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喧嘩

 風が気持ちいい。太陽が暖かい。眠くなるなぁ。この街は大部分が世界樹の葉の影になっており、真昼は陽の光が入らず薄暗いが、朝と夕方はこうして太陽を拝める。そう、俺は朝から授業をさぼって屋上にいる。

 と言っても試験以降は自習、復習、自習といった感じで授業などあってないようなものだ。

 下に見える道の上では誰に頼まれたんだか、生徒有志諸君がこの時期恒例の飾り付けや椅子などの準備を、俺と同じく授業をさぼり楽しそうに(おこな)っている。


 最近教室の居心地がすこぶる悪かった。試験以来、下級生や上級生が顔を見に来るし同級生も詳しく聞かせろとうるさい。それに合わせてクレナの機嫌も悪くなり、リフェルは『見慣れない可愛い子がいる』という好奇の目に晒され二次被害を受けている。

 俺がもう少し素直に喜べていれば、もっと調子に乗れたのかもしれない。やる前からわかっていたことではあるが、それでも『先輩を腕試しに使って大怪我を負わせた』という罪悪感は今でも黒く染みになって心にこびりついていた。



 それからレコウの奴。最近では話しかけても無視してふて寝を決め込んでいる。こうなると仲直りしようという気も無くなってくる。いや、断じて喧嘩ではないのだけれど。そもそもあいつが勝手に何かに怒っているだけで、どう謝れというのか。

 ――にしても本当に暖かいな今日は。座り込むと、石で出来た屋根が太陽を吸い込んで尻がぽかぽかする。このまま横になって俺も寝てしまおうか。


「あ、シュゼさんみっけ」


 げ。来た。梯子を登りきりぱたぱたと楽しそうに小走りで近付いてくると、今まさに寝転がろうとして両腕を天高く掲げたまま固まっている俺の横にちょこんと座った。近距離で。

 どうもリフェルの距離感が近いのは俺だけじゃないらしい。クレナとも手を繋いで歩いているところを見るし、チマに至っては膝の上に座らせたり、抱き合ったりしている。

 そのうち何か間違いでも起こすんじゃないかと心配になる距離感。というか実はもう起こっているんじゃないか? そっち系なんじゃないかこいつ。

 幸いというか、すけべレコウは若干距離を置かれている気もするが。


「本当に左手綺麗に治りましたねー。術士って凄いなぁ」

「リフェルももう出来るだろ。それよりなんでここがわかったんだ?」

「レコウさんが多分ここでさぼってるって。だから私もさぼりです」


 あいつ俺とは口利かないくせに余計なことばっか教えやがって。というかリフェルはさぼってる余裕あるのかよ。ニコニコ笑いながら揺れているけれど。能天気という言葉がよく似合うな。

 ここ最近はチマもリフェルに勉強を教えるためか、座学の時間でもあまり外に出てふらふらするようなことはなくなっているが、放っておくとまたどこかで奇行に走っていそうだ。


「あ、そうだ。クレナさんが使い終わったなら軟膏返せって言ってました」

「あぁ、わかった。寮にあるから今度返しとくよ」


 クレナに炎魔法で火傷しないコツを聞いたら「そんなものは無い」と一蹴され、代わりにくれた火傷に効くとかいう薬草から作った軟膏。正直効いたのかどうかはよくわからなかったけれど。

 ついでにクロウ指定で大火力魔法使うのは、ただの馬鹿だのなんだの散々説教されてしまった。尤もだ。でも俺の魔法適正ではああ使うしかないんだよな……。


 リフェルが何かを感じ取ったのか、こちらを見つめている。ただでさえ顔が近いんだからこっちを向くな。


「シュゼさんって苦労人なんですか?」

「なっ! 誰だよそんなこと言った奴!」


 思わず顔を向けてしまった。誰かはだいたいわかるけどな。あの野郎め。


「あっ。えっと、でも、変わった髪の色ですよねー。白っていうか銀色? っていうか」

「青い髪してる奴に言われたくないよ」

「えーお母さんもこの色だったのにー。三人家族だったから、家の中では青い髪が多数派でしたよ」


 俺の髪は子供の頃黒かった、なんて言うとまた色々聞いてきて面倒そうなので黙っておいた。何故か色が変わったことを除けば、少なくとも白より青髪の方が珍しいと思うぞ俺は。


