? よーいはじめっ!」


 近接戦ではないから腕力は必要ない。スタイルアップの応用技、部位集中を全て脚にあつめる。これで速さだけなら適正にスタイルアップを持つ者と同等かそれ以上。

 正直水魔法に関する知識には他属性と比べ乏しい。だがいずれも“水が重い”ため攻撃が遅い魔法ということは知っている。

 まずは脚で動きつつ適当に小手調べでも――。


「たあっ!」

「――っぶねえ!」


 不意を突かれた!

 俺の視界の外、頭上から真下へ滝のような大量の水が降り注ぐのを、なんとかすんでのところで気付き回避に成功した。

 リフェルの奴、元々感覚だけで魔法使ってたせいか無詠唱の精度がやたら高い!


「やっ! はぁっ!」


 リフェルはこの水柱魔法を無詠唱で連打する。

 ――速い。

 頭上に水柱が発生してから避けるまでは比較的余裕があるが、魔法の連続発動が速すぎる。

 これに当たっても死にはしないが、これだけ連打されると逃げる場所が――。


「ウォーターボール!」

「――! 六芒六辺!」


 ぎりぎりだった。

 結界を発動してすぐリフェルの特大ウォーターボールがバシャッと通過していった。


「あーっ! ダメよそこは無詠唱じゃないと!」

「あっ! そっか。声でバレちゃいましたね」


 視線を上に集中させ逃げ場を限定してからのウォーターボール……クレナの入れ知恵だろうが、リフェルも上手かった。当たっていたら枠外まで吹っ飛ばされていただろう。危ない。いつやられてもおかしくない。さっさと終わらせ――。

 あれ、足がぬかるんで……!


「でも結界ずるいです。だったら~」


 リフェルは握った手をこちらに向け、俺を指すように人差し指だけを伸ばし、親指を直角に立てた。

 さっきの水魔法連打のせいで足がぬかるんで上手く動けない。まずい。ここは一旦結界を維持して防ぐしか!


「フェイ・リタ・ウェイブシュート!」


 俺の左側の髪が揺らめいた。張っていた結界に一瞬小石ほどの穴が開いたかと思うと、バリンと割れる。

 ゆっくり振り返ると離れた要塞の城壁からほんの少し砂煙が出ているのが見えた。穴が開いたらしい。


「うわっは」

「ちょっ、ちょっとストップ! これ怪我は無しだよな!?」

「結界割っただけなのでシュゼさんには当てませんよ~」


 割っただけって言ったって。今一瞬だけ見えたのはリフェルの指先から発射された高速高回転と思われる楕円形の小さな水球が、俺の結界をまるでそんなもの無いかのように穴を開けていくところだった。

 頭に受けても一緒だろう。さぞ風通しが良くなり悩みも失せるに違いない。

 何だよ今のは。誰だよ水魔法は遅いなんて言った奴。

 おいなに爆笑してんだクレナ。もう許さん。始めからそのつもりだったが今は尚更微塵の躊躇も無い!


「フェイ・ミディ・ウィンドミル!」


 俺の両手から風が放たれる。食らえこれが必勝の策だ。


「シュゼ真面目にやんないと負けるわよー。今更そんな風なんかで――ってうぉわぁ!?」


 リフェルは前かがみになり半泣きでスカートの前を押さえている。彼女の後ろに立っているクレナにはわかったようだな。


「リフェルちゃんあたしがあげたパンツ穿かなかったの!?」

「すみません小さくて入らなかったんです~風止めて~~!」

「やけにノリノリだと思ったらあんた始めからこれ狙ってたでしょ! 卑怯よシュゼ正々堂々やんなさい!」

「正々堂々だ? そういうことは勇者にでも言うんだな! 俺は汚い傭兵だぜ、っと!」

「ひゃわぁ!」


 圧縮空気を飛ばす風魔法をとどめに放った。無防備な体勢でいたリフェルは後ろにずっこけ、枠線の外に尻もちをつく。

 はい完勝。俺の勝ち。

 情報は有効に使う、敵に弱みがあったら真っ先に付け込む。これが勝負の鉄則だな。


「うわー本当にやりやがったわ。リフェルちゃん大丈夫?」

「うぅ~負けちゃいました……それより……あぁ~お嫁に行けない~!」

「汚いでも鬼畜でも言うがいいさ。訓練で良かったな。実戦だったらもう死んでるぞ」

「実戦だったら遠距離から大魔法であんた即死よ」


 ぐっ、それは否定出来ない。

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