誕生祭2
街の中央にある広場。夕方でも祭はまだ続いていた。むしろ最高潮という有様だ。
酔い潰れて地面で寝ている奴もいるし、肩を組んで歌っている奴もいるし、楽器に合わせて半裸で踊っている奴もいる。
というか最後の奴はレコウだった。
うわぁ、関わりたくないな……。無視して他の奴探そ。
「あっ! あーっ! シュゼてめーおっせーぞ!」
「うわ見つかった」
「うわって何だよ。お前が遅いからオレぁこんな姿になっちまった」
「俺のせいかよ。……なんで靴片方しかないんだ」
「靴を無くして困っている人にあげたのだ」
金髪の馬鹿が褒めろとばかりに胸を張る。
完全に酔っ払いだ……。明日から自分の靴どうするんだよ……。もういいや、早く他の奴を探そう。
見渡すと遠くに青い髪が見えた。いたいた。こういう時目立つ髪の色は便利だな。あ、俺も目立つから今見つかったのか。
「ちょっと俺リフェルのとこ行ってくるから」
「お前オレより女を取るのかよー!」
「そうじゃない。もうレコウ面倒臭い。あっちいけ」
「酷い! あんなに熱い夜を過ごした仲なのに!」
「ふっざけんな! やめろ馬鹿!」
「あーそーすか。いいよオレまた踊るから」
そう言うと、また演奏にに合わせて形容し難い謎の踊りを再開した。周りからは拍手喝采を貰い大好評のようだ。
しかし普段から馬鹿なのに更に酷さを増している。酒の力は恐ろしいんだな。この日以外は学生飲酒禁止となっている理由もわかる。毎日こんなでは堪ったものではない。
広場に溢れるフラフラよたよたと彷徨う亡者共を払い除けながら、座っているリフェルの前まで着いた。
……あぁ、まずい。この美少女と評しても誰も異論は挟まないであろう顔が、ピンクに染まってへらへらと締まりなく微笑んでいる。こいつも既に亡者だったのだ。
「あーーシュゼしゃんおそいんれすーー」
言葉がなんかもうおかしい。突然、以前書庫で読んだ子供向けの本を思い出した。昔この大陸には魔物という人を襲うモンスターがいて、その中に死人がアンデッドとして蘇り集団で人を噛み殺すという話があった。いま俺はその噛み殺される人間なのではないか。敵地ど真ん中だ。
「たっれないれすわっれ、シュゼしゃんものんれくらさい。おいひいれすよーー」
「え? なんて?」
亡者が何やら俺に語りかけた。人外の言葉は難しいが、多分座って貴様も飲めと言われた気がする。俺を仲間に引き入れようというのか。亡者は生者を襲い仲間を増やそうとする、そんな話もあったかもしれない。
ひとまず素直に座ると、陶器の薄いコップを手渡される。これ、今まで君が飲んでたやつじゃないの?
中を覗くと甘い香りを漂わせる液体が入っている。色は黒……いや赤っぽいのか。この大陸で最強の力を誇るウィズを半日で亡者の巣へと変えたモノ。隣を伺うと、いつも以上に緊張感の無い顔がすぐそこにあった。近い。
一つ口をつける。甘酸っぱい味がしつこく舌の上にへばり付いた。うーん、苦手ではないけれど、あまり飲み過ぎても夜があるしなぁ。
「うふふふふ~」
青い髪の魔女が不気味に笑いながら、瓶から俺のコップへ追加の液体を注ぐ。本当にこいつ酒癖悪いな!
「なーにイチャついてんのよ。はいリフェルちゃんお水」
後ろから俺とリフェルの顔の間にねじ込むようにして、この酒と似たような色の赤毛がずいと割り込んできた。水を取りに行ってたのか。
「おおクレナ、お前はまだ人間なのか」
「はぁ? ……あー勇者物語のゾンビの話?」
すげぇ。よくわかったな今ので。その手の物語が好きなのだろうか。
「『正しき心は力に目覚め、悪しきを滅ぼし皆を導く光とならん』ってね」
「なんだっけそれ?」
「勇者物語の冒頭よ。知らないの? うわ言うんじゃなかったわ恥ずかしい」
間に無理やり割り込んだせいで、クレナともやけに顔が近い。俺はリフェルで慣れているが、クレナは恥ずかしかったようで目を泳がせて顔を引き、俺の隣に座り直した。
「お前飲んでないのか?」
「飲んだわよ。でも酔うわけないでしょ。この、あたしが」
腕を組み、足を組み、目を閉じて顎を上げ口元で不敵に笑う。おお、かっこいいぞクレナ。流石学年首席は違う。お前が勇者だ。
「ちょっとリフェルちゃん、水飲みながら笑っちゃ駄目! こぼれてる!」
「あれ、ほんとら。あははははは」
それに引き換えこっちはもう完璧にアンデッドだ。普段抜けているように見えてしっかりしている部分もあったけれど、今はそのしっかりが全て消え失せて魂まで抜けきっている。
酔わない程度に酒をちびちび舐めていると、不意にクレナから肩を組まれる。というか首のあたりを腕で締められ強引に引き寄せられた。
「それにしてもシュゼ。あんたほんとムカつくわよねー」
「はい? 俺がなんかした――しましたっけ?」
「試験のことよ試験の! なーんで勝つかなぁ?」
一ヶ月近い前の話、まだ根に持ってやがったのか。終わったことはしょうがないだろうが。俺にどうしろというのだ。
「ねぇ聞いてんのー? そんな強いならなんで黙ってたのよー」
グイグイと首を腕と体で締められる。こいつ女のくせに力強すぎだろ。つーか誰が酔ってないだよ、どう見ても酔っ払ってるじゃねーか!
