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死合

 これほど緊張するのは何故なのだろうか。こんなに寒い日だというのに、手の平にじっとりと汗が浮かぶのを感じながら廊下を歩く。

 高等部になってから任務も幾度かこなし、ほぼ一方的とは言え殺し合いにすら慣れを感じている。それなのに傭兵長とは未だに話すだけで体が強張る。冗談でレコウに付いてきてくれと頼んでみたら、本気で首を横にブンブン振っていた。あいつですらああなるなのか。


 寒さに白くなった息を一つ吐き出し、立派な戸をノックする。


「高等部一年、シュゼです」

「どうぞお入りなさい」


 男の声で迎えられた。これは、あの人か。


「失礼します」


 傭兵長の執務室には初めて入る。広くはない、部屋の端と端に居ても会話が出来る程度の空間。だが綺麗な刺繍を施された絨毯や透明なガラス窓、壁に飾られた絵画などに高級感を与えられている。正面の頑丈そうな大きな机には羊皮紙や筆記具が雑多に散らばり、吸いかけの葉巻が灰皿から煙を上らせていた。

 その机を挟んだ向こう側に傭兵長が、女性とは思えないような鋭い眼光をこちらに向け座っている。


「まあ座れ」

「はい」


 傭兵長に促され、恐らく俺のために用意されていたであろう椅子へ腰掛ける。部屋の中央あたりで傭兵長と向き合う形。そしてこの室内には俺の他に男が二人。

 まず俺の左手側、さっき『どうぞ』と声をかけたのはこの人だろう。度々見掛けるが名前はわからない。肩書は副長だが、補佐のような仕事をしているらしい。年齢は五十代くらいだろうか、この街では珍しい高齢だ。

 あと大男が一人。俺の右手側、傭兵長の真横から半歩下がった位置にこちらを向き立っている。よく鍛えられているデカい体、体格はカズより良いだろうか。制服ではなく戦闘服だ。間違いなく戦闘要員(レギュラー)の誰かだろう。


「観察は済んだか?」

「……はい」


 これだからこの人は苦手なんだ。

 傭兵長は両肘を机につくと、右腕を倒し、左手で顎を支えた。


「さて、シュゼ。お前に例の話をしてからそろそろ十ヶ月といったところだが。順調か?」

「自分なりには精一杯鍛えたつもりです」

「ふむ。……あの時『戦場の状況が変わる可能性がある』と言ったことを覚えているな」


 一騎打ちに強い者が欲しくなる“かもしれない”という話だった。当然よく覚えている。


「はい。その可能性のために俺は一年特訓してきました。戦況の悪化が無いに越したことはありませんが」

「わたしも、当時は極薄い可能性としか見てはいなかったのだがな……」


 この言い方は、つまり――。


「懸念は悪い方に転がるものだ」


 傭兵長は顎に当てていた手を解くと吸いかけの葉巻を咥え、煙を吹き出す。もやもやと広がるそれは大きな溜息にも見えた。

 詳細はわからないが、“悪いこと”が現実となったのだろう。俺の背中に悪寒のようなものが走り、体が震えそうになる。恐怖している訳ではないと信じたい。


「そこでだ、特訓しろとは言ったが不確かなものをいきなり戦術に組み込むわけにはいかん」

「わかります」

「実力を見たい。お前には死合をしてもらう」


 親指で隣に立っていた男を指す。この人と戦うのか。

 男は指されようとも何も言わず、部屋に入った時からずっと俺のことを見ている。睨んでいるという目付きでもない。なんだろう、計られている? 代わりに傭兵長が彼についていくつか説明する。名はガライ。適正はスタイルアップの序列四位。更に第二適正に結界術。

 やりにくそうだ。序列四位か。直接対決して決める訳ではないので正確な順位とは言えないが、適正にスタイルアップを持つ者の中で四番目の強さということだ。

 加えて結界術。強いだろう、間違いなく。


「お前の特殊な適正についても既に教えてある。不意打ちは通用せんぞ」

「時期はいつですか?」

「来月の初めだ」


 三月か。去年の試験と同じ月だな。対戦試験は学校生活のなかで中等部三年の進級試験でしか行われない。それ以下だと実力が見れず、それ以上だと怪我の危険が増えるためだと言う。

