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死合2

 振るう剣が風を切る音。うむ、悪くない。剥き出しの肩や背中に浮き出した汗の粒が、腰へ流れていくのを感じる。足元に溜まっていたはずの砂は丁寧に掃かれ、表面が多少ゴツゴツとした石の舞台が見えていた。

 懐かしい。この訓練場を使うのは何年振りであろうか。近年私のような近接型戦闘要員(レギュラー)は戦場に多くは必要とされていなかった。子供達が乗る馬車の護衛をする日々も悪くはなかったが、そちらも向いていたかと問われると頷けぬ。顔が怖いらしくよく泣かれたしな。


 思わず苦笑してしまい、ハッと見上げると既に舞台の上では傭兵長が脚を組みこちらを見ていた。葉巻を咥え厳しい表情でこちらを見下ろしている。

 しまったな。抜けていると思われたかもしれぬ。私としては程良い緊張感を保っているつもりなのだが。


 脱ぎ置いていた上着を再び着込む。そろそろ来る頃合いだろう。

 馬車護衛の任を解かれ、再び戻った戦場は様子が激変していた。確かにあれを捨て置けば我等の敗北は必至。いずれこの街にまで戦火は及ぶだろう。既にこの半年で幾度か敗北の撤退もあり、その度に戦友も失ってきた。今日戦うあの者が我々の切り札と成り得るか否か、それを試す大事な仕事だ。驕りは無い。

 この死合は脅しではない。傭兵長からは構わず斬り伏せよと命を受けている。私はその言葉を信じ、全力で剣を振るうのみ。



 こつこつと石の壁に微かな振動が響く。来たか。

 階段を降りてくる青年――と言うにはまだ顔に幼さの残る少年は珍しい銀の髪に制服姿、左の腰には多少短めな片手剣という出で立ち。背はやや低めだが、華奢な印象は無い。程良く筋肉の付いた無駄の少ない体。

 目は据わっているな。表情は殺意も怖れも無い、ただ覚悟が浮かんでいる。なるほど、少々硬いが悪くない顔だ。命のやり取りを知っている、そう“知って”いる顔。


「ガライさん、よろしくお願いします」


 そう言って彼は私に軽く頭を下げる。よろしく、か。その言葉が正しいかどうか別として、この少年は今そのような心情なのだろう。私は無言で頷きを返す。

 そのまま円形になっている訓練場の中央へ歩き、向かい合う。少年がどのような技を使うか、去年どのようにして試験で勝利を収めたかは全て聞いた。

 さあ、如何に戦う。どうか死んでくれるなよ。



 傭兵長の「始め!」という掛け声に合わせ石壁の上に結界が伸びる。

 既に双方スタイルアップを使用し剣を抜き向き合っている。動きはない。観察しているのか。私は両の手で長剣を眼前に構え、少年は右手で剣を軽く保持し、左腕を下げた半身に構えている。

 聞いた話ではあの右の剣を牽制と防御に使い、左手の魔法でカウンターを決めるような戦いが得意だと言う。なるほど。こう相対してみるとわかるが、知っていてもなかなか厄介なものだな。

 片手剣二本で戦う近接型も居るが、それとはまた違う。多少体勢を崩そうが変わらぬ威力で、近中距離をカバー出来る魔法はこちらの隙を狙われれば防ぐのは難しい。更に使う魔法は多彩、先を読んでどうこうも不可能だ。


 私はすり足でじりじりと近付く。何れにせよ私は近付かねば話にならぬ。大振りは避けて切っ先で細かく当たる。

 あと僅かで間合いという時、少年が動く。

 前だと? いきなり接近戦を挑むか。

 少年は重心を下げ低く飛び上がり、横に回転しつつ剣撃を放つ。

 長剣の根本で受ける。軽い。

 このまま押し込む――!


