討伐任務4
町に入り、息を整えながら早足で宿屋へ。弓。弓か――。
「入るぞ! クレナ無事か!」
「シュゼさん待って――」
「ちょっ、今裸――」
「いいからちょっと見せろ!」
クレナはベッドに入り、上半身だけを起こした状態。不格好ながら左肩から胴には包帯が巻かれていた。リフェルがやってくれたのだろうか。
血が滲んでおり傷の位置がわかる。肩――というより胸の斜め上。矢は体を貫通していた。幸い、丁度大事な骨も内臓も無さそうな位置だ。良かった。矢尻が体内に残る細工はされていなかったか。
「あんま、近くで見ないでよ……」
「リフェル、消毒は?」
「手に入らなくて、水洗いだけです」
「医者には?」
「あたしが断ったわ」
「矢尻は?」
「ここです」
棚の上に血の付いたまま折られた矢が置いてあった。矢尻は……あまり錆びてはいないようだ。匂いも特にない。少しだけ舐めてみるが、鉄の味。
「毒なんか無いわよ。あいつら売るために女狙ったんだから」
こいつ、俺の気も知らないで余裕ぶりやがって!
「なんで制服着てて貫通するまで矢が刺さるんだよ!」
「それは……ちょっと油断してて」
今日二度目の乾いた音が部屋に響く。自分でも驚いて少し冷静になった。平手とは言え俺が女の顔を殴ることがあるなんて。こんなに、こんなにも俺はこいつを心配していたのか。
「――ったいわね。同じとこ二度もぶたないでよ」
「悪い」
「ご、ごめんなさい」
「……いいけど。わかってる。悪いのはあたしだ。ごめん」
こいつの様子がおかしいのはずっとわかっていた。それでも敵を舐めてどこか楽観していたんだ。最悪でも命を落とすところまではないと。読みが甘かった。当たりどころが悪ければ死んでいた。まさか制服に魔力を流すことさえ忘れるほど追い詰められていたなんて。
この作戦が一番安全で確実だと思っていた。こんなことになるなら、多少賭けになってもクレナの言う通り拷問でもした方が良かったかもしれない。……今更だよな。責任は、俺にもある。
「仕上げは俺一人で行くから。二人共休んでてくれ。リフェル、悪いけどクレナを頼む」
応えを聞く前に後ろ手にドアを閉める。まだ出発する時間には早い。
クレナを叩いた余韻が、ビリビリと手の平に残っている気がする。俺はこんなことをする奴だっただろうか。レコウの悪癖でも感染ったか?
あいつを、仲間を射たれ頭に血が上った。でもそれだけじゃない。俺は変わったのか? ……自分じゃよくわからない。
ベッドの上から窓の外を見上げると、丸い月が光っていた。もう少しで出発しようかという時間。部屋をノックする音。どっちだろうか。
「どうぞ」
……どっちもかよ。無言で部屋へ入る二人。クレナは少し熱が出てきたようだ。顔が赤い。床に座ろうとするのを制して俺の隣、ベッドに座らせた。怪我人が床に座るな。
リフェルは椅子をこちらに向け座る。どうせ連れて行けとでも言うのだろう。
「あたしたちも行くわ」
「駄目だ」
「二人で話し合ったんです。お願いします」
「……またあんな風にならない保証は無いだろ。怪我までして。一歩間違えば死んでたんだ」
「もう、大丈夫。あたしの過去に、ケリをつけるんだ……」
まだ気負いが見える。危険だ。やはり過去に何かあったのか。それしかないだろう。ウィズでクレナ絡みの大きな事件は聞いたことがない。だとすれば……。
話させてやろう。全部俺とリフェルにぶちまければいい。俺はそうやって、少しは前を向けたんだ。聞いてやろう。どんな話でも、受け止めてやろう。何か言ってやれるのかはわからないけれど。もう、こんなに大事だと思ってしまっているんだ。
