これからの話
私は今日から、生きるために人殺しになる。
魔法なんて使えなければ良かったのに――。
コトコト馬車に揺られながらまたそんなことを考えてしまう。自分で決めたことなのに。お父さん、お母さん……。
こんなことを言えば誰かに叱られるでしょうか。思っただけでも、失礼なことでしょうか。
この馬車に乗ってから、何度も繰り返した自問自責。答えはまだ出ません。
チチチチと小鳥が何かお喋りをしながら飛んでいく。左の方から手綱を握った御者さんの大きな欠伸が聞こえる。身体を前に傾けそちらの方を覗いてみると、大きな黒い影が行く手にじわりじわりと近付いていた。
ああ、罰当たりなことを考えてしまいそう。
無意識に吸った沢山の空気が大きなため息として出そうになるのを堪えて、ふっと小さく吐き出す。
今日で街を出てから何日目だろう。始めのうちは笑いあり、涙ありの学校生活が待っているのかも知れないと期待に胸を膨らませて、半分萎ませていたけれど、到着が近付くにつれて笑いと涙の割合が二と八? それどころか一と九なんてこともあるのかもしれないと憂鬱な気分に……。
気持ちを切り替え、私の膝に頭を乗せて眠っている男の子の髪を優しく撫でてあげる。まだ寒い時期だけれど、今日は天気が良いので少し寝汗をかいているみたい。他の子達も今は目を閉じて丸まっている。私よりも北の街からずっと揺られてきたのだからさぞ疲れたでしょう。ここ数日は不安からかよくぐずっては泣いていました。
何度も遊びをせがまれて付き合ってあげたのはちょっと失敗だったかもしれない。これからは同じ街の中とはいえ離れて生活するのだ。また会えるのかもよくわからない。仲良くなってしまったおかげで別れるのが悲しくなってしまう。
目の前の大きなお兄さんは、いつもと同じように腕を組んでじっと目を閉じ座っています。とても無口で少し怖い人だと思っていたけれど、仲良くしてくれなかったのは別れの悲しさを知っているからなのかも。護衛さんらしいけれど、ついにその活躍を見る機会はなかったなあ。
「止まれ!」
女性の声が聞こえた。ああ……。
手綱を引かれてトコトコとお馬が足を止める。ちらりと見ると御者さんが槍を持った女性に書状を渡しているところでした。声の凛々しさと比べて見た目はかなり若い。私よりも少し年上でしょうか。
ぐうっと護衛のお兄さんが腰を上げ、馬車が少し揺れる。子供たちも目を覚ましたみたい。きょろきょろしながらも大人しくしている。
「中の確認しますね」
馬車の真横から別の女性の声がした。もう一人いたんだ。ざりざりと後ろに回り込む足音が聞こえる。一足先にお兄さんが腰を曲げたまま歩いて馬車の後部から地面へと降りていく。もうさよならなのかな?
二人はお疲れ様です。おつかれ。などと軽く挨拶を交わし、入れ替わりにお姉さんがぴょんと客車を覗き込む。さっきの女性と同い年くらいのきょとんとした顔と目が合ってしまった。
ど、どう反応すればいいのかな。とりあえず笑っておこう……。
「あれ?この――」
馬車の横に首だけ出して女性がもう一人の槍を持った女性に尋ねる。
「ああ、大丈夫、書状にある。人数だけ教えて」
「全四名です」
「よし、では馬車を奥へ。付いてきて下さい」
女性は馬車の中に顔を戻しもう一度目を合わせてくると、にっこり笑って客車からぴょんと降りる。キキィと門が開き、私の緊張を他所にお馬はまた呑気にトコトコと歩きだした。
門から入りしばらく進むと、広場の中央のようなところで馬車を降ろされた。晩秋の森と埃っぽさを合わせたような不思議な匂いがします。ここが――。
「では、あなたはしばしここで待っていて下さい」
少し挙動不審になりながら、なんとか「はい」とだけ返事をかえす。視線の端では馬車がいつものようにトコトコ歩きながらどこかへ行ってしまうところだった。ついにもう戻れないとの思いが込み上げ、不安を煽る。
無愛想だったお兄さんや、よく笑う御者さんが急に恋しく感じられた。
反対側に顔を向けると子供達がゆっくりと連れられて行く後ろ姿が――。さっきまで膝枕をしていた茶色い髪の男の子だけが、ずっと顔をこちらに向けている。大粒の光るものが、ぷるぷるとまぶたに震えていた。あの子は一番甘えん坊だったものね。
私も少し泣きそうになりながら控え目に手を振る。男の子も左手を控え目に顔の前で振りながら、口元がバイバイと動いたあたりで角を曲がって見えなくなった。同じ街に住むんだもん、きっとまた会えるよ。でも、やっぱり仲良くなったのは失敗だったのかもしれない……。
泣かないように少し顔を上げると、迫ってきた影の正体――世界樹。とても大きい木。大きいなんて言葉では全然足りてないようなものが街の奥に。ちょっと見ただけでは木だと気付きすらしないような。いつか見たいとは思っていたけれど、これからは毎日見るんだろう。すごいなぁ……本当に。
さて! 小さな子だって頑張っているんだもの、私もしっかりしなくちゃ。世界樹に少し勇気を貰えた気がする。これからここで、この世界樹の麓にある街で、大陸唯一の魔法学校で、傭兵になるため学んでいくのだから。
ふと見るとさっき別れた子たちよりも少し年上くらいの子供が地面にうずくまっていた。具合でも悪いのかな? 周りには誰もいない。
声をかけてみようかな……。