討伐任務3
俺達はまず食事を終え、今日の予定を話し合う。クレナは半分ほど朝飯を残した。
「俺は道具を買い付けに行く。ついでにレコウ達への土産でも見るか。クレナも――」
「あたしはパス。部屋で休んでる」
気晴らしに誘ったんだけどな。でも寝てないなら待機もいいかもしれない。
「じゃあ俺が使ってた部屋、リフェルが今朝寝てた部屋にいてくれ」
「どうしてよ」
「剣とか貴重品置いてくからさ。見張りだ」
「まぁ、それくらいならいいわ」
「私はシュゼさんについていきます」
クレナは完全に頭が回ってないな。まるで素人だ。まさかこんなことになるなんて。傭兵長はこれを見越して……る訳ないよなぁ。単純にピンチだ。でも一度ウィズに戻って再編成なんてやっていたら依頼失敗も同然。何よりクレナのプライドが終わる。もう二度とこいつは戦えないかもしれない。
出かけようと立ち上がると、おじさんが荷物を抱えながら扉を開け入ってきた。随分早かったな。
「衛兵のとこ行ってきたぞ。ほら、剣三本借りてきた」
「助かります。明日返しに行きますので」
「俺に預けてくれりゃいい。あいつらも手伝えなくてすまんだとさ」
気持ちは有り難いが、数人いたところで足手まとい、犠牲が出る可能性が上がるだけだ。
任務は『野盗の全滅』たった一人でも逃してはならない。この町は戦力に乏しい。逃せばいつか誰かが復讐されるかもしれない。
「じゃあな。どうやるか知らんけど、気をつけろよ」
「はい。ありがとうございました」
さぁ小道具集めだ。通りに出てすぐの商店で、なるべく投げやすそうなナイフを十本買った。投げ用のナイフではないみたいだが、一応の弓対策。使ったことはないが、持っていないよりはましだろう。余ったらレコウへのお土産だな。
次に農家へ行き、金を払って荷車を借りる。その足で今度は酒屋だ。
「シュゼさん、お酒ですか?」
「なんだよ。もしかして飲みたいのか?」
「い、いえ。まさか~あはは」
こいつは将来とんでもない酒飲みになりそうだ。なんだか嫌だな。少し脅してみるか。
「そういえば、酒を飲みすぎると胸がどんどんデカくなるらしいぞ」
「え……嘘、ですよね?」
「書庫で読んだ」
「うそ……どんどん……これ以上は……」
なんだかあっさり信じてしまった。少し罪悪感が。しかしこうも簡単に騙されるのも心配になる。
でも当てずっぽうで言ってみたけど、やっぱり胸デカいの気にしてたんだな。まだ傭兵長の方が大きいと思うけれど、将来はどうなるか。戦闘には適さないしなぁ。苦労するんだろうな。
酒屋に着き、一番安くて強い酒という、どこかの酒乱のような注文で樽を買う。ここだけは来る途中チェック出来ずにいたから酒屋があって良かった。無くてもなんとかなりそうだけれど、保険は大事だ。慎重に行こう。
戻り際にロープを二本買って、準備完了。酒が意外と安く、準備金も十分足りた。ウィズではよく水を飲むけれど、他の国では同じくらい酒を飲むというのは本当なのだろうか。水魔法は本当に便利だ。毎日酔っぱらいに絡まれなくて済む。
行き交う人の視線を躱すように、急ぎ足で荷車を引き、宿屋に戻る。目立たないためとは言え、まるで悪いことでもしているようだ。せっかく真上に太陽が見えるというのに、結局は日陰を歩かなくちゃいけないのか。
銀髪と青髪の2人だからどうしても目立つのは仕方ないと割り切るしかないんだろうなぁ。
宿屋に着いたがまだ昼前だろう。時間は平気だな。
荷車は大丈夫だとしても、酒樽は盗まれないよう、一応担いで中まで運ぶ。それと二本のロープの片方、これも中へ。チャンスがあればボスを縛るための物だ。
「リフェル、スープだけ温めてくれるか。他にも食いたかったら準備していいけど」
「私もスープだけでいいです。走りますもんね」
意外とこっちは冷静らしい。近くに焦っている奴がいると周りは冷静になれるとかいうあれだろうか。さて、俺はクレナを呼ばないと。寝ているだろうか。二階へ上る階段が小さくぎしぎしと鳴る。廊下を渡り、部屋のドアを中指でコツコツと二回ノックした。
