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悪魔の樹3

 俺たちが、いや恐らくこの様子では大陸中の殆ど誰もが知らない世界樹の秘密の一つを、チマが知っている。

 チマは室内にいる皆の注目を浴びる中、指を一本立てると、ゆっくりとそれを栗色の癖毛が乗った頭に持っていきポリポリと掻いた。

 どのように話すのがいいか考えているのだろうか。


「世界樹の秘密……じゃあね、世界樹は何を食べているでしょーか。はいリフェルさん」


 なんだなんだ、何か始まったぞ。


「えっえっ? えっと、木だから、根っこからお水を吸ってるんじゃないですか?」

「ざんねーん違いまーす。世界樹はね、全てを栄養とすることが出来るのだーよ」


 チマは語る。

 普通の樹木は根から水分と土に含まれる栄養を吸収していると考えられているが、世界樹は水はもちろん土、岩石、昆虫などの生物、海水までをもその根から吸い上げているという。

 根の周囲にある物質は吸着し長い時間をかけドロドロとまるで溶けるようにして変質、吸収される。

 そのドロドロの正体はよくわかっていないそうだが、樹の成長に使われると同時に葉から発散されるマナの原料にもなっていると見られている。便宜上、ギハツではマターと名付け呼ばれているらしい。

 なるほど、よくわからん。


「それって……!」


 クレナが何か思いついたように声を上げたが、慌てて口に手をやりチマに先を促す。

 俺はまだ何のことやら。


「じゃーレコウくん。根っこが土や石をドロドロに溶かして吸っちゃったらどうなると思う?」

「え、オレ? んーわかんね。あれ、でも地面の下が溶けたらオレたちはどうなるんだ?」

「質問で返さないでよ。でも方向性は合ってるから三十点。ちなみにリフェルは十点」

「えぇ~~!」

「コラコラ傭兵長もいるんだから。真面目に話しなさいよ」



 だんだんこいつらのペースになってきたな……。チマの頭の出来が普通と違うのはよく知っているが、それを俺たちと合わせようとしてくれてこうなっているのか、それとも素でこれなのか判断つきかねる。

 傭兵長の方をチラリと見ると、壁に寄りかかったまま腕を組み、目を閉じ、じっと黙って聞いていた。怒っていないといいが。


「地下がドロドロにされちゃうと地上は沈み込んでガタガタ崩れちゃう。でもそうはなってない。なんでかなぁ。それは世界樹の根は溶かすと同時に晶石を作り出すからなのです。細かな隙間も外殻と同じ材質の粒子で塞ぐんだよ」


 晶石。俺たちが普段転移する際などで使う、中が空洞になっている卵大の半透明の石。ちょっとやそっとじゃ傷付かないとても頑丈なものだが、魔力を込めると一瞬で砕け散る。

 つまり俺たちが生活するこの大地の地下にはそれがびっしりってことか。

 うん……ここまでは知っていた、というかこんなに詳しく説明を受けたことはなかったが、特段驚くようなことはない。


「でね、その晶石なんだけど、全部一斉に消えちゃったら、大変だと思わない?」

「そりゃあ……大変だ」


 この大陸地下をびっしり埋め尽くしている晶石がもし一斉に消えたら、大地は、崩れ去るだろうな……。

 まさか。でも本当にそんなことが……。


「晶石使う時さ、魔力を込めるとパーンって弾けて消えるでしょ? あれってね、魔力を込めるってことは、周囲のマナを消費するってことなんだ。マナは目に見えないけど、ものすごく細かい粒が今もボクたちの周りに降り注いでるって考えられてる。屋根も地面も突き抜けて、ずっと下まで降ってるんだよ。だからね、晶石はマナがある場所では安定していてとても頑丈だけど、マナが無くなると砕けて消えるんだ」


「つまりマナが無くなると、地下の晶石も消えて、大地は……」

「ん。根が届いてない北の帝国領以外、割れて海に沈む」



 この大陸南西の海、地図上でこのウィズからすぐだが、魚などろくに捕れず近海ですらとても船が航行出来ないほど年中荒れている。おまけに浅瀬が多く座礁の危険も高い。

 それははるか昔。この大陸は今の何倍もの広大な大地が南に広がっていたが、“なんらかの原因”によって全て海に沈んでしまい、その影響で今も海流がおかしいのだという説があるとチマは説明した。

 海が荒れているおかげで帝国が海路で直接乗り込んでこなくてラッキーだ、くらいにしか思っていなかったが……大昔陸地が広がっていたなんて話は初めて聞いた。


「マナが無くなっちゃうことなんてあるんですか?」

「マナは世界樹の葉から出てるから、世界樹が枯れたり、燃えたりしたらなくなっちゃう」

「なら、南の陸地が沈んだのは今あるやつとは別の世界樹が枯れたからってことかよ?」

「たぶんねー。記録がほとんど残ってないから推測によるところが大きいけど、辻褄は合ってるんだーよ」


 チマは特に感情を込めずに、しかし無感情でもない、いつもの独特のリズムで続ける。


「ここは大陸なんて大きさじゃない。世界から見れば“島”でしかないよ。でもボクたちの間では大陸との呼び名が定着している。昔はもっともっと大っきかったんじゃないかな」


 皆は深刻そうに黙りこくって床を見つめだした。

 確かに、気軽に話してはいけないと口止めされる内容なだけはある。ある程度学問を修めていて冷静な判断が出来るウィズの者と違い、この話が他国に漏れれば民衆に大混乱を招くであろうことは想像に難くない。


 一時沈黙が流れる病室の外を、子供たちが笑いながら駆けていく声が響いた。


 グラードは世界樹を狙っているようなことをユーマが言っていたっけ。世界樹そのものの意味なのか、それとも俺たちウィズのことを世界樹と表現したのか。この大陸を救おうとしているのは本当だとも言っていた。

 ……いかんいかん、ユーマだって本当のことを言っているのかはわからない。普通に見えたがグラードに操られている可能性もまだ残っている。ここでウダウダ考えても結論は出ないか。

 それよりも――。


「なんだかチマ、まるで頭良さそうなこと言ってるな」


 沈黙を破った俺の軽口にクレナが目だけをこちらに向けて睨みつける。『真面目にやれ』と声が頭に聞こえてきそうだ。

 まぁ待てって。


「結局さ、俺たちのやるべきことは変わらないんだろ。世界樹が勝手に枯れるならどうしようもない。帝国が世界樹を狙うのならばそれを阻止するべく戦う。単純なことさ」

「……そっか。そうですよね! さすがシュゼさん!」


 リフェルだけが突然天から希望が降ってきたかのように満面の笑みでこちらを見る。

 やめろ。目がキラキラしていて眩しい。

 我ながらさっき目覚めレコウに会う前までは『全てどうでもいい』などと思っていたとは考えられないような前向きな台詞だが、俺はそんなに頭が切れる方ではない。血を流し、やるべきことをやることが最善だろうと思うのも事実。


 ふっ、と息を吐き出す音が聞こえた。見ると傭兵長が目を瞑ったまま口元が笑っている。

 彼女は目を開き、壁から離れ言葉を発する。


「『単純なこと』か」


 あ。いやまぁ傭兵長や各国の王族階級にとっては複雑な問題なんでしょうけれど……。


「そうだな。それでいい。考えるのはこちらの役目。お前たちには命を貸してもらっている。それだけで十分だ」


 傭兵長の口調はいつもと変わらず凛々しいものだった。だが……。

 要塞奪還戦。まだ詳細は知らないが多大な犠牲が出たと言う。彼女の言葉は俺たちを死地へと向かわせていることに負い目を感じているようにも聞こえた。

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