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死合3

「クロウ」


 詠唱しつつ右腕で剣を振りかぶる。

 ガライさんはそれを前腕で受けた。

 俺は骨に食い込んだ剣から手を離す。


「リタ」


 相手の視線がちらりと俺の左手に向いたのを見た。

 決めに来る――。

 でも、俺の方が、疾い!

 左足を相手の身体を超えるくらい向こうへ、大きく踏み込む。

 術式は右手だ!


「タイニーメテオ!」


 相手の拳が俺の顔面を捉えるより早く、俺の右拳がガライさんの腹にメキメキと異様な音を立ててめり込む。

 ――まずいっ!

 拳を振り切る前に咄嗟に体ごと肩を引いた。

 ガライさんはこちらの壁際から逆側の壁まで吹き飛び、轟音と共に激突した背中で石の壁に大きな窪みを作って止まった。

 「ゴボッ」と血反吐を大量に吐き出し動かなくなる。


「ガライさん!」


 慌てて駆け寄ろうとしたその時、舞台の上から数人が飛び降り素早くガライさんを抱え上げどこかへ運んで行った。

 やってしまったか? まず間違いなく内臓までダメージは達していただろう。加減する余裕が無かった、というより加減の仕方がわからなかった。初めて当てて使った魔法なんだ。

 いくら術士と言っても内臓まで破ってしまったら彼はもう間違いなく……。


「この街の医者は優秀だ」


 傭兵長がこちらへ向かって来ながら声をかけてくれた。まるで俺の心を見透かすように。


「助かるかはわからんが、お前が気に病むことじゃない」

「そんなの……」

「役割を違えるな。気に病まなければいけないとすれば、その役目はわたしだ」


 傭兵長はガライさんが激突して出来た壁の穴を見ながらそう言った。

 その表情はいつもと変わらず凛としていたが、この人は何を背負っているのだろうか。俺も、多分ガライさんも、この戦いに不満や不信は無かった。傭兵長が必要だと判断したことであれば、それは必要なのだと疑いもしない。

 でもその罪も迷いも全て、俺達の代わりに傭兵長が背負ってくれていたのかな。


「シュゼ、その右腕は」

「すみません、調整が下手でした」


 俺の右手は指が何本か折れ、下腕の骨には恐らくひびが入り、肩は脱臼して腕がぷらんと下がっていた。戦いの直後なので痛みはあまり無い。これから痛くなるのだろうと思うと少し嫌気が差した。

 圧勝しろと言われたのにな。最後の最後で大怪我だ。


「少し痛いぞ」


 そう言うと傭兵長は俺の腕を持ち、無理やり肩に押し込んだ。


「ってぇ!」

「男なら我慢しろ」


 少しとはどこまでを言うのか考えてしまう程に痛い。同時に他の折れた箇所もジンジンと痛みが増してくるようだった。

 その激しく苦痛を訴えだした指先を傭兵長はぎゅうぎゅうと握る。


「ちょった、まっ、待って下さい!」

「ふむ、砕けてはいないようだが、医者に見せておけ」


 痛みを堪えるため、蝋燭の火でも吹き消すかのように不自然に大きくなる呼吸。今頃になって全身から汗が吹き出る。

 そこでふと気付いた。俺は今まで呼吸も荒くならず、汗もかかずに戦っていたことを。短い戦いではあったけれど、自分は強くなっているのか。


 傭兵長と並んで地上への階段を登る。折れた腕は肩が入っても動かすだけで激痛が走り、結局は脱臼したままと同じようにぶらんと垂れ下げていた。戦いの後だからか、怪我のせいか、今は傭兵長の隣にいてもあまり緊張しないな。


「“奴ら”はこんなものではないぞ。結果は来週にでも伝える。今日はもう休んでおけ」


 “奴ら”……。どうやら正体が見えて来たが、今はそれどころではない。

 

「結果が出るまでこの件はあまり人に話すなよ」


 そう言って傭兵長は去っていった。一息ついて周りを見渡すと、やはりと言うべきか、少なくはない見物人が授業をさぼり集まって来ていた。気にする余裕は無かったが、戦いを見ていたに違いない。

 幸い級友達はいないようだが、すぐ白髪が何やら戦っていたと耳に入るだろう。どう言い訳しようか。



 医者ではしばらく待たされたあと処置室に通される。右腕を無理やり引っ張られ、添え木をしてがっちり包帯を巻かれた。その後に忘れていたかのように苦い液体を飲まされる。薬草を煮出した痛み止めらしいが、順番が逆だろと。さっき腕を引っ張られたの相当痛かったのだが。

 ガライさんの様子を聞いたが、適当にはぐらかされてしまった。もう少しで腹を貫通してしまう勢いで殴ったのだ、厳しいかもしれない。助かっても自分を殺しかけた奴なんか会いたくないかも知れない。