「おーい、起きてるかぁ?」
緊張させないようになるべく軽く声をかけたつもりが、妙に間抜けた呼び声になってしまった。なんだか俺まで調子狂ってきたんじゃないのか。
「起きてる。今行くから、開けないで」
一階で待っていると、階段を鳴らしながらクレナが下りてきた。少しは寝たのだかどうだか、目の下には隈が出来ている。酷い人相だが、連れて行かない訳にもいかんだろうし。
リフェルが三人分の木の皿とスプーンを並べる。
「クレナさん他にも何か食べますか?」
「食欲ないな」
「お前朝も半分残してただろう。少しは入れとけよ」
「うっさいな。見てんじゃないわよ」
イライラしてんな。昨日の作戦会議から――いや、馬車の時から少しおかしかったか。
心配そうな顔をしたリフェルが俺とクレナを交互に見る。
食事が終わり、おじさんが借りてきてくれた剣を二人に配る。俺は剣に加えナイフをローブの内側、ベルトの腰のあたりに仕込み、酒樽をロープでしっかり荷車に固定し、出発だ。林道は近い。このまま歩いて往復しても日没前には戻れる距離だろう。
舗装された道、というよりは人と馬で踏み固められた道をスタイルアップを使いつつ、酒樽の乗った荷車を引く。この魔法を使っていることは術士ならば見ればわかる。黒いもやのような魔力の流れが体から滲み出るのだ。しかし術士ではない一般人にこれは普通であれば視認出来ない。魔力の消耗も軽いし使い放題だな。
「リフェル、ちょっと」
「はい?」
俺はリフェルを呼び、クレナに聞こえないよう小声で話しかけた。
「こんなこと言うのは無茶かもしれないが、何かあったらクレナのこと頼むな」
「わかり、ました。やってみます」
「うん。作戦は一応ああだけど、怪我するくらいなら魔法使ってもいいから」
「はい。スタイルアップはもう使っていてもいいですか?」
「林道に入ってからでいいよ」
リフェルもある程度はスタイルアップを覚えてきていた。これ簡単だからな。リフェルやクレナのようにスキルを持っていなくても、大人の男から余裕で走って逃げられる程度には脚力が上がる。
日が直上より傾き光が赤みを増してきた頃、目の前に林が近付く。
思っていたよりも樹木が濃い。馬車一台がやっと通れるくらいの道幅の両脇に、背の高い木々がぽつぽつ生えている。森林というよりは裾野だな。向かって左が山、右へ下るように緩やかな傾斜になっており、真ん中を平坦な道が貫いていた。この地形ならいくらでも隠れられそうだ。
野盗が仕掛けるなら入り口よりももう少し奥あたりだろう。両脇に隠れて、一斉に前後を挟む形で飛び出すのがセオリーだ。
ガキが三人。頼りなさそうな男に、後ろは高く売れそうな美少女が二人、おまけに何やら酒のような物まで運んでいる。これを襲わない手は無いだろう? さぁ、誘い出すため、もっと奥へ。
……いる。林道に入りしばらく進んだ先。姿は見えないが、警戒していれば気配は感じる。荷車の後ろを歩いている二人へ目線で合図を送る。飽くまで気付いていない風を装い、ペースを変えずに真っ直ぐ進む。
瞬間――という程機敏な動きでもなかったが――、前方の木陰から男が三人飛び出し道を塞いだ。それを切っ掛けに横や後ろからも男達が飛び出し周りを取り囲む。
鎧の類は身に着けていない。汚れたボロボロの布を纏い、これ見よがしに武器の切っ先をこちらに向けている。それぞれ強張りや下卑た笑みなど思い思いの表情。殆ど素人だ。若者とはいい難い、中年の顔が多いか。
「ガキ、悪いが荷物と女置いてきな」
さぁ、二人共上手く逃げろよ。
俺はまるで今の今まで何も知らなかったかのように、慌てて鉄の剣を抜く素振りを見せ、二人に向け振り返り叫ぶ。
「盗賊だ! 逃げろ!」
振り返りついでに後ろの戦力を確認。前と同じ、男三人。武器は剣が二本に槍一本。よし、クレナなら抜ける。早く行け!