目が怖いんだよ。かっこいいと賞賛してしまった俺の気持ちを返せ。
「謝って」
「は? なんで俺が――」
「いーから」
「す、すんませんした」
もう酔っぱらいには抵抗するだけ無駄だ。不本意だが大人しく言いなりになって機嫌を取るしかない。ムカつくけど。
「クレナちゃんごめんなさいって言え」
「ク、クレナちゃんごめんなさい……」
「強くて可愛い品のあるクレナちゃんごめんなさいって言え」
「強くて可愛い貧乳のクレナちゃんごめんなさい」
「今変なこと言わなかったか?」
「いえ。断じて」
「シュゼしゃんもっとのんれ~」
もう嫌だこの女子達。二人共酒癖が悪すぎる。どっちも口調おかしいし。これならレコウに絡まれていた方がいくらかましだった。
……お? あの見慣れた栗色の癖毛は――。
「チマ! おいチマこっち! 助けろ!」
あまりの状況に誰にでも助けを求めたくなる。だがしかし、呼んでしまってから気が付いた。普段から言動がおかしいチマがもし酔っていたら、それはとても恐ろしいことなのではないだろうか。三対一。それは不可避の死を意味していた。
チマがこちらを振り向く。
俺は警戒から言葉を発せずにいた。
目と目が合う。
見つめ合う、永久に近い須臾――。
大きな瞳が俺から視線を外し、他人のふりをするようにまた歩き出そうと――。あっ、こいつシラフだ!
「チマ行くな! 前に助けてやったろ!」
「ちょっと、可愛いクレナちゃんが抱き締めてやってんのに助けろってどういうことよ」
ミシリと腕の力が増す。クレナさん、言葉に誤用がある。これは抱き締めるではなく締め技と言います。殴り合ったのがレコウじゃなくクレナなら俺は完敗していたかもしれない。俺より小さいくせになんてパワーだよ。
「ヒマひゃん、おいれーー」
リフェルが気の抜けた声で手招きする。それを見て観念したかのようにチマはこちらへ向かってくると、そこがまるで自分の物であるかのようなとても自然な体の流れで、リフェルの膝に座った。
「あれ。なんか、リフェル濡れてる……」
「さっき口から水こぼしてたぞ」
「うえぇ……」
立ち上がろうとするチマを、素早い動きで腰に腕を回し押さえ付けるリフェル。表情は緩みきったまま全く変えずに。
チマは今こちらに来たことを後悔しているだろう。だがもう遅いのだ。そのまま離すなアンデッド。
「一応聞くけど、チマ酔ってないよな?」
「ん。ボクお酒の味苦手」
「ヒマひゃんろこいっれらろー?」
「前の同級生のとこ」
良かった。チマはまだまともだ。リフェルのゾンビ語も難なく理解しているようだ。そっちの相手は任せるとして、問題は赤髪の方。
またさっきと同じ力でギリギリと締め付けてくる。これはもう試験どうこうではなく、単純に技をかけるのが楽しくなっているのだろう。迷惑な。あと暑い。こいつ体温高い。炎魔法使うと体温上がる副作用でもあんのか。
ここはもうクレナにとっての弱点をつくしかない。俺は知っている。以前後輩に告白された時のことを聞こうとしたら、やけに慌てて恥ずかしがっていた。こう見えて純情なのだこいつは。
「クレナ、そんなにくっついて、もしかして俺のこと好きなのか?」
「え? ……はぁっ?」
「クレナしゃん、そうなんれす?」
「初耳」
良いタイミングでリフェルとチマも食いついてくれた。
「ちっ、違う! 違うってば!」
力で負けても知略で勝った。これが戦いというものだクレナよ。わかりやすく挙動不審になり、急いで腕を外しブンブンと顔の前で両手を振っている。そこまで全力で否定されると逆に傷付くのだが、この際体の傷には替えられない。
あまりに慌てるので笑みがこぼれそうになる。まずい、笑うな。笑えば焦りが怒りに向かうかもしれない。まだ笑うな。
「あたしが好きなのは強い人で――ってシュゼも強いっぽいけどそうじゃなくて! えっと、傭兵長みたいな人が好きなの!」
「同室の二人よ。クレナは女が好きだそうだ。気をつけろよ」
「ん。気をつける」
「きをつけりゅ?」
「えっ、いや違うから! ちゃんと男が好きだから! って何言わせんのよ!」
酔っているだけでは変わらなかった顔色が、今は真っ赤になっている。そろそろこのくらいで勘弁してやろう。
あとは、レコウの奴が心配だな……。