「クレナ、何があったか聞かせてくれ。全部だ」
「……今まで誰にも話したことがない、酷い話よ。きっと聞くだけで嫌な気分になる。それでも聞きたい?」
「ああ。全部話せ」
「私にも、聞かせて下さい」
「…………いいわ。そんなに聞きたきゃ聞かせてやるわよ。後悔しても、遅いんだから」
クレナは嘲笑に似た笑みを浮かべながら、はっきりと、ゆっくりと、静かに。それでいて怨念のようなものが篭った、有無を言わせぬ迫力を漂わせ、語りだした。
「あたし、覚えてるのよ。ウィズに来る前、どうして孤児になったのか。
まだ小さかったけど、住んでいた町に戦争が近付いてるのは知ってたわ。でも関係ないと思ってた。あたしと、強いお父さんと、優しいお母さんと、大好きなお姉ちゃんは無事なんだって。……違ったのよね。そんなの、子供の幻想。
ある日ついに町に兵士が乗り込んできた。もうどこにも逃げ場は無かった。小さかったあたしだけが、家の樽に隠されたわ。裂け目が出来て使えなくなっていたから。でもその穴から部屋の中が見えたのよ。お姉ちゃんがお母さんに抱きついて震えてた。お父さんは斧を持って立ち向かったけれど、入ってきた兵士達にすぐ殺された。
声を出さないように必死で口を押さえた。ぐらついてた歯が一本抜けたわ。お母さんとお姉ちゃんは……お母さんとお姉ちゃんは、犯された。最初は泣き叫んでいたけれど、だんだんと、ぐったりしていって。
お姉ちゃんの、首に、お、男が笑いながら、剣を、振り下ろして、あたしは、見たくないのに目が、離せなくて、ママも血だらけになっていて……。ママが、最後の力を振り絞って、ランプ、を投げて、家が、燃えて……それから、それからあたしは必死に逃げて、死にたくないって何日も走って…………。商隊の馬車に拾われたの」
表情は変えず、口元にまだ嘲るような笑みを微かに浮かべたまま、俯いた目からは大粒の涙が止めどなく溢れていた。リフェルも口に手を当て、顔を真赤にしながらボロボロと泣いている。俺も。
いつかクレナがそうしてくれたように、頭を胸に抱き寄せる。
俺には、ウィズに来る前の記憶が無い。「俺も同じだ。辛かったよな。一緒に頑張ろう」と言ってやることが出来ない。じゃあこれは、憐れみなのだろうか。……別にいいだろ。同情して何が悪い。可哀想だろうがこいつ!
「だから、あたしは、強くなりたくて。奪われたくないなら、強くならなきゃって……あんたらにも、死んで欲しくないから、強くなれって……」
「強くなろう。お前の悔しさを俺達に半分よこせ。みんなで強くなろうな」
堰を切ったようにクレナは声を上げ泣き出した。誰にも言いたくないような話ほど、言ってしまった方が楽になることもある。身をもって知っている。
こんな悲惨な体験も今の時代、珍しい話ではないのかもしれない。俺だってこれから人の命を奪いに行く。誰かから恨みを買うだろう。それでもクレナは仲間だから。家族だから。全力で贔屓してやるんだ。こいつの話だから、一緒に泣いてやるんだ。
俺の服がクレナの涙でぐしょぐしょになる頃、段々と落ち着きを取り戻してきたようだ。
「落ち着いたか?」
「……うん」
「よし。じゃあ準備しよう。行くぞ」
クレナは一瞬何を言われたかわからないような顔を見せたが、すぐに涙を拭き、引き締まった表情を作った。それでこそ俺達の誇る学年首席だ。
「リフェルは」
「私も行きます。行かせて下さい。仲間に、入れて下さい」
準備を済ませた俺達は、ローブを脱ぎ去り、ミスリルの剣を携え、月明かりの照らす夜の街道を駆けた。




