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討伐任務2

 なんとか車輪を泥に取られる前にナンセルの町に辿り着けた。雨はもうパラパラと小降りになっている。

 入り口で馬車と別れ、俺達は持って来ていたローブを被り、連れ立って宿を探す。もうすぐ夕暮れだ。予定通り、野盗討伐は明日からだな。


 結局、さっき馬車でリフェルにした質問の答えはたっぷり時間をかけて『わかりません』だった。それはそうなのだけれど……。

 俺だって人を殺したことなんか無い。躊躇無く殺せるのか、躊躇しつつも殺せるのか、躊躇して殺せないのか。やってみなければわからない。それでも、躊躇無く殺すつもりじゃないと、逆にやられてしまう。

 いくら学生が派遣されると言っても、ウィズに舞い込むこういった依頼で失敗することは殆ど無いと聞く。しかしそれは大怪我をしたり死んだりが一切無いということではない。依頼で死ねば、戦闘要員(レギュラー)と同じ墓だ。



 それにしてもウィズの外は久しぶりだな。通りを沢山の大人達が歩いている。こっちが普通なのだろうけれど、子供かせいぜい青年ばかりの街で暮らしている身では新鮮だ。


「あんまりキョロキョロしないでよ。変なのに目を付けられたら面倒だわ」

「ああ、悪い」


 俺達は術士だとバレると色々と面倒だからな。そのために服も隠しているが、かえって同じローブを被った若い三人組というのが好奇の目を引きつけている気もする。さっさと宿を見つけたい。


「あ、ありました。あれじゃないですか?」


 リフェルが俺にどすどす当たりながら一軒を指し示した。看板が出ている。指示にあった国営の宿屋に間違い無さそうだ。


「まだ時間ありそうだから依頼主に会って来るわ。部屋と夕食よろしく」

「気をつけて行けよ」

「あたし強いのよ。知ってるでしょ」



 中に入ると、受付と思しきカウンターに頬杖をつく一人の男がいた。奥にあるキッチンから良い匂いが漂ってくる。

 俺が口を開こうとした瞬間、リフェルが歩み出て話を始めた。


「こんばんは。今日からこちらを使わせて頂く予定のウィズの者です」


 なんだ、こういう対応得意なのか? 俺は会話を任せ、黙って鞄から羊皮紙と宿賃を取り出しカウンターに置く。


「あぁ、こりゃ、話にゃ聞いてたが随分と若い……いやすまん、確認する」


 男は小声でぶつぶつ呟きながら、置かれた貨幣を数え、紙に目を通す。当然だが、俺たちが来る前から既に打ち合わせのようなものは済んでいるはずだ。依頼の受け付けも交渉もウィズの担当の者が行う。俺たちはただ仕事を片付けるだけの実行部隊。書簡も中身は既に決まっていたことの確認事項が書いてあるのだろう。

 フンと鼻から息を出し顔を上げた時には、入ってきた際に見せた驚いたような表情は消え、仕事の顔になっていた。


 宿の説明を受ける。飯は作ってあるから好きな時に食べていいこと。部屋は二階の突き当りのを二つ用意していること。この宿は国の役人用、主に徴税官が使うものだが、しばらく予定はないので貸し切りだということ。


「貸し切りだがあんまり暴れたりはしないでくれよ」

「そんなことしませんよ~」

「じゃあ、俺は家に帰るからな。なんかあってもなんとかしてくれ」


 俺は去って行く男の背中に一抹の不安がよぎり、呼び止めた。


「あの、俺達のことはくれぐれも」

「ああ、わかってる。野盗共には迷惑してんだ。邪魔するような真似はしねぇ」


 大丈夫そうだな。飯の支度はリフェルに任せ、俺は二階に上がり部屋の確認。準備されていたのは廊下の一番奥、向い合せの部屋。どちらも作りは同じようなものだった。それぞれベッドが一つずつしかないが、大きめなので女二人ならくっついて眠れるだろう。


 荷物を下ろし、腰の剣を留め具のベルトごとベッドの下に隠した。ミスリルの剣は他所じゃ高価だから盗まれたら大変だ。術士以外が使ってもただの脆い銀の剣なのに、何がいいのだろうか。銀なんかいくらでも採れるだろうに。

