強襲2
「水雷・エレクトクロースっ!」
雷を帯びた水が全身にぶちまけられ、水から鉄、皮膚、肉、神経と通電。敵の動きを一瞬止める。
接近――鎧の隙間、肘から腕を落とす!
縦に振るった剣が当たる直前、動きを取り戻した勇者が腕を曲げ剣を挟み込む。
ちっ、柄から手を離し後退――あれ、膝が。
力が入らない。くそっ。
俺は斜めに振り下ろされた剣を仰け反り、地面に倒れこみながらギリギリで躱す。
勇者は間髪入れず俺の体にのしかかると脚の動きを抑え込み、突き立てるための剣を逆手に持ち替えた。
馬鹿が。
切っ先が迫る、その瞬間――。
「グランドスパイク」
顔を捻り振り下ろしの鋭さを失った剣先を避ける。
鎧の無い箇所、勇者の腰には地面から生え出た石の棘が深々と突き刺さっていた。
「術士を組み敷いて、有利になったつもりかよド低脳」
剣を振る隙間も無い超接近戦ならこっちの領域なんだよ!
俺の真上にある汚い顔面に手を押し当てる。
クロウ・ミディ――ゼロ距離!
「ガストプレッシャー!」
破裂音と共に勇者は仰け反り、そのまま倒れた。
風魔法は空気を操る。口と鼻から直接体内に圧縮した突風をぶち込まれた気分はどうだよクソ野郎。
立ち上がりミスリルの剣を拾うと、白目を剥いてくたばっている奴の首を落とした。
「はぁ……はぁ……俺みてえなガキに殺されまくって、何が勇者だ……」
顔にかかった血を袖で拭う。
これで、四人目……。周囲の状況を確認しなければ……。
深く一呼吸ついた瞬間、視界が揺らいだ。真っ直ぐ立っていられず、膝に手をつき荒く息をする。なんだ、吐き気が……。
「おい無事か!」
酸欠でぼやけた目にこちらへ向かって来るヴェイグさんとカルドラさんの姿が映った。良かった、無事だった。本当に良かった。
「なんてことない……す……」
低くした姿勢から見上げたヴェイグさんの服は真っ赤に染まっていた――。
「そんな、どこか、怪我を……」
「ああこれか。俺の血じゃねえ。それよりお前はもういい、休んでろ。レコウっ! 来てくれ!」
怪我じゃなかったのか……。敵はあと何人いるんだ。近接班にだけ任せたらまた犠牲が出る。俺が、俺がやらないと……。
突然、体が浮き上がる感覚――なにが……?
「じゃあ頼んだぞ。お前もクレナも、もう休んでていい」
「うっす。班長もお気をつけて」
レコウ? 今俺は担がれているのか。クソ、もう限界かよ。
俺は最早体力が尽き、喋ることも動くことも出来ぬままレコウの背中で成り行きに任せることにした。
「クレナ、班長から指示だ。下がんぞ!」
「シュゼ……やられたの?」
「いいや、バテバテのご様子」
俺はレコウの背中に担がれたまま走って運ばれ、突撃の合図と共に駆け下りてきた崖、その麓に下ろされた。
リサの言いつけを守り、魔力はまだ少し残している。頭もなんとか動いているようだ。渡された水を飲むと、いくらか楽になった。魔力欠乏とは恐ろしいものだ。さっきまでなんともないと思い込んでいたのに、気付いた瞬間にはもう動けなくなっていた。いや、どちらかというと体力を失った方が大きいのかもしれない。
横になった視界でざっと戦場を見渡すが、見えている範囲に動く敵は残っていない。戦況は? 今どうなっている?
「シュゼ、怪我見っから上脱がすぞ」
「それ……より、敵は」
「大丈夫、もう殆ど終わったみてーだ」
されるがまま、服を脱がされる。一度どこかへ行っていたクレナは簡易的な治療道具を借りて崖から下りて来た。
仰向けにゆっくり寝かされるが、俺の体を見たレコウの手が止まる。
「……服血まみれでわかんなかったけど、思ったよりひでぇな。この肩から胸の傷いつやられた」
「肩? 多分……二人目に切られた」
「内臓は無事だが……結構深いぞこれ。痛くないのか?」
痛み……あるような無いような。全身が熱いような痛いような、要するによくわからなかった。
レコウとクレナはその他にも確認するように、俺の体をあちこちぺたぺたと触る。やめてくれ気持ち悪い。
「ねぇこれ、脇腹も……」
「ああ。多分折れてるな。中には刺さってないと思うが。こんな状態でよく戦ってたな」
そういえば脇腹を殴られた頃はまだ痛かった気がする。肩を切られた時も痛かったような。それが戦ううち段々気にならなくなって、今もあまり痛みは無い。血を失ったからか、少し目と体がふらふらするが。
レコウは「とりあえず」と言い肩の傷を布で押さえきつく縛った。
「後でちゃんとやってもらえな」
「ん、ああ」
いつになく真剣な顔してるなこいつ。それにしても、レコウには助けられた。中衛に付いてもらったと言っても期待していたのは勇者以外雑兵共の排除で、直接勇者との戦闘で援護してもらえるとは思っていなかった。
特に声に出して連携しなくても目線でなんとなく察してもらえて有り難い。いちいち声やハンドサインで合図してたら、状況が次々変わる勇者との戦闘ではかえって足を引っ張り合うことになりかねないものな。
そのまましばらく休んでいた後、ヴェイグさん達含めた前衛が戻り、崖の上から魔法を放っていた後衛達も皆下りて来た。たまたまだろうが俺が裸で寝ている付近に集まられ、少し恥ずかしい。
察したのか、さっきまで俺が着ていた血塗れの戦闘服をクレナがかけてくれた。
「見えてる奴はあらかた倒した。だがまだ終わりじゃねえ。少し休んでから前衛で町を確保する。それまで後衛は周囲の警戒だ。転移陣の守備も呼び戻せ」
あれこれと指示を出すヴェイグさんの横からカルドラさんが顔を出し、俺の横にしゃがみ込んだ。
「シュゼくん、大活躍だねー。えらいえらい」
ろくに身動き出来ない俺の頭を撫でる。褒めてるんだか子供扱いしてるんだか。
「本当に四人も倒すなんて。たった一人の子を特別視って、最初はやり過ぎって感じだったけど流石傭兵長。正しい判断だったみたいだねー。偉いぞーよく頑張った」
「やめて下さいよ。そんなことより、被害はどのくらいなんです」
「……戦闘不能の怪我を含めて、前衛は半分近くやられたかな。でも、この程度で済んだのはシュゼくんのお陰だよ」
半分。半分か……。
俺がもっとやれれば、なんていうのは思い上がりだろうな。正直、今は一度に四人討伐でいっぱいいっぱい。自分の限界を感じた。
焦って速攻をかけようとした結果がこの様だ。俺の強みは多くの魔法で相手を翻弄すること。それは速攻と真逆と言ってもいい。忘れるところだった。
それにしても……。
「カルドラさん、いつまで頭触ってんですか」
「あら無意識に。クレナちゃんごめーん」
「なっ、なんであたしに!」
「おらそこ、うるせーぞ! まだ気緩めんなよ! 移動だ。後ろついてこい!」




