サブタイトルなし
始めての利用&投稿です。
キーワードが何になるのかよくわからなかったので、一番近いと思った「日常」と「青春」を選びましたが、うーん、日常の話ではないですし、青春にも?がつきます。
文字数オーバーだったので、後書きに続きを載せました。
感想もらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
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どこか遠くに行きたい、漠然とした思いがあった。その思いは次第に強くなり、どこか遠くに行かなくてはいけないのだと考えるようになった。自分が何を求めているのかもよくわからないまま。
「どこか遠く」がどこなのか、啓示を得たのは僕が一八になる年の一月のことだった。
ポスティングのアルバイトをしているときに、見覚えのある女性が裏道の小さな店に入っていくところを見かけた。その女性と知り合ったのは、僕が学校までの電車に乗っていたときだった。彼女は瞼を固く閉じて両腕をぐっと組み、体の片側をドアに押しつけるようにして立っていた。顔色は悪く、今にも倒れてしまいそうに見えた。次の駅で彼女は降りた。僕は学校のある駅ではなかったけれど、彼女がホームにしゃがむ姿を見て電車を降りた。彼女は過呼吸を起こしていた。僕は手に持っていた紙袋から昼食用のパンを取りだし、空になった紙袋を彼女の口にあててあげた。袋は音を立てて肺のように収縮と膨張を繰りかえす。彼女の背中をさすると骨に触れた。しばらくして彼女は口から袋を離し、たぶん礼を言おうとしたのだろう、急に恥ずかしくなった僕は、彼女が何かを言う前にパンを差しだしていた。彼女はよくわからないままパンを受けとり、僕は身を翻して改札へ向かい、学校までの二駅分を歩いた。歩きながら、足がすこし地面から浮いているような気がしたのを覚えている。
裏道にある店に入っていく彼女を見かけたとき、どうしてだか僕は話をしてみたいと思った。けれど何を話せばいいのかわからなかったし、店に入る度胸もなく、僕はただウィンドウショッピングするふりをして中を窺った。ガラスのすぐ向こうの台にはハンカチが並んでいた。木の格好をしたオブジェにも南国の果実のようにハンカチがぶら下がっている。カウンターの奥に彼女の姿があった。椅子に座り、何か作業をしている。ふと彼女が顔を上げたような気がして、僕はガラスから顔を離した。ハンカチを売る店なのだろうか? 外観を見ても、ガラス部分にIndirizzo Puroと白い文字で描かれているだけで、何の店なのかはよくわからなかった。家にもどった僕はインターネットでIndirizzo Puroを調べてみた。検索ワードではヒットしなかったが、どうやらイタリア語らしいことはわかった。イタリア語辞書『アモーレ』にはこうあった。
▽indirizzo男【英:address,direction,tendency,trend】――住所、アドレス、声明、請願、方向、進路、志向。~ falso:偽の住所。
▽puro形【英:pure】――純粋な、清い、混じりけのない、単なる。cavallo di ~ sangue:純潔馬、サラブレット。cielo ~:澄んだ空、澄みきった空、澄み渡る空。(プーロ)名【女:‐ra】純粋な人、純真な人、アマチュア選手。
それぞれの単語を組み合わせると「混じりけのない進路」や「純粋な方向」となる。それは進むべき道を示す言葉であり、まさに僕が求めていた啓示そのもののように思えた。
一緒に暮らしている叔父にイタリアへ行くことを伝えると、フィレンツェでかつて彼が世話になったというパン屋を訪ねてみるように言われた。詳しい話は知らないが、叔父は若いときにそこで働いていたらしい。僕はわかったとは答えたものの、訪ねてみようとは思わなかった。それは叔父の話であって、僕の話ではなかったからだ。
行き先が決まってからは早かった。パスポートと海外でも使える銀行口座はすでに用意していたから、あとは航空券を買うだけでよかった。叔父が世話になったというパン屋に行く気はなかったけれど、とりあえず僕はフィレンツェまでの片道切符を買うことにした。「何も一月のイタリアに行くことはないだろう」と叔父は言った。でも僕は聞く耳を持たなかったし、「帰る日にちが決まっていないならオープンチケットを買えばいい」という助言も無視した。うまく説明できないのだが、もどってくる道を先に用意しておくのはどこか間違っているように思えたのだ。
金はある程度用意していた。昔からの貯金にアルバイトで稼いだ金、それに叔父の財布からくすねた金がいくらかあった。そこから帰りの航空券代を差し引いても、質素にやれば一か月くらいは向こうにいられるだろうと僕は計算した。もしホテル代が高ければ、三日に一度は外で夜を明かせばいいし、もしそれで恐い人に絡まれたならば逃げればいいだけの話だ。夜じゅう歩きまわって朝日を迎えた経験は以前にもあった。
荷物は少ないほうがいいと、普段着のまま(Tシャツにセーター、冬物のコート、細身のパンツにスニーカー。コートを閉じると黒一色になる)、パンツのポケットに財布とパスポートと携帯電話と充電器を入れ、コンビニに行くのと変わりない格好で飛行機に乗り込んだ。叔父には置き手紙を残しておいた。
――行ってきます。帰りがいつになるかはわかりません。
事前にイタリアのことを調べたりはしなかった。何をするために行くのか自分でもわからないままだったが、観光するためではないことははっきりしていた(入国審査では観光と答えるつもりでいたけれど)。それに何も未開の土地に行くわけではないのだ。同じ人間が暮らしている街に行くのだから、言葉は不自由するにしても、必要なものは現地で調達できるだろう。
飛行機が離陸体勢に入った。滑走路を滑り始め、一気にスピードを上げて地面から身を離す。そのときまですっかり忘れていたのだが、僕は以前にも飛行機に乗ったことがあった。通路側の席には母が座っていた。あれはどこに行ったときだろう? 山奥の川で遊ぶ記憶が思い浮かんできた。それは僕の幼いときの灰色がかった記憶の中では数少ない色付きの記憶だった。夏だった。泊まった民家の前の川で、僕は近所の子どもたちと一緒に遊んでいた。川の真ん中には大きな岩があり、「アブだ! 逃げろ!」と誰かが叫ぶと、みんないっせいにその岩の上から川面に飛び込んだ。僕は岩の底を見ようとしたときのことを覚えている。岩の底では真っ暗な闇が口を開けていた。体がぐっと飲み込まれそうになり、僕は腕と脚を使って身を捩るようにしてどうにか逃れた。岸に上がると胸が鳴っていた。そのドクドク脈打つ部分を痺れた手で押さえる。熱を持った心臓が熱い血を全身に送りだしている。僕は何度も大きく息をした。辺りの風景はいつもより鮮やかだった。暖かい日差しや肌を撫でる風、川や草や森の色や匂い、子どものはしゃぐ声や離れたところにいる大人たちの話し声、それら一つひとつがいつもよりもくっきりとした輪郭を帯びていた。子どもたちは変わりなく遊んでいた。大人たちも何も気づいていなかった。さっきまでの自分とは違うことを、僕だけが知っていた。僕は普段触れることのないものに触れたのだ。そのことを母に話したかった。
飛行機の窓は雲に包まれていた。僕はその雲に「不安」という言葉を重ね合わせた。先にあるものが見えないからだろうか? しかし、そんなものは吹けば消えてしまうものだと僕は思った。雲の中には石があるのだ。目を閉じて手を伸ばすまでもなく、いつでも石がある。自分の手が初めて空を切ったときから、その石は僕の中にある。
シートベルト着用のランプが消えた。僕は眼鏡を外し、すこし眠ろうと思って目を閉じた。けれど眠りはやってこなかった。遠くに行くことの意味を考えようとしても、いい考えは思いつかなかった。たぶん実際に行ってみなければわからないことなのだ、僕はそう思い、目を閉じたまま、あの岩底の暗闇に飲み込まれていく自分の姿を思い描いた。
フィレンツェに着いたのは夜中だった。空港に入国審査なんてものはなく、すぐに屋外に出た。寒さは日本と変わらず、吐く息は白くなった。空気はどこか違うような気がしたが、遠くまできたという実感はなかった。それでも一人だという思いはあった。すべてのことを自分で考え、自分で決め、自分で行動しなくてはいけないのだ。
すぐにおかしなことが起きた。僕はタクシーに乗り込み、中心街にある安いホテルまでと英語で頼もうとしたのだが、声が出なかったのだ。かすれ声さえ出なかった。運転手はけげんな顔で僕を見た。メモとペンがあれば……、しかしそんなものは持っていなかった。左の手の平をメモに、右手をペンを持つ格好にして、どうにか伝えようとしても運転手には通じなかった。僕は諦めてタクシーを降りた。そのまま立ち尽くすわけにもいかず、とりあえず空港のトイレに行き、鏡に向かって、あああ、と口を開いてみた。やはり声は出なかった。肺から送られた空気は声帯を震わせることなく、ところてんのようにするりと外に出ていった。喉に違和感はなかった。これまで声が出なくなったことなんて一度もなかった。声はいつでも当たり前のようにあった。水で手を洗い、エアタオルで乾かす。声は消えてしまったのだと僕は思った。どういうわけかわからないが、声は消えてしまったのだ。剣の形をしたアザが膝から消えてしまったように、母がくれたお守りがいつのまにか消えてしまったように。僕は間違った場所にきてしまったのだろうか? もう一度手を洗いながら、鏡に映る自分の顔を眺めた。眼鏡の奥には疲れてぎらぎら光る目があった。その下にはハの字の隈がある。肌はくすみ、ひげがうっすらと生えている。僕は眼鏡を外して顔を水で濡らした。ハンカチを持っていなかったので、ぶるぶると犬のように頭を振った。その振った勢いでかどうかはわからないが、考え方がすこんと切り替わった。声が消えたのは、僕が間違った場所にきたからではなく、正しい場所にきたからだ、と。僕は何かが起きることを期待してイタリアまでやってきた。そして声が消えた。それはおそらく何かが起きる前触れなのだ。次に何が起きるかはわからない。また何かが消えるのかもしれない。けれどその先に自分の望むものが待ち受けているような気がした。
携帯電話のメール画面に、中心街の安いホテルまでと英語で書いて、タクシーの運転手(さっきとは別の人だった)に見せた。彼は眉間に皺を寄せて画面を食い入るように眺め、「OK」と言ってしぶしぶサイドブレーキを下ろした。僕はできることなら携帯電話のことや荷物を持っていないこと、服装が真っ黒なことを弁解したかった。自分が怪しいものではないことを伝えたかった。でも声は出なかったし、もし出たとしても言葉の持ち合せもなかったため、僕はホテルに着くまで窓の外を走り去っていく外灯の光ばかり見ていた。ピンクがかったオレンジ色の光。手を近づければほんのりと温めてくれそうだった。
ここでいいか、と運転手が訊いた。僕はホテルの入口を確認して頷いた。自分がどこにいるのか尋ねようとしたが、やはり声にならない空気がひゅるりと出ただけだった。僕は空咳をし、運転手は肩をすくめた。離れていくタクシーのテールランプを見つめながら、自分で考えなくてはいけないのだ、と僕は自分に言い聞かせた。
「Buonasera」と笑顔で挨拶してきたホテルマンに、僕は喉を押さえて声が出ないことをアピールした。どうやら察してくれたようで、メモとペンを貸してくれた。値段を尋ねると、一番安い部屋で一泊六〇ユーロだった。予定額をはるかに上回っている。そうはいっても、これから別のホテルを探すわけにもいかなかった。
部屋は広くはなかったが、趣味のいい家具で統一されていた。分厚い頭板のついたセミダブルのベッドに、ベッドと同じ木材でできた書き物机と椅子、緑のガラスの傘がついた真鍮のテーブルランプは壁を仄かに緑に染め、同じデザインの背の高いランプが部屋の隅をやはり仄かに緑に染めている。そのランプの隣に置かれたブラウン管のテレビだけが部屋に馴染めていなかった。まるで拾われてきたばかりの捨て犬みたいだった。テレビ自身そのことに気づいているのだろう、胸を張りながらもどことなく肩身が狭そうだ。窓からは外灯に照らされた鉄道駅のような建物が見え、通りを歩く人たちからはくぐもった足音と声が聞こえた。視線をずらすと窓ガラスに自分の顔が映って見えた。さて、と僕は自分に言った。さて、どうしますか。
とりあえずは明日の朝からだと思い、シャワーを浴びてベッドに入り、明かりを消して眠ることにした。しかし飛行機で一睡もできなかったにもかかわらず、僕は眠気の欠片すら見つけられなかった。頭の中を探しても、耳の裏を探しても。眠気はどこかに消えてしまったのだろうか。声が消えたように? 僕は仕方なしに起き上がり、携帯電話を充電しようとコンセントの前まで行った。そのときになってコンセントの形が日本のものとは違うことに気がついた。僕はその丸い穴を睨みながら、どうして携帯電話なんて持ってきたのだろうかと疑問に思った。捨ててしまっても構わないのでは? それでも一応電源を切って持っておくことにした。またタクシーのときのように使うかもしれない。僕はテレビでニュースをしばらく見て、バラエティー番組をしばらく見て、B級映画をしばらく見た。そして行き着いた番組には、男物のシャツを着た女性が映っていた。ブロンドの髪で、シャツの下からはすらりとした白い脚が覗いている。彼女は一般視聴者の男と電話で話をしていた。会話を終えて受話器を置いた彼女は、じらすようにシャツを脱ぎ始め、下着姿になってポーズを取り、体をくねくねさせた。またしばらくすると電話がかかってきた。受話器を取り、軽いやりとりをしてから彼女はクイズのようなものを出す。男が答える。どうやら不正解だったらしく、男はしずしずと電話を切った。下着姿の女性はまた体を一通りくねくねさせた。再び電話がかかってきた。受話器を取り、軽いやりとりをしてからクイズを出す。今度は正解だったらしく、女性が喝采を送った。受話器を置くと、じらしながらブラジャーのホックを外し、片方の腕で器用に胸を隠しながらブラジャーを画面の外にぽいと投げ捨てた。そしてまたじらしながら腕を開いていく。モザイクはかかっていなかった。僕は釘で打たれたようにテレビ画面から目が離せなくなった。電話をかける男の鼻息は決まって荒かった。僕の鼻息も負けずに荒かった。このままでは眠れそうにないと思った僕は、トイレに行き、トイレットペーパーを手にもどってきた。こんな遠くにまできて自分は何をやっているのだろう? 悲しくなったのは言うまでもない。
翌朝は電話の音で目を覚ました。自分がどこにいるのか理解するのに時間がかかった。窓からは日が差していた。眼鏡をかけて時計を見ると、チェックアウトの一○時をとうに過ぎていた。僕は慌てて受話器を取って謝ろうとしたが、声が出なかった。チェックアウトするように言われ、受話器の口をコンコンとノックして答えた。それから急いで顔を洗って部屋を出た。
僕はカウンターに置いてあった地図をもらい、今いるホテルの場所を教えてもらった。窓から見えたのはやはり鉄道駅だった。サンタ・マリア・ノヴェッラ駅。ホテルをあとにした僕はとりあえず駅に向かい、構内をぐるりとまわってみた。日本の駅とはずいぶん違っていた。改札はなく、そのままホームに繋がり、何台もの列車が出発のときを待っていた。ドームのように高い天井。切符は窓口か発券機で買え、柱についた黄色い機械で打刻する仕組みになっているようだ。僕は券売機をいじってみたが、街の名前はローマ、ミラノ、ベネチア、それにナポリくらいしか知らなかった。だが、とりあえずフィレンツェから離れるつもりはなかった。ここで何かが起きることを僕は期待していたし、何も起きそうになければそのときにまた考えればいいのだ。僕はホテルでもらった地図を見ながらぶらぶらと街を歩き、喉が乾いたので九九セントショップでペットボトルの水を買い、寒いにもかかわらずアイスが食べたくなってジェラート屋に入った。店頭には色とりどりのジェラートが並んでいた。僕は二ユーロのコーンを指さし、ピスタチオとチーズケーキを選んだ。店のおばさんは鼻歌を歌いながらジェラートを作り、何種類ものジェラートがのった特大サイズのコーンを差しだしてきた。まさか自分が頼んだものとは思えなかったが、まわりの人はみんな僕を見ていたし、店のおばさんも僕を見ていた。一二ユーロだと彼女は言った。おばさんの迫力ある笑顔に負けて僕は何も言えず(どうせ声は出なかったが)金を支払った。隣にいた子どもの特大ジェラートを見るぽかんとした顔。僕は身を小さくして店を出て、サン・ロレンツォ教会裏の柵の隅に座り、露店で買い物をしている観光客を眺めながらジェラートを食べた。ぼったくられたことを誰かと笑い合えればどれだけ救われただろう。でも僕はどうしようもなく一人だったし、心の中にあるのは無機質な石だけだった。
ジェラートを鳩と分け合いながら食べ終え、とぼとぼとまた歩き始めた。洗礼堂を一周し、ドゥオモとジョットの塔を見上げ、カリマラ通りのザラで白無地のTシャツとボクサーパンツと靴下を三セットずつ買った。店を出てそのまま通りを歩いているとアルノ川に行きあたり、ヴェッキオ橋の宝石店をウィンドウショッピングしながら向こう側に渡り、茶色く濁った川面でカヌーを漕ぐ人たちを眺め、小型犬のようなネズミが川のほとりを駆け抜けていくのを眺めた。昼になってもジェラートのせいで腹は減らず、昼飯抜きで安いホテルを探そうとしたが、時差ボケのせいだろうか、だんだん頭がぼんやりしてきて、今すぐにでも眠りこけてしまいそうになった。結局僕は昨日泊まったホテルにもどり、同じ部屋の同じベッドでそのまま意識を失った。
意識を取りもどしたときにはもう日が暮れていた。時計を見ると九時になるところだった。僕はそのまま朝まで眠ろうと思った。閉じた窓から通りの音がくぐもって聞こえる。ヒールの足音、酔っ払いのオペラ、若者のぎゃあぎゃあ騒ぐ声、瓶が割れる音、バイクや車のエンジン音やクラクション、絶叫する救急車のサイレン……。眠気はどこかに消えてしまった。散歩でもしようかと考えたが、億劫になってやめた。代わりにテレビを見ることにした。昔のアニメを見て、旅番組を見て、MTVを見て、昨日と同じ、服を抜いでいく女性の番組にたどり着き、昨日と同じようにトイレットペーパーを手に、いったい自分は何をしているのだろうか、と昨日と同じ悲しみに囚われた。
次の日はバールで朝食を済まし(エスプレッソとクロワッサンで二ユーロだった)、それから若者向けの旅行代理店に入ってみた。フィレンツェから日本までの航空券がいくらするのか訊こうと思っていたのだが、POMPEIと書かれたポスターが目に留まり、以前テレビで見た映像が脳裏に蘇ってきた。火山灰に飲み込まれた人たちが長い年月をかけて空洞と化し、そこから生まれた、しゃがみ込んで祈る石膏像や苦しみながら倒れている石膏像たち。僕はポスターの前で呆然となって立ち尽くし、店の人に声をかけられて意識をもどした。ナポリまでいくらかかるのか訊こうとしたが、声が出ないことが煩わしかった。店の人は理解して対応してくれた。ナポリまでの航空券は八○ユーロちょっとで、ナポリから日本までは五二〇ユーロだと教えてくれた。すぐにでもナポリに行くべきだろうか? 考えてみたが、まだ当分はフィレンツェにいようと思った。まだ何も起きていなかったし、何も起きないと判断するにはあまりにも早すぎる。しばらく経っても何も起きなければナポリに行くことに決め、Thank youとメモに書いて店を出た。
昼になり、僕は駅前のマクドナルドに入った。店の雰囲気もシステムも日本と変わらず、指さしと頷きだけで注文ができて助かった。味も変わらなかった。ハンバーガーは食欲を刺激するジャンクな匂いがしたし、もちろんジャンクな味がした。ポテトは塩辛く、冷めるとプラスチックみたいになった。ホットコーヒーはパンの焦げから作られているようだった。それでもその変わりない味や注文システム、包装紙や紙コップ、内装や雰囲気など、すべてが慣れ親しんだものに感じて、僕はイタリアにきて初めてほっとした気持ちになれた。
腹を満たしたあとは安いホテルはないかと探しながら、目についたこじんまりとした文具店に入った。棚を見ていると、くちなし色のノートが一際目を引いた。B5サイズにしてはすこし横幅が広いだろうか。紙はしっとりとして滑らかで、めくるだけで指が心地よかった。表紙の厚紙にはIl Quaderno dei Pensieriと書かれている。店のおじさんに訊いてみると、The Notebook of Thoughts(思考の書)と教えてくれた。惹かれるものを感じてそのノートを買うことにし、メモ帳と鉛筆と消しゴムとプラスチックの鉛筆削りを持ってレジに行くと、どうしてだかわからないが、店のおじさんは消しゴムと鉛筆削りをおまけしてくれた。僕は頭を下げた。おじさんはウィンクして僕の肩をぽんぽんと叩いた。
アルノ川沿いの道に二つ星のホテルがあった。受付で値段を尋ねてみると(さっそくメモ帳と鉛筆を使った)、一泊三五ユーロだと教えてくれた。僕は泊まることにした。部屋はビジネスホテルのように清潔でシンプルだった。六畳ほどの広さの半分を埋めるベッド、壁際にはテーブルと椅子とランプと小さな冷蔵庫。部屋の角に設置された棚にはまたしてもブラウン管のテレビがあった。僕はベッドに腰かけ、財布の中身を勘定してみた。四○○ユーロちょっと。それだけあれば一週間は過ごせるだろう。そのあとナポリに移動し、ポンペイ遺跡の石膏像を見て日本に帰る。それまで何をしようか? ベッドに横になって考えているうちに眠ってしまい、目が覚めたら夕方になっていた。僕は外に出て、近くにあった食料雑貨店でパンとハムとリンゴと水を買った。ふと財布がなくなったときのことを心配した僕は、帰り道のATMで一○○○ユーロ下ろし(残額はいくらも残らなかった)、外灯に照らされた川沿いの道を散歩してからホテルにもどり、左右の靴の中敷きに五○○ユーロずつ隠した。何だが馬鹿みたいに思えたが、これでもし財布がなくなったとしても、ナポリまで行き、日本に帰ることができる。中敷きがすこし浮いて違和感はあったが、その違和感が安心を意味するのだと思えば受け入れることができたし、歩いているうちにすぐに慣れもした。パンとハムとリンゴの夕食を済まし、僕はまたしても女性が裸になっていく番組を見て、またしてもトイレットペーパーを使うはめになった。三日つづけてそんなことをしたのは中学生のとき以来だった。そのうち番組の女性に自分が鼻息を荒くして電話をかけている場面を想像し(「プロント?」「プロント」「コメティキャーミ?」「タツキ」「タツキ、チャオ」「チャオ」)、イタリア語をその番組で覚えてしまうのではないかと思って一人で楽しくなった。そのおかげでいつもの悲しみはそれほど感じなかったが、くちなし色のノートの最初のページにはこう書いた。
――いったい自分は何をしにきたのだろう?
