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休息の合間に

「暇ねー」

「そっすね」


 こいつの『暇ねー』を聞くのはもうさっきから三度目だ。要塞地下にある石造りの細い通路、その途中にある一室が転移陣の敷かれている部屋。

 地下の通路とは言え灯りは多く設置されておりそれ程暗くはないのだが、いかんせん殺風景ではある。もう暖かい季節だというのに地下はひんやりとしていて、時折吹き込んでくる埃っぽい風が肌を冷やす。その通路で俺達二人はリフェルが転移してくるのを待っていた。


 病室での話し合いを終え、俺とクレナはそのまま軽く準備をして要塞へと来たのだが、リフェルだけは別件で遅れて来るという話。それほど時間はかからないらしいので、合流して久しぶりに一緒に飯でも食おうかとなり今ここでこうして暇を持て余している。

 と言っても俺はさっきの話を頭の中で整理する時間にも丁度良かったので、こうしてぼーっと立っているだけでもそれほど暇は感じていないのだが、クレナは不満そうだ。だったらどっかで遊んでくればいいのに。


「暇ねー」

「四度目だぞ」

「違いますー今のは少しアクセントを変えましたー」


 ……うわぁめんどくせ。

 クレナは後頭部でまとめ、横に垂らした赤い髪の毛先を指でくるくるといじっている。落ちかけた瞼で目線はまっすぐ正面の壁。口は半開き。今にもよだれが垂れてきそうだ。

 これが死んでる顔って言うんだろうなー。


「――わっ、ちょっ、顔じろじろ見ないでよ」

「ああ、悪い」


 最近よく狼狽えるな。ちょっと前だったら『なに? なんか文句でもあんの?』みたいな感じだった気がするが。だんだん大人になって丸くなってきたってところだろうか。小さい頃こいつのこと苦手だったもんなー怖くて。何回か泣かされたこともある気がする。


 いじめっ子というほどでもないのだが、気が強くてすぐ怒るので幼い俺はクレナのことを“近付いたら駄目な人”と認識していた。こいつともレコウともよく話すようになったのは、ユーマが死んだ――実際には生きていたのだが――あの件からか。

 あれ以降、俺は周囲から性格が変わったと言われることが多かった。自分で意識して変えたわけじゃなかったが、確かに昔の自分を思い出してみると今は多少荒くなっているかもしれない。精神的なショックが原因なのか、それとももしかしたら性格のきついこいつに合わせるために性格が変わったんじゃないかと思わなくもない。



「そういえばさー、どうでもいいんだけど、リサって誰」

「ん? ん~……伝説の女の子」


 誰かと聞かれると物凄く説明に困るのだが、流石に今の説明はあんまりだっただろうか。


「なに伝説の女の子って。ふざけてんの? ぶっ飛ばすわよ?」


 あれ、怖い。なんでちょっと怒ってんだよ。さっき少しは丸くなってきたかと感心したところだったのに。


「あーあれだよ、なんだっけ。神託の少女様。神樹信仰の」

「はぁー。聞いたあたしがバカだったのかしらね」


 信じられないのも無理はない。普通はそうだよなー。だから説明させんなっていうんだよ。最初からはぐらかしとくんだった。


「今度会わせるから自分の目で確かめてくれ」

「はいはい。どうでもいいけど」


 どうでもいいなら怒るなよな。



 リフェルはまだ来ない。ウィズに居るんだ、何かあったかなんて心配はしないし、遅すぎると言うほど経ってもいないが、機嫌の悪いクレナと無言で二人きりというのは少々居心地が悪い。


 何か話しかけようかと考えたところで、自分は他愛もない世間話が苦手であることに気付いた。

 そんなに口下手だとも思わないんだが、会話に積極性が無い。これは間違いなく普段俺を取り囲んでいるメンバーのせいである。クレナもレコウもリフェルもリサも、機嫌が良い時はとにかく勝手に喋るので俺は聞き手に回っていることが多かった。チマは口数こそ多くないが行動にツッコミどころが多い。

 とにかく、無言は気まずい。何か聞こうか。


「クレナは俺が勇者かもしれないって聞いて、どう思った」

「どうって、別に。あんたはあんたでしょ」

「だけど勇者は敵だぞ」

「敵は帝国でしょ。どうせなら勇者になって、もっと強くなって、敵みーんなやっつけてくれればよかったのに」


 そう、なんだよな。

 色々な経験や状況からもしかしたら俺は勇者かもしれないと自分でも信じ始めているが、今は一切身体能力などに変化はない。一時的なものなのか、それとも既に力は永遠に失われてしまったのか。

 力に対する嫌悪感は特に無い。奴らを倒すため利用できるものならば何でも利用する。もし勇者の身体能力で魔法まで使えたら相当強くなれただろう。あいつにも勝てるくらいに。


 その時、扉の無い開け放たれた小部屋――転移陣が布陣されている部屋に光が満ち、リフェルが転移してきた。


「あ! お二人ともすみません。遅くなりま――ひゃわ!?」


 ……ひゃわ? リフェルは若干前かがみになり戦闘服のスカート部分、その前を片手で押さえもう片方の手で尻を軽くパンパン叩いている。

 あー……これは、やったな。


「ク、クレナさんどうしよう」


 リフェルはこちらをチラチラ目で伺いながらクレナに耳打ちで何やら話している。

 いやもうわかってるから。遅いから。

 転移陣は何でもかんでも転移させられるわけじゃない。生物は無条件で大丈夫だが道具の場合特殊な素材を使っている物か、特殊な紐を巻いた物体しか転移させることが出来ない。


 俺たちが普段装備しているものは大体転移に対応した物ばかりなので気にしなくても平気なのだが、下着だけは別。転移対応した下着は着心地があまりよくないため、ウィズにしばらく滞在する間は転移に対応していない普段遣いの物を着用するのが傭兵の普通になっている。特に女子は。

 移動の際に履き替え忘れるとこうなる。

 つまり今、ウィズ側の転移陣にはリフェルが着けていたパンツだけが遺品のように残されているわけだった。


「あーもう、随分待ったんだから取りに戻るなんて駄目よ! 転移晶石も貴重なんだから!」

「で、でもあっちに私の……が」

「パンツの予備くらいあたしの貸してあげるわよ」

「クレナさん! 声、声おっきい!」


 リフェルは顔を真っ赤にしながら左手で尻を押さえ右手でクレナの手を引き、時折振り返りながら小股でそそくさと歩いて行ってしまった。

 あの、俺は……。


「……もう先に飯食ってるからなー」

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