 俺は今年、その後輩達に混ざって試験を受けるような形になるのか。日取りは違うんだろうけど。


「去年と同じと思うなよ。今回は本気の死合だ」

「本気、と言うと」

「どちらかが戦闘不能になるまで止めん。腕が飛ぼうが(はらわた)がはみ出そうが戦意があれば続行だ」

「そんな、潰し合うような……」

「そうでなくては実力が見えん。そこまでしてでもお前の実力を見たい。それ程戦況は逼迫しているのだ」


 まるで殺し合いだ。横の男を見る。未だ全く表情は変えずに俺をじっと見つめている。そんなに戦況は悪いのか。

 開戦から初期は大きな戦いもあったと聞くが、近年は完全にこちらが優勢、帝国はちょっかいを出しては被害が増える前に撤退するような戦いをしていたと聞く。それが今では形勢逆転? 考えにくいが、嘘を言うはずがない。勝てば全て教えてくれるのだろう。


「嫌ならやめてもいい。その場合も戦いには行ってもらうが、持ち場は雑用に近いだろう。どうする」


 どちらかが戦力として潰れる。最悪、どちらも使い物にならなくなる。

 それがわかっていても、それでも俺の力が見たい……。つまり傭兵長は、このままだとこの戦争は俺たちが負けると予想しているのだろうか。

 ……だったら、考えるまでもない。


「やります」

「ならば、話は終わりだ。あと一ヶ月、十分に励め」

「はい。必ず」


 頭を下げ、部屋を出ようとした背中に追撃が来た。


「ああそうだ、一つ言い忘れていた」

「え?」

「圧勝しろ。苦戦しているようじゃ不安が残る」



 教室に戻ると、クレナが何の話だったのだとしつこく迫ってくる。今俺はそれどころじゃないんだよ。――死合、序列四位、圧勝しろ……。

 正直自分でも去年と比べてかなり強くなったと思う。新技がどうのとは別に、スタイルアップや結界術の高度な用法をリサに叩き込まれた。序列四位だろうと簡単に負けるつもりはない。だが圧勝と言われると困る。そこまで俺は俺のことを知らない。強敵との実戦経験が不足している。


 皆には俺がこの一年、傭兵長に言われて鍛えてきたことは言っていない。というのも、無駄に終わる可能性の方が高いと聞いていたのがある。それならそれで良しと黙っているつもりだった。だけど今はもう、悪い方が現実となったのだ。

 許されるならば、勝ったら全て話そう。負けたら……負けたら死ぬかもしれない。こいつらは泣くだろうか。相手を恨むだろうか。本当はその前に話したいけれど、戦況を勝手に話す訳にはいかない。傭兵長も理由があって伏せているんだ。

 じゃあ……じゃあ勝てばいいじゃないか。圧勝すれば文句はないのだろ。

 残り期間、ひたすら鍛えてやる。




「は~い今日はここまでね~」


 俺の放った合成魔法を結界で受け止めた銀髪の少女は、パンパンと手を打ち鳴らしながら訓練の終わりを宣言した。この寒さの夜だというのに、その口元からは話している最中であろうとも白い吐息が漏れることはない。相変わらず非常識な奴だ。

 俺の方はというと魔力を限界近くまで絞り出し、肩で息をしていた。額から汗の粒が顎の方へ流れていくのを感じる。そう、これだ。いつも相手がリサだからさっぱり自分の強さを実感出来ない。俺の放った魔法がこいつの結界を抜けたところはついぞ見たことが無かった。

 わかっていることではあった。少なくとも俺の合成魔法は結界を破るような威力は持たない。その代わり位の低い魔法であっても殺傷力を高めてくれる。今ならリサが何故これを俺に教えたのかよくわかる。


「魔力はちゃんと残してね~。とどめの一発を放って尚一割残すこと」

「何度も聞いたよ」

「大事だから言ってんの。いーちーわーりーのーこー」

「わーかったって!」

「魔法において集中は力。イメージはパワーだよ!」

「同じだろそれ」


 それにしても座標指定魔法は低級でも消耗がきつい。よくクレナやらはこんなきついものを上級魔法で連発出来るものだ。魔力の総量ではなく効率の問題なのだろうな。

 上級魔法を気軽に使えるほどの才能が無い俺は、無理やり指定を変えて魔法を使うしか無い。どうしても効率が悪くなる攻め手を補うための、新技二種。


 死合は明後日だ。明日は休養とイメージ修行に充てる。この一年頑張ってきたつもりだったが、こうして本番が近付くと後悔が浮かぶ。もっと追い込めば良かった、もっとあれを、これをもっと。俺は今不安なんだと思う。特に……。