朝は残してあったパンを食べてからチェックアウトし、鞄を買おうと(ザラの袋はいつのまにか破けてしまっていた)サン・ロレンツォ教会近くの露天が並ぶ通りまで行き、中国製のバックパックを買った。登山用のもので黒一色。四○ユーロのところを五ユーロまけてもらった(声が出なくても値切れるものだ)。これで見た目は完全にバックパッカーになった。それからサン・ロレンツォ教会に入り、装飾を眺めてから長椅子に座り、一時間ほどぼんやりして過ごした。横を通りかかる人たちからちらちらと視線を感じたが、それはきっと自分の格好のせいだろうと思っていた。だけど祈りを捧げる人を見て、僕は自分の足を置いている段差が、本当は膝を置くためのものだと気がつき、自分の無知さ加減が恥ずかしくなった。逃げるように教会を出てからは街を散策し、マクドナルドで遅めの昼食を食べた。そのあとまた散策を再開し、インフォメーションセンターでユースホステルの場所を教えてもらった。
アルノ川の向こう側、昨夜泊まったホテルからさらに奥へ進んだところにユースはあった。それは由緒正しき屋敷といった建物で、ユースホステルにはとても見えなかった。入口を抜けると内庭につづいていた。中央に水の出ていない噴水があり、まわりの壁には石彫りの紋章がいくつも並んでいる。建物内に入ると、一変して現代的な(どこかマクドナルド的な)内装になっていた。受付にいた女の子はきょろきょろしながら入ってくる僕を見て、「Ciao」と笑顔で声をかけてくれた。鳶色のベリーショートがよく似合う女の子で、瞳もそばかすも髪と同じ鳶色をしていた。歳は僕と同じくらいだろうか。僕は声が出ないことをジェスチャーで伝え、メモを使って一泊の値段を尋ねた。彼女は嫌な顔一つせず、英語で丁寧に応対してくれた。部屋は個室と四人部屋と六人部屋の三種類あり、個室は三五ユーロ、四人部屋は二五ユーロ、六人部屋は二○ユーロだった。六人部屋を見せてもらうと、両側にシングルベッドが三つずつ並んでいるだけの簡素な部屋だったが、布団やシーツはぱりっとして清潔そうだったし、何よりテレビがないのがよかった。廊下にはナンバーキーのロッカーがあったが、これ、鍵しても開いちゃうんだよね、と彼女は実際に開けてみせてくれた。シャワーとトイレは別になっていて、どちらもきれいに掃除されていた。洗濯機と乾燥機も二ユーロで使える。僕は六人部屋に泊まることにし、五ユーロの朝食は断った。日本語にも対応したパソコンは無料で使え、電話は有料だった。僕はさっそくパソコンで叔父にメールを送った。日本を出るときは連絡なんてしないと思っていたけれど、たぶん僕は寂しくなっていたのだと思う。
――連絡遅くなってごめんなさい。無事フィレンツェに到着しました。
パソコンをいじっていると受付の女の子がやってきて、言い忘れちゃったんだけど、一二時から一四時までのあいだはここ閉まっちゃうんだよね、と舌をぺろりと出しそうな雰囲気で言った。僕は聞き間違えたのかと思って、一二時から一四時まで部屋に入れないってこと? とメモに書いて訊いてみた。そう、一二時から一四時までのあいだは、と彼女は言った。ほら、みんなお昼食べに帰るから。
ユースの向かい側にはIL CASTELLO LUNAREという中華料理店があった。何となく名前に惹かれて夕食をそこで食べた。あまりきれいな店とは言えなかったけれど、味は悪くなかったし、値段も安かった。テイクアウトもできるみたいで、昼食によさそうだった。
眠る前、くちなし色のノートにはこう書いた。
――何かが起きそうで、何も起きない。僕は何を期待しているのだろう? たぶん自分から行動しなくてはいけないのだ。何か始めなくてはいけない。でも、いったい何をすればいいのだろう?
朝のシャワーは混んでいて、やっと使えたのは一○時過ぎだった。それからパソコンでメールをチェックすると、叔父からの返事が届いていた。
――大丈夫そうでよかった。夜中はあまり出歩かないように。恐い人もいるだろうから。それじゃあ楽しんで。また連絡待ってます。
そのころには僕の頭に、何をすればいいのか、一つの案が月のようにぽっかり浮いていた。
受付には昨日のショートヘアの女の子が立っていた。「Ciao」と彼女は人懐っこい笑顔で挨拶し、僕はぺこりと頭を下げた。よく眠れたか訊かれたので頷いて答えると、彼女はどうしてだか笑った。それから僕はセロハンテープを貸してもらえないかと訊いてみた。「Certo」と女の子はテープを渡してくれ、僕は地図の折れ目を補強した。その様子を見ていた彼女は、地図ならたくさんあるよ、と言ってくれたが、僕はこの地図でいいんだと答えた。大切な地図なんだね、と彼女は言った。別に大切な地図でも何でもなかったのだけど、彼女のその言葉によってその地図が大切なものになったような気がした。僕は地図にある道を全部歩いてみるのだと身振り手振りで説明した。彼女は「Wow」と驚き、ならこれで道を塗って、と黒のマジックペンをくれた。僕はそのマジックとメモを使って、Thank youはイタリア語でどう書くのか訊いてみた。彼女はGRAZIEと書いてくれた。僕はその下にGRAZIEと書いた。彼女はMY PLEASUREと書き、地図が完成したら見せてね、と言った。僕は約束した。
バールでエスプレッソとハムサンドの朝食を済まし、ヴェッキオ橋を渡り、シニョリーア広場から作業を始めることにした。地図の北にはリベルタ広場、南にはボーボリ公園、東にはベッカリア広場、西にはヴェスプッチ橋がある。三日もあれば十分だろうと予想したが、実際に歩いてはマジックで塗り潰すという作業をやってみると、意外と時間がかかることがわかった。僕は地図を四ブロックに分け、一日一ブロックをノルマにした。
二時になるころには疲れたのでユースにもどった。IL CASTELLO LUNAREでチャーハンをテイクアウトし、ユースの食堂で地図を眺めながら食べていると、受付の女の子がやってきて地図を眺め、まるでクモの巣みたいだね、と言った。確かにそう見えなくもなかった。僕はメモにActually I’m Spidermanと書いた。彼女は「You are?」と訊き、僕は手のつけ根からクモの糸を出すまねをした。もちろん糸は出なかったから、僕はおかしいなという具合に手を振った。彼女は声を出して笑ってくれた。そのあと僕は部屋にもどって仮眠を取り、四時からまたノルマの一ブロックを完成させるために街を歩いた。歩いては地図を塗り潰すという作業をしながら、僕は自分がクモなのだと想像し始めた。巣を張って獲物がかかるのを待つクモのように、僕は何かが起きるのを待っているのだ。
それから三日間は街を歩きまわって地図を塗り潰していく作業に没頭した。くちなし色のノートにはこんなことを書いた。
――みんなは何を考えて生きているのだろう。何を理由に生きているのだろう。僕には自分が生きている理由がわからない。何をしたらいいのかわからない。才能のようなものを自分の中に探しても見つからない。僕の中には石しかない。それ以外は空白だ。誰かに教えてもらいたい。おまえはこういう理由で生まれてきたんだ、おまえはこういうことをするために生きているんだ。でもそんなことを言ってくれる人はどこにもいないし、もしいたとしても僕は疑ってしまうだろう。だから結局は自分で探さなければいけないのだ。自分で見つけなくてはいけないのだ。でも、そうとはわかっていても、手がかりすら見えてこない。僕は何もしていない。僕はただ生きているだけ。
――どうやってみんなは進路を決めたのだろう。自分のやりたいことがわかっていたのだろうか。たぶんそんなことはない。本当にやりたいことをわかっているのは一部だけで、ほとんどの人はわからないまま進路を決めたのだろう。とりあえず、と言って。僕もとりあえずイタリアにやってきた。何かが起きることを期待して。自分がやるべきことが見つかることを期待して。僕は他人に期待しないようにしている。でも自分にはまだ期待しているのだ。僕にも何かできることがあるはずだ。それを探しださなければいけない。でも、もしその期待すら消えてしまったら、僕はどうしたらいいのだろう? 自分が狂うところは想像できない。
――地図を塗り潰しているときにふと考えた。僕は自分の中にある石を捨てるためにここまできたのではないか、と。でもどうやったら捨てることができるのか見当もつかない。それに石を捨てたがっている自分もいるが、石がある理由を知りたがっている自分もいるのだ。どうして石があるのか、何を意味しているのか。誰かが本の中でこう言っていた。生きている理由を考えることは、道端にある石がどうしてそこに在るかを考えることと同じだと。考えても仕方がないってことだろう。それでも僕は考えてしまう。どうして石が僕の中に在るのか。石とは何か。石の街を歩きながら、僕は考えている。
作業を開始してから四日目の昼過ぎのことだった。ユースの受付の女の子が、レプブリカ広場にあるバールの外に置かれたテーブル席に一人で座っていた。僕はほぼ塗り終えた地図を見せようと思ったが、彼女が手紙を読みながら今にも泣きだしそうに見えて足をとめた。そのまま放っておいてあげよう、僕がそう思ったとき、彼女が顔を上げた。僕に気がついた彼女は、隣の椅子を引いて僕に座るように言った。僕はウェイターに彼女が飲んでいるものを指さし、自分の分と彼女のおかわりを頼んだ。ホットチョコレートだった。いつから声が出ないのかと彼女は訊いた。僕はメモを出し、フィレンツェにきてからだと書いた。そんなことってあるかな、と。わからないけど、と彼女はしばらく考えてから口を開いた。不思議なことは起きるものだよ、と。僕は外で寒くないか訊いた。彼女は首を振り、寒いところで温かいものを飲むのが好きなの、と答えた。寒いときにジェラートが食べたくなるのと同じだと書いたら、それは違うんじゃないかと彼女は静かに笑った。僕は彼女の話を聞いてあげたいと思った。何か辛いことがあったように見えたから。彼女はおもむろに両手をテーブルに出して手の平を上にし、鳶色の瞳で僕の目をじっと見つめた。僕は促されるようにして彼女の手に自分の手を重ねた。彼女の手は冷たく、僕は自分の手が温かいことをどうしてだか恥ずかしく思った。彼女は僕の手をきゅっと握ってくるりと返し、僕の指でピアノを弾き始めた。僕は彼女の細くて長い指の動きを見ていた。それから彼女の鳶色のまつ毛を、そばかすを、ハミングする薄い唇を。彼女のすべてが唐突に僕を満たしていく。まるでコップの上でバケツをひっくり返すようにして。僕は手を引いた。そんなことしてはいけなかったのだ。でも後悔しても遅かった。薄い唇から漏れていたハミングがはたとやむ。何の曲か訊いても彼女は答えてくれず、英語でぽつりと謝り、席を立ってしまった。
その夜、僕は夢を見た。久しぶりに見たせいだろうか、自分が夢の中にいることをまったく意識できなかった。僕はユースの食堂で地図を眺めている。その地図の道という道はすべて黒く塗り潰されているように見える。だが一か所だけまだ塗られていない道が残っていた。シニョリーア広場傍のオリーブの木があるところから繋がっている道だった。歩いて塗り潰さなくては、と思うと場面がぱっと変わり、僕はそのオリーブの木の脇に立っていた。外灯の光がオリーブの木を照らしている。僕の目の前には高い壁に挟まれた外灯のない暗い道が伸びている。先は見えず、どこに繋がっているのかはわからない。僕は壁に手をあてながら道に踏み込んだ。しばらく進むと辺りがぼんやりと明るくなり、道が直角に折れているのが見えた。夜空を見上げると月が出ていた。まん丸い白い月。……見たことのある月だ、そう思った瞬間、また場面が変わり、僕は祖母の家の縁側に座って同じ月を見ていた。僕は子どもにもどり、小学校の入学式に着た服を着ている。縁側を通り過ぎていく黒い影が手を伸ばし、僕の頭や肩に触れていく。彼らの手から逃れようと僕は庭に降り、池の縁まで行き、また月を見上げた。しばらくすると月は徐々に大きくなり、模様が薄れ始めた。瞬きを忘れて見入っていると、頬に雨を感じた。雲のない空からでも雨は降るのかな? 子どもの僕は疑問に思った。月はなおも大きくなり、いつしか模様は消え、一つの空白に変わっていた。そして夜空を飲み込み、僕を飲み込んだ。
目を覚ました僕は、今見たものを夢だとすぐにはわからなかった。祖母の家の庭にいたのは夢ではなく、実際にあったことだったからだ。母の葬儀の晩だった。雲のない夜空から雨が降り、僕は空白に飲み込まれた――
僕は服を着替え、バックパックを背負って外に出た。空には夢で見たのと同じ月が出ていた。まん丸い白い月。けれどいくら見つめても大きくなることはなかった。僕はアルノ川沿いを歩き、オリーブの木があるところまで行った。そこには夢で見たような道なんてなかった。木の隣はただの壁だった。僕はその石の壁に触れ、何度か拳で叩いた。手が痛むだけでもちろん何も起きない。僕はそのまま夜の街を歩き始めた。目に入るのは外灯の明かりばかりで、それすらも意識していなかった。
空白に飲み込まれた幼い僕は、母を求め、母のことを想った。その想いは細胞分裂するようにして空白を満たし、目を覚ましたときには僕の中に母がいた。それは記憶や思い出といったものではない。皮膚の中に骨を感じるように、僕は自分の中に母を感じたのだ。それからずっと母は僕の中にいてくれた。だから僕は生きていくことができたのだと思う。眠れない夜、子どもが母親の布団に潜り込んで眠るように、僕は自分の中にいる母の腕に抱かれて眠りについた。でもいつしか母はいなくなり、自分の中に母がいたことすら僕は忘れていたようだ。そんなことがあるだろうか? 僕は夜の街を歩きながら考えた。そうして一つの答えにたどり着いた。忘れたのではなく、消えていたのだ、と。僕の中にいた母は消え、母がいた記憶すら消えていたのだ。膝から剣の形をしたアザが消えたように、大事にしていたお守りが消えたように、声が消えたように。
そして今、僕の中には石があった。僕はその石を引っ掴み、どこかに投げ捨ててやりたい衝動に駆られた。けれど何かを思いだしそうな気がして、僕はその石に触れることができなかった。だから石を蹴飛ばした。でもそんなことをしても無駄だった。石を蹴飛ばしても(おそらく投げ捨てても)、僕の中にあることには変わりないのだから。
僕は実際に道に転がった石を蹴飛ばしていたようだ。その石があたってしまったのだろう、三人の男に囲まれた。もしかしたら僕よりも年下かもしれない。一五か一六か。キャップとニット帽と帽子なしが僕の顔を覗き、唾と一緒に無数の言葉を飛ばしてきた。ここはどこだろうと僕は辺りを見まわしたが、何も見えなかった。すべての色や輪郭がぼやけていた。僕は眼鏡をしていなかった。いったいいつから? 思いだそうとしたがうまくいかなかった。裸眼では一メートルを超えると途端に見えなくなる。それでも男三人の顔は見えたし、キャップ帽が僕の、眼鏡がないことに気がついたときの動作をまねするのも見えた。三人は甲高い声で馬鹿みたいに笑った。僕は無視して行こうとした。でも帽子なしが僕の腕をぎゅっと掴んだ。僕は帽子なしの腕を掴みかえし、骨を折ってやるつもりで力を込めた。とはいえ僕の力では鉛筆だって折れやしない。すっとニット帽が僕のポケットから財布を抜きとった。「おい」と僕は声を出そうとしたが、開いた口から出たのは勢いのある空気だけだった。キャップ帽がまたまねをして笑いが起こった。ニット帽は札を抜き、財布を足元に捨てた。まるでゴミを捨てるように。帽子なしが手を放したので僕も放した。近くに手頃な石でもあれば、三人を殴り殺していたかもしれない。それくらい僕は腹が立っていたし(母を忘れていた自分に対してだ)、頭には血が上っていた。しかし僕の目には足元に落ちている財布以外何も見えなかった。
ユースにもどるころには、眼鏡をかけて外に出たことをほぼ確信していた。バックパックを持って出ているのに眼鏡を忘れるわけがない。それでも一応僕は部屋を探し、トイレを探し、シャワールームを探し、食堂を探し、受付にいた夜勤の男にも訊いてみた。男は無愛想に「No」と言った。僕は食堂の椅子に座り、地図を広げた。まだ塗られていない道がいくつかあった。けれども地図を完成させることなんてもうどうでもよかった。僕はさっさとフィレンツェから出ていきたかった。完成した地図を見せる約束は果たせそうにない、そう思うと胸に苦い味が広がったけれど、僕は本当に今すぐにフィレンツェから離れたかった。
時計は五時を指していた。僕はユースを出て、サンタ・マリア・ノヴェッラ駅へと向かった。空は暗く、街はまだ外灯の明かりの中で静かに眠っている。僕は冷たい空気で肺を満たし、白い息を吐きだした。それはフィレンツェに告げる、僕からの別れの挨拶になるはずだった。駅に着き、券売機でナポリまでの切符を買おうと思い、片方の靴を脱いで隠していた五○○ユーロを取りだそうとしたところで、僕は自分の目を疑うことになる。五○○ユーロが消えていたのだ。もう片方の靴の五○○ユーロも消えていた。意味がわからなかった。靴底からどうして金が消えたりする? ずり落ちるなんて考えられない。可能性としては誰かに盗られたとしか考えられないが、そんなことあるだろうか。寝ているときぐらいしか靴は脱がないし、そもそも靴底に金が隠してあるなんて誰が想像するだろう? 金を入れたのは確か二番目のホテルだったから、誰かに見られていたわけでもない。靴を盗むならまだわかる。でも靴底から金だけを盗むなんて……、いやいや、そんなことを考えている場合ではない。理由はわからないが、金は消えたのだ。大事なのはこれからどうするかを考えることだ。財布には三ユーロちょっとしかなかった。僕はATMに行き、残高を調べた。四○ユーロと二五セント。心が折れそうになるのをどうにか堪え、とにかく四○ユーロ下ろした。これで所持金は四三ユーロちょっと。急に寒気がし、落ち着くためにも駅のバールに入り、コーヒーを注文してテーブル席に座った。これからどうしたらいいのだろう? 叔父に電話をかけて口座に入金してもらうのが一番まともな方法に思えた。問題としては僕がその案に乗り気でないことだった。それでも他にいい案は思いつかない。公衆電話から日本に電話をかけられるのかどうかわからなかったので、電話屋(街には貸し電話を商売にしている店がいくつもあった)が開くまでこのまま待つことにした。苦いコーヒーを飲み、バックパックを胸に抱いて僕は目を閉じた。
飛行機に乗っていたときに、岩底の暗闇に飲み込まれていく自分の姿を思い描いたが、まさに今、暗闇に飲み込まれようとしている自分の姿があった。僕はフィレンツェにやってきて街を歩き、暗闇の中を手探りで進んでいるつもりになっていたが、実際にはまだ飲み込まれていなかったのだ。今の僕は手足を使って岩にしがみついている子どもの僕と変わりなかった。あのときの僕はうまく逃れることができたが、今度の僕は逃れられるだろうか? そんなことを考えたが、心のどこかには、暗闇に飲み込まれなくてはいけないのではないか、と考えている自分もいた。
一○時過ぎにバールを出て、電話屋に行った。店員に使い方を教えてもらい、家に電話をかけた。コール音が鳴る。馬鹿みたいだけど、僕は女性が裸になるあの深夜番組を思いだして、彼女に電話をかけているような気持ちになった。
「プロント?」
「プロント」
「コメティキャーミ?」
「タツキ」
「タツキ、チャオ」
「チャオ」
