悪魔の樹2
「グラードだと……」
「……マジ?」
傭兵長のただでさえ普段から鋭い眼光が、更に鋭さを増し大きく見開かれた。
それもそうだろう。敵の大将があんな最前線に突っ立ってるなんて俺でさえ今でも信じられない。
「事実かはわかりません。ですがそう名乗ってきました」
「特徴を教えろ」
記憶をほじくり返すまでもなく、奴の姿形は裏まぶたに張り付いて離れない。
レコウより二回りほど大きな身長。長身の部類だろう。身長ほど体格は大きく見えないが、他のどんな勇者よりも怪力を持っていた。やろうと思えば俺の左腕を掴んだ際、そのまま握り潰すことだって出来たに違いない。
腰まである真っ黒で長い頭髪。黒い瞳。濃灰色のマント。奴自身が臥竜天斧と呼んだミスリルを斬り裂く異様な斧。
これらを余すことなく傭兵長へ伝えた。
「ですが、見た目はかなり若く見えました。どう見ても三十手前か……確かあいつ四十代では」
「ふむ。斧の報告は上がっていないがその他は諜報員の情報と一致する。若く見えるのも聞いている。本国ですら常に影武者を使っているのでもなければ、本人で間違いないだろう。奴自身が勇者の可能性は考慮していたが、まさか前線に居るとはな」
傭兵長はいつものピシリとした直立姿勢を崩し、壁に肩を預け腕を組み、顎に手を当て考える姿勢に入った。
非戦闘員含めウィズ全ての人命と情報を預かる立場の人だ。何を考えているのかまでは推し量れないが。
「俺はあいつ、グラードに操られかけ――いえ、実際に操られました」
「何か人心を操るような術を使う……知識にないが、古代の魔法か?」
「魔法かはわかりませんが、おそらく効くのは俺だけです。奴は共に来いと言いました。志を共にする勇者だと」
確証はない。だが対峙した実感として、あの心に入り込む奇妙な技は俺だけに効いているのではないかと思った。
その証拠に他の傭兵達を散々斬り殺している割に、俺にはいくらでもチャンスがあったにも関わらずとどめを刺そうとしなかった。あれは俺を仲間に引き込もうとしていたからだろう。
「シュゼが、勇者……」
背後でクレナの戸惑った声が聞こえた。
「三日で全身の怪我が殆ど治っているのも、多分そういうことなんだと思います」
怪我の治りが早い術士でも、普通ここまでは早くない。左手なんて完全に折れていたのが嘘のようだ。自傷して暴れたという話も、聞かされなければ知らなかったくらい体に傷が無い。これも勇者の回復力とすれば辻褄が合う。
「……なるほどな。報告では聞いている。後で言うつもりだったが、お前のその目立つ銀髪、先日救助された際には“黒髪”になっていたらしい」
正直、自分でももしかしたらと思うことはあった。叩き伏せて来た勇者共が皆一様に黒髪か、真っ黒でなくともそれに近い色なのだ。
俺は小さい頃黒髪だった。それがリサと出会い病で倒れて以降いつの間にか銀髪になっていた。今もまた、いつの間にか銀髪に戻っている。と言っても黒髪の人間は珍しくもない。全員が全員勇者なんてこともないだろう。だが、自分には心当たりが多すぎた。
「ならば奴は他の勇者を操る術を持っている、ということか?」
「いえ、そこまではどうでしょうか……ユーマはそうは見えませんでした。いずれにしても推測ですが」
解せない点は多い。今までずっと、知らなくてもいいと思ってはぐらかしてきたが、いよいよリサを問い詰めなければいけない。もしかしたら、あいつは俺を――。
「ユーマだって? ユーマに会ったのか!?」
レコウが驚いたように大きな声を出した。
そうか、こいつが来た時はもうユーマは居なかったんだっけ。
「ああ、生きてやがったよ。ただ敵か味方かはまだわからない。寝返るようなことを言ってはいたが、あいつは勇者だ」
「通りで死体が見つからないわけだ」
傭兵長が苦々しげに言葉を吐き捨てた。
語るには校外学習でユーマがとある国の兵に殺された事件。その顛末は当然彼女の耳にも入っていた。報告を受け遺体の回収を試みたが、どう探しても発見出来なかったらしい。
治安の行き届いていない地域で死体が消えるなんて話は珍しくもなかったので捜索は打ち切られた経緯があったそうだ。
「大方身包み剥がされ埋められたか、どこかの変態にでも持ち去られたかだと思っていたが……そうか、奴が勇者に。……とにかくユーマの件はあまり口外するな」
ユーマを知らないリフェルとチマはともかく、レコウとクレナは難しい顔をしている。俺とあいつの関係もよく知っている二人だ。
もし、もしあいつが敵ならば、俺は戦えるだろうか。
いや、ともかく今はまだその時じゃない。まずは聞かなければいけないことが山ほどある。
「傭兵長、俺からも質問していいですか」
「言ってみろ」
「ユーマはこうも言っていました。“世界樹は大地の全てを吸い上げ育つ悪魔の樹”だと。何か知っているんじゃないですか」
「……思い当たる節がないでもない。が、わたしから説明するよりチルハオリマの方が詳しいだろう」
「チマちゃん?」
リフェルが素っ頓狂な声を出す。
見ると、いつの間にかチマはリフェルの膝の上に座っていた。
今かなり真面目な話してたところなんだが、相変わらず緊張感の無い奴らだ。
「でもそれ、喋っちゃいけない話ってことになってるやつ」
「わたしがこの場で許可を出す。説明してやれ。お前たちには知る権利がある」