合成魔法
「チマ、ちょっと今日付き合えるか」
「うん? いいけど」
「じゃあ行くか」
朝、教室で俺は席に着く間もなくいきなりチマを誘った。どうせこいつも授業の座学は大して興味無いだろうし。
「朝からどこ行くのよ」
青い顔をしたクレナが呼び止めてくる。椅子から立ち上がる気力も無いように机に腕を置き項垂れたまま、視線すらこちらに向けていない。他にも、リフェルやレコウ、教室の半分が青い顔。もう半分は机に突っ伏している。
……二日酔い。ちゃんと登校してくるだけ偉いけど、こんなの授業にならないだろ……。
「書庫に行ってくる。今日は自習だ。チマ借りてくぞ」
「ボクは物じゃないぞ」
クレナは重そうな息を吐き出し、こちらを見ずに手を振った。よし、怖い奴の許可も貰えた。先生よりうるさいからなあいつ。
「あぁ待て、俺も連れてけ」
教室から出るところで後ろからカズが追いかけてきた。そう言えばこいつも無事だったか。確かに今日あの空間にいても楽しいことは無さそうだ。
廊下で教室に向かう途中であろう先生とすれ違った。書庫で自習してくることを告げると、立ち止まりもせずにクレナと同じく、無言で手を振り俺達を見送る。先生の顔も青かった。酷い有様だな。
「ちびっ子は酒飲まなかったのか?」
「うん。ちびっ子って言うな。デカ男は?」
「俺ぁつえぇからよぉ。がははは!」
書庫は街の地下にある。地下に降りるのは久しぶりな気がするな。初等部の頃は毎日この階段が辛かったっけ。
学校から一番近くの入り口より地下へ。長い階段を降りる。人工晶石が壁に短い間隔で吊るされており、暗くはない。多少土の匂いは気になるが。魔法生成の石で作られてると言っても、壁の向こうは地面の中だものな。仕方ない。
横から服の袖を引っ張る感覚。
「後でギハツ寄ってきてもいい?」
「ギハツ? ああ。こっち付き合わせて悪いな」
「書庫にも行きたいから、いい」
ギハツか。そういえば地下にあったな。技術開発研究部。学部のうちに入るのだろうか。チマはたまに顔を出しに行くようだけれど、何をしているのかはよく知らない。俺が付いて行ってもわからないだろうな。頭の出来が違う。
大人三人がなんとか並んで歩ける程度の狭い通路を進む。ここを多人数で通るのは久し振りだけれど、こんなに狭かったか。子供の頃はそんな印象は無かったが、少しは体がデカくなったってことなのかな。
カズは最初にチマに話しかけて以来、黙って最後尾を付いてきている。見た目に似合わずあまり余計な会話はしない奴だな。
「あぁ? どうした?」
あ、見たのバレたか。
「なんで付いて来たのかと思って」
「わりぃかよ」
「悪くはないけど、お前書庫とか行きたがるタイプに見えないし」
「デカ男はたまに書庫で見る」
そうなのか。意外だな。座学の成績は良いらしいけれど、自主的に勉強するようには見えなかった。本を開いて一人で読んでるとか似合わないだろ。
「おめぇ今失礼なこと考えなかったか」
「いや別に」
「教室いてもしょうがねぇだろ今日は。教師ですらあの様だぜ」
結局それだよな。お前声デカいし、それが正解だよ。今日はあそこにいても邪険にされるだけだ。
書庫の入り口が見えた。両開きの重厚な扉。押して開き、中に入ると部屋の奥にはいくつかの本棚。手前には大きな机が二つ。それぞれ机の真ん中にはランプが消えたまま置かれている。
俺達の他に人は、無し……。祭りの翌日はこんなものか。
ここには神樹信仰の本もあるのだろうな。でも今日の目的はそれじゃない。
「チマ、合成魔法の本どこにあるかわかるか?」
「合成魔法? あるよ。探してくる」
連れてきて正解だった。チマは幼い頃から通い詰めここの本を読み尽くしていると言われる、書庫の主だ。ここに並ぶ羊皮紙の冊子はさっぱり整理されていないが、チマは動かされていない本の場所は大体覚えているらしい。
さて、任せっきりも悪いし俺も手伝おうか。
「あったよ」
「あれ。は、早いな」
「こんなの誰も読まないから動かないもん」
チマから丁寧に綴じられた羊皮紙の冊子を受け取る。薄めだな。著者は……アベル・ノーレグ。傭兵長の祖父さんだ。
「ありがとうな」
「ん。でも多分合成魔法の本はそれしかない」
これだけか。大昔は今よりもっと魔法が盛んだった時代があったらしい。今では殆ど使われなくなった魔法も当時の資料が残っている。のだが、その大半はこの大陸で一番古い国、帝国で保管されているようだ。