留守番電話に切り替わった。メッセージを吹き込もうとしたところで、電話がまったく意味をなさないことに気がついた。僕は声が出せなかったのだ。床が抜け落ちるようなショックがあった。だけど店に置かれたパソコンを見て、電話が駄目ならメールを送ればいいのだと思いついた。僕は日本語対応のパソコンを借りて、メール画面を開いた。叔父からのメールが三件も入っていた。
――元気か? フィレンツェはどうだ? 教会や美術館にできるだけ入って見られるものを見ておくのがいいと思う。寒いだろうから温かくして。
――ドゥオモのクーポラには登ったか? 一度は登っておいてもいいと思う。あとウッフィッツィ美術館には行ったか? おせっかいだね。とにかく楽しんで。
――連絡がないってことは元気にやっている証拠だろうと思うんだけど、心配してる。連絡してほしい。待ってる。
僕はメールを書いた。
――太月です。お金に困っています。できるだけ早く振り込んでもらえないでしょうか? 迷惑かけます。お願いします。
電話屋を出て街を歩いた。眼鏡がないせいで何もかもがぼやけて見えた。道を歩く人々は幽霊みたいで、触れようとしても触れられないような気がした。誰かが夢を見ているのだ、そんなことを思った。僕はその誰かの夢に出てくる登場人物に過ぎないのだ。あるいは映画かもしれない。小説かもしれない。何にしても自分が現実の世界に存在しているようには思えなかった。僕がここにいても、ここにいなくても、何も変わらない。街は僕抜きで動いている。僕がもし道の真ん中で倒れたとしても誰も気がつきやしないだろう。僕が誰のこともはっきりと認識できないように、誰も僕のことを認識できないだろうから。
誰かと話がしたかった。誰かに僕がここにいることを感じさせてもらいたかった。思いついたのはユースの受付の女の子。僕は彼女を求め、アルノ川沿いの道を歩いてユースまで行った。でも彼女はいなかった。受付にいた無愛想な男に訊いてみると、「She lost」と彼は言った。よく意味がわからず、どこで彼女は道に迷っているのかと訊いてみたが、彼はただ首を横に振るだけだった。その様子を見て、彼の言った言葉の意味がわかったような気がした。彼はこう言ったのだろう、彼女はいなくなったのだ、と。あるいは彼女は何かを失ったのだろうか。何か大切なものを? 僕にわかるのは、剣の形をしたアザが消え、お守りが消え、母が消え、母が自分の中にいた記憶が消え、声が消え、眼鏡が消え、靴底から金が消え、そして彼女が消えたということだけだった。僕はユースを出た。東の空が暗くなり始めていた。ATMに行き、二五セントすら消えているのではないかと残高を調べた。二五セント。僕は二番目に泊まったホテルで部屋を取り、さっそくテレビをつけた。しかし時間が早いせいか、まだあの番組はやっていなかった。すこし眠ることにした。
眠りの世界に足を踏み入れながら、僕はこんなことを思った。受付の女の子が消えたのは、僕のせいなんだ、と。完成した地図を見せる約束を僕が守らなかったから、彼女は消えてしまったのだ。
目を覚ましたら外はすっかり暗くなっていた。テレビを見る気はしなかった。僕はコートを着てバックパックを背負い、外に出た。地図を手に持ち、まだ塗り潰されていない道をくまなく歩いた。それから意識して歩かないようにしていた道へと向かった。叔父が若いときに世話になったというパン屋がある道だった。僕はほんの小さな希望を感じていた。もしかしたらパン屋のおやじが航空券代を貸してくれるかもしれない。貸してくれないにしても店で働かせてくれるかもしれない。僕は掃除をしたり生地をこねたりしている自分の姿を想像した。でも、そんな簡単に行くわけがない、そうも思った。やはりその通りで、パン屋なんてどこにもなかった。パン屋らしき店もなかった。僕は道の名前が書かれた看板を目を細めて確認したし、何往復もし、辺りを歩きまわりもした。パン屋も消えたのだ、そう思わずにはいられなかった。僕はこれが最後だと思いながら銀行口座を調べた。二五セント。自分がすべて悪いのだと知りながらも、叔父に裏切られたような気持ちになった。僕はいつのまにか他人に期待してしまっていたようだ。
シニョリーア広場のベンチに座り、マジックで地図の道を塗り潰した。地図は完成した。それは受付の女の子が言ったように、クモの巣のようだった。そして僕はクモなどではなく、獲物のほうだった。一度捕まってしまえばもうどこにも行けやしない。
「誰か」について考えた。僕から大切なものを消し去った、あるいは奪いとった「誰か」。僕を窮地に追い込み、苦しんでいるところを見てほくそ笑んでいる「誰か」。その「誰か」が次に盗るものが何か、僕にはもうわかっていた。さっさと盗ればいい、もう十分楽しんだだろう、さっさと終わりにしてくれ、僕はそう思い、足元にあったビニール袋を蹴飛ばそうとした。でもその白く見えたものはビニール袋ではなく、鳩だった(たぶん鳩だった)。驚いた鳩は北に向けてまっすぐに飛んでいった。僕は歩き始めた。鳩を追うようにして、北に向けて。
外灯が道の上に光のプールを作っていた。ピンクがかったオレンジ色のプール。僕の後ろに現れた影は、外灯の下で僕と一つになり、次の瞬間には前を行き、辺りに消え、また後ろに現れ、一つになり、また前を行き、再び消える。そして気がついたら僕は公園にいて、目の前にはゴミ箱があった。小型車くらいの大きさをしたゴミ回収箱。僕は蓋を開けて手に持っていた地図を捨てた。そして僕自身、中に入った。体が冷え切っていたからすこしでも暖を取るために……、いや、そうじゃない。僕はもう歩きたくなかっただけだ。疲れ切っていた。冷えは骨にまで届き、ゴミ箱に入ったところで何も変わりやしない。僕はひどい臭いの中、膝を抱えて丸くなった。
自分が死ぬところを何度も想像してきた。原っぱや花畑で死ぬときもあれば、雪原のときもあった。海や山のときもあれば、洞窟のときもあった。僕はいつもどこか遠くの場所で、一人になって死んでいった。世界地図を部屋の壁に貼ってからは、様々な場所で死んでいくところを想像した。ニューヨークの路地裏やニューデリーの道端では空腹に身を捩らせながら死んでいった。エアロックからは飛び降り、キラウエア火山では飛び込んだ。モンゴルでは横になったまま草原に飲み込まれ、マダガスカルではくりくりした目の動物に見送られた。マリアナ海溝では重石を身につけ、ツバルでは島と共に沈んだ。サハラ砂漠では夜の寒さに震えながら、砂丘を燃やすように沈んでいった夕日の記憶に慰められ、グリーンランドでは寒いはずなのに体が燃えるように熱くなり、裸になって倒れたときにフクロウの鳴き声を聞いた。いつでも空には月があった。昼の月に夜の月。僕はさよならを言いながら死んでいった。
ゴミ箱はさすがに想像しなかった。でも考えてみると、自分には似合いの最後だとも思えた。朝になってゴミ回収車がやってくる。車体についたアームでゴミ箱を持ち上げ、ひっくり返して中身を荷台に移す。収集人に気づかれることなく、僕もゴミと共に荷台に移り、ぎゅうっと圧縮され、ゴミ処理場で燃やされる。そんなことを考えて無性に笑いたくなったが、顔はすっかり凍りついていた。
凍りついた頬に固い石のようなものがあたっていた。僕は思った。僕の中にある石は僕の一部が死んでできたものだ、と。母が僕の中から消えたとき、僕の一部が死に、それが石になったのだ。体全体が冷えて石のように固くなっていくのを感じた。叔父のことを思った。叔父は僕を育てる義務なんてないのに(叔父にしたら僕は姉の息子でしかない)、僕を育ててくれた。僕は何を考えているのかよくわからない子どもだったと思う。胸にあることを一つも明かさなかったのだから。それでも叔父は僕が話すのをいつまでも待ってくれているようだった。いつでも話があれば話してほしいと叔父は言っていた。何でも話してほしい、と。僕が死んだら叔父はどうなるだろう。今まで通り生きてくれるだろうか?
僕は自分の中に温かいものを探し求め、シナモンロールを焼いたときのことを思いだした。材料を量り、大きなボールで混ぜ合わせ、生地をこね、寝かせ、麺棒で伸ばし、バターを塗り、グラニュー糖とシナモンを振りかけ、ロール状に巻き、切り分け、熱したオーブンに入れる。焼き上がった生地とシナモンの香り、最後にかけたとろりとした砂糖液の甘い匂い。叔父と作ったのだ、叔父の働いていた店で、一度に百のパンが焼けそうなくらい大きなオーブンで、朝早くから、僕が子どものときに。その思い出は僕を内側から温めてくれたが、すぐに熱を失ってしまった。僕はあのとき、おいしいなんて言わなかったと思う。僕は可愛くない子どもだった。僕は、本当に――
さよならを言おうとしたとき、突然、ゴミ箱の蓋を叩く音が鳴り響いた。最初はカラスが降り立ったのかと思った。あるいは猫か何かが。しかしどちらでもなかった。誰かがゴミ箱の上に乗っていたのだ。僕は息をとめて耳を澄ました。音はなかった。どうやら一人だけのようだ。僕の頭は疑問符でいっぱいになった。酔っ払いだろうか? いったい何をしているのだろう? 夜中にゴミ箱に乗ってすることなんてあるだろうか? 僕がゴミ箱に入るところを見ていたのだろうか? それとも幻聴だったのだろうか? じゃり、と靴底についた石が擦れる音がした。幻聴ではなかった。確かに誰かがゴミ箱の上に乗っていた。もし僕を怯えさそうとしているのであれば十分に成功していた。僕はがちがちに怯えていた。そのうちひどい足音が鳴り響くに違いない。それから笑い声と地面に降りる音がつづき、そいつは僕をゴミ箱から引きずりだすだろう。抵抗することもできずに蹴り殺される自分の姿がすぐそこにあった。僕は思った。「誰か」は本当にいたのだ。僕から大切なものを奪っていった「誰か」。そいつが僕の命を盗りにきたのだ。
僕は目を閉じて息を抑え、身動き一つしなかった。「誰か」がどこかにいなくなってくれることを心から願った。でも「誰か」はずいぶん長いあいだゴミ箱の上に立っていた。実際には数分だったのかもしれない。だが僕にとっては恐ろしく長い時間のように思えた。やがて地面に降りる音が聞こえた。しかし去っていく音は聞こえない。「誰か」はじっとゴミ箱を見ているようだった。ゴミ箱の中にいる僕を見ているようだった。僕は蓋の裏側部分に引っ張れるところがないか探ろうとしたが、腕を持ち上げることができなかった。自分の腕ではなく、凍りついた枝のようだった。
棺桶を開けるようにして蓋が開けられた。外灯の光が水のように浸入してくる。勝手に僕は「誰か」とクモを結びつけて考えていた。だが「誰か」は人の形をしていた。正確に言えば、人の形をした「影」だった。
2
僕は荒れた海に浮かぶ一塊の藻くずだった。襲いかかる波は僕をばらばらに分解しようとし、空高く持ち上げ、海面に叩きつけ、ずぶずぶと飲み込んだ。どうにか浮上したとしても、寒さや体の痛み、渇きを感じるだけで、自分のいる場所に思いが行く前に容赦なくまた波に飲み込まれ、深くふかく引きずりこまれた。
海の底で、僕は幼いころの夢を見た。
部屋の明かりを消して、窓の外から届くネオン管の光を眺めるのが好きだった。けれど、夢の中にいる僕にはその光が灰色にしか見えなかった。天井も、壁も、家具も、窓から見える騒々しい街の風景や狭い空も、すべてが灰色に塗り潰されている。いや、その中で一つだけ、色のついたものがあった。母が誕生日にくれたジグソーパズルだ。不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫を描いたもので、にんまりした口が怪しく緑に光っていた。
そのチェシャ猫には片方の目がなかった。ピースが一つ欠けていたのだ。僕は外に出たときでもそのジグソーパズルをやっていたから、母はどこかでなくしたのだろうと言ったけれど、最初からピースは一つ欠けていたのだ。初めて気がついたのは家の中のことで、それ以前に外に持ちだしたことはなかった。僕は家中を探しまわってすべてのものをひっくり返した。布団や敷き物、棚という棚、引き出しという引き出し、本や雑誌のあいだ、洗濯カゴや洗濯機、冷蔵庫の中と下、黄色い長靴(僕のお気に入りだった)や母のブーツの奥まで探した。どこにもなかった。最初からなかったのだと思わずにはいられなかった。母が帰ってきたときにそう言っていれば、なくしたなんて言われずに済んだのかもしれない。でも疲れて帰ってきた母を見て、僕は言えずにいた。
海の底で最後に見たのは、ピースが足りないことが母にばれたときの夢だった。ファミリーレストランの四人掛けのテーブル席で、僕と母は向かい合って座っていた。
まず角の四つのピースを探しだす、と母は読んでいた本を閉じて言った。
僕は言われた通りに四つのピースを探しだした。
今度はそれに平らなピースをくっつけてコップの縁を作る、母はそう言い、タバコに火をつけた。
コップの縁? 僕は疑問に思いながらも、平らな部分があるピースを探しだし、角の四つと繋げてコップの縁を作った。
母は短くなったタバコを灰皿に捨て、アイスコーヒーを飲み、窓ガラスを伝う雨粒を眺める。
僕は火がちゃんと消えるようにタバコをぐいぐいと灰皿に押しつけてから、ジグソーパズルのつづきに取りかかった。
母はパズルの空いた場所に、ストローを使ってアイスコーヒーをぽたぽたと垂らす。まるで埋めるべき空白を示すように。
僕はアイスコーヒーを紙フキンで拭きながらピースを埋めていく。
コップの縁を教えてもらったおかげでいつもより早くできあがっていくことに僕は興奮していたのかもしれないし、母にやり方を教えてもらえたことが単純に嬉しかったのかもしれない(母が何かを教えてくれるなんてほとんどなかったから)。どちらにしても、いつもなら途中でやめるところを僕はつづけてしまった。
最後の空白(チェシャ猫の片方の目だ)にアイスコーヒーがぽたぽたと垂らされる。でも僕の手元にピースは残っていない。
どこかでなくしたみたいね、と母は言う。
違う、と僕は言いたかった。最初からなかったんだ、と。
その夢を最後に、海面に顔を出すようにして僕は目を覚ました。
壁の高いところに小さな窓があった。そこをヒールの足音と共に人の脚の影が横切っていく。僕はぼやけた頭で、灰色の光が差し込むその窓をしばらく眺めていた。ヒールの音が消えてしまうと、車のタイヤの音が海中の響きのように聞こえてきた。僕はまだ波間に浮かぶ藻くずだった。だがいくらか時間が経つにつれて、藻くずが集まって自己というものを形成し、自分の手で自分の頬に触れ、自分が泣いていたことを知るまでにいたった。ピースが欠けていたことに僕は傷ついていたのだろうか? そんなことを思い、そのあとになって、ここはどこだろう? というまっとうな疑問がやってきた。眼鏡を探したが見つからなかった。僕は細めた眼をまわりに向けた。牢屋のような殺風景な部屋だった。外光のせいで灰色に見える白い天井と壁と床、ぶらさがった裸電球と一部崩れた壁から覗くレンガブロック。家具といえば、イケアやニトリで売っていそうなシンプルなベッドとサイドテーブルだけで、ドアの代わりに格子になっていれば牢屋そのものだ。
僕はサイドテーブルに置かれた水を飲み、壁を背もたれにして天井近くの窓をまた眺めた。海を漂うように頭はまだゆらゆらと揺れていたが、気分は悪くなかった。僕はそのゆらゆら揺れる頭の中でもう一度言っていた。ここはどこだろう? そのときになって気づいたのだけど、僕は白と灰色のしましま模様のパジャマパンツをはき、灰色のトレーナーを着ていた。両方とも自分のものではなく、両方ともサイズがすこし小さかった。落ち着くように僕は自分に言い聞かせ、再度、ここはどこだろうと問いかけた。
どこかの(誰かの)家の一室なのは明らかだった。病室のようには見えない。牢屋のようだが牢屋ではない。僕はあらためて部屋を見渡した。がらんとした部屋の隅に、湯が流れる暖房器具があった。そのおかげで部屋は暖かいのだろう。それから高いところにある窓から脚の影が見えたことを思いだし、ここが半地下の部屋なのだと気がついた。
僕は記憶を遡ることにした。とはいっても最近の記憶はばらばらになっていて、時制を整えるだけでも一苦労だった。僕は日本を出るところから思いだすことにした。コンビニに行くような格好で飛行機に乗り込み、フィレンツェの空港に到着早々声が消え、ホテルでは女性が服を脱いでいく番組を見た。ふいにユースの受付の女の子のことを思いだして僕の胸はちくりと痛んだ。眼鏡がなくなり、靴底から金が消え、叔父の振り込みはなく、地図が完成し、外灯が作る光のプールをいくつも歩き、目の前にあったゴミ箱に入った。それから……、それから「誰か」がゴミ箱に乗って僕を怯えさせ、棺桶を開けるようにぎぎぎと蓋を開けた。そうだ、そこには「影」が立っていて、声が出ないにもかかわらず僕は馬鹿みたいに叫んだのだ。
床には僕の靴が揃えて置いてあった。まるで身を寄せ合って眠る二匹の子犬のように。その傍にバックパックと洗濯された服が畳まれてある。僕は靴を履いて立ち上がろうとした。その途端、頭蓋骨が砕けてしまうような眩暈がやってきた。あまりの唐突さと衝撃のため、僕は後ろ向きにベッドに倒れ、後頭部を壁にしこたまぶつけた。今度こそ頭蓋骨が砕けたと思った。でもどうやら無事だったようで、今の音で誰かくるのではないかと考えたが、誰もやってこなかった。
僕はゆっくり立ち上がり、息を整え、ドアまで行った。もし鍵がかかっていたらどうしようかと思いながら(そんなことがあればホラーが始まってしまう)、ドアノブをまわした。鍵はかかっていなかった。部屋を出たらダイニングに繋がっていて、シンプルなテーブルと四脚の椅子があった。すぐ傍に玄関ドアがあり、壁には花が描かれた絵画が二枚(よく見てみると一枚は石のモザイク画だった)、その隣の掛け時計の針は一○時を指していた。午前の一○時だろう。家には誰もいないようだった。キッチンの奥の扉からくすんだ光が差していた。その扉のガラス部分の曇りを拭うと庭が見えた。僕は扉を開けて外に出た。五、六階建てのいくつかの建物に囲まれてできた中庭だった。それぞれの建物の一番下に住む人が使っているのだろうか。植えられた木のせいでどうなっているのかはよく見えない。鳥の鳴き声以外に音はなかった。建物に囲まれているからだろうか、空を見上げると、コップの底から見上げているように感じた。今にも水が継ぎ足されそうな雲行きだ。
隣の庭とを分ける茂みの下から、白と茶の混じった長い毛をした猫が現れた。優雅な尻尾を立てながら近づいてきて、知り合いに挨拶するみたいに僕の脚に頭を擦りつけた。撫でてやるとごろりと腹を見せ、喉をごろごろ鳴らし始めた。その青く澄んだ瞳は人を疑うことを知らず、ぴんと立った耳は悪意なんて言葉を聞いたこともないのだろう。首輪はしていなかった。それぞれの庭の持ち主に、王女のように愛されている様子が目に浮かぶ。コップの底の王女さま。
僕は幼いとき、アパートの裏庭で母に隠れて猫を飼おうとしたことがある。尻尾が直角に曲がり、先がぼんぼりみたいになった猫だった。僕は段ボールで家を作り、タオルを敷き、雨で濡れないように傘を立てかけた。でも猫は二、三日もするといなくなってしまった。僕は何日も、どうして、どうして、と考えた。考えた答えはどれも慰めにはならなかったけれど。
