初陣
「おいおいタイミング最悪だな! シュゼ、お前はここで待機していろ」
「俺も行きます! その為に来ました」
「あー……わかった。現場で要点だけ説明する。付いて来い」
転移陣が敷かれている建物を出ると、小さめな家々が建ち並ぶ奥に高い石の壁が見える。擁壁? よく観察する暇もなくヴェイグさんの後ろを駆け、門から擁壁の外へ。
「ヴェイグ! その子が例の戦力か」
女性がこちらを見つけ近寄って来た。その顔は右目に白い眼帯、左腕は肩から少し先で服の袖がバタバタと風ではためいている。腕が無いのか。その体で戦闘を?
「そうだ。こいつに一人任せる。分断頼むぞ」
「わかった。数は三、随伴無しの急襲だ。前線で待機しろ」
目の前には平野が広がっている。どこだ? 敵はまだ見えない。
ヴェイグさんは遠くに向け手振りで何やら合図を送り、再び駆け出した。
「たった三人で奇襲?」
「ああ。軍団規模ならもっと早く見つけてる。よし、この辺で伏せろ」
しゃがみ込んで頭を下げる。振り返ると壁の上に術士が三十人程ずらりと並んでいた。
「遠距離魔法で仕留められるんですか?」
「当たれば儲けものだが、奴らの足と目ならまず躱して接近してくる。あれの目的は三人を分断して各個撃破するためだ」
それだけのためにあれだけの戦力が必要なのか……。
「俺も行かなきゃならねぇ。今からあいつらの特徴を簡単に説明するから死ぬ気で頭に入れろ」
「了解」
「基本は白兵戦だ。奴らは闘気とかいう力を纏う。俺達スタイルアップ使いに近いが、力も速度もそれ以上だ。魔法は使わねえが怪我の治りが異常に早い」
だから傭兵長はガライさんと俺を戦わせたのか。
「戦闘力はそれなりに個体差がある。何を得意とするかも様々だ。力は弱いが足が速い、またはその逆もあり得る。半端な想定はすんな」
遠くで炎魔法の爆発が見えた。それを皮切りに、風、雷などの様々な上級魔法が炸裂する。その光と巻き上がる土砂の前方に人の形が見えた。来た、奴らだ。あれが俺の敵。俺達の敵だ。
「もう時間がねえか……奴らについてはまだ把握してないことも多い。気ぃ抜くと死ぬぞ」
「わかりました。分断されたうち一番近い奴を狙えばいいんですね」
「そうだ。恐らくこれは特攻じゃねえ。なるべく撤退させんなよ」
ヴェイグさんは俺の胸のあたりを軽く拳で突くと姿勢を低くしたまま、陣の中央に向かい駆けて行った。ぽつぽつと数人規模の班が姿勢を低くし前線に待機している。あれが近接組か。
俺の位置は陣の最右翼、魔法による爆発の轟音が大気を震わせ近付く。こちらに向かってくる奴がいる。
冷静に、冷徹に。
よし。――よし!
剣を抜き飛び出す。相手がこちらを認識する。
右手に中型の盾を持っているな。左利きか。
体を鉄に見える鎧で固めているが、普通の鉄と思っていいのか。
もしくは鎧は鉄だが、俺達のミスリルのように何らかの力で強化されているか。全身鎧ではない。動きやすさを重視するためか関節部などはかなり露出させたブレストプレート。
「へえ、一騎打ちか。腰抜けばかりと聞いてたけど」
兜で顔がよく見えないが、若い。
白っぽい靄を纏っているのがわかる。これが闘気。
「我が名はラルス。貴様の名は」
速いと言ったな……だがある程度接近戦が出来ないようじゃ話にならない。
仕掛ける!
スタイルアップを脚に集中し速度を上げる。
前傾で低く直線的に飛び込み、右の剣で突いた。
奴はそれを盾で跳ね上げ、同時に剣を抜き左の突き。
大丈夫、見える。
体の勢いを殺さず、上へ跳ぶ。空中で体を捻り、頭を下に。奴を飛び越え逆さになった後頭部が見える。
振り向こうとするその頭目掛け――。
「水炎・ウォーターブラスト!」
すんでのところで爆発の間に盾が割り込む。
チッ、防がれたか。不意打ちのつもりだったが流石に反応は良いらしい。
「貴様、卑怯な! 名乗れ!」
奴の盾は大きくひしゃげているがまだ使えそうだ。
普通の鉄ならもう使い物になっていない。ミスリルよりは脆いがやはり強化されているな。
もう1発くらいならウォーターブラストを防ぐだろうか。
俺は再び、今度はゆっくりと迫る。
長引かせる意味は無い。隙があれば殴って終わりだ!
