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出逢い2

 あれはそう、ユーマが死んでから何ヶ月経ったか。俺は苦しんでいた。

 飯も喉を通らない。心がどうにかなってしまって、泣きたくても涙も出なかった。

 周りの奴らは次々に魔法を覚えていくのに、俺だけがまだ何も具象化出来ていない。魔法が一切使えない。無能。学校もサボりがちになっていった。もう全てに諦めて無気力だったんだ。



 確か、夏。蒸し暑い夜だった。その頃俺は体がふらふらするような、宙に浮かぶような妙な感覚に悩まされていた。いよいよ体調がおかしくなっていたのかもしれない。今思えばユーマも死ぬ前に、似たようなことを言っていた。俺にも死神が憑いていたのだろうか。

 眠ろうとベッドに入っても、まるで体が自分の物じゃないようで落ち着かない。当時寝付けなくなるのは珍しくなかったけれど、その日は尚更だ。


 夜風に当たろうと部屋を抜け出し、ふらふら歩きながら寮の外へ出た。初等部は寮が地下にあったから、見つからないように音を殺して、こっそり階段を登り地上へ。夜風は……地上でもあまり吹いていなかった。

 誰かに見つかっていないか、周りを見渡した。子供が夜中に出歩いていたら、そりゃもう怒られるからな。人工晶石が青白い光を街に灯している。人影はない。

 その時目に入る、世界樹。自分でも何故そう思ったのかわからない。物心ついた頃から何度も見てきたはずなのに、急にあそこに行きたいと思った。憧れ? 憎しみ? わからない。とにかく衝動が沸き起こった。


 スタイルアップも使えない子供の体。命懸けで登る。足を滑らせて、崖から落ちたら死ぬかもしれない。それでもいいと思っていたのかもしれない。

 服をボロボロに汚しながらなんとか頂上に辿り着く。真っ暗闇の視界の中、周りよりもっと暗い、壁がある。あれが世界樹。体力が限界で、途中何度か苔で足を滑らせ転びながら、手の届く距離まで。

 触れてみる。ざらりとした樹皮の手触り。まだ衝動は消えていない。物言わぬこいつに怒りのようなものを覚え、殴る。まるで山を殴っているようだった。それでも両手で交互に、全力で殴った。


 よく見えないけれど、多分拳がボロボロになってきたあたりで、ようやく衝動が収まる。子供特有の癇癪だったのかもな。

 息を切らし、頭は真っ白に。何を考えるでもなく、無意識にふらりと足だけが動き回っていた。


 闇の中、遠くの地面に明かりのようなものを感じた。なんだろうと近寄ると……女の子だ。

 光っているのとは違うが、自分の手すら見えない中で、その子だけは離れていても何故かはっきりと見える。銀色の髪に見慣れない白い服。地面に横たわり、腹の上で両手を組んで目を閉じている。寝ているのか?


 すぐ側まで近付いても起きる様子は無い。こんなところに見慣れない子供が寝ているなんて、どう考えてもおかしいのだけれど、とにかくその時はまず起こすべきだと思った。


『ねぇ、キミ、起きなよ。ねぇ』


 体を揺さぶっても反応が無い。


『ねぇってば。おーい』


 さっきより強く揺さぶる。まるで体に力が入っていないようにぐらぐらと女の子は揺れるだけ。目は開かない。

 閃いた。これ、死んでるんじゃないの?

 胸に耳を当ててみる……聞こえない。嘘だろ、本当に死んでいるのか? 今度は口元に手を当てる。呼吸は……していない。


『嘘でしょ……』


 狼狽えた、が一番しっくりくるかもしれない。誰もいるはずがないのに、キョロキョロと周りを見たり、立ち上がったりしゃがみ込んだり忙しく動いた。

 こんなところで死体を見つけちゃってどうしたらいいのだろう。一度下まで降りて誰かに教えるべきか。だけどそんなことしたら自分が怒られちゃうよな。

 どうせ知らない子だし放っておこうか。


 でももし、まだ助かるんだったらどうしよう。

 もう一度女の子をよく観察する。服も肌も特に汚れていないし、腐ってもいない、と思う。匂いを嗅いでみても変な感じはしない。死体の匂いなんてよくわからないけれど。これは、死んでから時間が経ってない、まだ助かるかもしれないと思っていいんだろうか。

 また狼狽える。当時の俺はずっとユーマに頼り切りだったから、自分で考える能力が足りていなかったのかもしれない。


 ここまで登ってくるのでも結構時間がかかった。降りる時も慎重にゆっくりじゃなければ、足を滑らせて自分も死体だ。その間にもう助からなくなっちゃうかもしれない。腐ってきちゃうかも。何故か腐ったら終わりだと思ってたんだよな。

 こんな時どうしろなんて学校では教わっていなかった。でも自分がなんとかしないと。どうやって? まずは……息! 息を吸わせないといけない。


 女の子の顎を持って口を開かせ、念のためもう一度手を当ててみる。……やっぱり息してない。

 でも、温かい……? 助かるかもしれない!

