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実情2

「平穏の邪魔なのだ、貴様らは!」


 足の下で大きく凹んだ鎧を着た女が何やら喚く。背骨が折れているだろうに、元気なものだ。勇者と言えど折れた骨がすぐさま再生するようなことはないようだが、確かに捕らえようと思えば手足を切り落としてしまうのが一番かもしれない。


 周りを見渡すと、距離がありすぎて判然としないがまだ戦いは終わっていないようだ。だったらさっさと始末して加勢に行くか。どうせ捕虜にしたところでこいつら何も喋らないしな。

 女に目を合わせると、短く「ひっ」と鳴いた。口と鼻からは血が垂れている。潰した内臓から吹き上がったのだろう。


「じゅ、術士は混乱を招く悪魔だ! 私がここで死のうとも我々帝国の勇者が必ずお前とその仲間を――」


 一度仕舞った剣を再び抜き、足の下で寝転んでいる女の心臓を狙う。刀身に刻まれたミスリル特有の魔法文字が淡く光る。もう碌に闘気も出ていない。この剣とスタイルアップならばなんとか闘気の強化が失せた鉄の鎧を貫くだろう。

 途端、さっきまでの威勢は消え失せ息が荒くなりだした。


「はっ、はっ……殺すの? やだ、死にたくない……はぁ、はぁ、人の……悪魔め。……いや、お父さん助けっ誰か! お父さんどこっ!」


 剣を心臓に突き降ろす。鎧のせいで捻れなかったので、引き抜き角度を変えて、念のためもう一度刺す。女は眼を見開くと、頭を何度か細かく痙攣させ食いしばった口の端から血のあぶく垂らし、動かなくなった。十字に開いた鎧の胸から少しだけ血を吹き、あとは背中から地面へ流れ血溜まりが広がる。

 ここまでやれば勇者でも確実に死んだだろう。俺はまだ戦っている仲間の元へ走った。



 血で汚れた手と装備を外で洗っていると、背中に声をかけられた。振り向くと、ヴェイグさんとカルドラさんが。


「良かった。二人共無事だったんですね。姿が見えないから心配してました」

「ああ。俺達は運良くな」


 近接組は広く横に展開する。一番逆側になると姿が見えなくなる程なので、二人がどうなったか気になっていた。今日も何人かやられたと聞いたから。


「それよりもシュゼ、死体を見たがお前今日の相手女だったろ」

「え? そうですね。……あ、もしかして捕虜にした方が良かったですか?」

「そうじゃねえんだが、お前大丈夫か?」

「ちょっと掠ったくらいで怪我は無いですよ」


 二人はチラリと目線を見合わせる。どういうことだろうか。あのあと加勢してもう一人倒したけれど、体力的な話かな?


「いや、それならいいんだ。忘れてくれ」

「はぁ」

「……それよりシュゼくん、ちょっと来て来て」


 カルドラさんに手を引かれ、いつも寝泊まりしている家とはまた別の建物に案内される。石造りの箱のようなそれは、地魔法で急造したものだろう。

 こうして見ると頑丈そうだけど無骨だなぁ。ウィズにある建物も全部こんな感じだけど。

 

「やあ、疲れているところ悪いね。かけてくれ」

「失礼します」


 待っていたのはマティルダさんだった。なんとなく予想はついていたけど。


「シュゼくん今日二人倒したんだってー。ってもう聞いてるか」

「先程報告があったよ。若いのによくやってくれてる」


 師匠が優秀なもので、と危うく言いそうになったが面倒な話を避けるため口を噤んだ。


「二人目は援護ですよ」


 ここに来てから他の人達にもやたら褒められる。だけどそれら殆どの功績はリサにあると言っていい。俺が凄いんじゃない、リサが凄いんだ。と言いたいけど言えないもどかしさがあった。

 リサに修行をつけてもらっている間、これをもっと傭兵団全てに広められたらどれだけの戦力向上になるのだろうと何度も思い、そして何度か直接言ったこともあったがそこは頑として譲らなかった。人目につきたくないのだという。


 マティルダさんとカルドラさんは仲が良いのか、互いに慣れた口調で俺がわからない編成の話へ脱線を始め、ここに連れられて来た理由にはまだ触れてもらえないでいた。

 催促するべきか。うーん。


「おっとすまない、放ったらかしにしてしまったな」


 やっと気付いてくれた。表情に出ていたのかもしれないが、言わなくて良かった。

 マティルダさんがカルドラさんに何か促し席を立たせると、彼女は奥から瓶と木製のコップを持って戻ってきた。まさか酒か。


「じゃーん、忘れてたでしょ。今日誕生祭だよ」

「あぁ、なるほど。でも酒はちょっと……」


 味がとか、酔うから、とかではなく、女性二人と酒という組み合わせに良い予感がしないのですよ。


「一杯だけでも飲みなさい。どちらにしても今日はもう君を出撃させはしないよ」


 マティルダさんは微笑みながら、珍しく命令に近い口調で言い渡す。そう言われれば飲まないわけにいかないが、そうか誕生祭だったっけ。今日で十六歳。みんな楽しくやってるかな……。