脚のスタイルアップを上半身へ切り替える。
間合い――今度は向こうから仕掛けてきた。
盾を前方に構え、剣を上段に振りかぶる。
俺は剣の柄を両手で握り、振り下ろされたそれを力いっぱい横へ弾き返す。
――重い。両手でなんとかという強さ。
相手は一旦数歩下がり、強く地面を蹴る。
盾を前に出し突進。
まるでお手本だな。
俺は盾と接触する直前、左手を突き出し、両足で軽く地を蹴り、低く宙に浮く。
「ウォーターブラスト!」
爆音と共に奴は盾ごと吹き飛ばされ、土煙を上げ転がった。
俺も反動で軽く後ろへ吹き飛ぶが、がりがりと地面を靴で擦り着地。やはり指向性を持たせてもいくらか反動があるなこの魔法。
「ぎっ、があああぁぁぁっ!」
超至近距離で直撃を受けた盾は鉄くずのように転がり、それが外れた奴の右腕はぐしゃぐしゃに折れ曲がっていた。籠手の隙間からポタポタと血が垂れている。腕から骨が飛び出たか。もう右手は使えないな。
こちらを睨みつけ、剣を握り立ち上がる。
初めから剣だけで来られた方が厄介だった。勇者と言う割に新兵なのだろうか。
「クソ! クソが! よくも! よくも貴様!」
どうやら逃げ出す心配は無さそうだ。
奴の白い靄がじわじわと増えていく。何かする気か?
見ておきたい気もするが――。
座標はあそこ、空間を良く見て……。
移動しない俺を見て、奴は目に憎悪を込めながらゆっくりと右足を前へ――。
「クーディ・ミディ……炎風・フレイムトルネード!」
奴の足元に灯った火種が膨れ上がり、渦を巻いた炎の竜巻が体を包んだ。
一瞬、悲鳴に似たくぐもった声を上げた直後――。
「オオオオオッ!」
雄叫びを上げつつ奴が炎の中から飛び出してくる。
まだこれだけ動くのか。
俺も剣を両手に持ち迎え撃つ。
頭上で金属が火花を上げかち合う。
さっきより強い!?
不意打ちで飛んでくる前蹴りを後ろに飛び退き躱す。
蛇のようになった右腕を振り乱し奴が更に追いすがる。
速さも増している気がする。
無詠唱、グランドスパイク。
俺が触れた地面から、腹部を目掛け斜めに石のトゲが突き出る。
それを奴は剣の腹で受け止める。
すかさず――。
「炎風・フレイムトルネード!」
俺の手から放たれた炎の竜巻が奴の顔面を目掛け襲う。
やはりあいつは逃げない。
顔を腕で庇いながら真っ直ぐにこちらへ迫る。
やがて炎が止み、顔を覆った腕を外すと、高く掲げ、剣を俺に振り下ろした。
俺の頭は割れ、中から血と脳がこぼれ落ち、その切っ先は腹にまで達し、裂かれた喉からは空気が漏れる。
――ように、奴には見えたのかもしれない。
俺は背後からその振り下ろされた左腕を腋から切り上げるようにして肩口で切断した。
「ひぎっ、ひぎゃああああ!」
混乱して喚く顔面に蹴りを見舞う。
兜が吹っ飛び毛の燃え尽きた頭皮が見えた。
冷静じゃない奴に程、幻覚術はよく決まる。一度視線を切らないと使えないのが難点だけど。
終わったな。さっきまで左腕のあった場所から汚い血を飛び散らせながら、バタバタと地面でもがく。
左足を踏みつけ、右膝を剣で深く突き刺し、地面に縫い付けた。
「クロウ・リタ……」
「――シュゼ! 待て! 殺すな!」
ヴェイグさんが離れた所から大声を上げ俺を止める。一緒に数人がこちらへ駆け寄って来た。その服には血がべっとりと付いている。
「ふぅ間に合ったか。そいつは尋問する。殺すな」
「あっ、そっか。すみません、何も考えてませんでした」
「こっちは両方殺しちまったからな。……まともに喋れるかはわからんが」
そう言って口から泡を吹いて唸る男を見下ろす。
「残った手足を切り落としてくれ」
ヴェイグさんは俺にじゃなく、一緒に来た他の戦闘要員に向け言った。
「そこまでするんですか?」
「こいつらは回復力も生命力も化け物並みなんだよ。力を抑える方法も無いし、素手でも危険だ。切り落とすのが早い」
そこまで言ってから顔を寄せ、俺の耳元で「残酷だが、どうせ生きては帰さねえ」と小声で続けた。
「俺やりますよ」
膝に突き刺した剣を抜こうとする俺の肩を抑え、ヴェイグさんがその剣を抜き、手渡してくれた。奴が生焼けた肺から絞るように耳障りな奇声を上げる。
「いいから、あとはこっちに任せろ。おいカルドラ」
「はーい。そんじゃ行こっかシュゼくん」