 この街の医術は他とかなり違うらしい。この他にもウィズ独特の技術や文化はほぼ全て大賢者アベルの知恵と聞くが、詳しいことは俺にはわからない。ただ言えるのは、他の国なら間違いなく死んでいるような怪我を負わせたということだけだった。


 無事な左手でドアを開け建物の外へ出ると、目の前には見知った四人の顔があった。いや正確には一人はうずくまって何か地面をいじっているので三人の顔。

 レコウ、クレナ、リフェル、チマ。参ったな。まだ何も言い訳を考えていない。今は話せないとだけ正直に言おうか。

 俺が困って頭を掻いていると、黙ってこっちを見ていた三人のうちレコウがやっと話しかけてきた。


「怪我したって聞いて来たけど、生きてるようで安心したぜ」

「あぁ……十日で治るって」

「朝お前の様子おかしかったからよ、学校でみんなに今日は何かあるぞーとは言っておいた」


 俺は今朝いつにも増して普通に振る舞おうとしていたんだけど、それを見抜かれていたのか。むしろ普通に振る舞おうとすることが普通じゃなくてどこかおかしかったのか。何れにせよこいつの勘の良さを改めて思い知らされた。


「シュゼさん腕大丈夫ですか?」

「うん。俺は平気」


 リフェルは相変わらず優しい良い子だ。先輩を殴った反動で作った怪我だとは言いにくい。俺の手を見てはそわそわしている。なんだ? 頼むから触るなよ。

 クレナは……。


「何よ変な顔でこっち見て」

「いや、なんでも」

「……はぁ。あのねぇ、何か言えない理由があることくらいわかってるわよ。怒ったりしないってば」


 それは良かった。のだが、何故だか流れで俺までこのまま学校に戻る羽目になってしまった。今日は休もうと思っていたんだけれど。腕の骨を滅茶苦茶にした直後にどうして勉強しないといけないんだ。


「あ、待って」


 置いてけぼりにされそうになったチマが慌てて追いすがる。こいつ、さては俺の怪我を口実にただサボりたかっただけだな。

 追いついたチマは突然、俺の背中に飛び乗った。


「いって! おいチマ怪我人に何してんだよ。降りなさい」

「えーいいじゃん。一年ぶりだし」


 何がいいじゃんなのかさっぱりわからない。


「前もおんぶしてもらったことある」

「……あんまり思い出したくないんだが」

「ねぇ吐いていい?」


 背中にしがみつくチマは俺の右側に後ろから顔を並べ、ふざけて口の中に指を突っ込む仕草をする。冗談はやめろと言おうとしたその時、その指が思ったより口の奥まで吸い込まれていった。


「うわっ、馬鹿! 冗談じゃ済まないとこまで指入れんな!」


 そこで吐かれたらせっかく今巻いて貰った綺麗な包帯がゲロまみれになる。最悪だこいつ、一年経っても全然成長してねえ! もうすぐ十四歳だろうが!

 まずい、リアルに嘔吐き出した。利き腕が使えず振りほどけない。


「リフェル! リフェル早くこれ取って!」

「えっ私ですか? ち、チマちゃん降りよ?」

「何やってんのよあんたら……」


 呆れ顔のクレナ、レコウは声を上げ笑っている。とても死闘の後とは思えぬ風景。俺の力が役に立つのなら、早く戦場に行きたい。行って、敵をぶちのめしたい。この中の誰も欠けないように。


「おぇっ」

「あっ馬鹿チマお前ふざけ本当に馬鹿かお前降りろこの!」




 夜の世界樹で銀髪の少女は、なんとかゲロまみれを逃れた固定用の包帯ぐるぐる巻きの腕を見てケタケタと笑う。笑い事じゃねーっつーの。


「派手に折ったね~。見てたから知ってたけど」

「特訓中からおかしいと思ってたけど、なんなんだよあの魔法」

「だから重力魔法だって~」


 重力と言われてもピンとこない。重さを操っているのはわかるけれど、はっきり言ってリサの教えを丸々写したようなものだ。本当の意味で理解はしていない。反動を打ち消すように二重に術式を発動しなくてはいけないが、加減を間違うと今日のように腕が壊れるか、普通に殴るより弱くなるかのどちらかだ。


「その重力? 魔法でもっと下級のは無いのかよ」

「あれが最下級だよ~。って言ってもあのまま殴って使う人なんかいなかったと思うけど」


 そう言ってまた素足をパタパタさせ笑っている。だから笑い事じゃないんだよ。

 それでも俺の適正で一撃必殺を実現出来るのは魅力的だ。きっとこれからも切り札になるのだろう。早く慣れなければ。

 そもそも上級魔法が使えれば……と考えるのはもうやめよう。


「そういえば治療魔法みたいなのは無いのか?」

「なにそれ?」

「こう怪我を治したりするような」

「あるわけないじゃんそんな複雑なの」


 そんなにきっぱり否定しなくても……。リサはまた笑う。確かにそんなものがあればもっと早く教えてくれているだろうけれど。それにしても笑いすぎじゃないか。俺は力なく脇に置かれた包帯まみれの腕を見る。そこはまだ例えようのない鈍い痛みが脈打っていた。


