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討伐任務

 幌馬車の屋根にボタボタとうるさく雨が当たる。そろそろ五月も終わりだというのに、合成魔法の習得には苦戦していた。師匠のお言葉では、コツさえ掴めばあっという間だと言うのだが。焦って覚えられるものならいくらでもそうするけれど、こればかりは仕方ない。不安だけれど、師匠を信じることにする。

 それ自体も些か不安だが。


 ……しかしまぁ均された道でもガタガタ揺れて、馬車の乗り心地は案外悪いな。俺がウィズに来た時にも乗っていたはずだが、記憶は薄かった。よく子供がこんなものに何日も耐えられたものだ。


 向かいの座席ではリフェルがぴったり肩をクレナにくっつけながら、裁縫道具で何かを縫い直している。表情は硬い。緊張しているのだろうか。今から緊張してどうするんだよ。

 クレナの方はと言えばこちらも険しい表情で脚を組み、かかとを軸に靴を床板に一定のリズムで叩きつけ音を鳴らしていた。

 機嫌が悪そうなのはリフェルにくっつかれているから、という訳でもないだろう。暇なのか? だいたいこいつはいつも怖い顔だ。笑えば可愛いのだろうに。


 そして俺はガタガタと揺れるせいで居眠りも出来ず、こうやって暇を持て余し、二人を観察している。



 野盗討伐任務。高等部になればこうした仕事を回されることは知っていた。学生の実戦訓練を兼ねた資金調達、周辺国との関係構築なんかが目的らしい。今回依頼があったのは近場ということで、転移陣の使用は無し。こうして一日馬車に揺られる羽目になった。

 少し武装した程度の野盗など相手にならないものだが、この人選は……。

 恐らくは傭兵長の指示だな。俺とリフェルの訓練に成績優秀なクレナを保険としてくっつけた形か。班長はクレナとも言われて来たし。でも考えてみれば普通初任務には上級生でもくっつけるもんじゃないのか。どれだけウィズに信用されてるんだよこの赤毛は。

 

 屋根に当たる雨音が大きくなってきた。雨脚が強まっているのだろう。道がぬかるむと車輪がハマる。厄介だな。


「リフェル、魔法で雨降り止ませてくれ」

「ふぇっ!?」

「こら、変なこと言って困らせるな」


 暇だとこういうどうしようもない会話が増える。今のは俺のせいだけれど。



「はぁーそれにしても羨ましいわよね」

「何がだ?」

「これよこれ。さっきから揺れるのよ」

「あっちょっ、やめて下さい」


 クレナは俺に目を合わせながら、そちらを見もせずにリフェルの胸を真下から指で突付いた。デカい塊が突かれる度上下に揺れる。たった今俺に困らせるなとか言っておきながら、何してるんだこいつは。


「あんた聞いた? この子の制服の話」

「知らないけど。そういや配られるの遅かったな。俺達のとは違うのか」

「ちーがーうのよ! 図面から新しく設計したんだって」


 見た目に違いはわからない。よく見るウィズの女性用制服だ。と言ってもウィズの服自体がこの大陸では異様なデザインをしているらしいけれど、ずっと見てきたからあまり違和感は無い。

 制服はギハツで作っており、訓練などで消耗する分も含め予備はいくつか置いてあるはずだ。何故わざわざ新しく。


「だからこれよこれ」


 クレナはまだこちらに目を向けたまま、くねくねと逃げ惑うリフェルの胸を的確に突付く。何だその技。遊びでやってるように見えて凄いテクニックなんじゃないのか。


「クレナさん、シュゼさんが見てるから……」

「この背丈でこの胸が収まるサイズが無かったんですって」

「……くっだらねー」

「くだらなくない!」


 悲しくなるからキレるな。しかしなんだ今日のクレナは、さっきまで機嫌悪そうにしてたかと思えば、急にくだらない話をして。もしかしてこいつも緊張しているのか? ……まさかな。


「クレナよ、努力じゃどうにもならない『才能』って、あるんだよ」

「どういう意味よ。腹立つ」



 それにしても、胸の話はいいとしてリフェルに実戦なんて大丈夫なのだろうか。俺達は三人共実戦経験が無い。これが初戦だ。

 俺は、大丈夫、だと思う。ずっと覚悟は持って学んできたつもりだ。殺す覚悟も、殺される覚悟も。どうせ一度は死んでもいいなどと思っていた身だ。道が見えている今、恐れは無い。

 だがリフェルは、ほんのつい最近まで農村の娘でしかなかったのだ。女が戦闘というだけで、他の国ではあまり例が無いらしい。術士はむしろ女性の方が魔法の扱いに長けている場合が多く、戦闘要員でも前線の男女比はほぼ半々なのだが。


 言い渡されている任務の内容は、野盗のボスはなるべく生け捕り。それでもなるべく、だ。その他については完全に生死問わず。たった三人で戦うのだから殺さず無力化して捕縛など現実的ではない。降伏してきたとしても、まず殺すことになるだろう。どちらにせよ既に何人か殺している奴らだ。捕らえられるのも俺達に殺されるのも結果に大差ない。


「クレナさん、ひどいです……」

「なによ、お風呂ではもっと凄いことしてるじゃないの」


 もういい加減その話はやめてくれないか……。


「あの、ちょっと真面目な話したいんだけど、いいかな」


 リフェルは黙って俯き、クレナは無表情で――目だけに意志を宿しながら――こちらを見た。

 わかってたさ、緊張を紛らわせるためにわざと馬鹿話してたのは。でもきちんと話しておかないと。

 雨音が更に強さを増した気がする。


「リフェルは、人を殺せるか?」

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