誕生祭
四月一日。昼が過ぎ、街はにわかに騒がしさを増していた。誰が弾いているのか、弦楽器の陽気なメロディが二階の部屋まで響く。拍手と笑い声がそこらかしこより聞こえてくる。楽しそうだな。
何十年か前に当時の大賢者、現傭兵長のお祖父さんが地魔法で作ったとされる石造りで灰色の街。この歴史の浅い街――ウィズ――に赤や黄色、緑など様々な色に染められた布が吊るされ、飾られている。
ユーマが死んでからは、こんなに近くで見たことはなかったと思う。誕生祭はあいつが好きだったから、いつもこの日は一緒に繰り出して遊んでいた。だから、思い出して辛くなる。
前の日に世界樹の元で眠り、そのままそこで一日中魔法の自主練をして、静かになってきた頃こっそり部屋に戻るということをしていた。
「おーいまだ行かねえのー? みんなもう遊んでるぜー」
部屋の外からレコウが声をかけてきた。準備万端といった感じだな。勿論、約束しておいていきなり行かないと言い出すつもりはない。
「ちょっと寄るとこあるから、先に行っててくれ。後で必ず行くから」
「わーった。んじゃ多分広場にいるからな」
しばらく窓から聞こえる楽器の演奏に耳を傾けてから、食堂で昼食を済ませ寮を出る。途中タダで配っているクッキーを一つ貰い、布に包んだあとポケットに収めた。味を思い出そうとしてみるが、どうも俺の記憶からは抜けてしまったらしい。
途中、走り回る子供が足にぶつかりそうになり慌てて避けたり、早くも酔っ払って何故か泣きじゃくっている先輩に絡まれそうになるのを躱して、なんとか北、東、南とあるうちの南門に辿り着いた。ぐるりと街を囲むように石の壁がある。
このあたりでもまだ遠くから喧騒が聞こえるな。
「あの、すみません」
「うん? 学生か。どうした」
「少し外に出たいのですが」
「祭りやってるってのにか? 用件は何だ」
「墓地へ行きたいんです」
どうやら今日街の守備隊は厳戒態勢のようだ。やけに人数が多い。普段は鉄製の槍を構えていることが多いが、今日はミスリル武装だ。そりゃあ戦地から遠いとは言え、全員で酔っ払っている最中に奇襲など受ければ終わりだからなあ。俺達が遊んでいる時も、こうやって守ってくれているんだ。お疲れ様です。
「墓参りか。いいだろう。そこで学年と名前を伝えてきてくれ」
すぐ近くにある詰め所を指差された。俺は頷き、言われた通り待機していた人に身分を伝え、門から外へ。
「何があるかわからんから一応気をつけろよ。緊急時の魔法行使は許可されている。暗くなる前には戻れ」
「はい。ありがとうございます」
軽く頭を下げ顔を戻した時、去っていく門番が足を少し引きずっているのがわかった。怪我をしているのか。
門から南へ少し歩くと目的地が見えてきた。場所、合ってて良かった。
静かだ。流石にここまで騒ぎ声は聞こえてこない。
何か動物の甲高い鳴き声と、木々が風でさらさらと葉を揺らす音がする。墓石は静かに、何も語らず、ずらりと地にあった。ここは随分久しぶりだ。一人で来るのは初めてか。
何故だか急に恥ずかしさが込み上げる。みんなが騒いでいる最中、何を浸っているんだ俺は。
墓に書いてある数字を見ながら目的の場所を探す。この墓地は比較的小さい。正規の傭兵は別の場所に埋葬されているから、ここは病気などで亡くなった子供達の墓だ。
十二……十三……十四期……ここだ。十四期生、ユーマ。墓は見つけても、この下にあいつはいない。ポケットからクッキーを取り出し、両手で半分に割り、大きい方を墓の前に置いた。昔こうやって半分貰ったことがある。そのお返しだ。
ここに居ても驚くほどに何の感情も湧いてこない。これは自分があまり宗教に熱心じゃないからなのだろうか。悲しみも怒りも無かった。あるのは、これをしなければいけなかったという思いと、自分は今一体何をやっているのだろうという思いと――。
クッキーをかじってみた。これは花の蜜で作るんだったか。そう、こんな味。懐かしい甘さを感じる。
ここに来たのは二度目。前のときも今日も、不思議と感慨は無い。毎年この日は思い出して辛くなっていたはずなのに。それが嫌で、墓地に来るのもずっと避けていた。
石を見る。名が刻んであるただの石。ここに思い出も骨も無いからか。だとすれば、あの石造りの灰色の街こそが俺にとってあいつの墓石なのかもしれない。
何かを言おうと思い口を開くが、喉の奥から声が出てこなかった。一瞬詰まり、なんとか絞り出す。
「……じゃあ、また」
なんとか言葉を振り絞った。そろそろ戻ろう。皆が待っているから。酔い潰れてないといいけれど。