誕生祭3
「悪いけどチマ、レコウの様子を見てきてくれないか?」
「えー面倒くさい」
「頼むよ。あっちにいるからさ」
渋々といった様子でリフェルの膝から降りて、俺が指した方へ歩きだした。すまんな。こっちはやることがあって。
ちょっといじり過ぎたのか、クレナが口を尖らせて半泣きになっている。普段なら天地が返ろうと絶対に見れない表情だ。酒はやっぱり怖いな。
「ごめんごめん。ちょっとからかい過ぎた」
「……いいもん。別に怒ってないもん」
すっかり拗ねてしまった。子供を相手にしているようだな……。子供相手と言えば、クレナ本人以外ならリフェルの方が得意そうだけれど。
右隣へ視線を送る。今使い物になるか? リフェルは呆けたような顔で見ていたが、ふらりと立ち上がりクレナの前に近寄る。
「らいじょぶれすよーー。クレナひゃんにも、すてきなこいびとがれきますよーー」
慰め方が合っているのか知らないけれど一応そのつもりらしく、座っているクレナの頭を優しく腹のあたりへ抱きかかえた。
「リフェルちゃん……びしょびしょ」
まぁこれでいいか。祭りに出遅れると、こうやって酔っぱらいに絡まれることになるんだな。よく覚えておこう。でもなんだか、これはこれで……。
「シュゼー。ちょっとー。来てー」
チマの声。振り返ると、最早半裸を通り越して下着一枚になったレコウを担いで――いや、引きずって来るのが見えた。酷いなこりゃ。
近寄るとチマは肩に担ぐように持っていたレコウの手を離し、ドサッと降ろす。土煙を上げ地面に叩きつけられる顔面。それでも微動だにしない。なんだコレ、死体じゃないのか?
「これもう駄目だから。あとはシュゼに任せた」
「お、おう。悪かったな」
下着一枚、靴は片方だけ残している。体の所々に赤い手形が付いている。何と戦ってたんだこいつは。どんな死闘を演じたらこうなる。
地面にうつ伏せたままのレコウの頭や体へ、しゃがみ込んだチマが何故か砂を集めバサバサかけている。お前も何してるんだよ。
ったく、背負って部屋まで戻るしかないな。スタイルアップを使えれば楽なんだが、訓練以外の魔法使用は基本禁止だし、自力か……。
「こら、砂かけやめ。部屋がじゃりじゃりになるだろ」
「ボロボロな感じを出したかった」
「演出いいから。こんな状態じゃ風呂にも入れられないんだからさ」
段々と広場をうろつく人が疎らになってきた。日も沈みかけだ。そろそろ終わりかな。祭りを楽しんだというよりは、楽しんでいる奴に振り回されただけだった気もするが。
さっきまで居た方に目を移すと、赤青コンビが両手を握り合い、興奮気味に何かを語り合っている。亡者同士意気投合したらしい。あっちはまだ自分で歩けそうだ。
「チマあっち頼むわ。俺はコレ持って帰るから」
「わかった。ボクが面倒見る」
「お互い貧乏くじだったけど、チマもしっかりしてきたな。もう今日で十三歳だもんな」
驚いたようにこちらを振り向き、珍しくニコニコしながら二人の元へ駆けて行くチマ。いつもクレナにしっかりしろと怒られているからか、褒められたのが嬉しいのだろう。今日はどう見てもお前の方がしっかりしているからな。
さっきリフェルの膝に座ったせいで、後ろから見ると尻が濡れて漏らしたようになっているけど、多分周りの奴らにそう思われているけど、黙っておこう。
さて、俺はこっちか。死体の手を掴んで引き起こし、背中に担ぐ。……酒臭い。重い。腰にくるなこれは。男子寮まで一息で行けっかな。
「おぅ……シュゼか?」
「生きてたのか。今から埋めようと思ってたんだけど」
「へへへ……なぁ」
「んー? 重いんだからあんまり話しかけんな」
「楽しかったか?」
全くこいつは……。
「……楽しかったよ」
「へへへ」
楽しかった。また皆でこうして過ごせたらいい。そう思えた。あいつが死んでから今まで、この日は憂鬱なものだったけれど、今日は、楽しかった。