 私の接近を躱すように少年は素早いステップで後方へ逃げる。

 疾い! 何故だ? 私とそう変わらぬ速度。

 だが追えない訳ではない。

 壁際まで追い詰めた。

 横に払った切っ先が石の壁を削り破片を飛ばす。

 少年は飛んで壁に張り付き――落ちてこない!?


「水炎・ウォーターブラスト!」


 爆裂音――なんとか剣で受け止めたが腕がビリビリと激しく痺れている。私の体は跳ね飛ばされるように再び場の中央付近まで押し返されていた。スタイルアップを使っていない体であれば腕ごと吹き飛んでいたかもしれぬ。結界が間に合わなかった。

 今のは一体……。少年がまるで空中に静止してしゃがんでいたような。剣を離し右手から攻撃魔法を――まさか、壁に結界を張って足場としたのか? 器用な真似を。


 ふむ、どうやら聞いていた情報はあまり当てにならないようだ。地に降りた彼は再び剣を取り、壁際から移動せずにいる。

 握りをぎゅっと確かめ、大きく息を吸い、再び私は少年目掛け駆ける。

 彼は左手を壁に当て――。


「フェイ・リタ・地風・ペネトレイトスパイン」


 回転した無数の石槍が壁より生まれ飛来する。また知らぬ魔法。しかも、発動が速い!

 私は足を止め結界を張って防ぐが、鋭利な槍の連打にはそう長く耐えられそうもない。

 結界を解除し飛び込む。

 掠った石槍が戦闘服を枯れ葉のように破り皮膚を抉った。


「ぬんっ!」


 少年は私の一撃を剣を滑らせ軌道を変える。

 彼はそのまま流れるような動きで脇腹を狙う。

 私はぎりぎりを見定め引いて躱す。剣の先が服の表面を撫でていくのを確認し、リーチの差を生かし剣を振り下ろす。

 少年はそれを横に飛び、片手で側転するように逃れた。


 やりにくいな。押し引きが上手い。それに何より、この俊敏性。どうにもおかしいが彼は私に近い速度を持っているらしい。

 石槍で抉れた腿と右肩から血が流れる。

 少年はまた剣を構えこちらを窺っている。私の接近に合わせ中距離から魔法で迎え撃つ戦法のようだ。受けきってこその“圧勝”か……で、あれば!


 私はまた姿勢を低くし飛び込む。無詠唱で放たれた電撃を結界で凌ぎ尚も近付く。

 少年は壁際を離れ開けた方へ下がる。

 リーチぎりぎりで剣を細かく振るう。少年はそれを後ろ飛びで器用に捌きながら左手から電撃。

 今度は躱しきれず、感電した私の筋肉が一瞬動きを止める。が、弱い!

 臆せず前へ!


「ヘルフレイム!」


 腕を軽く焼かれつつ大きな火炎を体ごと回転し横に躱す。そのまま勢いを乗せた一撃!

 剣でまともに受けた少年の体が壁まで吹き飛んでいく。

 なるほど。

 彼は空中でくるりと受け身を取って壁に着地する。速さの理由がわかった。スタイルアップを速度重視で脚に振り分けているのだ。だから力が足りず、私の攻撃を止められなかった。器用な戦い方をする。だがわかってしまえば――。


 少年は壁から落ちてこない。剣を口で咥えている。目をこらすと左手で足のあたりに薄い結界を張っていた。

 私はまた突撃――と見せかけ急停止し、剣を投擲した。

 不意を突かれた少年は躱した際にバランスを崩し地面に落ちてくる。

 これまでか。

 私は迫る。

 速度重視に振ったスタイルアップならば私の単純な打撃でも十分効果がある。急所なら致命傷だ。

 どんな魔法でもこの程度なら即死は無い。相打ちで私の勝ちだ。


「クロウ」

 

 少年が振るった剣を左腕で受ける。

 血を吹き出し深々と骨まで食い込むが落ちはしない。


「リタ」


 彼の左手にまだ魔法の気配は無い。

 こちらが早い。

 このタイミングの打撃ならば最早躱せまい!


 貰った――!

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