人懐っこい猫は撫でられるのに満足したのか、ゆったりとした足取りで茂みを越え、次の庭を訪問しに行った。僕は立ち上がり、家の中に入ってトイレを済ました。鏡を見る気はしなかった。どうせ惨めな顔が映っているだけだろう。それから部屋にもどって服を着替え、パジャマを畳み、バックパックを見つめ、このまま出ていっても構わないのではないかと考えた。でも、どこに行く? 行き先なんてなかった。またあのゴミ箱にもどるわけにもいかない。僕は壁にもたれて座り、窓を眺めた。脚の影が見えることを期待したが、雨が降り始めたせいか、窓の外を歩いてくれる人はいなかった。急に唇が震えだした。つづいて肩が。膝を抱いたが、震えはあっというまに体全体に広がった。僕は自分の中に石を感じた。藻くずのようにばらばらになったときに消えてしまえばよかったのに、石は律儀にまだ僕の中にあった。
どうにか気分を落ち着けてからシャワーを借りた。シャンプーや石鹸を使っていいかわからなかったので、熱い湯を浴びながら手でこすって汚れを落とした。ホテルのタオルで体を拭き、ドライヤーで髪を乾かす。歯を磨くと歯茎から血が滲んだが、気分はいくらかさっぱりしていた。僕は鏡に向かってにっと笑いかけた。鏡に映る顔はにっと笑いかえしてきたが、すぐに真顔になってしまった。僕は部屋にもどり、これからのことを考えることにした。
いつのまにか寝てしまっていたようだ。雨に濡れた路面を走るタイヤの音が聞こえる。僕は起き上がり、ベッドを整え、バックパックを背負って部屋を出た。ダイニングの時計は一二時過ぎを指していた。家の中はしんと静かなままで、人の気配はない。僕は助けてくれた人に礼を言いたかったけれど、仕方がないと外に出ることにした。でもその前にもう一度だけ、あの猫を撫でたいと思った。自分の存在を確かめたかっただけかもしれない。
庭には女の人が立っていた。僕は扉のガラスを通して彼女を見つけた。雨はやんでいた。彼女の喫うタバコの煙は空に届くずいぶん手前で消えてしまう。僕の頭は彼女をユースの受付の女の子だと錯覚した。眼鏡がないせいでよく見えなかったからかもしれない。よく見てみると、髪は確かに短かったが、受付の女の子ほど短くはなかったし、それに色だって鳶色ではなく黒色だった。日本人のように見えたが、そう確信するためには僕の視力はあまりにも弱すぎた。そこに彼女が立っていることにすら確信が持てないくらいに。扉を開ける音で彼女は振りかえった。僕はとっさに「こんにちは」と言っていた。声が出ないことなんてすっかり忘れていた。声が出なかったことを思いだしたのも、もうすこしあとのことだ。それほど自然に声は出た。
もう大丈夫? と彼女は訊いた。いや、ただ僕がそう訊かれたように感じただけで、彼女は一言も発していなかった。僕は礼を言った。そう、と彼女は言い(これも僕がそう感じただけだ)、タバコを足元の空き缶に捨てた。お腹は減ってない? と訊かれ(再三になるが、彼女は何も言っていない)、僕は自分が腹ぺこなのに気がついた。
彼女はキッチンに立ち、バゲットを使って山盛りのフレンチトーストを作ってくれた。やはり日本人のように見える。香ばしく甘い匂いのするフレンチトーストが目の前に置かれた。皿にはハチミツの池ができていて、かじるとキツネ色の焦げ目がサクサク音を立てる。僕はみっともないほどがっついて食べた。
隣に座った彼女が読みだした文庫本に僕は見憶えがあった。フレンチトーストを食べ終えると、彼女はコーヒーをいれにキッチンに立った。僕は文庫本を手に取った。やはりポール・オースターの『ムーン・パレス』だった。コーヒーを受けとって僕は礼を言い、それからムーン・パレスをイタリア語でどう言うのか訊いてみた。彼女は紙切れにil castello lunareと書いた。それは僕が思ったように、ユースの向かい側にあった中華料理店の名前だった。彼女が持ってきてくれた伊和辞典で僕はilを調べ(the)、castelloを調べ(palace)、lunareを調べた(moon)。『ムーン・パレス』に出てくるムーン・パレスも中華料理店の名前だった。それは何の意味もない偶然だとはわかっていても、ポール・オースターが好きだった僕は嬉しくなった。彼女は彼の他の作品も読んだだろうか? でも『ムーン・パレス』を読んでいるところを見ると、他の作品はあまり読んでいないような気がした。僕が最初に読んだのが『ムーン・パレス』だったからそう思っただけかもしれないけれど。
外では静かに雨が降り始めていた。何も話さない彼女を見ていると、母のことを思いだした。何も話してくれない母にどうしてか訊くと、話し疲れているからと言われた。僕には意味がよくわからず、すこし悲しくなったのを覚えている。タバコを喫うところも母と似ていた。痩せているところも、本を読んでいるところも、僕が話をしたくてたまらないでいるところも。
コーヒーを飲み終えると、彼女は巻紙に湿ったタバコの葉を置いて器用に巻き、紙の縁をさっと舐めて糊をした。流しに皿とコップを置き、庭に出てタバコを喫うと部屋に入ってしまった。
僕は自分の声がもどってきたことについて考えた。もちろん身体的なこととか精神的なことは僕にはわからない。ただ、声が消え、そしてもどってきたというのは、一つの時期(何の時期だったのかはよくわからないが)を乗り越えたことを表しているのだろうと考えた。それからこれは彼女といたときからふつふつと感じていたことだが、声がもどったのは、自分が正しい場所にいる証拠でもあるような気がした。彼女に出会うこと、それはずっと前から決まっていて、僕がどこか遠くに行きたいと思い始めたときから、僕が探した道は彼女に繋がっていたのだ、そんな風に思った。しかし問題が一つ浮かび上がってくることも無視できなかった。僕は正しい場所にいる。でも、いったい何をすればいいのだろう?
僕は流しに置かれたものを洗って水切り台に立てかけ、ハチミツを棚にもどし、フキンでテーブルや流しまわりを拭いた。とにかく体を動かしたくて、庭に出て雨のあたらないところでラジオ体操のようなものをやった。それでも何をすればいいのかはなかなか思いつかない。彼女が喜ぶようなこと、彼女に感謝を伝えられるようなことって何だろう? 家中を掃除しようかと思ったが、不審者に思われるような気がしてやめた。料理を作るのはどうだろう? そう思ったのは、彼女がずいぶん痩せていたからかもしれない。でも何を作る? 何が作れる? 僕はほとんど料理をしたことがなかった。家では叔父が作ってくれていたし、すぐ近くにはコンビニも弁当屋もあった。とにかく僕はスーパーに行ってみることにした。
またもどってくる意思表示として、バックパックは置いていくことにした。鍵が勝手にかかる仕組みになっているのは玄関ドアを閉めてから気づいた。でもチャイムを鳴らせば開けてくれるだろうと思い、僕は階段を上がった。建物のドアまできて、ここも同じ仕組みになっていることを知り、今度は鍵がかからないようにすこし開けておくことにした。誰かが通れば閉めてしまうだろうが、そのときはそのときになってからまた考えればいい。雨は細かく、それほど気にならなかった。傘を差していない人も多くいた。僕は近所を散策した。足元に窓のある(外からだと穴にしか見えないが)建物がけっこうあった。僕が寝ていた部屋と同じように半地下になっているのだろう。ATMがあったので残高を調べてみると、二○○○ユーロ近く振り込まれていた。叔父に連絡しなければと思ったが、その前にスーパー(Coop)を見つけて中に入った。ずいぶん大きなスーパーで電器家具なども売っていた。何を作ろうかと食材を物色してまわったが、僕に作れるものといえばカレーくらいだった。カレー粉は売っていた。でも粉から作ったことがなかったから、カレールーがほしかった。僕はバス停の近くにあった住宅地図で自分が今いる場所を確認し、中心街のアジアンマーケットまで歩いて向かった。雨は途中でやんだ。足取りは軽くはなかったけれど、カレーを作るところや彼女が喜んでくれる様子を想像して、心は驚くほどに軽やかだった。
アジアンマーケットに行く前に眼鏡屋があったので一番安い眼鏡を買った。黒ぶち眼鏡。景色が急に鮮明になり、軽い感動を覚えた。ずっと水の中に潜っていたような気がしたくらいだ。人の表情も見えるようになり、どうしてか自分自身がはっきりしたようにも感じた。きっとおかしなテンションになっていたのだろう、ビバ、眼鏡! ビバ、眼鏡! と心の中で眼鏡を称えた。アジアンマーケットではカレールーと日本の米を手に入れた。それから電話屋に寄って叔父に電話しようと思ったが、億劫になってやめた。パソコンを開くと叔父からのメールが三件届いていた。
――足りるかわからないけど、お金は振り込んだ。大丈夫か?
――振り込みは確認してくれたか? 心配してる。連絡待ってる。
――何かに巻き込まれたんじゃないかと本当に心配してる。メールでもなんでもいいから連絡してくれ。
僕はメールを打った。
――返事遅くなってごめんなさい。心配かけました。お金、確認しました。ありがとう。日本に帰ったら急いでお返しします。僕は無事に生きています。帰る日にちはまだわかりません。また連絡します。
帰り道では別のスーパー(Esselunga)に入り、野菜と肉を買った。そのあと建物のドアの鍵がかかっていたらどうしようかと心配したが、思っていたよりも簡単に解決した。建物からちょうど出てくる人がいたのでぺこりと頭を下げて中に入り、階段を下りてチャイムを鳴らすと彼女が開けてくれた。スーパーの黄色い袋を見せたらすこし驚いたようだった。キッチンを使ってもいいか訊いてみると、彼女はわずかに頷き、また部屋にもどっていった。
僕はさっそくカレー作りに取りかかった。玉ねぎをみじん切りにし、オリーブオイルをひいた鍋で亜麻色になるまで炒める。それから、ぶつ切りの牛肉、人参、ジャガイモ、トマトと順番に入れ、ある程度炒まったところで湯を注ぐ。沸騰したら灰汁を丁寧に取り、ルーを入れて弱火でくつくつ煮る。
洗いものをしていると、庭に繋がった扉からカリカリカリと音が聞こえてきた。開けるとさっきの猫が人目を気にするようにさっと身を滑り込ませ、くんくんとキッチンの匂いをかぎ、にゃあと鳴きながら僕の脚に頭を擦りつけた。僕は鍋から牛肉を取りだし、小さく切って平皿に置いてあげた。猫はやはり猫舌なのだろう、食べたくてもなかなか食べられないようだったが、ふうふうしてあげるとぱくついた。おいしいか訊いても猫は何も答えてくれなかった。でも満足そうな顔を見て、僕も満足した。僕が椅子に座ると、猫は膝にひょいと乗っかってきて、喉を鳴らしながら僕の太腿をマッサージするみたいにぎゅうぎゅう押し、そのうち丸くなって目を閉じた。僕は自分が正しい場所にいることをあらためて感じた。
猫が膝から降りたときには夕方になっていた。僕は鍋で米をたき、すべての準備が整ったところで彼女の部屋のドアをノックした。
先に言うと、カレー作戦は失敗だった。カレー自体はおいしくできたはずなのに、彼女の体が受けつけなかったようだ。半分ほど食べ、トイレに行ってしまった。たぶんもどしていたのだと思う。出てくるとそのまま部屋に入ってしまった。
ひどく申し訳ない気持ちになった。僕は彼女のことを何も理解していなかった。僕は自分のカレーを食べ、鍋の残りは捨てた。僕に何ができる? メモを置いて家を出るしかないのだろうか? そんなのは嫌だった。カレーは駄目でも他に食べられるものがあるはずだと思い、彼女は普段何を食べているのかと冷蔵庫を開けてみた。袋に入ったミックスサラダは一部がどろどろになって腐っていた。他には卵、バター、牛乳とペットボトルの水、細々とした調味料が並んでいる。昼にフレンチトーストを作ってくれたことをふと思いだし、パンなら食べられるのではないかと考えた。コンロの下にはオーブンがあった。パンを焼くのはどうだろう? 叔父とシナモンロールを焼いたときの記憶を思いだす。僕一人でもたぶん焼けるだろう。でも彼女は食べてくれるだろうか? またトイレに行ってしまったら……。僕はスーパーに行き、パンをいくつか買ってきた。バゲットや袋入りのパンや菓子パンなんかを。
翌朝、彼女は僕が皿に盛ったパンを食べてくれた。小さなクロワッサンを二つだけだったけれど。でもパンなら食べられることがわかった。彼女がいれてくれた濃いコーヒーを飲みながら、さて、と僕はパン焼き計画を練りだした。さて、とびっきりおいしいパンを焼くには何が必要だろう?
僕はさっそく中心街の本屋に行き、パンのレシピ本を物色した。いくつか良さそうなものはあったけれど、どれもイタリア語で書かれていたので判断に困り、DVD付きの本を買うことにした。英語の棚にも同じ本があったが、僕はイタリア語版を買った。彼女の伊和辞典を使いたかったからだ。DVDは生地作りからオーブンに入れるまでの三○分の内容で、フランスの職人が英語で説明していた。僕は電話屋のパソコンを借りて、何度も職人の手と自分の手を重ね合わせた。
家にもどってからは辞書とレシピ本を睨みながら、くちなし色のノートに訳していった。必要な道具や材料、生地の作り方や焼き方。辞書には彼女の勉強した跡が残っていた。単語やフレーズに引かれた線を見ていると、なんだか彼女と一緒に勉強しているような気持ちになってくる。僕はこつこつと翻訳を進めながら、どうして彼女はここにいるのだろう、何をしにきたのだろう、兄弟はいるのだろうか、とそんなことを考えた。
夕方、僕は中央市場に出向いて材料を買いあさった。値段は張ってもいいものを買うようにした。粉は何種類も買った。普通の強力粉に、全粒粉、ライ麦粉、セモリナ粉、バゲット用の粉。それから無塩バターに塩。個人でやっていそうなパン屋で生酵母をくれないかと駄目元で頼んでみると、職人そのままの風貌をしたおじさんが出てきて、にかっと笑って分けてくれた。使い方の説明もしてくれたけど、イタリア語でよくわからなかった。それでも、これは生き物なんだ、とおじさんが言っているのだけは理解できた(たぶんおじさんは継ぎ足しすることを教えてくれていたのだと思う。継ぎ足しすれば酵母は何度でも使える。でも何も知らなかった僕はもらった酵母を使い切ると、そのあとは市販の乾燥酵母を使った)。スーパーでプラスチックのスクレイパー(生地を切ったり集めたりするときに使う)、剃刀の刃、デジタル秤、タイマー、霧吹き、フキン、二リットルの水を数本買った。
夜は昨日買ったパンをむしゃむしゃ食べながらレシピを訳した。単語一つひとつを調べるため遅々として進まない。それに動詞の変化がよくわからなかったし、単語の意味を繋げようとしてもうまく繋がらないことも多かったが、僕はこれまで人生で見せたことのない根気強さを持って訳していった。早くパン生地に触れたくてうずうずして仕方がなく、訳し終えてベッドに入ってもいっこうに眠れそうになかった。僕は布団にくるまったままキッチンへもどり、コーヒーをいれ、また一語一語辞書を引きながら夜が明けるのを待った。
気がつくと外の暗闇が薄まっていた。時計の針は五時を指している。さて、と僕は立ち上がり、さっそくパン作りを開始した。一番シンプルな白い生地を使った一番シンプルなロールパンを作る。分量も工程もばっちりと頭の中にあった。強力粉、酵母、塩、水をデジタル秤できちんと量り、ボールに入れた強力粉に酵母を指先でぼろぼろと崩しながら加え、塩、水とつづけて加える。それから左手でボールの縁を押さえながら、右手に持ったスクレイパーで混ぜ合わせ、ある程度生地になったところでまな板の上に移した。レシピ本でlavorare(働く)という動詞が使われていたことを意識しつつ、僕はDVDで何度も繰りかえし観た職人の手つきをまねて生地に働きかけた。打ち粉をしないために初めはねとねとしていた生地も、伸ばしたり、折ったり、ぴしゃりと落としたり、なだめたり、すかしたりしているうちに張りを持つようになってきた。そして発酵。生地を入れたボールにフキンをかけて一時間ほど寝かせる。そのあいだ酵母がどういうことをしているのかなんてわからないけれど、生地をむしゃむしゃ食べてぷりぷりガスを出しているところを僕は想像した。夜はいつのまにか明けていた。なんだかいてもたってもいられない気分で辞書をぱらぱらめくると、prosciutto(ハム)に線が引かれているのを見つけて、僕はくすくすと笑ってしまった。他にもたくさんの線が引かれていた。日常的な単語や、日常ではあまり使わないような単語にも。たとえばpennello(絵筆)やpittura(絵画)やtavolozza(パレット)。
ガスオーブンに火をつけ、温まりきったところでしゅっしゅっと霧吹きをかけてから丸く成形したパン生地を中に入れた。タイマーはあてにせず、様子を伺いながら焼き上がるのを待った。
パンの焼ける匂いに引き寄せられて彼女が部屋から出てきた。まるで春の暖かさに引き寄せられて出てきたウサギのようだった。「おはよう」と僕は言う。彼女は微かに頷き、キッチンを通り過ぎるときに鼻をすこし上に向けて匂いをかぎ、庭に出てタバコを喫った。そのあと僕たちはコーヒーを飲みながら、パンが焼けるのを待った。
タイミングを見計らってオーブンを開け、僕は職人顔で焼き上がりをチェックし、うんうんと頷いた。初めて一人で焼いたわりにはうまく焼けていた。僕はパンを一つ手に取り、熱いよ、と言って彼女に渡した。彼女はパンを両手で何度か持ちかえてから、指を立ててさくりと割った。すると湯気が上がり、パンがほっとため息をついたように見えた。彼女はパンの匂いをかぎ、ゆっくりと口をつける。一口、二口……、口をつけるたびに彼女の頬は緩み、唇の端は上を向く。胸に温かいものが込み上げてくるのを僕は感じた。鼻の奥がつんと痛む。彼女は一つ目のパンをぺろりと平らげた。僕もパンを食べてみた。さくりとした皮、中は綿のようにふわふわしていて、自分で焼いたものとは思えないくらいにおいしかった。バターを塗ると最高だった。それはたぶんパンだけの力ではないだろう。彼女と一緒に食べていることが大きかったのだと思う。
パンとコーヒーと彼女の微かなタバコのにおい。それらが僕を幸福感でいっぱいにした。僕は正しい場所で正しいことをしているのだ、彼女に会うためにここまできたのだ、そんな恥ずかしいことを思ったりした。
僕はくちなし色のノートにレシピを訳し終えるごとにいそいそと材料の調達に行き、パンを焼いた。ガス代が気になったが、彼女に訊いてみると家賃に含まれているようで、それからは安心して使わせてもらった。すこしでも栄養のあるものをと思い、チーズやベーコン、ゴマ、くるみ、レーズン、乾燥イチジク、オレンジピール、ベリー、ヘーゼルナッツ、雑穀などを使ったパンを焼いた。サラダを食べてもらおうと、パフボールを焼いたときもあった(クッションのような形をした薄い皮のパンをフォークで割ると、中からサラダが顔を出す)。サフランロールを焼いたときはサーモンサンドイッチを作り、ライ麦パンのときはハムとチーズを挟んで食べた。穂の形をしたエピを焼いたときは、祖母がよく家の近所のパン屋でベーコンエピを買っていたことを思いだした。
彼女は一度にたくさんは食べられないようだったが、僕が作ったパンはどれもおいしそうに食べてくれた。食べたあとにトイレに行くこともなかった。菓子パンはあまり好きではないようだったので一回作ってやめにした。シナモンロールだった。単純にシナモンが苦手なだけだったのかもしれない。
僕は彼女のことをもっと知りたいと思うようになっていた。何ていう名前なのか、どこ出身なのか、何歳なのか、兄弟はいるのか、どうしてイタリアにきたのか、そういったことももちろん知りたかったけれど、それ以上に、彼女が抱えている問題がどういうものなのかを知りたかった。彼女は問題を抱えていた。それは彼女を見ただけでわかる。でもどういった問題なのかは見当もつかない。僕は今やレシピに埋もれつつあるくちなし色のノートに「食べたいパンがあれば承ります」と書いてテーブルに置いておくことにした。そのうち僕の質問ばかりが増え、永久に答えを与えられない質問ノートに変わり果ててしまったけれど。