今ここにあるのは傭兵長の祖父さんであり“魔法の街”としてこのウィズを作った、アベル・ノーレグの著作と、“傭兵の街”としてウィズを治めた傭兵長の父親、ナオヤ・ノーレグの著作が魔法学系では大半だ。その他は俺が読んでもチンプンカンプンな専門書が多数。
どこの誰が書いたかわからない本よりよっぽど信用出来るけれど、このアベルさんの本ってたまに文法が独特で理解し辛い時があるんだよな。
椅子に腰掛けランプに火を灯し、ページをめくる……。
…………ふう。どれだけ経っただろうか。地下は窓が無いので時間の感覚がわからなくなる。顔を上げると、チマとカズもそれぞれ近くに座り、じっと本に見入っていた。どれどれ。
カズが読んでいるのは、戦争記録? 最近の物か? 指南書の類ではなさそうだけれど。
ちっこい方は既に読み終わったらしい本が何冊か脇に積み上げてあった。読むの早すぎるだろう……。今読んでるのは表紙が見えないな。
「チマは何読んでるんだ?」
「ん」
文字から目を離さずに、本を立てて表紙だけこちらに向けてきた。『晶石研究』? サインを見る限りギハツで書いている本か。
チマはそのままパタと本を閉じ、棚に戻してから「行ってくる」と声をかけ出て行った。
自分の方はと言うと、どうも何とも言えないことになっていた。
合成魔法の理屈は詳しく書いてある。が、肝心の『どうやれば出来る』の部分が『こうすれば出来るよ』のように書かれていて、それが大賢者とも言われた天才の感覚で記されているので、俺からすれば今ひとつ理解が難しい。
本を持ち出して読みながら魔法を使えればいいのだが、ここの資料は貴重な物だから持ち出しは禁止だ。矛盾しない式で二つ以上同時に魔法を発動って、言ってしまえばそうなんだろうけれど……。
そもそも根本的な問題として、合成魔法は基本的に一人で使うものじゃない。第二適正があれば一人で複数属性の魔法を扱える者も居ることにはいるが、合成するため二種の属性の出力を合わせる必要があり、それは必然弱い方に合わせるしかない。ならば第一適正単独で使った方が早い。
更に合成魔法はあまりお勧め出来ないとも書かれていた。技術的難易度や必要とされる集中力に比べ、威力上昇の恩恵が少ないと。もう、あとはリサに聞くしかないだろう。少しは概要が掴めたので良しとするか。
「合成魔法、おめぇが使うのか?」
「うん? ああ、そうだけど。と言っても出来るかわかんないけどな」
「……いいよな。おめぇらは」
どういう意味だ? こいつがはっきりしないことを言うのは珍しい気がする。
「俺は才能がねぇからよ。嫉妬してんだ。かっこわりぃけどよ」
「才能って、カズの適正は確か」
「スタイルアップだ。だがおめぇが使うのと大差ねぇぜ」
俺は魔法適正が無い。どの属性もリサの見立てでは、良くて最大七十点。普通の人の第一適正が百、第二適正が八十。それが満点と言われるのを考えると、俺は第二適正以下、適正無し以上だ。
ただそれは満点、才能を最大まで発揮した限界値での話。俺はリサの指導のおかげで効率的に伸ばして貰っているが、一般的に誰でもそう出来るとは限らない。
百点を取れる才能があっても、五十点しか取れないこともある。だけどそれは一時の問題だろ。
「カズ、俺は伸び代が無いんだぜ。今俺と同じなら、あとはどんどん追い抜いて行くだけだ」
「そうかもしれねぇけどよ。クレナやレコウみたいにはなれねぇと思うとな」
「まぁ、それは、俺だってそうだけど。でも頑張るしかないだろ」
「すまねぇな愚痴っちまって。おめぇはこっち側だと思ってたのに、試験官倒しちまうからよ」
そう言ってまた豪快に笑った。その笑いが強がりだというのは俺にもよくわかった。でも、これ以上かけてやれる言葉が無い。クレナやレコウの才能に、コンプレックスを持っているのは俺も同じなんだ。
でも今はやるべき事がある。傭兵長に期待されたんだ。俺でも役に立てる。みんなを守ってやる力になれる。何も言ってやれないけれど、お前も頑張れ。俺はまず、目の前のこれだ。
またしばらく集中して本に目を落としていると、入り口の扉が開く音がして現実に引き戻される。振り返ると、チマであった。
トコトコと目の前にまた座ると、出て行く時には持っていなかったはずの本を机に乗せ、開いた。サインはギハツ。晶石研究。最新のを貰ってきたのか?
それとこいつ、なんだか口の周りが白く……。
「あっ飯!」
「あ! ちびっ子教えろよてめぇ!」
「早く行かないと無くなるよ」
「カズ行くぞ!」
くそ、チマめ。戻ったらほっぺた引っ張ってやる。