「そういえばシュゼさん、下の人達は何をやっているんですか?」


 ああそうか、リフェルは知らないか。


「あれは誕生祭の飾り付けだよ」

「誕生祭……誰かのお誕生日ですか?」

「そう。俺達みんなのな」


 どうせ暇なので、このウィズという街について知っているかもしれないことを含め、いくつかリフェルに解説してやった。


 ここには大陸中からいくつか条件を満たした子供達が集められる。その子達は魔法の才能があるために、親元を離れここへ来る――のではない。

 集められた子供達その殆どが、戦火によって生きていけなくなった五歳前後の所謂戦災孤児だ。傭兵として契約している国々とは兵士を盾として借りる代わりに、この『年齢が合えば孤児を引き取る』という内容も約束として含まれている。


 子供たちは両親がいないどころか、顔も覚えていない者も少なくない。俺もその一人だ。だから、この街にやってきた子供は過去を全てを捨てる。覚えていることも、覚えていないことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、全て。

 新しい名前を与えられ、新しい生き方を与えられ、新しい誕生日を与えられる。それが今度の四月一日、誕生祭。進級祝いなんかも兼ねているんだろうな。


「だから俺達には名字が無いんだ」

「そう、なんですか。名前も、誕生日も新しく……」



 少し暗い話をしてしまったか。陽の光も陰りを見せ始めた。でも仕方がない、この街で生きていくには必要な知識だ。俺は親のことも元の名前も何も覚えていないのでこんな話辛くもなんともないのだが、中にはしっかり記憶に残っている奴もいる。


「実は私も、もう両親いないんです」


 そう言うと眉尻を下げて困ったような顔で笑った。笑うところか。

 聞くにリフェルの親は、母が九歳の頃に病気で他界。父も去年同じ病気で亡くなったそうだ。十四歳の少女が農村で一人生きていくのは大変だろう。

 なんでも傭兵長と母親が古い友人で、生前リフェルのことを頼んでいたらしく、リフェル本人もここに来ることを承諾したというのが今ここにいる理由だそうだ。


「村の人達も神樹信仰に熱心な人が多かったですから、私がウィズに誘われたことを皆喜んでくれました」

「そっ……か」


 目は笑っているけれど、素直にそれだけではない複雑な顔。体よく厄介払いされたような意味も含んでいるのだろうか。


「最初はすっごく不安でした。でも、今は」


 そこまで言って、俺ににっこりと笑いかける。

 それを聞いて正直俺は少し心配になった。本当に理解しているのだろうか、こいつは。この街にいるということは、いずれ殺したり殺されたりの戦争へ向かうことになるかもしれないということに。



「……お祭り、楽しそうですね」

「リフェルも混ざればいいさ。祭りと言っても踊ったり食べたり飲んだりして騒ぐだけだし」

「飲むって、お酒ですか?」

「うん。うまいらしいよ」


 ――らしい。そういえば俺は飲んだことがなかった。あいつは騙されて飲んでいたけれど。


「じゃあみんなで行きましょうね。シュゼさん案内して下さい」


 みんなで、か。


「いや、俺は毎年参加しないんだ」

「え? どうしてですか?」

「騒がしいのが好きじゃなくてさ。他のみんなで行っておいでよ」

「そう……ですか」


 その会話以降彼女はしばらく黙って、ぼーっと街を眺めながら隣に座っていたが、やがてそろそろ教室に戻ると言い残し去って行った。

 俺は……眠くなってきたな。少しだけ寝ようかな……。




 子供が大人達に殴られている。囲まれ、蹴りつけられ、今目の前で殺されようと。助けないと。でもそれは禁止されてるから。僕じゃ敵わないから。

 ふと隣を見る。目が合ってしまった。駄目だ、違うんだ。違う、行かないで。ごめん、ごめんなさい。




 ……目を覚ますと辺りは既に暗く、あちこちの壁に付けられた人工晶石の、ぼうっとぼやけた青い光だけが街を照らしていた。やってしまった。寝過ごした。晩飯まだ残ってるかな。


「よお、起きたか」


 背後から聞き慣れた、久しぶりに聞くような声がして立ち上がり、振り返る。


「いるなら起こせよレコウ」


 金髪を逆立てた馬鹿は何も言わず、じっと立っている。なんだよ。


「言いたいことがあるなら言え」

「リフェルちゃんから聞いたが、お前誕生祭来ないんだってな」

「それが今更なんだよ。毎年のことだろ」

「……シュゼ、仲直りをしようぜ」


 そう言うと梯子の方へ歩いて行き、降りていってしまった。ついて来いってことか。

 喧嘩なんかしていない。許すとか許さないとか、仲直りとかそういうことじゃないだろ。仕方がないから後を追うけれど。

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