ある朝、僕がパンの焼き上がりを待っているとチャイムが鳴った。彼女は急いで僕を奥の部屋(あの壁の高いところに窓のある部屋を僕は使っていた)に押し入れ、じっとしているように指示した。僕は焼いている途中のパンのことを彼女に言おうとしたが、玄関ドアをノックする音が聞こえて何も言えず、音を立てないようにじっとしながら、じわじわと焼き上がっていくパンの心配をした。彼女がドアを開けると、元気な声で「Ciao」と聞こえ(おじさんの声だ。たぶん五○代くらいの)、彼女の名前がつづいて聞こえたような気がした。僕は注意深く耳を澄ました。おじさんはパンの焼ける匂いに気がつき、彼女の名前をもう一度呼んだ。サキ、と。僕は心に刻むように、サキ、サキ、と唱えた。そのあと、大家らしきおじさんはコーヒーを飲み、焼きたてのパンを食べて帰っていった。サキの声は聞こえなかった。たぶん僕といるときと同じで何も話さなかったのだろう。その代わり、おじさんの大きな声は聞こえっぱなしだった。パンを食べながらBuonoを連発し、Buonissimoと最上級で褒めてくれた。褒められ慣れていない僕は、牢屋のような部屋に隠れながら身悶えしていた。
サキは毎朝九時ごろに家を出て、昼になるともどってきた。僕は絵の学校に通っているのだろうと思っていた。パンの材料を買いに中心街に出かけたとき、僕はサキを見かけた。ぱっと見ただけでは彼女だとはわからなかった。彼女は完全に街に溶け込んでいた。いや、「影に」と言うべきだろうか。僕には見えたけれど、見えない人には見えていないような、話しかけても声は届かず、触れようとしても触れられないような。僕の脳裏を幼いときの記憶がよぎった。
子どもの僕は夜になっても帰ってこない母を探しに家を出た。母の後ろ姿が見えたときは胸に安堵と喜びが広がった。けれど次の瞬間には消え去っていた。僕には母が母のようには見えなかったのだ。いつもと姿格好は変わらないのに、どうしてだか母のようには見えない。母の足取りはしっかりしていたから酔っていたわけでもない。それでもどこかおかしいのだ。僕はあとを追いながらその違和感について考えた。足音だろうか? 奇妙にくぐもった、不在を示すような足音。それに水彩絵の具をぼかしたような母の輪郭は、存在というものが溶けだしてしまっているかのように見えた。
あのあと僕はどうしたのだろう? サキの後ろを離れて歩きながら考えた。そうだ、僕は声をかけずに、先まわりをして家に帰ったのだ。布団にくるまり、ぼんやりとした影が家に入ってくる想像をかき消すようにして、お母さんが帰ってきますように、と何度も心の中で祈った。いつのまにか寝てしまったのだろう、気がつくと母が僕の背中から腕をまわして眠っていた。母の寝息が聞こえる。僕はもぞもぞと体の向きを変え、母の胸元に耳をあてた。トクトク脈打つ心臓の音を聞きながら、僕は再び眠りに落ちた。
サキの後ろ姿を見ながら、ひどく悲しい気分になってきた。彼女を抱きしめて彼女がここにいることを感じたかった。彼女がちゃんとここにいることを訴えかけてあげたかった。でも、そんなことできるはずもなく、気づけば彼女の姿を見失っていた。
サキが何をしているのかわかったのは、シニョリーア広場で彼女を見かけたときだった。彼女はベンチに座り、タバコを喫いながら前方をじっと見つめていた。足元には吸い殻が芋虫のようにいくつも転がっていた。僕は彼女の隣に座り、彼女の視線を追った。そこには風景画を売る絵描きの男がいた。四〇代くらいの日本人のように見える。知り合いかどうかサキに訊くと、彼女はそこで初めて僕の存在に気がついたように顔をこちらに向けた。開ききった瞳が僕を吸い込むように見つめる。サキはふっと視線を外し、ひどく短くなったタバコを足元に捨てて踏み潰し、それから例のごとく何も言わずに立ち上がって街に消えていった。僕はサキの後ろ姿が見えなくなると、絵描きの男に目を向けた。彼は折りたたみの椅子に座り、ちょろちょろ生えたひげをしごきながら、サングラス越しに街行く人々を眺めていた。誰もいっこうに足をとめなかったが、男は気にしていないようだった。男を見ていると、僕の頭は疼くように痛みだした。母が僕の父親のことを「絵描き」だと言っていたことを思いだしたからだ。幼い僕は絵を描いている男を見かけると、自分の父親だろうかと考えた。そんな可能性は限りなくゼロに近いことを知りながら、そう考えてしまう自分がいた。祖母が僕の父親のことを「猫目」と言ったときも(叔父との電話で言ったのだ。僕は鏡に映った自分の目を見て猫目かどうか確認した。僕の目はどちらかというと垂れぎみで、母の目に似ていた)、猫のように吊り上がった目をした男を見かけると、父親だろうかと思わずにはいられなかった。会いたかったわけではない。むしろ会わないでいることを僕は願っていた。母は父を探しているように僕には見えた。探しだして何をするのかわからなかったけれど、何か恐ろしいことが起きそうな気がして仕方なかった。母が本当に僕の父親を探していたのかどうかは疑問だ。幼い僕が勝手に創りだした物語なのかもしれない。その物語の中で母は父を探しだして殺そうとしていた。僕はいざというときに母を守る騎士の役だった。幼い僕は膝にある剣のアザを見ながらそんな想像にふけっていた。アザは皮膚が伸びていくにつれて消えてしまった。母が父と会うことはなかった。「絵描き」で「猫目」の男が今も生きているのかどうかさえ、僕にはわからない。
頭は内側から押し広げられるように痛み、呼吸は浅くなっていた。僕は自分に落ち着くように言い聞かせた。あの男が自分の父親かもしれないなんて馬鹿げている。そんな可能性は万に一つもない。でも、もしあのサングラスの奥に猫のように吊り上がった目があったら……? やめろ、と僕は言った。馬鹿な想像はそこらへんでやめておけ。僕はふうと深く息を吐きだし、心の底で泥が立ち上がろうとするのを抑えた。僕には父親なんていない、僕は自分に言い聞かせた。最初からいなかったんだ、と。
僕は何度かサキが同じベンチに座り、タバコを何本も喫い、じっと男を見ているところに出くわした。男もまたタバコを喫っていた。サキと男の関係がどういうものなのか、そんなことはどうでもいい、いつもの僕ならそう思っていたはずなのに、どうしてだかそうは思えなかった。気になって仕方なく、男のことを考えると胸がむかむかした。それは恋のせいだよ、と誰かが教えてくれていたなら僕にもわかっただろう。でもそんなことを教えてくれる人はいなかったし、僕は恋をしたことなんて一度もなかった。
男が席を立ったとき、僕は男の絵を見に行った。絵はどれも滲んだように描かれていた。建物も、風景も、人物も。「印象派」、美術の時間に習ったそんな言葉を思い浮かべたが、どこか違うような気がした。アルノ川沿いの外灯を描いた絵があった。中心の外灯は比較的はっきりしているのに比べ、外側にある外灯は完全にぼやけていた。絵の外側に近づくにつれて、光と闇、輪郭と空間がどんどん混じり合っていく。そのせいで中心にある外灯が奇妙な存在感を放って見える。他の絵にも強弱はあるものの同じ特徴があった。中心ははっきりし、外側はぼやけている。どうしてだか僕は微かな嫉妬を覚えた。
男がもどってくる前にその場を離れ、ふらふらと街を歩いた。地図を持って街じゅうを歩きまわっていたときのように、自分の存在感が幽霊みたいに薄くなるのを感じた。でも以前とは違う点があった。僕は自分のことではなく、サキのことばかり考えていたのだ。僕はタバッキでタバコを買い、見よう見まねでタバコを巻いた。サキが紙の縁をさっと舐めるところを思い浮かべながら。僕は他人が喫うタバコの煙は平気なのに、なぜか自分で喫ってみるとどうしようもなく気分が悪くなった。視界を外側から暗闇がじくじくと蝕んでいく。男の絵を思いだして僕はタバコを喫うことを諦め、サキにあげようと思っていくつか巻いた。こんなことを言うのは恥ずかしいのだけど、自分が巻いたタバコを彼女が喫うところを思うと、下半身に血が集まるのを感じた。
僕は恋をしていた。初めての恋だった。
コップの底は幸せな世界だった。でも、そのコップの底を叩き割ったのは僕自身だった。
夕方、本屋でパン作りの本を立ち読みしたあと、中央市場で材料を買い、街をぶらぶらと散策していた。シニョリーア広場近くのバールを通りかかったときだった。「おい、そこの日本人の兄ちゃん」と男が声をかけてきた。手にはビール瓶を持っている。突然のことだったので、僕には事態がうまく飲み込めなかった。あの絵描きの男だった。男が僕を知っているわけがないと思ったが、どうして声をかけてきたのかは知りようがなかった。男は身振りで僕をバールに招きいれ、スロットマシンの前に座らせ、僕の肩に指の太くて短い手を置いた。男がマシンに小銭を入れ、僕にまわすように言う。僕は言われるままスタートレバーを倒し、三つのボタンを適当に押した。スロットなんてやったことのない僕に出る目が揃えられるわけがない。それでも男はまわすように言い、店主とイタリア語で何か話したり、歯笛を吹いたり、マシンの角をぱしぱし叩いたりした。僕には何が何やらよくわからなかった。どうして僕はスロットなんてやっているのだろう?
ふと見ると、三つの黒い箱が一列に並んでいた。陽気な音楽が流れ、ランプがぴかぴか点灯し、小銭がじゃらじゃら出てきた。男が「ブラーボ」と僕の肩を叩く。気をよくした男は店主に「ナストロアズッロ、ドゥエ」と瓶ビールを二本注文し、僕をカウンター席に座らせて強引に乾杯した。僕はまったくアルコールの飲めない体質だった。学校で受けたパッチテストでは伝説になるくらい赤く腫れたし、友達と格好をつけて飲んだワインは血のように吐きだしたにもかかわらず、あやうく病院送りになるところだった。それでも男とサキの関係を訊きだしたかった僕は、シラフでは勇気が足りず、アルコールの力に頼ることにした。それに今さら飲めないなんて言いだせない雰囲気があった。
一口飲んで、すぐに頭の中が疼きだすのを感じた。普段はぐっと固く閉じられている脳幹が、手を開くみたいにゆっくりと動きだしているようだった。男は上機嫌にスロットの話をしていた。
「今、兄ちゃんがバー並べて出した金、ありゃ全部、俺のなんだわ。つまり俺の金を兄ちゃんが取りかえしてくれたってわけだ。あの盗っ人マシンから。だから兄ちゃんは俺の救世主。今日は俺のおごり。どんどん飲んでくれ」
サキとはどういう関係なのか僕は訊こうとしたが、男はフィレンツェにくるまでの道程をすでに話し始めていた。
「長い旅だったね」男はあごひげをしごきながら遠い目をして言った。「ほんとにうんざりすることもあったし、死ぬかと思ったことも一度や二度じゃない。どうやって俺がここまできたか、兄ちゃんちっとは想像できるかい?」
僕は首を横に振った。それだけで頭がしくしく痛む。
「とにかく歩いたね。馬鹿でかいザックかついで寝袋しょって、お日さまから逃れるように、西へ西へ。とにかく歩いて歩いて日本を横断した。沖縄からはカヌーよ。カヌー。どれくらい漕いだかわかりゃしねえ。カヌーじゃ寝れねえからよ、ひらすら眠気との闘いだったね。腕が千切れてサメの餌になるかってくらい漕いだよ。これがまたちんたらしてちっとも進まねえんだわ。漕いでも漕いでも波にもどされんだ。いいとこ時速五キロだな。歩くのと変わりゃしねえ。変わるのはお天道さんよ。こいつはころころ変わりやがる。そう、女の気性みたいによ」男はにやりと笑った。「まだ慣れねえときは高波に刃向ったりしたもんだけど、そのうちこっちからひっくり返っちまうのが楽だって気づいたね。女と一緒なんだな。刃向っちゃいけねえ。聞き流すのが一番なんだわ」
男の話が嘘くさいのは最初からわかっていた。これから僕が何を質問しても嘘しか返ってこないだろうことも。それでも僕は男の話が途切れた瞬間を狙って口を挟んだ。「日本で何があったんですか? その……、逃げなくちゃいけないようなことをしたんですか?」
「日本で?」サングラスを通して男の目が僕を見ていた。「日本で俺はちっとは名の知れた絵描きだったんだ」男は言い、僕から目を逸らしてビールを飲んだ。白髪の混じったひげに泡が残る。「ところがやばいことに巻き込まれたというか、巻き込んだというか、そんなもんで逃げざるおえん立場になったんだな」
「やばいこと?」
「お決まりの女と金だな」
僕は男に対して嫌悪感しか抱かなかった。男の話にも興味はなかった。僕は男が注文したミックスナッツを食べながら、頭がしくしく痛むのに耐えていた。さっさと帰りたかったが、サキとのことを訊くまでは帰れないと自分に言い聞かした。今すぐに訊いたところで男は嘘をでっち上げる気がし、僕はすこしでも気に入られるように振る舞うことにした。
大陸に渡ってから男はどんどん先を急いだ。ひたすら足を交互に踏みだしていく。行き先なんてものはなかった。ただ追ってから逃れるためだけに歩いた。追って? 誰がそこまでしてこんな男を追うだろう。日本を横断し、カヌーで海を渡り、大陸を西へ西へノンストップで歩きつづける男を?
「死神だよ」男は言った。
僕はビールを吹きだしそうになって男の顔を見た。にやにや笑っているだろうと思ったが、意外にも真顔だった。男の話を聞きながら、どうしてだか僕は『ムーン・パレス』を思い浮かべていたが、死神とまで言われると、まるでマンガだとしか思えなかった。それも小学生が描きそうなマンガだ。頭の奥にある手はじわじわ開き、今では七分咲きといったところだった。
男の旅はつづいた。シルクロードを歩き、インドに到着した。布を巻いた女性が誘惑の視線を向けてきたが、男は無視した。「もう女はごめんだったね」そこからは紛争地帯を通り抜けた。「ひどいもんよ。風にはいつだって煙と砂が混じってる。女も子どももみんな飢えて怯えた目をしてんだ。同じ地球の上だとは思えなかったね。俺にできることなんて何もなかったけどよ、手持ちの食糧を分けてやったりしたよ。カビの生えたパンでも喜んでたね。ああ、そうだな、銃を向けられもしたよ。撃たれることはなかったけどよ、銃床で頭をがつんと殴られた。ここの傷がそうよ」男の額の端には確かに傷跡があった。縮れ毛のような傷跡だ。どうせタンスの角にでもぶつけたのだろう。
胃液が上がってくるのを感じ、僕はトイレに駆け込んで胃の中のものをすべて吐きだした。茶色のナッツのあいだに緑色の物体が混じっていたが、ピスタチオを食べた覚えなんてなかった。しかしカウンターにもどってみると、ちゃんとピスタチオが置かれていた。食べ終えた殻もあった。オーケー、僕は酔っている。それでも男がどんどん注文するビールを飲んだ。もうどうでもいいような気がしていた。吐いてすっきりしたというのもある。とにかく男の話を聞いてやろうと僕は思った。男はきっと寂しいだけなんだ。
「リモンチェッロ、ウーノ」と男は店主に注文し、出された黄色い液体をおいしそうに飲んだ。僕も同じものを頼んだ。きんと冷えたレモンリキュールは飲みやすくておいしかった。でもこれがいけなかった。アルコールの強さはビールとは比べ物にならなかった。
男は今や砂漠を越えてエジプトに向かい、ピラミッドとスフィンクスに挨拶し、発掘の真似事をしたあと、ぼろ船でシチリアに渡った。
「シチリアにはマフィアが本当にいるんだ」男は言った。「俺はしばらくのあいだ金を稼ごうと奴らの下で働いた」
「マフィア?」
「俺の目が気に入られたんだな」男は言い、おもむろにサングラスを外した。
僕の頭は拳銃のグリップエンドで殴られたような衝撃を受けた。男の片方の目は普通の目と変わりなかった。だがもう片方の目の瞳孔が縦に裂けていたのだ。そう、猫の目のように。やめろ、と自分の声が聞こえた。馬鹿なことは考えるな、と。僕はリモンチェッロを喉に流し込んだ。氷のように冷たい液体が喉と胃を燃やす。頭の中の手がさらに指を広げる。
「楽な仕事だと奴らは言ったんだ」男はサングラスをかけ直して話をつづけた。「俺もそう思った。茂みに隠された小屋は十分に怪しかったが、その中でただ本を読んでいればいいって言うんだからずいぶん楽な仕事だと思ったね。そこにいれば追っても簡単には俺を見つけられないだろうし、小屋には寝床もあって、うまい飯も日に三度運ばれてくる。いろんな本が棚に並んでたっけ。哲学と心理学のが多かったな。カントにヘーゲル、フロイトにユング。そうそうイタリア語を学ぶにはいい機会で、俺はそこでずいぶんイタリア語を覚えたよ。飯を運んでくれる奴ともイタリア語で話せるようになった。ダニエッレって名の陽気な料理人で、一緒にワインを飲んだりした。でもな、日に日に不安になってきたんだ。俺は本を読みながら思ったね、俺はここに閉じ込められているんじゃないかって。そうだとしたらいったい何のためだ? 俺の頭にハーブのように知識を詰め込んでから料理しようってのか? 俺は小屋に麻薬でも隠してあんじゃないかと探ってみたが、何もありゃしねえ。分厚い本ばかり置いたただの小屋なんだな。地下への扉もねえ。俺は逃げだすタイミングを計るようになった。あれは確か純粋理性批判を読んでたときだったな、銃声が鳴り響いたのは。パンパンって二発鳴って、俺は飛び上がって用意してた裏口から逃げだした。警察だかマフィアだか追手だかがきたんだと思ってね。逃げ足だけは速かったから誰も俺には追いつけなかった。だいぶ離れてから振りかえってみると、煙が見えた。あのまま悠長に本なんて読んでたら丸焼きにされてるとこだったな。そんで頭蓋骨をかち割られてハーブ漬けの脳味噌を食われるんだ。そんな死に方だけはごめんだね」
男はポケットからタバコの葉と紙を取りだして器用に巻き、耳の後ろに挟んだ。それから「ナストロアズッロ、ドゥエ」と注文し、ビール瓶を受けとると腰を上げた。「ちょっと夜風にあたろう」
外はすっかり夜になっていた。男は二本のビール瓶を鳴らしながらアルノ川沿いを歩き、サンタ・トリニタ橋を途中まで渡ったところで欄干をひょいと越えた。一瞬僕は男が川に飛び込んだのかと思ったが、男は向こう側の三角形のスペースに立っていた。僕も欄干を越えた。男は僕にビール瓶を一つ渡し、三角形の先端に座り、足を投げだして耳に挟んでいたタバコに火をつけた。僕は欄干にもたれて座った。目の前にはライトアップされたヴェッキオ橋があった。
「今ならいい絵が描けそうだ」男はサングラスを頭にずらし、煙を吐きだしながら足をぶらぶらさせた。
辺りには男の歯笛と川の流れる音だけが聞こえていた。街には僕たち二人しかいないみたいだった。空を見上げると星がいくつかきらめいていた。月は見えなかった。瞼が緞帳のように垂れ下がってきた。頭の奥で開きそうだった手がしぼみ始める。僕はたぶん半分寝てしまっていたのだと思う。男の話をぼんやりと聞きながら、夢の中でチェシャ猫のジグソーパズルをやっていた。
まず角の四つのピースを探しだす、と母が言った。
僕は角の四つを探しだした。
今度はそれに平らなピースをくっつけてコップの縁を作る、と母は言った。
僕は平らなピースを探しだしてコップの縁を作った。それから内側の空白を一つひとつ埋めていった。
「堕ろすように言ったんだ」男が話していた。「でも彼女はどうしても首を振らなかった。俺は何度も説得したよ。自分を人殺しのように感じたし、実際にそう言われもした。彼女は泣いて、俺も泣いた。それでも子どもは生むんだと彼女は言った。でもよ、子どもが生まれたら、一緒にいないにしても俺がその子の父親になるんだよ。自分が父親になれるなんて思えねえんだよな、こんな歳になってもよ。俺の血を引くなんてあんまりだ。俺が父親だなんてあんまりだ。そんなのみんな不幸にしちまうだけだ。俺はずっとそう思って生きてきたのによ、なんで――」