「クレナさんっ!」
リフェル? 周囲の男達が、剣を抜いた俺を警戒しつつじりじりと距離を詰めてくる。何をしている? 早く――。
「うあああああああっ!」
クレナの叫び声!? くそっ、一体何を――。
男達の飛び掛かりを警戒しつつ、顔半分だけで振り返ると、クレナが手を前に突き出し今にも魔法を放とうとしている。こいつ……! ここまで混乱してやがったのか!
俺は酒樽を足場にクレナの方に飛ぶ。間に合うか? 止めろ――!
「リフェル!」
「ごめんなさい!」
パチンと乾いた音が林の中にこだました。クレナを平手でぶった!? それよりまずは!
飛んだ勢いのまま、俺は退路を塞ぐ三人を蹴飛ばし、武器を弾き、木に投げつけた。多少強引過ぎたが仕方ない。今は余裕がない!
「今だ! 逃げろ!」
「クレナさん! 行きますよ!」
リフェルがクレナの手首を引き、強引に退却を始めた。クレナはどこか呆然としつつ、されるがままに連れられて行く。よし、よくやったリフェル!
改めてもう一度連中をよく観察する。槍と剣の混合、訓練はさほど受けているようには見えない。元は農民か猟師ってところか。こんな奴らすら俺達に依頼するほど国の軍は使い物にならないのか?
こいつら、現れてから殆ど言葉を発していない。連携が取れていない、というかボスらしき奴がここに見当たらないな。距離を詰めこちらを突いて来た槍を横に避け、穂先を切り飛ばす。剣を振りかぶった男へは一歩踏み込み、軽く腹を蹴飛ばす。そうしながら少しずつ後ろへ下がった。
頭がいないならやはりここで全滅させる訳にはいかない。どこかで見張られている可能性もある。下手を打つと逃がすことになるな。予定通り、退却だ。
「ぐうっ!」
「あっ!」
背後、距離の離れた位置から二人の声が。
――クレナの左肩に、矢が突き刺さっていた。
弓だ。やっぱりいやがった! ちくしょう! どこだ!
弓を構えた男が、左後方丘の高い位置、木の陰に体半分だけ見えた。
詰め寄った男から突き出された槍を掴み、体ごと脇にぶん投げる。
弓に次の矢が番えられた。狙いは二人の方に付けられている。くっ、間に合うか?
腰に忍ばせたナイフを素早く投げつける。刺さらなくてもいい、矢を逸らしてくれ!
――ナイフは男の左腕を掠め、矢は逸れた。
俺は素早く下がり剣槍の追撃を躱し、おまけとばかりに石を拾い弓の男へ投げつける。
苦しそうに肩を押さえ呻き声を上げる男。よし。投石はなるべく使いたくなかったが、仕方ない。リフェルとクレナはもう安全圏まで逃げたようだ。
その後、俺はなるべく交戦を避け下がりながら機を見て林の中へ飛び込み、身を潜めた。全く、ふざけんなよクレナの奴……。クソ。心配だけれど、まずは仕事だ。
男達は暫くの間俺を探していたが、やがて見つからないと諦めると、酒を荷車ごと持ち帰るようだった。随分予定より派手に暴れてしまったから怪しまれるかとも思ったが、ここまで誰かの暴走以外は作戦通りだ。
気付かれないよう奴らの後をつける。今しがた尻尾巻いて逃げた奴が尾行しているとは思わないだろう。暫く歩き脇道に逸れ、酒が運び込まれた先は、山に空いた洞窟のような小さな穴倉だった。鉱山跡という感じでもない。自然のものに手を加えたのか。
場所だけしっかりと記憶し、俺は急ぎ町へと戻る。戦いが終わり冷静になるにつれ、不安が膨らんだ。クレナは、無事だろうか。