裏切りの刃2
死臭立ち込める霧の中、死体が転がっている。数は、七。
確かめなくてもわかる。死の気配が色濃く漂う、死体。それらは皆俺と同じ、ウィズの戦闘服を着ていた。
どうしてこんなに離れた場所で――。
「そんな……」
思わず口から言葉が漏れた。
うつ伏せでもわかる。
でも……信じたくない。
「頼むよ。くそ。なんでだよ!」
右肩から先と、右足が付け根から切り落とされていた。
踏み出した一歩が水音を立てる。ヴェイグさんの下には流れ出たおびただしい量の血が地面に染みを作っていた。
うつ伏せなのは誰かを下にして庇っているようで。
下にいるのは……。
「カル……ドラさん……」
カルドラさんには、腰から下が無かった。切り口からは腸が垂れ下がり、既に絶命している。
……ふざけるなよ。ふざけるな! 誰がやった!
許さねえ。絶対に殺してやる。
「シュ……ゼか……」
「ヴェイグさん!?」
慌てて抱え起こすが、致死量を超える出血のせいか目は見えていないようだった。
これはもう……。
ちくしょう……。
「シュゼ……だめ、だ。行くな……」
「いるのか。まだいるのか! この先に! あんたをこんなにしやがった奴がっ!!」
「奴は……武器が……戦うな……シュゼ……」
「聞けない! 許せるわけないだろうが!」
「……最後まで、俺の言うことを、聞かねえガキだ……なぁ…………カルド……」
かたきは取るなんて言うつもりはない。
戦争だものな。誰しもいつかはこうもなるのさ。
だけど、割り切れるかよ!
必ず――。
「……なるほど、たった一人で追ってくるとは。悲しいものだな、性とは……」
「仕事をしに来た。黙って死ね」
“敵”は殺す!
敵は肩幅に足を開きこちらを値踏みするように観察している。
男の声。比較的長身、腰まで伸びる黒く長い髪。闇に紛れてはためくのは濃灰色のマントか。不確かな“予感と気配”で確信していた。ヴェイグさんたちは複数の勇者と交戦してああなったのではない。こいつだ、こいつ一人にやられた!
重心は完全に体の中心。
およそ戦闘をする態度ではない。完全に舐め腐ってやがる。
いいだろう。だったら――!
「クロウ・リタ――」
最短で真っ直ぐに距離を詰める。まだ動かない。
ならば望み通り瞬殺してやる。その首が消し飛ぶまで舐めていろ三下!
「タイニーメテオ!!」
強烈な衝撃音。
敵は体勢を変えぬまま靴裏から砂埃を巻き上げ真後ろへ滑り飛ぶ。
……ちっ。
「珍しい術を使う。少し油断しすぎたか」
硬いものを殴った手応え。
並みの鉄であれば勇者の闘気で強化されていても、その上からぶち抜ける威力はあったはずだ。
今の攻撃で破壊されたのは、俺の左手。
指がイカレた。
一体何が――。
「てめぇ……なんだよその武器は」
暗闇の向こうで背中にバカでかい獲物を背負っているのは見えていた。
しかし取り出されたそれはあまりに異様。
なんだあれは。
巨大な鈍器……いや――。
「これは臥竜天斧という神器だ。もはや出自のわからぬほど古代から存在している神の武器」
「斧だと……」
半月、いや円形に近い赤黒い塊。
鉄ではない。ミスリルでも。材質がわからないが、俺のメテオを受けてひび一つ無い。
そいつで攻撃を防いだ。そいつでみんなを斬った。
ヴェイグさん達を――!
「合成風炎っ」
その巨大な刃に不釣合いなほど持ち手は短い。
武器の間合い外から攻める! 右手、全力!!
「コンプレスバーナー!」
爆裂した火炎の渦が右手から奴の顔面目掛け襲う。
折れてても魔法を撃つには関係ねえ!
合成、風炎――ダブルだっ!
「血と肉で心の臓に繋がったこの両腕が、呪いを紡ぎ貴様を殺す!」
顔面を狙った合成魔法が円形の斧で防がれた。
そう――狙い通りっ!
「クロウ・リタ!」
そんなでっけー獲物で顔面隠したら、視界が塞がるだろうクソ野郎!
脇腹がら空き!
拳が砕けても構わない!