僕は足りない最後のピースを探していた。でもどこにも見あたらない。
「恨まれても仕方ねえ。俺はそれだけのことをしたんだ。孕ませておきながら逃げてきたんだ」
男はサキのことを話していたのだろう。でもどうしてだか僕は、男が母のことを話しているのだと思っていた。いつのまにか目の前に手が差し伸べられていた。母の手だった。その手の平に最後のピースがのっていた。
「だけどな、俺はもう耐えられんよ。ずっと見られているだけだなんて。それだけで苦しみがどんどんどんどん溜まっていくんだ」男はすすり泣いていた。「だから、頼むよ、彼女に言ってくれ、早く俺を罰してくれ、早く俺を――」
僕はすっかり眠ってしまっていたようだ。気がつくと、手がまっすぐ宙に突きだされていた。僕の手だった。男の姿は消えていた。何が起きたのかわからなかった。開いた手の平に男の背中の感触が残っていた。川面を見ても何も見えない。ただ暗い水の流れが聞こえるだけだ。
玄関ドアをサキが開けてくれる。彼女は僕に水を飲ませ、ベッドに寝かせつけてくれる。僕は男を殺したことを彼女に話す。話しながら僕は自分の話を自分で聞いている。まるで他人の話を聞くみたいに。僕はしんと静かな場所にいる。凍った湖の上から月に向かって話しかけているようだった。
一人になってから、僕は自分の中に母がいることに気がついた。ただそれは歪な形をしていた。母は母だった。だが腕から先だけだった。僕は構わずその腕にしがみついた。腕だけにしろ、母がもどってきてくれたことが何よりも嬉しかった。
どれだけベッドで過ごしただろう。二日か三日経っていたかもしれない。夢でも、現実でも、意識の中でも、僕は母と(母の腕と)暮らしていた。その二人の世界の外から声が聞こえた。サキの声。「さよなら」と彼女は言った。何がさよならなのか僕は訊きかえした。でも彼女は何も答えてくれなかった。
僕は起き上がってサキを呼んだ。声は枯れてうまく出なかったけれど、何度もサキを呼んだ。彼女はきてくれなかった。僕は部屋を出てサキを探した。彼女はダイニングにもキッチンにも庭にもいなかった。僕は彼女の部屋のドアをノックし、彼女の名前を呼んだ。反応はなかった。僕はドアを開けた。そこには何もなかった。彼女の姿も、彼女の荷物も。あるのは備え付けの家具だけだ。彼女がいた痕跡すらどこにも見あたらない。まるでサキなんて人物は最初からいなかったみたいに。
ダイニングのテーブルに置かれたくちなし色のノートを、僕は無意識にぱらぱらとめくった。白紙のページに彼女の書いた小さな丸い文字が五つ並んでいた。
――ありがとう。
何についての「ありがとう」なのか、僕にはわからなかった。あの男を殺したことについてだろうか? わからない。
僕はバックパックを背負い、外に出た。サキを探してとにかく歩きまわった。シニョリーア広場のベンチに彼女の姿はなかった。タバコの吸い殻もなかった。サキに似た格好や背丈の人を見るたびに彼女だと思った。でもみんな違っていた。いつしか僕は外灯に導かれるようにして、またあの公園のゴミ箱に向かって歩いていた。サキと出会ったあのゴミ箱に。
棺のように見えるゴミ箱を開けようとしたとき、ふと視線を上げるとサキがいた。ゴミ箱の上に張りだした枝で、木の影に溶け込むようにして首を吊っていた。
夜だった。裸の枝を通して欠けた月が見えた。母の葬儀のときのように、また雲のない空から雨が降りだしていた。僕はじっと月を睨み、徐々に大きくなるのを待った。模様が消えるのを待った。空白に変わるのを待った。空白に飲み込まれるのを待った。
またサキに会える、僕はそう思っていた。
3
太月へ
おふくろの葬儀のときはきてくれてありがとう。ずいぶんと助かった。
自分では自立した大人のつもりでいたんだが、そうでもなかったことがよくわかったよ。おふくろの死は看病しながら覚悟していたはずなのに、胸に空いた空白は想像していたよりもずっとひどかった。
自分の肺にガンがみつかったときは、おふくろが亡くなってできた空白をガンが埋めてくれているように感じたんだ。だからガンをどうこうするつもりは最初からなかった。今日子さんに手術を受けつもりはないと伝えたらすごくびっくりしていたよ。摘出すれば助かるだろうと医者はいっていたからね。今日子さんはきっと俺が死にたがっていると思ったんだろうな。怒らしちゃったよ。
こういう状態になって初めて、自分が死んだら何が失われるのかを考えてみたんだ。
思いあたったのは、俺の姉であり、太月の母親であるサツキのこと。サツキが亡くなったとき、太月、おまえはまだほんの小さな子どもだった。ランドセルを背おっていたのを覚えているから、八つくらいかな。それくらい小さなときの記憶って俺にはほとんどない。残っていたとしても後から聞かされたことが多いように思う。もしサツキのことを話さずに死んでしまったら、俺がもっているサツキの記憶は、太月が知らないまま失われることになる。
そう思って今しがたノートを買ってきて、この文章を書き始めたわけだ。本当であれば、直接に話ができればいいんだろうけど、俺たち、自分の過去について一度も話しあったことがないからな、どう話したらいいのかよくわからないっていうのが本音なんだ。
太月が母親のことを知りたいと思っているのかもよくわからない。そんなこと知りたくないというなら、このノートを読まずに捨ててくれてかまわない。太月にまかせる。
サツキのことを書くといっても、どこから書けばいいんだろうな。
まず祖母とおふくろのことから書くことにしようか。
うちの家系は女の気性が激しいと誰かから聞いたことがある。それに比べて男は気が弱いとも。おふくろの母親、つまり俺の祖母だけど、彼女も気性の激しい人だったらしい。家業を引き継ぎ、むこ入りした祖父を思いのままに操ったっておふくろが言っていたよ。仕事のできる人だったらしく、商店街のしがない寝具屋を百貨店にまで拡大させた。おそらく過労だと思うんだが、祖父は若いうちに亡くなっている。
祖母がおふくろに厳しかったのかどうかはわからない。おふくろはなにも話してくれなかったからね。ただ、おふくろはずいぶん寂しい思いをしていたようだ。
地元の大学を卒業したおふくろは、祖母の店で働きだしたが(必死に働いたってぽつりといったことがあったよ。母親に認められようとしたのかもしれない)、買い物をしにきたおやじと出会い、結婚し、退職し、妊娠してサツキを生んだ。おやじは中学校の教師をしていた。たしか国語だったと思うな。俺が生まれるのと入れ違うようにして亡くなったから、俺はおやじに会ったことがない。脳梗塞だったらしい。気が弱かったかどうかは知らないが、サツキはおやじのことを優しかったといっていたよ。写真に映るはにかんだ笑顔のおやじは、たしかに優しそうにみえる。
おふくろは仕事でもそうだったのだろうが、育児にもエネルギーをそそいだ。子どもにとっては大変なエネルギーだったろうと思う。そもそもエネルギー過多な人だったからね。おふくろはなんにでも口をはさんだし、いつだって目を光らせていた。それにすごく鋭い人だったから、隠しごとなんてできやしない。
俺は子どものとき真剣に思ったよ。自分の考えていることがマンガの吹き出しみたいに宙に浮いていて、おふくろにはそれが見えるのかもしれない、もしくは、おふくろの頭には目には見えないアンテナが二本立っているのかもしれないって。
でも俺にとっておふくろはそんなに厳しい人ではなかった。基本のルールさえ守っていれば細かいことはいってこなかった。箸の持ち方とか、靴の脱ぎ方とか、「はい」は一回だけでいいとか、そんなこと。けどサツキには厳しかったな。おふくろがサツキを小さな箱にぎゅうぎゅう押し込んでいるように俺にはみえた。俺にくれる愛情の十分の一でもサツキにわけてくれたらって何度も思っていたよ。けどな、おふくろがサツキのことを愛していなかったわけじゃないんだ。おふくろはサツキのことを思ってやっていたんだろう。愛していたんだろう。でも、そうだな、やり方がまずかった。もしかしたら自分が幼いころ、母親にほとんど構ってもらえなかったことの反動なのかもしれない。
なんにしてもサツキはずいぶん辛い思いをしていたと思う。おやじが生きているときはまだよかった。でもおやじが亡くなってからはどこにも逃げ場がなくなった。病気になっていてもおかしくなかったし、感情のないロボットみたいになっていてもおかしくなかった。それでもサツキはそうはならなかったし、弟の俺に八つ当たりしたりもしなかった。
そういえば一度だけかな、覚えていることがあって、サツキが漢字の勉強をしている隣で俺は遊んでいたんだけど、自分の名前を漢字で書けるか聞かれたから、書ける、と言って「陽司」と書いてみせたんだ。そしたらサツキは、違う、と×印して、その隣に「幼児」と書いた。ちょっとしたいじわるだよね。でも、そのことを覚えているのは、俺が傷ついたからじゃなくて、驚いたからだと思う。そんなことされたのは初めてだったから。
サツキは十八歳になって、やっと小さな箱から出られる日がやってきた。東京の女子大に入り、寮で生活することになったんだ。よくおふくろが許したと思う。でも許さないなんて選択肢はなかったんだ。サツキは家から出してくれないと死ぬといってきかなかった。そのころ部屋にある物が宙を飛びかうのは日常茶飯事だったし、サツキが自分の首に刃物をあてたこともあった。俺はそのころまだ十二歳で、ただただ震えながらみているしかなかった。二人ともなにかに取りつかれたように興奮して、近所の人が心配して見にきたときもあったし、警察がきたときもあった。結局おふくろは折れるしかなかった。そうしないとサツキは本当に死んでしまいかねなかった。
おふくろの言葉で今でも覚えているのがある。
東京に行けばあんたは不幸になる。あたしにはそれがわかる。
そんな呪いみたいな言葉をサツキの背中にぶつけるんだよ。なんだって旅立つ娘にそんなことをいわないといけないだ? どうして、応援してる、と背中を押してやれないんだよ。すごく悲しかったのを覚えてる。
サツキは家を出てから一年としないあいだに妊娠した。太月、おまえを身ごもったんだ。おふくろは堕ろすようにいった。相手が誰であるにしろ、サツキはまだ大学生で、子育てなんてできる状況にはなかったからね。でも今にして思うと、サツキはすでに決めていたんだと思う。おまえを生むことを。おふくろに報告したのは、自分に対する愛情を見極めたい、そんな思いがあったからじゃないか。そうだとすると、おふくろは見事に落第し、どっちつかずの俺は保留になったわけだ。
相手の男がどんなやつなのか、サツキはなにもいわなかったけど、心配しなくていいと俺にはいっていた。ならまあ大丈夫か、馬鹿な俺はそう思っていた。
サツキと連絡が取れなくなってから、おふくろはずいぶん探したようだ。大学はすでに辞めていて、もちろん寮からも出ていっていた。警察に届けを出して、サツキと繋がりのある人なら誰にでも連絡を取り、あちこち訪ねてまわり、東京の繁華街や歓楽街みたいなところを俺を連れてさまよい歩いたこともある。最後には探偵まで雇った。それでもサツキがどこにいるかはわからなかったが、相手の男をみつけることはできた。職なしの自称絵描きの男で、サツキが妊娠したことを知るとそうそうに姿をくらましていた。
俺はおふくろに一緒に連れていってほしいと頼んだ。あんたは家にいなさい、といわれたけれど、俺はがんとして聞かなかった。おふくろは俺の頑固さに初めて気がつき、俺自身、隠れていた自分の一面にびっくりしていた。
東京についてからクマとサイみたいな謎の大男二人が合流し、タクシーに乗って男のアパートに向かった。誰もなにも話さなかった。ただただ熱気ばかりがひどかった。というのも、俺が後ろのシートで大男二人に挟まれていたからかもしれない。
男のアパートに着いたのは昼過ぎだった。今にも崩れ落ちてしまいそうな木造アパートは、夏の日差しの中でよりいっそう惨めにみえた。おふくろはチャイムを押し、拳でドアをノックした。寝ぼけた様子の男が上半身裸でドアのすき間から顔を出して、なんですかといって頭をかいた。おふくろは身を引きつつも、片足をドアのすき間に突っ込んだ。まるでドラマみたいだったな。クマみたいな大男がドアをぐっと開け、驚いた男は後ろに下がった拍子に尻もちをついた。なんですか、なんなんですか、男はそれしか言葉を知らないみたいに何度もいった。
サツキの母親だよ、おふくろは男を見下ろしていい、家に上がりこんだ。サイみたいな大男が、むっ、と意味不明な言葉を発しておふくろにつづいた。クマみたいな男は家の中をちらりと見てからドアのそばでタバコを吸いはじめた。俺はサイにつづいて中に入った。靴は脱いだほうがいいのかなとふと考えたが、土足のままのおふくろやサイを見てそのまま上がることにした。サイが思わず、むっ、なんて声を上げたのが理解できたよ。びっくりするくらい汚い部屋だったんだ。流しはなにがどうなっているのかわからないくらい物におおわれていて、ハエやコバエやよくわからない虫がビールの空き缶の口から出たり入ったりしていた。六畳の部屋も同じような状況だった。生活スペースといえば、黄ばんだ敷き布団の上だけ。でも今思えば、一人暮らしの男の部屋なんて、みんな似たようなものかもしれないな。サイはサイらしくつま先で立っていた。俺は鼻がつまっていたから口で呼吸していたんだけど、臭いがひどかったんだろうな、おふくろは口にハンカチをあてていた。なにか着るようにおふくろがいい、男はそばに落ちていたくしゃくしゃのTシャツを着た。ピースマークの柄だった。窓際のイーゼルにはキャンバスが裏返って置かれていた。サイがそのキャンバスを何気なくひっくり返したとき、俺にはその絵がみえた。男の部屋のようにごちゃごちゃした油絵だったが、裸の女性が描かれているのは一目でわかった。カラフルな雲の上で女性が裸で横になっているような、花畑で寝ているような、そんな絵だった。サイはたぶんおふくろに見せたらまずいと思ったんだろう、すぐに裏返してもどした。一瞬のことだったから、おふくろはその絵を見なかったようだ。潔癖症なおふくろは、ただただそのゴミ箱のような場所から離れたいと思っていたんだろう。俺はどうしてこんな男をサツキは好きになったんだろう、とそんなことばかり考えていた。男の顔はよく覚えていない。目ばかりが猫のように吊りあがっていたことくらいしか。
ここまでついつい書いてしまったけど、太月にしてみればこんな話聞きたくないだろうなと今ふと思った。会ったことがないにしても、自分の親(親なんて言葉は使いたくないんだが)を悪くいわれるのは気持ちのいいものじゃないよな。だから後すこしだけ書いて男の話は終わりにする。
あの部屋にいたのは五分程度だったと思う。男はサツキの居場所を知らなかったし、連絡も取っていないようだった。それだけ知ると、おふくろは家を出ていった。サイも出ていった。クマはずっと外で待っていた。
俺は出ていく前にもう一度キャンバスの絵を見ようとしたが、触るな、と急に力のある声で男にいわれ、すごすごと手をひいた。
あの絵のことを考えると、妙な気持ちになる。サツキを描いたものだったのか、それはわからない。にもかかわらず、あの絵をもう一度みてみたい気がするんだ。サツキがあの男にひかれた理由があの絵にはあるんじゃないか、そんなことを考えてしまう。
サツキから連絡があったのは俺が高校生のときだったから、男の家に乗り込んでから五年ほどが経っていた。せっぱつまっている様子が電話口から伝わってきたよ。お金が必要なんだとすぐにわかった。でも高校生の俺にお金なんてあるわけがない。財布にはせいぜい三千円くらいしか入っていない。けどそんなことをいってしまったらサツキに会えなくなると思って、俺は必死に頭を動かした。お金ならあると俺はいった。いくら用意できるか聞かれ、十万は固いと答えた。サツキとは数日後に会うことになった。
約束の当日、俺はおふくろのタンスに向かい、一番上の引き出しからおふくろの預金通帳を取りだし、ATMに向かった。暗証番号は知っていた。おふくろ、いつも決まった番号しか使わなかったから。いくら引き出すか迷ったんだけど、結構な額あることがわかり、十万なんてけち臭いことはいってられないと思った。五十万? いや、百万? 結局俺はおふくろに叱られることを恐れて、三十万にした。サツキのことを思えば通帳をそのまま渡してしまえばよかったんだ。情けないことに、俺はサツキのことよりも自分のことを考えていた。
駅の裏手にある喫茶店で待っていると、サツキが男の子を連れて入ってきた。太月のことだよ。サツキはおふくろがいないことを確認してほっとしたようだった。
久しぶり、やっぱり生んだんだ、と俺がいうと、当たり前でしょ、とサツキはいった。その口調のきつさに俺はすこしたじろいだ。でも慣れた様子で子どもを椅子に座らせ、ティッシュを鼻にあてて、チンして、とかいっているのをみていると、ちゃんと母親してるんだってことが伝わってきた。
こんにちは。お名前は? と俺は男の子に聞いてみた。
子どもはすごく照れて、サツキの腕に顔をうずめていたんだけど、ほら、お名前は? とサツキに聞かれ、タツキ、とぽつりとつぶやいた。
どう書くのかサツキに聞いたら、太陽の太に、空に浮かぶ月、と教えてくれた。
イルソーレ エ ラルーナ、と俺は言った。(太月には言ってなかったと思うが、店の名前「ソレルナ」はここからきてるんだ)
何それ? とサツキに聞かれ、太陽と月、イタリア語だよ、と俺は答えた。
留学でもするの?
旅行だよ。
女の子と?
まあね。
ませてんのね。
まあね。
そのころ付き合っていた女の子が、高校卒業後にフィレンツェに留学することが決まっていたんだ。俺は大学の夏休みにこっそり会いにいこうと計画していた。でも最後の最後で別れ話になってしまい、俺の手にはフィレンツェまでの切符だけが残った。何度も破こうとしたんだけど、勇気が出なくてそのまま引き出しに入れっぱなしになっていた。それで大学が夏休みに入ったとき、俺はイタリアに行くことにした。彼女に会おうとは考えていなかったよ。といったら、まあ、嘘になるんだけど、連絡は取ってなかったし、住んでいるところも知らなかったからね、会えるわけがなかった。俺はまだその子に思いがあったから、もし会えたらと期待はしていたんだけどね。実際にはやっぱり会えなかった。かわりといっちゃあなんだが、パン屋のおやじに出会った。
話をもどそう。
サツキの見た目はずいぶん変わっていたよ。まだ二十四くらいなはずなのに、老いの感じがすでにあった。あのころすでにうつ病になって薬も飲んでいたのかもしれない。目の下のクマはひどかったし、肌には張りがなくて、髪は痛んでいるし、なんだか話し方もあやしかった。勝手に意識がどこかに飛んでいきそうな雰囲気で、窓の外やパフェを食べている太月の様子をぼんやりと眺めたりしている。どうしていたのか聞いても答えてくれなかった。
しばらくしてから、みたらわかるでしょ、とサツキは急に口を開いていった。どうにかして生きてきたのよ。それでいいじゃない。あんたは? これからどうするの? そんなことわたしに聞かれたくないでしょ。だからなにも聞かないで。わたしはどうにかして生きてきたのよ。これからだってどうにかしてこの子を育てていくつもり。それでいいでしょ?