ただ拭いきれない、どうしようもない罪悪感がまだ残っている。俺だけ楽しんでいいのだろうか。俺だけ幸せでいいのだろうか。この思いはきっと一生消えないのだろう。消してはいけないのだろう。
それでも、ほんの少しは前向きになれたような気がした。お前と、皆のお陰だ。
なんとか寮の入り口まで辿り着けた。レコウを座らせて自分の上着を脱ぎ、それでバシバシとレコウを叩く。
「いてぇ」
「我慢しろよ。今日はお前風呂入れねーだろ。部屋戻る前に砂落とさないと」
部屋か。俺達の部屋二階なんだよな。ここに来るまでにも小さい階段があったけれど、もう体力的にかなりきつい。誰かに力を借りたいけれど、通るのは自分が歩くので精一杯というような期待出来ない奴らばかりだ。
もうバレないようにスタイルアップ使っちまうか。どうせ酔っ払って誰も覚えてないだろうし。
「やめとけよ。手ぇ貸すぜ」
「ん? お、カズか」
有り難い。レコウは少し体格が良い方だがカズは更に良い。むしろ大人とくらべてもデカい方だろう。これなら余裕で二階まで行けそうだ。
それにしてもこいつ今、やめとけと言ったか。俺が何しようとしてたかわかったのだろうか。まだ魔法発動前だったのだが。
「部屋はどこだ?」
「悪いな。じゃあ俺がこっちの肩持つからお前は逆で――」
「いらねぇよ。お前とじゃ身長差あり過ぎて逆につれぇ」
そう言うとカズは軽々とレコウを藁の束でも担ぐように肩に乗せ、片腕で押さえた。チビと言われたようで少し腹が立ったが、これを見せられては何も言えない。これが今日十五になったばかりの体かよ。顔も老けてるしこいつ歳間違えてんじゃないのか。
「部屋はこっち。二階だけど大丈夫か?」
「あぁ。問題ねぇ」
本当に問題無さそうにスタスタと付いてくる。
「カズは酒飲まなかったのか?」
「いんや。5本は飲んだんだが、どうもあんまり酔わねぇらしい。全部小便になって出ちまった」
「5本って……瓶で?」
「おう」
どうやらこれはクレナと違って本当らしい。むしろこいつが酒に弱かったらそれはそれでらしくないというか、見た目通り、イメージ通りではあるのだけれど。
「そういやさっき俺にやめとけって言ったよな」
「あぁ? そりゃおめぇバレたら怒られるだろうが」
「そうじゃなくて、何しようとしてるかよくわかったなって」
「んなもん、状況とおめぇの顔見りゃわかんだろ」
もしかしてカズって凄い奴なのか? 結果は残念だったが、試験でもチマに良いアドバイスをしていた。正直ここ最近見る目が変わってきているのは事実だ。それでもなんとなく荒い印象のこいつが苦手なのもまた変わらず事実なのだが。
「あ、部屋ここだ。ありがとな」
「おぉ。今度殴り合いする時は俺も混ぜろよ」
「は? なんで知って――」
「がははは! じゃあな苦労人、今度ゆっくり話そうぜ」
「だから苦労人じゃ――」
苦労人じゃねぇとは言えなかった。今日の俺は確かに苦労人だったのだ。
つーかなんで喧嘩のこと知ってんだよ。クレナには口止めしたし、レコウもカズに言うはず無いし。現場で見てたなんてのも、クレナの更に後ろを尾行なんて有り得ない。
さっきみたいに何かから読んだのか。油断ならねぇなあいつ。
「……お、着いたか」
「着いたかじゃねーよこの馬鹿」
「へへへ、わりわり。この恩はいつか返しますからー」
「恩ってほどじゃねーけど。ておい、そのまま寝たら風邪引くぞ」
「ダイジョブ。オレ風邪引いたことねーから。おやすみー」
下着のまま這うようにベッドに潜り込み、『おやすみー』を聞いてからすぐいびきをかきだした。相変わらず寝るの早いな。でも多分風邪は本当にひかないのだろう。こいつなら。
問題があるとすれば、そこは俺のベッドで、枕が砂まみれになるということくらいか。この野郎、後で絶対掃除させてやる。
濁った窓から外を確認する。まだ少し明るいかな。時間を潰してから、あいつの所に行かないと。