「リサ、一発も試し撃ちしていない魔法があるんだが」

「素振りはしたでしょ~?」

「いやでもだな――」

「むーり。あれは此方(こち)の結界でも受けきれないし、相手によって調整しなきゃだから、実戦で覚えるしかないよ」


 とんでもない奥の手があったものだ。毎戦ぶっつけ本番かよ。調整が難しすぎるんだよなぁ……素振りだけで怪我したこともあったし。昔ですらろくに使い手がいなかった理由がよくわかるよ。自滅の危険が大きすぎるものな。

 息が落ち着いてきたので世界樹の幹まで行き腰掛ける。魔力を使いすぎて少し足元がふらついた。ここが俺の限界だな。それを体に覚え込ませるために何日かに一度はこうやってぎりぎりまで魔法を撃たされる。とぼけて見えてなかなか厳しい師匠だ。


「このくらいで寒くない~?」

「汗かいたからちょっと寒い」


 結界で空気を遮断しつつリサが魔法で火を焚いていた。冬場はいつもこうしてくれる。殺傷力の無い小さな火とは言え、修行で散々俺の魔法を受け止めた後に結界と同時発動を一晩中だ。こいつに魔力限界はあるのだろうか。……ちょっと聞いてみようかな。


「なぁリサ」

「ん~? プロポーズ?」

「お前魔力無くなったりすんの?」

「する~……と思うよ」

「今までに魔力切れたことないのか?」

「もう忘れちゃった」


 “忘れちゃった”か。リサは時々この言葉を使う。全部が全部本当に覚えていないのか、はぐらかしているのか、ふざけているのかは判断がつかない。でも確かに忘れているのだろうなと感じることは多々あった。

 今回は……わからない。どちらにしても莫大な魔力を保有していることは変わらないのだ。人間ならばそんなに個人差は無いのだけれど。


 約一年前、四月一日の誕生祭で俺はリサに秘密を聞こうと決意した。俺のこともリサのことも。ただあれから、それまでとはまた別の理由でそれを聞けないでいた。

 俺にはリサが必要だ。この修行が無ければ俺はただの適正無し、器用貧乏で使い物にならない無能として終わっていたことだろう。それがこいつと出会ってから、役に立てる可能性を見せられてしまった。強くなりたいと思ってしまった。

 だから俺は怖くなったのだ。俺のこと、リサのこと、秘密を聞いてこれまでと同じように接していられるだろうか。同じように修行をつけてもらえるだろうか。この一年だって、リサがいなければここまで強くなってはいない。



「ところでキミ今回は作戦考えてるの?」

「作戦? 適当だよ」

「え~去年は色々考えてたじゃない。そんなんでいいの~?」


 確かに去年は事前に考えた。こちらの手を見せず、相手に俺の適正を勘違いさせた上で最後に不意を打った。だけど今回はしない。


「傭兵長は実戦での力が見たいんだよ。だから即席の戦術で勝つ」


 実戦で相手の情報は無いに等しい。戦いながら手の内を探るしかない。それと同じようにして明後日も圧勝する。この戦いは勝つだけが目標じゃ低いんだ。傭兵長が見たがっているものを見せ、相手の攻めを捌き、勝つ。

 俺はじっと左の拳を見つめた。




 早めに目が覚め、ベッドから体を起こす。死合当日。立ち上がり背伸びをし、制服に袖を通す。洗面所で顔を洗い、食堂で朝飯を食い、寮の裏で軽く体を動かす。毎日やっていることだ。いつもと同じ行動、いつもと同じ気持ちで殺し合いに挑む。

 近場を散歩するように剣を抜き、石ころでも蹴飛ばすように首を刎ねる。それが理想。命を賭けた戦いに“勝ち続ける”というのはそういうことだ。


 ……そんなの、出来る訳ないじゃないか。体をほぐしただけで心臓の鼓動が速まっているのがわかる。それに気付いた掌に汗が滲む。これから戦いに赴くのだと否が応でも強く意識してしまう。

 終わったあと俺のこの手足は、首は、ちゃんと胴体に繋がっているだろうか。不安だ。怖い。当然だ。生きているのだから。



 今日の戦いは誰にも話していない。知っているのは俺と相手のガライさん、傭兵長と側近の人。あとは訓練場の保護を担当する結界術師が数名だろう。

 訓練場へ向かう道すがら、すれ違う何人かと挨拶を交わす。きっと俺の顔は強張っているに違いない。体が硬いか? 腕を回してみる。靴の裏で地面の感触を確かめてみる。調子は悪くない。

 ……これまで何人もこの手にかけておきながら、今更自分が死ぬことに恐怖するのか俺は。

 それを思うと、少しだけ心が暗く、落ち着いた。

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