「タイニーメテ――な、に……」
「折れた腕でもう一度攻撃するか。いい覚悟だ」
こいつ、悠々と手首を掴んで止めやがった。
まずい。他の勇者とは格が違う。
その通りだ。私はお前たちの上に立つ存在。
斧が振り上がる。
あの巨大な武器を片手でっ!
「くっ!」
避けられない。
剣を抜き防御を――。
無駄だ。
「ぐっあぁっ!」
ミスリルの剣が、斬られた。
胸のあたりが熱い。
俺もやられた。これは、死んだかな。
死にはしない。浅く斬ったからな。
「面白いなお前は。我が名はグラード。悪を討ち滅ぼす者だ」
「はぁ……はぁ……グラードだって……? そいつは、帝国の王の名だ」
「そう。私が帝王だ」
馬鹿な。なんだって帝王様が、こんなところに。
ちくしょう、体が言うことを聞かない。
「配下の勇者が随分と苦戦していると聞いてな。やはりお前か……名を名乗れ」
「俺は……名前は、貴様らなんかに名乗る名前は……」
「名を、名乗れ」
「名前は……シュゼ……」
なん……だ。これは。
やはりな。お前がシュゼか。覚えておこう。
誰だ……俺の中に誰かが……。
「俺に、何をしたっ!」
どうやら何も知らなかったようだな。
「頭の中で喋るな! やめろっ!!」
シュゼ、お前はそちらに居るべき人間ではない。私と共に来い。
「嫌だ……やめろっ……」
体が動かない。言うことを聞かない。
頭もだ。
奴の思念が、呪縛が、頭の中に入ってくる……。
割れそうに、痛い。
誰かが、走り寄る微かな足音が聞こえる。
「王。非戦闘員は無事避難させました。あとは……え? ……きみは! まさか……」
誰だ。
新しい、敵。仲間。
なんだ。
今度は幻覚か。
「シュゼ! 僕がわかるか? きみは……そうか、そういうことか」
有り得ない。頭痛と吐き気で目が霞む。
俺は生きているのか。だとしたらどうして。
現実だ。受け入れろ。
「なんで、お前が生きている。なぜ、“そいつ”を背にして立っているっ! 答えろユーマ!!」
まぼろしだ。
俺は確かに見たじゃないか。こいつが、刺し殺されるところを。
それをずっと悔いて悔いて! この想いを晴らすために生きてきたんじゃないか!
これは、王が見せるまぼろし……。
いいや、違う。ユーマは生きている。
「本物……なのか」
「ああ。あの時、僕の勇者としての資質が開花してなんとか生き延びたんだ」
「ユーマは……勇者」
「そうだよシュゼ。きみと同じ、勇者だ」
「だったら、だったら俺の……敵じゃないか!」
「ユーマもうよい。先に行っていろ」
「しかし王!」
「行けと言ったのだ」
「……わかりました。シュゼ、またな」
「待てよ! 勇者なら、お前は俺の――」
その体で何が出来る。
まだ生きている。戦える!
お前の血は、力は、我々と戦うためのものではない。志を共にするためのものだ。
違う……勇者達と共に戦うなど……。
私と来い。勇者シュゼよ。
王と一緒に……。
さあ、この手を取れ。
王の手を……。
「……邪魔が入ったか」
何かが、飛んできた。
これは、ナイフ?
「うおらああああ!! 閃光キーーーック!!」
我らの王が、攻撃された。
この、声は。レコウ。目も、思考も、ぼやける。
「助けに来たぜシュゼ! なんか炎が見えたと思ったらやっぱりピンチかよ!」
「駄目だレコウ……逃げるんだ……」
元仲間だな。
レコウは、友達だ……。
「シュゼは下がってな! オレだって近接戦闘は割とイケる方なんだ」
お前はそちら側に居るべき人間ではない。私と来るんだ。
「レコウ……駄目だっ」
「奥義! 雷光纏神! 手足に纏った電撃だ。こいつを防ぐのはちょーっと無理だぜ!」
そいつを殺せ。シュゼ。
「頼む。俺から……離れろ! レコウッ!」
斬り落とされたミスリルの剣。まだ、刃に魔力が残っている。
その切っ先が月明かりに照らされて青白く光っていた。
ああ、いつの間にか霧が晴れていたんだな。
拾え。
はい。
――――やれ。
「お前怪我してんだろ! ここは任せてシュゼは下がって――」
ブツリと肉を突き刺す感触が手に伝わった。