「では、誕生日おめでとう。乾杯」


 まるで血のように赤い酒を口に含むと、渋みと酸味が舌に張り付き去年の祭りを思い出す。悪いな今年は持って行けなくて。傭兵長にでも言っておけば良かったかな。



「では、本題に入ろうか。酒を奢るために呼んだのではないのでな」


 マティルダさんは、「皆にも明日話すことだが」と前置きした上でテーブルに地図を広げ語りだした。

 つまるところ今後の作戦の話であった。俺がここに来てから、初日と合わせ短期間に三度の襲撃があり、勇者の数は三人が二回と四人が一回。いずれも大して強くはなく、撤退も許さず全滅させている。

 こちらにも少なくない被害が出ているとは言え、どうもこれは俺のような新兵の目から見ても帝国はいたずらに貴重な戦力を消耗させているだけの不自然な作戦に見えた。こちらの情報を持ち帰るならまだしも、それすらしていない。しようという気配すらない。

 そもそも奴らは対魔法戦術に関しては三十年の月日と数万の犠牲を払い、俺たちより詳しいと言っても過言ではない。今更偵察じみたことをする意味があるのかどうか。


 この不自然な状況。今まで通りされるがままに迎撃しているのでは、敵の術中に嵌っているような不気味さがある。かと言ってそう思わせておき、逆にこちらの動きを誘っているとも考えられるが、どうやらマティルダさんは攻勢に出る判断を下したらしい。


「傭兵長と相談したのだが、要塞を奪還しようと思う」


 地図のある一点、この街より北の位置を右手で指して言った。

 そこは長年俺達傭兵団と各国の兵――連合軍――で拠点として運用していた巨大な要塞都市であった。数ヶ月前、戦場に突如として勇者が現れて以降暫くは防衛拠点として使用していたが、先月頃に退却し今は帝国が掠め取って駐屯しているらしい。

 今ここにいる奴らこそが帝国軍の主力、本隊。まともに勇者で攻め入ろうと思っているならここに多くが待機しているはずだ。恐らく今襲撃をかけてくる勇者共もそこから出撃して来るのだろう。奪還に成功すれば戦線を押し戻すことが出来る。


「だが我等の目的は奪還そのものではなく、この地にのさばる奴らの殲滅にある」


 マティルダさんは地図に置いた指を、そこから更に北東、海岸線のあたりに滑らせトンと突き鳴らした。


「退路を断つ」


 術士数人を使い必死の偵察の結果、帝国軍の補給拠点であり敗走時の脱出路として使われるのが恐らくここだという情報を得たのだそうだ。

 巨大な港を擁する中規模程度の街であり、要塞に留まる数千もの帝国兵に食わせる兵糧を大陸北西の帝国領から船で集荷している。港には街の規模の割りには多くの船が停泊しており、敗走する際はここから海路で逃げるのだろうと。


 俺達は魔法が無ければ、マナが無ければ戦えない。今地図上で指されている位置は世界樹からマナの恩恵を戦力の低下無く受けられるぎりぎりの距離だ。これ以上遠くに逃げられれば最早追撃は叶わず、また睨み合いが続くことになる。

 攻め込まれたのを逆手に取り、魔法が使える範囲で逃さず殲滅してしまおうということだった。


「危険だが、ここから陸路で北上する部隊と、少数で海から迂回し脱出路を強襲する部隊とに分ける必要がある」

「脱出路を潰した後は撤退ですか?」

「いや、休憩を取ったらそのまま南下、状況次第で要塞の大隊を挟み撃ちにする」


 危険だな。連戦になる上、少数なら連合の兵も居ない中で戦うのだろう。港に勇者がどれだけ居るのかもわかっていない。だが。


「君をここに呼んだのは、この強襲部隊の要として使いたいからだ。出来るかい?」

「勿論、やります」

「死ぬ気で、という考えは駄目だ。当然戦場だから何があるかはわからない。それでも君は、君だけは例え仲間を盾に使ってでも絶対に死なない覚悟で戦って欲しい。それ程君個人の損失が、今この戦争では大きい」

「……わかりました」


 この人もリサも無茶を言う。絶対に死ぬななんて奇跡でも起こせと言われているようだ。

 それでも最近ここに来て少し勇者と戦い、死なないためのコツがわかってきた。

 ――殺せば、死なない。

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