 顔を近付け、少し離して口の中に思い切り息を吹き込んでみる。……反応なし。

 死体の唇とキスをするとか気持ち悪いけど、そうするのが一番良い気がすると思ったんだ。

 思い切り胸に息を吸い込んで、唇を合わせ、フーっと吹き込んだ瞬間――。


『っぶふぉっ!!』


 女の子が急に咳き込んだ。送り込んだ空気を返され俺も盛大に咳き込む。しばらく二人とも口が利けず、うずくまって呼吸を整える。



『なっ、何して……』

『だ、だってキミ、死んでたから……』

『死んで……ない……』


 普通息もしてない、心臓も動いてなかったら死んでいると思うだろ。俺は悪くない。

 女の子は少し落ち着くと、急に何かを思い出したようにハッとこちらを振り向き、這ったまま急いで近付いてきた。


『……此方(こち)の唾飲んだ?』

『こ、こち?』

『私の唾、飲んだ!?』


 咳き込んで空気を返された時、口の中にびちゃびちゃと唾が飛んできた気がする。思い出して気持ち悪くなる。

 あまりの剣幕で迫られたため、怒られるのかと思い恐る恐る頷いた。今思えば怒られる覚えはないんだけどな。あの頃は気弱だった。心臓と息止めて寝てる方が悪い。

 俺の無言の答えを聞くと、女の子はがっくり項垂れる。どうも冗談では無い雰囲気。謝った方がいいのだろうか。


『あの、僕死んでると思って。ごめんね』

『……謝るのは此方。ごめんね。キミ、死んじゃうんだ……』

『僕が、死ぬの?』

『うん。此方の唾、毒だから。飲んだら死んじゃう』


 そうだ。この時リサは確かにこう言った。冗談を言っているようには見えなかった。そして俺は――。


『まぁ、いいよ。死んじゃっても。ちょっと怖いけど。気にしないで』

『そんな! ……ってあれ? もしかして、キミ……』


 俺の両肩を掴んだリサは、何かに気付いたようだった。俺は人と違ったのだろうか。だからこうして生きているのだろうか。


『もしかしたらキミ、死ななくて済むかも』

『そうなんだ……』

『嬉しくないの?』

『うーん。なんか、どっちでもいいんだ』




 この後リサはスタイルアップを覚えたら、夜中見つからないようにまた遊びに来いと言って、風魔法で街まで送ってくれた。遠距離でこんな精密な魔法が使えるなんて、と今なら思うけれど、あの時はそれ程疑問にも思わなかったな。


 そのままこっそり部屋に戻りベッドで眠った俺は、次の日から動けないほどの熱を出した。騙されたと思ったね。やっぱり死ぬんじゃないか。でも、別にいいか……って。

 女の子に会ったことは誰にも言わなかった。疫病を疑われて街の隅っこに隔離され、何日も一人で寝ていた。きっとこのまま死んじゃうんだ、ユーマにまた会えるって。


 熱が下がってきた頃、俺の髪は色が抜けるようにして白く、リサと同じような銀色になっていた。

 栄養失調のせいか体は重かったけれど、体が自分の物じゃないような、変な浮遊感は無くなった。

 学校に通っていいと許可を出された頃には、自然と魔法が使えるようになっていた。リサに出逢ってから、まるで全てが変わって……。




「シュゼ~おーきーろー。もうすぐ夜が明けちゃうよ~」

「……うん?」


 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。酒の瓶が二本とも空になっていた。こいつ一人で全部飲んだのか。

 リサを見つめる。幼い顔、白いローブのような服、銀の長髪。今思い出していた過去のリサと、全く同じ姿がそこにあった。


「ちょっ、真剣な顔して見つめないでよ……」

「何照れてんだよ。ちょっと、思い出してた。初めて出逢った頃を」

「あ~。あの頃のキミは可愛かったね~。素直で」


 見た感じは神々しさがあるとも言えるリサが、こんな変な奴だとは俺も思わなかったよ。

 色々と聞きたいこともあるけれど、今日はもう夜明けが近い。寝てしまったからな。緊張に耐えかねて酒を一気飲みしたのがまずかったか。


「シュゼ、次からはちょっと難しい新技を二つ教えるからね」

「新技? 俺に出来るのか?」

「やってみないと、かな~。でも適正はあまり関係ないから、努力次第だよ」


 努力か。構築式が難しかったりするのだろうか。学校はもうこれ以上難度の高い座学をやらないし、必要があれば書庫で自習だな。資料があれば、だけど。

 さて、今時間が無いのは知っているが、一つだけ聞いておきたい事がある。


「リサ、お前の唾が毒だっていうの、あれは嘘だったのか?」

「……嘘じゃないよ。体液は全部毒。他の人だったら死んでた」


 リサは思い出したように転がっている瓶とコップを手に取り、口を付けた部分を俺の服で拭っている。空き瓶の口を舐める奴はいないと思うが、どうやら本当らしい。やっぱり、俺だから助かったのか。俺がどこか普通じゃないから。一体何が……。


「でも一度飲んだからキミはもう平気だよ。いくらでもちゅー出来るよ~」

「しないけどな」

「え~しないの~?」


 ふと周りが少し明るくなってきているのに気が付く。太陽はまだ見えないが、時間切れだ。

 瓶やコップを鞄に詰め直し、体や尻に付いた汚れを軽く払った。急いで帰らないと。……あぁそうだ。


「久しぶりにあれやってくれよ。風で降ろすやつ」

「甘えちゃって~。いいよ」


 二人で街の方、崖のふちまで歩く。もうそろそろ日が登る。


「じゃあまたね~。合成魔法、予習しといてね」

「合成魔法?」


 聞く前に背中をドンと押され、体が宙に投げ出される。落ちていく途中、風にふわりと捕まり、ゆっくり落下する。リサの姿はもう見えない。おかしいんだよなぁやっぱり。

 遠距離で指定の位置に魔法を発動させるには、視線が通っていなければならない。俺達には常識だが、今リサの姿はもう俺から見えていない。

 他にも多過ぎるもんな、おかしいところ。性格とか。これくらい気にしてもしょうがないか。

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