わかったよ、と俺はいって、お金が入った封筒をテーブルに置いた。
お母さんのじゃないでしょうね? と聞かれ、違うよ、と俺は答えた。
もしおふくろのだなんていったら、受け取ってもらえないと思ったからね。まあ、サツキもわかっていたとは思うんだけど。
サツキはちらっと俺のほうを見てから、ごめん、助かる、と封筒を鞄にしまった。
貯金残高が減っているのは、その日のうちにおふくろにばれた。俺は自分がやったことを正直に白状したよ。でもなにに使ったかまではいわなかった。まあ、おふくろはすぐにぴんときた様子だったけどね。勘の鋭い人だし、俺が小心者で悪いことなんてできるたまじゃないこともよくわかっていたから。次に連絡があったらわたしに知らせなさい、とだけいわれたよ。俺は、わかった、と答えたが、知らせるつもりなんてなかった。おふくろが出ていったらなにが起こるかわかったもんじゃない。ケンカになるのは目にみえていたし、子どもを奪い取ってサツキを精神科に強制入院させるなんてこともありえなくはない。おふくろが会いに行ったらサツキは絶対にダメになると思ったから、サツキのことは伏せておいたんだけど、俺の読みは甘かった。おふくろはさっさと手をまわして、サツキが泊まっているホテルの情報を掴んでしまった。おふくろ独自のネットワークが光の速さで機能したんだ。俺がサツキと会った日の夜には、おふくろとサツキが対面していた。
俺もついて行ったよ。勝手な想像では、サツキはおふくろから逃げようとし、おふくろは捕まえようとする。言い争いが始まり、物が宙を飛ぶ。そんなドタバタ劇の幕が開けると思っていたんだ。舞台はシングルルーム。演者はおふくろとサツキで、客は俺と太月。もしかしたら俺が演者に加わるかもしれないし、太月が泣いて加わるかもしれない。台本なしのアドリブ合戦。大学で演劇を学ぶつもりだった俺はそんな想像をしながら、おふくろが運転する車でホテルまで向かった。運転中、おふくろはなにも話さなかった。妙に落ち着いていたよ。怒っているような雰囲気はなかった。それが俺には不気味だったんだが、話は単純で、孫の太月に会えるのを楽しみにしていたんだよ、きっと。
本当にあったことは、想像していたよりもっと不思議な出来事だった。舞台は思っていた通りの、ベッドが六割を占めるようなシングルルームだった。後の三割をテレビ、椅子、机なんかが埋め、残り一割が通路になっている。おふくろはドアを俺に開けさせ、ドアが開くとすぐに身をすべり込ませた。第一声はなんだったかな。サツキを責めるようなことをいったかもしれない。サツキは、太月が寝ているから静かにして、といった。それからベッドに腰かけて、すやすや眠る太月の頭を撫でた。それは間違いなく母親のしぐさだったよ。おふくろをしばらく黙らせる力があった。
タツキって名前なの? とおふくろが声を落として聞いた。
サツキは太月をみたままわずかにうなずいた。
おふくろは一目で太月のことが気に入った。立ったままじっと寝顔を見つめているんだ。ほほ笑みを浮かべながら。後になって思いだすと、そのほほ笑みに不気味なものを感じないこともないんだけど、そのときは感動的なものとして俺にはみえた。演者は太月一人で、他の三人はみんな観客だった。その場には温もりがあった。理解があって、愛があった。
その後、サツキとおふくろはロビーに移動し、俺は部屋に残った。初めてだったよ、子どもをかわいいなんて思ったのは。高校生の男子は普通そんなこと思わないもんな。それくらい、太月、おまえの寝顔はかわいかったんだよ。ありきたりの言葉かもしれないけど、まさしく天使だった。ほのかに光り輝いてみえたくらいだ。触れたくても触れられなくて、でも触れたくて、そっと俺はほっぺたに触れてみた。こんなことをいうのは照れてしまうんだけど、パン生地をこねているときにさ、ふとそのときのほっぺたの感触を思い出しては一人でついついにやにやしちゃうときがあるんだ。で、この子を守らなくちゃって思ったことを思い出すんだ。高校生の男子がね、ほんとにね、そんなことを思ったんだよ。
話しあいの結果、サツキは家にもどることになった。そのほうが太月のためになるとサツキは判断したんだと思う。
自分の親の悪口をいいたくはないけれど、一緒に暮らしだしてからのおふくろのふるまいが俺には狡かつに思えたよ。太月を自分のものとし、サツキの居場所を奪っていくよう仕向けている、そんな風に俺の目には映った。実際、おふくろがそんなことを考えていたかどうかはわからない。単純に孫を溺愛していただけなのかもしれない。けど、サツキの居場所はすこしずつ確実に奪われていったんだ。
そのころサツキがなにをしていたのかは知らない。何度か東京に行っていたみたいだけど、働いていたのかもしれないし、息抜きが必要だったのかもしれない。サツキは俺と口を利かないようになっていた。信用ゼロ。回復の見込みゼロ。万事休す。東京といえば、思いつくのは太月の父親だけだ。サツキはあの男に会っていたんだろうか? そんなことはないと思いたい。
サツキは抗うつ剤と睡眠薬を欠かせないようになっていた。手のひらに何種類もの薬をのせている姿は見ていられなかった。そのころ太月はすっかりおふくろに慣れ、家にも、生活にも慣れ、小学校にも慣れていった。それにつれて太月の中でサツキの占める割合はぐっと小さくなっていったのだと思う。そのことに危機感を覚えたのか、サツキは太月を連れて再び家を出ようとし、おふくろにとめられた。
三人はテーブルにつき、これからどうするのか話しあった。俺はその場にいなかった。後になっておふくろから聞いた話だから、もしかしたら太月のほうがよく知っているかもしれない。おふくろは太月に残ってもらいたかった。サツキは一緒に出ていきたいと思いながら、太月にとっては残るほうが幸せなのではないかと考えていたんだと思う。二人は太月にどうしたいか聞いた。祖母と家に残るか、母親と家を出ていくか。太月は家に残りたいといった。おふくろはそういっていたけど、本当だろうか? サツキは荷物を持って家を出ていった。
それから一月経たないうちに、サツキは自殺未遂を起こして病院に運ばれた。薬を大量に飲んだんだ。祖母はサツキを精神病院に入院させることにした。俺は何度か見舞いに行ったけど、いつも話がかみ合わなかった。出口を失ったみたいに、話が同じところを何度もループするんだ。出てくるのは過去の話ばかり。おふくろに対する恨みや、おやじが死んでしまったこととか。おやじには捨てられたように感じていたみたいだよ。太月については謝ってばかりいた。ごめん、ごめんって。太月を連れてこようか、と聞いたら、すごい勢いで取り乱してね、医者がさっとやってきて腕に注射を打った。俺は自分の目が信じられなかったよ。なんで注射なんて打つんだと聞いたら、いつもこうしてますっていうんだ。平気な顔で。まともな医者とは思えなかったね。俺は怖くなって、おふくろにいったんだ。あの病院から出したほうがいいって。でも、おふくろは大丈夫だといってきかなかった。あの病院には知り合いの医者がいるからって。
早朝だった。サツキは病院の前の歩道橋から飛び降りた。
サツキは自ら死を選んだ。でも、精一杯に生きていたと俺は思っている。太月のことを愛していたし、大切に思っていた。おまえを残して家を出たかもしれないけど、おまえを見捨てたわけじゃない。ただただおまえの幸せを願っていたんだと思う。
母親を失うこと、俺は太月と一緒に暮らしながら理解しようと努めてきたつもりでいた。けど、おふくろが亡くなって初めて理解できたような気がするよ。まだ子どもだった太月にとっては俺の何倍も辛いことだったにちがいない。それでも母親を失うってことが俺にもわかったような気がするんだ。
太月も知ってのとおり、おふくろは全身にガンが転移して亡くなった。ガンがおふくろを殺した、そういえるだろう。でも俺にはそうは思えないんだよ。このノートの最初のほうに、おふくろが亡くなってからできた空白をガンが埋めている、そんなことを書いたが、正確にいえば違うんだ。こんなことを白状するのはひどく恥ずかしいんだけど、俺には自分の中に見つかったガンが、おふくろの一部のように思えて仕方がないんだよ。おかしなことだって自分でもわかってはいる。でもそう感じるんだ。おふくろが自分の中にいるように感じるんだ。
今日子さんには恥ずかしくていえないでいる。だから彼女は俺が手術を受けないのは、死にたがっているからだと思って怒ってるんだ。いったらわかってくれそうな気もするんだけど、どうかな、生きられるのに生きようとしないことを、彼女はやっぱり怒るだろうな。
つらつらと書いてしまった。最後に。
太月、俺はおまえの父親になりたかった。俺をおやじのように思ってほしかった。でも、そんな風に思えないのもわかるんだ。
サツキが死んでから俺はずっと悔やんで生きてきた。俺がサツキを殺したわけじゃない、そう自分にいい聞かしても、俺自身どこかで、サツキを死に追いやった輪に加わっていたんじゃないか、サツキを捨てたあの男と俺は、犯した罪ではそう大差ないんじゃないか、そんなことを考えてしまう。だから太月が俺のことを、母を殺したやつらの一人だ、そんな風に思っていたとしても不思議じゃない。
だから、太月に謝らないといけない。すまなかった。
俺は太月のことを自分の子どものように考えてきた。父親を知らない俺でも自分なりにがんばったつもりでいる。太月にはそうは思えないかもしれないけどな。
一緒に過ごせたこと、本当に感謝している。
太月がイタリアから帰ってきたときは本当にほっとした。新聞の隅に、アルノ川下流で邦人らしき遺体見つかる、なんて記事を見つけた日には気が気じゃなかった。向こうで何があったのかはわからない。つらいことがあったんだろう。いつか話してくれたらと思いながら、自分からは聞けないでいる。
とにかく太月と出会えて、一緒に生活することができて、本当によかった。死ぬ間際にいうつもりでいるけれど、いえないかもしれないから、ここでいっておく。
ありがとう。
短いあいだだったけど、一緒に働けて本当に楽しかった。
ありがとう。
4
カタカタカタ、と音が聞こえていた。隣の部屋からだった。あまり馴染みのない音だったけれど、居心地の悪い音ではなかった。どこか懐かしく、何かを思いだしそうな気がしたが、僕の頭はサキのことでいっぱいになっていた。
夢の中だけが唯一の避難場所だった。けれど次第にひどい夢ばかり見るようになった。探していたものを見つけたと思ったら、それは手の中でぐしゃぐしゃに腐り、あとには小指の骨のような石だけが残った。誰かと話をしていて、ふと相手の顔を見ると、目のところにぽっかりと虚無の穴が空いていた。警察に追われる夢を見た。絵描きの男が首を吊る夢も見た。サキを橋の上から突き落とす夢も見た。僕は夢の中にすら自分の居場所を見つけられなくなってしまった。まるで家から追いだされた子どものようだった。
隣の部屋のドアは開けられたままになっていた。女性がミシンを動かしている。カタカタカタ、と。僕は部屋に入り、床の隅に膝を抱えて座り込んだ。彼女はミシンをとめて何か言ったけれど、僕は聞いていなかった。彼女はコーヒーの入ったコップを僕の隣に置いた。僕はミシンの音に耳を傾けながら、コップの縁で渦を巻く湯気を見ていた。またサキのことを考えた。
あの夜、見上げた月はいつまで待っても空白に変わることなく、僕を飲み込むこともなかった。そしていつしか月は消え、空が白みだしていた。サキを包む暗闇が薄れていく。僕は逃げるようにしてその場を離れた。
行き着いた場所はサンタ・マリア・ノヴェッラ駅だった。僕は無意識にもフィレンツェから出ていきたいと思っていたのかもしれない。ホームの隅にうずくまっていると、誰かが僕のことを呼んでいるような気がしたが、顔を上げても誰もいなかった。サキが呼んでいたのだと思うと、急に呼吸が苦しくなった。肺が空気で満たされていく。体はまるで雑巾でも絞るかのように空気を吐きだそうともがいたが、気管に弁がついてしまったみたいに、空気を吸えても吐きだすことができなかった。このまま風船が割れるようにして死ぬのだと思うと涙が出てきた。サキを殺したのは僕だ。謝ろうとしても、その言葉すら吐きだせない。
気がつくと、僕の口に紙袋があてられていた。フォカッチャが入っていたのだろうか、オリーブオイルとローズマリーとパン生地の匂いがする。肩に優しくまわした腕が僕を支えている。ごめんなさい、ごめんなさい、と僕はサキに謝ろうとしたが、吐きだされる空気は言葉にならない。紙袋が音を立てる。肺の代わりに動いているみたいだ。
過呼吸が落ち着いたあと、彼女に何か訊かれたけれど、僕はうまく理解できなかった。日本語だとはわかるのに、言葉はぼやけ、像を結ばない。けれど何度も話しかけてくれたおかげで、僕は彼女の言葉を二つだけ聞きとることができた。
動きつづけること、考えないこと。
それが何を意味しているのか、そもそも彼女が誰なのか、どうして僕を助けてくれるのか、そんなことですら僕は考えられずにいた。僕は促されるまま彼女について歩き、どこかの家にたどり着き、与えられた部屋に閉じこもってサキのことばかり考えた。サキの死はあの絵描きの男の死と繋がっていて、男を殺したのは僕だ、と考えると、サキを殺したのは僕だ、と自動翻訳された。違う、僕はサキを殺してなんかいない、と言う声も頭の片隅で聞こえたが、あまりにも弱々しかった。
雨が降りつづけていたように思う。彼女の家にいるあいだ、一度も僕は窓の外を見なかったけれど、雨の音とミシンの音がいつも混じりあって聞こえていたような気がする。雨の音を聞いていると、自分が自分の中に沈んでいくのを感じる。
僕はよくトイレに用もなく行き、便座に腰かけて雨の音に耳を澄ました。五メートルほどの細長い空間の真ん中にぽつんと便座が置かれたトイレで、腰かけると膝が向かいの壁に触れ、そこだけ塗装が剥がれている。そのトイレではどうしてだか雨の音が他の場所よりもはっきりと聞こえた。もしかしたら換気扇のせいだったのかもしれない。どういう仕組みかわからないが、外の雨の音を増幅させていたのかもしれないし、換気扇自体が雨のような音を立てていたのかもしれない。
不思議なことが起きたのは僕がトイレから出ようとしたときだった。ドアを開けると、地下につづく階段があった。何が起きたのか理解できなかった。ドアの向こうはキッチンになっているはずだった。でも今はコンクリートの階段になっている。トイレの電球の明かりは弱く、階段のすぐ先は暗くて何も見えない。
僕は階段をしばらく眺めてから、壁に手をついて階段を下りていった。空気は湿っぽく、コンクリートの壁には水の膜が薄く張っている。階段は途中で直角に折れ曲がり、先には真っ暗な空間があった。僕は手元にあった電気スイッチを入れた。四畳ほどの狭い空間を電球の明かりが照らす。そこはコンクリートで覆われた地下室だった。雨が染み込んでいるように全体が湿り気を帯びている。昔はワインセラーとして使われていたのかもしれないが、今は誰かが部屋として使っているようだった。僕は鉄パイプのベッドに腰かけ、枕元に置かれた写真立てを手に取った。海を背景に一組のカップルが写っている。日によく焼けた筋肉質の男が片方の腕を女性の腰にまわし、女性は風に飛ばされそうになるツバの広い帽子を押さえ、男のほうに顔を向けて何か囁いている。僕はその女性に見覚えがあるような気がして写真をじっと見つめた。すると、その女性がサキに見えだした。僕はまた過呼吸を起こしそうになった。サキだ、サキだ、と叫ぶ声と、落ち着け、よく見ろ、これはサキじゃない、サキじゃない、と言う声が頭の中で乱れ飛んだ。僕は写真立てを放りだし、ポケットからビニール袋を取りだして口にあててベッドの上で横になった。マットレスと布団はカビ臭く、濡れせんべいのように湿っていた。雨のせいだ、と僕は思った。ずっと雨が降りつづけているせいだ。そう思ったのは、地下のはずなのに雨の音が聞こえていたからかもしれない。たぶんどこかで換気扇がまわっていたのだろう。
僕はいつしか眠ってしまっていたようだ。辺りは暗闇に包まれていた。背中からまわされた腕を、僕は寝ぼけた頭で母の腕だと思い込んでいた。僕は子どもにもどっていた。体の向きを変え、微かに上下する胸に耳をあてて心臓の音を聞く。お母さん、と僕は心の中で呟く。――心臓の音ではない何かが僕の鼓膜を柔らかく打っている。雨の音だ、そう気がついた瞬間、僕はもう子どもの僕ではなかった。そして母だと思っていた人も母ではなくなっていた。ぐっと込み上げてくるものを吐きだすと、サキ、と呼ぶ声になった。彼女の体がすこし固くなる。僕はサキの存在を感じたくて、まるで彼女を飲み込もうとするかのように覆いかぶさり、体を押しつけた。それから彼女の顔をまさぐり、彼女の唇に唇を重ねた。彼女は僕ではない誰かの名前を呼びながら(「ヨウちゃん」と呼んでいた)、僕ではない誰かを求めていた。僕は彼女がサキだと思い込んでいたせいで、その「ヨウちゃん」があの絵描きの男と重なり、嫉妬に狂いそうになっていっそう強く彼女を求めた。彼女はすぐに僕が「ヨウちゃん」ではないことに気がついたのだろう。やめてと声を上げながら体を離そうともがいたが、僕は彼女を押さえつけ、サキ、サキ、と何度も体を重ねようとした。でも僕は自分の声を聞いて、サキが死んでしまったことを唐突に思いだした。彼女が僕の腕から逃れ、明かりをつける。そこで初めて僕は彼女が誰だったのかを知った。目の前で呆然と立ち尽くしながら、僕を通してどこか遠く、別の誰かを見るようにして泣いている彼女は、ハンカチ屋で働いている女性だった。
当時の僕はあのハンカチ屋のガラスに描かれたIndirizzo Puroの白い文字に啓示を受けてイタリアまで行ったのだ。それはおおげさかもしれないが、有(彼女の名前だ)に導かれたのだと言ってもいいのかもしれない。あの店は彼女の店で、Indirizzo Puroという名前も彼女が考えたのだから。僕が彼女と知り合ったとき、彼女は駅のホームで過呼吸を起こし、僕は持っていた紙袋を口にあててあげた。そしてその状況は、僕がサンタ・マリア・ノヴェッラ駅で過呼吸を起こしたときと同じで、今度は彼女が僕の口に紙袋をあててくれたのだ。
彼女が誰なのかわかると同時に、今いる場所が僕の目に飛び込んできた。まるで自分の外側にも世界があることに初めて気がついたかのようだった。本や辞書やノートや筆記具が並んだ書き物机、背のない椅子、服のかかっていないハンガーラック、紫地にフィレンツェのシンボルマーク(ユリの花)が赤く描かれたマット、空気の抜けたサッカーボール、それら一つひとつは埃やカビを払われているように見えたが、そのどれもが少しずつ痛み、蝕ばまれていた。
彼女はコンクリートの床にしゃがみ込んで泣いていた。ポンペイ遺跡の祈る石膏像を僕は思いだす。それは僕自身の姿でもあった。何かが彼女を押し潰そうとしているように、サキの死が僕を押し潰そうとしているのだ。まるで火山灰が人々を押し潰したように。地下室を満たすのは、雨の音と彼女のすすり泣く声だけだ。ふと僕はミシンの音が聞きたくなったのを覚えている。僕は階段を駆け上がり、細長いトイレを抜け、キッチン、ダイニング、廊下を通り過ぎて外に出た。空は灰色の雲に覆われていたが、雨は降っていなかった。僕はその足で旅行代理店に行き、翌朝発の日本までの航空券を買い、空港のベンチで夜を明かし、イタリアにきたときとほとんど変わらない格好で飛行機に乗り込んだ。
機内で僕は彼女が言った二つの言葉を思いだしていた。
動きつづけること、考えないこと。
日本に帰り着くまで、僕は呪文のように頭の中で繰りかえし唱えた。動くのだ。動きつづけるのだ。とにかく考えずに動きつづけるのだ。
家に着いたのは昼前だった。叔父は仕事に出かけていた。僕は疲れてベッドに横になったが、眠りはしなかった。もし眠ってしまったら、もう二度とベッドから出られないような気がした。僕は体を引き剥がすようにしてベッドから起き上がり、シャワーを浴び、石鹸で体を洗い、ひげを剃り、バスタオルで体を拭いてドライヤーで髪を乾かし、歯を磨き、服を着替え、クラッカーで小腹を満たしてから叔父のパン屋まで歩いて向かった。
道すがら、僕は叔父と会うところを想像した。叔父は怒るだろうか? 叔父の怒る姿は見たことがなく、うまく想像できなかった。かといって何も言われないこともないだろう。僕は簡単なメモだけを残して旅立ったし、向こうに着いてからはほとんど連絡もせず、金まで借りたのだ。まず謝らないといけない、そう思うと緊張してきた。
店は昼のピークを迎えたあとで、客は一人しかいなかった。カウンターには今日子さんが立っていた。今日子さんは叔父が店を出したときからパートとして働いている。だからもう五年になるだろうか。僕にとっては伯母のような存在だ。一人身なのだから叔父と付き合えばいいのに、結婚すればいいのに、と僕はずっと思ってきたが、どうしてだかそうはならない。
「あれ」彼女は僕を見て、ぱっと笑顔になった。店にいた客は今日子さんの大きな声にすこし驚いたようだったが、彼女は気にしなかった。「太月くん、帰ってきたんやね。おかえりなさい。陽司さん、めっちゃ心配してたで」
今日子さんはまだ若いのに、どっしりとした風格のようなものがある。体格がよく、関西弁を話し、快活に笑い、一人で男の子を育てているからだろうか。僕は無愛想になんてしたくなかったのに、口を開いて出てきた言葉は無愛想そのものだった。
「叔父さんは?」
「キッチンにいるよ。呼ぼか?」
「いや、いい。裏から入る」
客がパンをトレーにのせてレジにやってきた。「またイタリアの話聞かせて」今日子さんは声を落として言い、ウィンクした。
僕は店を出て裏手にまわった。塀に囲まれた狭い空間にプラスチックの白いテーブルと椅子が置かれ、七色のパラソルが立っている。叔父はそこにストーブを出して朝刊を読んでいた。声をかけようとすると、顔を上げて僕を見た。だけど何も言わなかった。ただ僕の顔をじっと見ているだけだった。
僕が謝る前に叔父が口を開いた。「ちょっと大人の顔になったんじゃないか?」
急にそんなことを言われても、僕はどう反応すればいいのかわからなかった。
「飯は食ったか? 今ちょうど休憩中なんだ。どっか食いに行くか?」
僕の口は勝手に開いてこう言った。「叔父さんの店で働かせてください」
「なんだ、どうした? 何かあったのか?」
僕の呼吸は浅くなり、視界がぐっと狭くなった。……断られる? 断られたら僕はどうしたらいい? どうやって動きつづけたらいい?