 両の部屋のベッドや棚を足で軽く蹴飛ばしていく。虫はいないようだ。埃なども溜まっていないし、流石役人用、よく手入れされているのか。



 そうしているうちにクレナが戻ってきたらしく、下から呼ばれ、テーブルに着いた。思った以上に料理が豪華だ。

 パンにスープ、豚肉のベーコンに卵、チーズもある。


「ちょっと、豪華すぎじゃない? なんか怪しいわ」

「この辺は戦火から遠いから、まだ余裕あるんだろ」

「毒でも入ってんじゃないの?」

「あの~、お酒もありましたけど……」

「いや、それはやめとこう。駄目。禁止。リフェル水」



 食事を終え食器を片付けてから一つの部屋に集まり、クレナが会ってきた依頼者、この町の長からの詳しい話を整理する。


「と言っても、大体ウィズで聞いてきた通りね。戦力は十人前後よ」

「大したことないな。武器は?」

「剣と槍ね」


 弓は確認されていない、か。でも無いとも言い切れないな。


「場所はどこですか?」

「北の林道。すぐ近くよ。多分まだそこにいるって」

「林道か……要救助者は」

「日が結構経ったらしいから可能性は低いけど、女性が何人かいるかもねーって話。まだ売られてなきゃね」


 林道に何日も潜むのは現実的じゃない。近くに雨風を凌げる拠点があるんだろう。そこを突き止めなければ、か。少し面倒だな。


「あぁ、でも攫われた人の救助は依頼に入ってないわ」

「えっ、どうしてですか?」


 リフェルは心底驚いたように聞き返す。


「得がないからじゃないの? 商人ですらない過客だって話だし」

「でも、出来れば……」

「助けたところで、今更だけどね」



 俺は少しの間目を閉じて考え、思いついた作戦を提案した。リフェルはすぐ頷いたが、クレナが食って掛かる。


「リフェルちゃんはまだしも、あたしにまで逃げろってどういうことよ!」


 クレナは平手で立っていた(そば)の壁を叩く。気が立っている。なるべく刺激しないよう冷静に会話しなくては。


「一時的にだよ。今説明したろ」

「アジトなら全員捕まえたあと何人か半殺しにして吐かせればいいでしょ!」

「こっちは三人、しかもお前は戦力外だ。バラバラに逃げられたら見失う可能性がある」

「どうしてあたしが戦力外なのよ」

「林道でお前の魔法ぶっ放してみろよ。盛大に燃え広がる」

「ぐっ……」


 結局クレナは押し黙り無言の賛同を得るが、どう見ても何か焦っている。こいつは頭も良いはずだ。いつもならわざわざ言わなくても、もっと冷静に状況を分析出来ている。嫌な感じだ。


「クレナ、大丈夫か? 無理そうなら早目に言えよ」

「……やれるわよ。野盗だって、戦場だって一緒なんだ。女なんて、負けたら殺されるか、犯されて殺されるのよ」

「クレナさん……」


 間違いない、この様子は普通じゃない。何かあるんだ。こいつの、クレナの中に。

 実戦だからって気負うタイプには見えなかったが。……一番良いのはこいつをメンバーから抜いてしまうことだ。俺とリフェルの二人でも、危険は増えるがなんとかなると思う。だけどそんなの納得しないんだろ?

 なんて声をかければ……。こういう時、レコウなら上手くやるんだろうな……。俺には、出来ない。



「とりあえず、今日はもうゆっくり休もう」

「そう、ですね……」

「出発は明日の昼前くらい。直前にここで軽く飯食って、最終確認するからな」

「はい。おやすみなさい」

「……なによ。仕切っちゃって」


 お前がしっかりしてないからだろうが。

 ベッドに入り、もう一度作戦を考えてみる。もっと良い方法は無いか。

 ウィズがいくらでこの仕事を引き受けたのか知らないけれど、準備金は結構な額を預かっている。前払いで貰った俺達の小遣いに手を付けなくても、必要な道具は揃うはずだ。

 いくつか小細工を増やすとしても、基本的な流れはこの作戦でいいだろう。せめて場所が林道じゃなければクレナの魔法が使えたのだけれど。愚痴を言っても仕方ないか。もう、寝てしまおう。




 ――夜中、部屋のドアをノックする音で目を覚ました。どっちだ?


「どうぞ」

「失礼します……ごめんなさい。夜中に」


 リフェルか。


「どうした? 眠れないのか?」

「いえ、あの、クレナさんは少し外の空気吸ってくるって」


 話が見えないけれど、なんとなくわかる。あいつをどうにかしたいけれど、どうしたらいいかわからない。気持ちばかりが焦る。で、眠れなくて更に焦る。そんなところだろう。


「クレナさん、さっきまで寝ながら泣いていました。でもすぐ起きちゃって」


 今日のあいつと同じベッドでくっついて寝るのは気を遣ってしんどそうだ。


「なんならこっちで一緒に寝るか?」

「そう、しよっかな……」

「……いや、冗談なんだけど」

「えっ! あっそうですよね。ま、まずいですよね。ごめんなさい私ったら。恥ずかしい。一人にしてあげた方がいいかなって。そういう意味ですから」


 まぁわかるけど。リフェルまで寝不足のまま明日になるのが怖いのも確かだ。せっかくこうやって準備して、こちらのタイミングで仕掛けられる実戦なんだ。なるべく万全の体調にしておきたい。


「ここで寝ていいよ。俺はこっそり違う部屋のベッド借りるから」

「いいんですか? でもそれなら私が違う部屋で――」

「多分掃除してないから汚いと思う。いいんだ、俺あんまり気にならないから」


 押し問答になるのが面倒なのでさっさとベッドから降り、部屋を出る。汚いベッドね。昔隔離されていた時を思えば、な。


「シュゼさん、ありがとうございます」

「うん。おやすみ」




 朝起きて部屋を出ると、階下から良い匂いが漂ってきた。


「おう、もうすぐ飯出来るからな」


 すげー。朝も作ってくれるのか。流石国営、サービスいいんだな。


「昼の分も作っとくから、自分らで適当に食ってくれ」


 良い人そうだ。駄目元で頼んでみるか。


「おじさん、ちょっとお願いがあるんですけど」

「あー? 出来ることなら協力するぜ」



 おじさんはお願いを聞き入れ、飯の用意を終えると準備に走ってくれた。ありがたいな、上手くいけば少し金と手間が浮く。

 テーブルには先に二人が着いていた。リフェルは挨拶と共に弱々しい笑顔をくれるが、顔色はそう悪くない。いくらか眠れたようだ。クレナは、多分全然寝てないなこいつ。参ったな、放っておいたのはかえって逆効果だったか? やっぱり普段どんなに強がっていて、実際に強くても、こいつも女の子ってことなのだろうか。昔から殺し合いは普通男の仕事だものな。

 それでも、やるしかない。ここで引いたら多分こいつはもう二度と戦えない。

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