「ねぇシュゼ」

「なんだよ。これ以上馬鹿にするなら流石に怒るぞ」

「……遠くで死なないでね」


 遠く? 戦場のことだろうか。まだ行くと決まった訳ではないんだが。


「当然死ぬつもりなんかないよ」

「つもりじゃなくて、死なないで。遠くだと見えないからさ。キミが見えない所行くの、怖いんだ」


 そう言ってリサは伸ばしていた脚を曲げ膝を抱えた。さっきまで馬鹿笑いしていたのとは打って変わり、珍しく憂いを帯びた横顔を見せる。

 いつかリフェルが言っていた言葉を思い出す。孤独、世界樹だから孤独だと。リサは、寂しいのかもしれない。いつもそんな素振りは見せないものだからつい忘れていたけれど、こいつの話し相手は俺くらいしかいないのだ。不必要な人との接触は極力避けている。例の“毒”のせいなのだろうか。


「どこに行っても、またここに戻ってくるさ」

「まだ教えることいっぱいあるんだからね」

「リサは……」


 聞いてしまおう。


「リサは、一体何者なんだ?」

「……何年もよく聞かなかったよね~それ」

「聞いてはいけない気がして。でも今ならもう大丈夫。受け止められる。教えてくれるか?」

「うん。いいよ」


 リサは音もなくスッと立ち上がると、座っている俺に向き合い、手を差し伸べた。


「握ってみて」


 その手に触れる。暖かく、柔らかい。見た目相応の少女の手。おかしなところはない。

 そうして感触を確かめていると、だんだんとその手が薄くなっていくように見えた。――いや、薄くなっていく。驚いて顔を上げると、肘から先だけが色味を失い、夜の闇に溶け、消えた。腕のあった場所、その付け根は淡い光が満ちている。


「この体はね、魔法なんだよ」

「体が魔法?」

「そう、世界樹の魔法」


 少女の手を握っていたはずの俺の左手は、さっきまで確かに感じていた温もりを失い冷たい空気に晒され宙に惑っている。

 リサの肘の先から溢れる光がふわふわと伸び形を作ると、冷たくなった俺の手を温めるように包む。気付いた時にはもう見た目もさっきと何も変わらない、いつものリサの小さな両手がそこにあった。


「凝縮された魔力の塊。それがこの体だよ」

「だから体液が毒?」

「そう。それだけの他人の魔力を一度に取り込んだら、普通は体が保たないの」


 普通は……。俺は、魔法が使えなかったから……? いやそれよりも。


「じゃあリサの本体は世界樹ってことか」

「そう、とも言えるのかな~」


 リサは世界樹の幹に手で触れる。その表情にいつものふざけた調子は微塵も見えない。


「何百年も昔、一人の女の祈りによってこの樹は生まれた」

「女……それがリサ?」

「見た目はそうかもしれない。でも中身は、わからない。元の名前も、他にも色々と、忘れてしまった。毎日多くの物を見すぎた。長く生きすぎた。この小さな身体では抱えきれない沢山のこと。沢山沢山、忘れてしまった」


 どこか遠く、過去でも見つめるような目で何もない空を見上げる。まさか本当に何百年も一人きりだったのだろうか。何もかも忘れてしまうほど、長い年月。


「でもね、この街が出来てからはあんまり退屈しないんだ~。毎日結構楽しいよ」


 その分色々忘れちゃうけど、と言ってリサは屈託のない笑顔を浮かべた。

 考えたこともなかったがこいつは、俺が死んだ後もまだ何百年も何千年も生きるのだろうか。いつか、俺のことも忘れていくのだろうか。

 俺は座ったままリサの手を取り引き寄せると、左右に広げた脚の間に体を抱えるように座らせた。


「ちょっ……と、大胆だな~……」

「たまには師匠を可愛がってやろうかと思ってね」

「一応恥ずかしいって感情はあるんだけど~」


 体が魔法とか言われても俺にはわからん。少なくともこうして抱きかかえているこいつは暖かい。友達のようで、妹のようで、姉のようで、母のような俺の師匠。血の繋がった家族というものを知らない俺だけれど、いるとすればこんな気持ちなのかもしれない。

 頭を撫でてやると脱力してこちらに身を任せて来た。心を決める。こう座らせたのにはもう一つの理由があった。それは、顔が見えないから。


「リサ、俺は何なんだ? この体は……」

「それは……まだ言えないかな」


 少し間を置いて、どうしてと尋ねる俺に、リサはこう答えた。


「教えればもう会えないかもしれない」

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