「とりあえず何か食べに行こう。何かあったならそこで聞くから」
僕は首を横に振った。世界がぐわんぐわん揺れる。
「とにかく座ったら? 疲れてるだろ。顔色よくないぞ」
僕はまた首を振った。また世界が揺れる。
叔父はため息をついた。「高校を卒業してからの話か?」
「今から、働かせてください」
「今から? それはまた急な話だな。学校はどうする。もう卒業だろう。やめるのか?」
「行きます」
「なら土日だけにしたらどうだ?」
「今から、お願いします」
「……なあ、何があった? 話してくれないと俺には何もわからないよ。振り込んだお金のことならいいんだよ。どうしても返したいと思うなら、ちょっとずつ返してくれたらいい。それほど困ってるわけじゃない」
「パンが焼きたいんです」そう言った瞬間、僕の心臓はちくりと痛んだ。僕は嘘をついた。パンを焼きたいなんて思っていなかったのだ。ただ、動きつづけるためにはそれが一番いい方法だと思っただけだ。
叔父はしばらく考えてから口を開いた。「今から働くのはさすがに無理だ。俺にもやることがあるから。だけど明日の朝からなら構わない。三時起きだ。それでもいいか?」
「お願いします」僕は頭を下げた。
叔父が言ったように朝は三時起きだった。朝というより、まだ夜だ。朝食は食べなかった(僕たちは温めた牛乳に黒砂糖を溶かして飲んだ)。叔父に渡された鍵で裏口のドアを開ける。ノブは氷のように冷たかった。厨房の電気をつけると、ステンレスの作業台や器具がいっせいに光を反射させて眩しかった。僕は緊張していた。それは恐怖に近い緊張だった。これから何をすればいいのか何一つわからないのだ。作業着に着替えて指示を待っていると、ただ見ているだけでいいと言われた。そのあと叔父は僕の存在を半ば忘れて仕事に没頭した。前夜に仕込んでおいた生地をホイロ(発酵器)から取りだし、状態をチェックし、分割して片っ端から成形していく。二時間ほど経ったところでガスオーブンに火を入れ、温度の上がり具合を確認しながら生地を放り込み、どんどん焼き上げていく。そのあいだにも仕込みと成形はつづく。僕は邪魔にならないように厨房の端に立ち、あっちこっち移動しながら黙々と働く叔父の姿を見ていた。正直に言って、怖かった。僕にはとてもじゃないができそうにないと思った。オーブンの熱のせいだろうか、立っているだけで頭はぼんやりとした靄に包まれ、いっそ床に寝ころんで目を閉じてしまいたくなった。七時半にアルバイトの人が出勤してきたところで僕は解放され、ぼやけた頭のまま家にもどり、シャワーを浴び、食べ物を口に放り込んで学校に向かった。その日は一日中ぼんやりしていた。イタリアはどうだったか友達に訊かれても、うまく答えられなかった。彼らがいる場所と自分のいる場所はなぜか遠く隔たっているように感じた。まるでテレビ電話の画面を見ているようだった。僕は学校にいるあいだ、ただただ店に出るのが億劫で堪らなかった。でも出ないわけにはいかなかった。叔父にお願いしたのは僕なのだし、もし叔父の店で働けなくなったらどうしたらいいのかわからなかったから。
学校が終わってから店に出ると、朝と変わって叔父は色んなことを教えてくれた。道具や器具や材料、店に並んでいるパンのことなんかを。今日子さんは店の基本的なことを教えてくれた。店頭は二人、厨房は叔父が一人。朝八時から夜八時までオープン。定休日は水曜日で、土曜、日曜、祝日は十一時オープン。今日子さんは子どもを保育園に預けてから出勤し、夕方まで働いている。
僕は今日子さんに、ちゃんと働ける自信がないと白状した。彼女は笑い、大丈夫だと言ってくれた。「あたしだって初めは心配で堪らなかったよ。パン屋さんで働いたことなんてなかったからね。でも、大丈夫。ちょっとずつ覚えればいいんやよ。できることを一つずつ増やしていけばいいだけ。最初から全部を求められたりせえへんから大丈夫。働いているうちにちょっとずつ馴染んでいくもんなんよ。それに失敗だってしたらいいんやよ。みんなでフォローするし、みんなそうやって仕事を覚えていくんやから。……大きな声じゃ言えへんけど、あたしなんて今でも失敗ばっかし。焼き上がったパンを床にひっくり返しちゃったりね。でもそんなときでも素直に謝ればみんな許してくれるんよ。ほんまやで。だから心配なんて全然せんでいいんやよ。大丈夫やよ」
高校を卒業するまでは早朝と夕方に店に出て、学校が休みの日は丸一日働いた。仕事を覚えていくうちに、漠然とした恐怖は薄まっていった。わからないことを僕は頭の中で勝手に想像し、脚色して膨らませていたようだ。一つひとつの仕事は単純だった。開閉店の準備にしても、棚出しにしても、レジ打ちにしても、僕が想像したほど複雑なことなんて何もなかった(接客はひどく緊張したけれど)。パンを焼くにしても、基本は本当にシンプルだ。粉と水と酵母と塩、それだけの材料でパンはできている。だけどシンプルだから簡単というわけではない。叔父に言われたように生地を作っても、叔父の出来上がりとは違ってしまう。発酵の仕方も日によって変わるため、生地の様子を見てから焼く順番を決めなくてはいけない。同じことをやっているように見えて、毎日が違う。一つひとつの作業が本当に試行錯誤の連続だった。
高校を卒業してからは毎日働いた。厨房でも店頭でも朝から晩まで。叔父にはもっと休めと言われたし、今日子さんにも心配された。夜は紙粘土のように夢もなく眠った。だけど僕にとっては休むよりも動きつづけるほうが気持ちとしては楽だった。
僕は十月からの一年間、パンの専門学校に通った。パン作りについてもっと学ぼうと思ったから、と言えればいいのだが、そうではない。ただ仕事に慣れてしまうのが怖かったからだ。
実習の先生に言われた言葉を覚えている。「パンを焼くことをもっと楽しめ」似たようなことを叔父にも言われた。「おまえが楽しければパンも楽しんでくれる。おまえの愛情もちゃんとパンに伝わる」
そんなことを言われても、どうすればいいのか僕にはわからなかった。
ヒントを得たのは有に再会してからだ。僕が日本にもどってきてから一年近く経ったある日、彼女が店のドアを開けた。僕はレジに立ち、売り場のポップを作っていた。彼女は僕に気がついていなかったけれど、僕はすぐに気がついた。逃げだしたかった。レジを代わってくれる人がいれば逃げだしていたかもしれない。彼女がパンを持ってレジにやってくる。僕は何を言えばいいのかわからず、ただぺこりと頭を下げた。彼女は驚いたように僕を見た。「ここで働いているの?」
「叔父の店なんです」レジを打ちながら僕はもそもそと答えた。謝らなければ、と思いながら会計を済まし、パンを紙袋に入れて渡す。どうにかして出てきた言葉は「またきてください」だった。
今日子さんに訊いてみると、「ああ、有さんね」と彼女は言った(そのときに僕は有の名前を知ったのだ)。「ハンカチショップやってる人よね」今日子さんによると、彼女はたまに店にくるらしい。一年近く会わなかったのは、彼女がやってくる夕方、僕はいつも厨房にこもっていたからだろう。なぜか今日子さんはそれから有が店にきたことを僕に報告するようになった。「さっききたよ」から始まり、どんな服装をしていたか、どんないい匂いがしたか、髪型がどう変わったか、何のパンを買っていったかとか、結婚はまだしてないみたい、そんなことまで言った。
僕が有のことを考えながらパンを焼くようになったのは、最初は罪の意識からだったのかもしれない。でもしばらくすると、おいしいパンを、彼女が喜んでくれるようなパンを焼きたいと思うようになった。僕は叔父に頼んで売り場のスペースをもらい、今日子さんに情報提供してもらいながら(今日子さんにはそのスペースのことを有に言わないように口止めしておいた)、有が食べたいと思うようなパンを想像し、フィレンツェでやっていたように天然酵母を使い、手でこねて焼いた。有が買っていってくれたときは今日子さんが嬉しそうに「太月くんのところから買ってったよ」と報告してくれた。
有のことを考えてパンを焼いていると、いつのまにかサキのためにパンを焼いていた自分と重なり合うときがあった。僕はあの半地下の家のキッチンにいて、サキの辞書を使ってレシピを一語一語ノートに訳し、材料を計量し、混ぜ合わせ、生地に働きかけ、発酵させ、成形し、コンロ下のガスオーブンで焼いた。冬眠から覚めたウサギのように部屋から出てくるサキ、パンの焼ける匂いをかぐサキ、庭でタバコを喫うサキ。彼女はコーヒーをいれ、僕たちはキッチンのテーブルで焼き上がったばかりのパンを食べる――。サキといたときを思うと、彼女が死んだことを考えないわけにはいかなかった。それから絵描きの男を殺したことも。男を殺したことを考えると、自分の手が自分のものとは思えなくなった。その手は母の手であり、あの男の背中を押した手だ。僕は神経質に手を洗うようになった。サキの死と男を殺したこと、その二つは道路のようなもので固く結びついていて、僕はその二つのあいだを彷徨うように行き来した。
そのころ叔父は祖母の介護のために向こうの家に住むようになり、店には出なくなっていた。だから僕は一人で厨房をまわしていたのだけれど、もっと忙しくなるようにと店の拡張を考えた。二階の整骨院は今では空き店舗になっていた。そこを厨房に使えば、一階全部を売り場にできる。僕はそのアイデアを今日子さんに話してみた。すると彼女は「それだったらカフェにしたら?」と言った。「バリスタっていうの、一度やってみたかったんよね」
僕は今日子さんの案を採用し、叔父に計画書を送った。「一人でできるのか」と叔父は訊いた。「今日子さんもいるからできると思う」と僕は答えた。叔父はやってみるように言ってくれた。厨房があった一階の奥に、カウンターと二人席を四つ入れることにした。さらに「子どもの遊び場を作ればママさんたちがやってくる」という今日子さんの意見を取りいれ、カラーマットを敷いたスペースを作り、本棚には絵本を並べた。売り場は対面販売に変え、内装は白と木の茶色を基調として所どころに観葉植物を置いた。オープンは三月、時間は十時から八時までと決まった。
アルバイト募集のチラシを貼りだすと、ぽつぽつ問い合わせがくるようになった。有も一人紹介したい子がいると言い、面接することになった。店にやってきた女の子は「ヨシザキユウです」と頭を下げた。黒い瞳と肩にかかるまっすぐな黒髪は、真面目さというよりかは生真面目さを感じさせる。履歴書には「吉崎憂」と楔のような文字で書かれている。
「憂うつの憂です」彼女は言った。「書類を出すときに親が人偏をつけ忘れたんです」
学歴には「○○高校 休学」とあった。有名な女子高だった。職歴にはマクドナルドでアルバイトしていたとある。マクドナルドはよく利用するのか訊いてみると、「行かないです」と彼女はきっぱり答えた。
「どうして?」
「働いているうちにだんだんハンバーガーやポテトが食べ物には見えなくなったからです」
「ここのパンもそう見えるようになるかもしれない」と僕は言ってみた。
すると彼女は「そんなことないです」と言った。「有さんにもらって食べたパン、すごくおいしかったです」採用することにした。
カフェをオープンしてから、日曜日の昼はまるで動物園の上で働いているような気持ちになった。今日子さんがママ友とその子どもたちをたくさん連れてきたからだ。遊び場も狭かったけれど好評だった。子どものためのパン教室も開いた。これも今日子さんの案だった。正直に言うと、僕は子どもが得意ではなかったけれど、教室はいつも大盛況だった。僕はアンパンマンやドラえもん、ピカチュウなどのキャラクターパンを焼いた。子どもたちは感謝の手紙をくれ、入口に作った掲示板はすぐにいっぱいになった。僕は今日子さんに社員になってもらい、一階を任せ、自分は二階の厨房にこもってパンを焼くようになった。
僕が気になったのは、吉崎憂がたまに向けてくる視線だった。よく目が合うとは思っていたが、その視線には好意とは呼べない何かがあった。だから僕は、有が彼女を紹介してきたわけは、僕の監視にあるのではないかと疑ったりした。今日子さんに訊いてみると、「太月くんに惚れたか」とちゃかされた。
そのころ有は夕方によく店にやってきて、カウンターに座り、パンやスコーンを食べ、コーヒーを飲んで過ごしていた。吉崎憂は出勤日でない日にも店にやってきて、有と奥のテーブル席で過ごしていた。普段はもの静かな女の子だったが、有といるときはよく話し、よく笑顔を見せた。
祖母が亡くなった。叔父が看病を初めてから一年ほどが経っていた。
僕は子どものときから祖母のことを敬遠していた。けっして嫌いだったわけではない。祖母は僕に優しくしてくれた。でも祖母と母の仲がよくないことは、子どもの僕にもわかっていた。僕が祖母と仲良くすると、母は寂しい思いをするのではないか、僕は子ども心にも気を遣っていた。
母が亡くなったときにも家の墓まで行ったはずなのに、僕は何も覚えていなかった。墓は丘の頂上にあった。そこにたどり着くまでに見た墓はどれも質素で、倒れている墓も、雑草に飲み込まれた無縁仏の墓も数多くあった。それらのあとで祖母の墓を見ると、立派すぎて気が引けた。脇には分家の墓が護衛するように一つずつ立ち、卒塔婆がまるで槍のように見えた。
納骨を終えてみんなが丘を下りたあとも、僕はしばらくその場に留まった。母の骨もこの墓に納められているのだと思うと、どうしても確かめずにはいられなかった。誰もいなくなってから墓を開く。母のものは一番手前にあった。僕は骨壺を取りだし、彫られた母の名前を親指で撫でてから蓋を開けた。中には想像していたような骨や灰は入っていなかった。ただ水が溜まっているだけだ。僕は何も考えずにその水を地面に捨てて、空っぽになった骨壺を元の場所にもどした。久しぶりに自分の中の母を(母の腕を)感じながら僕は丘を下りていった。
祖母が亡くなったら叔父はもどってくるとばかり思っていた。しかし叔父はもどってこなかった。祖母のだだっ広い家に住みつづけ、引きこもるようになったのだ。今日子さんは心配して何度か訪ねていった。もどってくるように頼みもしたが、聞く耳を持ってもらえなかったようだ。今日子さんに言われて僕も祖母の家に行くことにした。
家はしんと静まりかえっていた。しばらく玄関で待ってみたが、叔父の出てくる気配はなかった。とりあえず祖母の仏壇に線香を立てようと、僕は縁側を通って和室へと向かった。部屋はがらんとして寒々しかった。祖母が使っていた介護用のトイレやベッドは今はなく、畳に跡だけが残っている。香炉の隣には線香と一緒にヴァージニア・スリムが置いてあった。祖母は朝起きたときと夜寝るときにタバコを一本喫うのを日課にしていた。僕は箱から一本抜き、火をつけて香炉に立てた。煙がまっすぐに昇り、ゆらゆらと揺れて消えていく。目を閉じて手を合わせ、母が喫っていたタバコの銘柄は何だっただろうと考えたが、うまく思いだせなかった。
叔父は二階の和室にいた。祖母がまだ元気だったときに使っていた部屋だった。ふすまをノックして声をかけたが、返事はなかった。僕はすき間を開けて中を窺った。叔父は眠っていた。僕は部屋に入り、壁にもたれて座った。一階の和室と同じで、がらんとした部屋だった。壁一面に埋め込まれたタンスがあり、ずいぶん古いテレビが隅に置いてある。叔父の枕元には携帯電話と大学ノートとペンとカバーのついていない文庫本が転がっている。哲学書のようだ。眠る叔父は死んでいるように見えた。祖母の看病は大変だったのだろう、叔父の痩せた首を見ていると、自分の手がその首に巻きつこうとしていることに僕ははたと気がついた。冷たい手だった。僕はそれを握ったり開いたりした。それは僕の意志で動く僕の手だった。と同時に僕の手ではなく、母の手だった。僕は部屋を出て、廊下のつきあたりにある洗面台まで行き、蛇口をひねった。長いあいだ使われていなかったらしく、咳込むような音がしたあとに白く濁った水が出てきた。僕は母の骨壺に溜まっていた水を思いだした。鏡には青白い顔が映っている。死んだ人のようだ、と思うと急に吐き気をもよおし、朝に食べたものをすべて吐きだした。透明になった水で口をゆすぎ、吐いたものを流し、乾燥してひび割れた石鹸で手を洗った。再び咳込む音が聞こえた。叔父だった。「太月か?」声がする。僕は自分の手にいつのまにか握られた剃刀を見ている。その錆びた剃刀を僕は、自分の腕ではなく、叔父の首にあてようとしていた。僕はそのまま家を出た。今日子さんには駄目だったとだけ伝えた。
家から店までのあいだに、そんな横道があるなんて知らなかった。一度その横道に気がついてからは気になって仕方がなくなった。人一人が通るのがやっとの幅で、両側はコンクリートの塀になっている。片側は寺で、片側は木造アパート。定規で引いたようなまっすぐな道は奥のほうで直角に曲がっている。
午後の休憩時間、僕は店を出てぶらぶらと歩いていた。そのときに横道のことをふと思いだした。十二月だった。僕は自動販売機で缶コーヒーを買い、横道に入った。空はコンクリートの塀の延長であるかのように曇っていた。木造アパートの二階の手すりには布団が干されている。寺からは鳥の鳴き声が聞こえたが、姿は見えなかった。直角に曲がった先には廃墟があった。窓は割れ、壁全体に枯れた蔦が這っている。正面の向かいにはビルが建っている。そのビルが道を塞いだせいで、建物は取り壊されることなく残ってしまったのかもしれない。入口脇には風雨でぼろぼろになった、少女の等身大人形が笑顔で出迎えていた。憐れに思った誰かがビニール傘を残していたが、余計憐れに見えるだけだった。壁には看板が外された窪みがある。僕は缶コーヒーを飲みながら廃墟を眺めた。白黒の資料写真に残る昔の市役所か何かのように見えた。今では若者の溜まり場になっているらしく、建物内にはタバコの吸い殻や菓子袋などが捨てられている。天井はいたるところが剥がれ落ち、廊下には割れたガラスが散乱している。僕は足元に落ちていた方位磁石を拾い、北がどちらなのかを確かめた(僕が思っていた方向とはまるで違っていた)。方位磁石が指す先には上下につづく階段があった。地下への階段は開いた口を思わせる。
「ねえ、何してるの?」
振りかえると、有が立っていた。
彼女はもう一度同じことを言った。「何してるの?」
僕は階段を下りようとしていた。でもどうして下りようとしていたのかは自分でもわからなかった。だから僕は「何も」と答えた。
「何も? じゃあその手に持っているのは何?」
僕は自分の手に目をやった。缶コーヒーと方位磁石を持っているはずの手は、黄色と黒の標識ロープを握っていた。手を開くとロープは蛇のようにするりと床に落ちた。
「ごめんなさい」僕は謝った。
「何が?」
「襲おうと思ったわけじゃないんです」
「何のこと?」
「フィレンツェのこと。あの家の地下室で僕がやったこと」
「……わたしが聞きたいのはそんなことじゃない。あなたが今、ここで何をしていたのか知りたいの。何をしていたの? ロープなんか持って、何をしようとしていたのよ?」
わからない、と僕は答えた。本当にわからなかった。ロープを拾った覚えなんてなかったし、何に使うかも考えていなかった。彼女は僕の言葉を待っていた。でも僕はそれ以上何も言わなかった。雨の音が聞こえていた。たぶん換気扇がどこかでまわっているのだと僕は思った。
そのうち叔父の肺に癌が見つかった。それを聞いて僕の頭に思い浮かんだのは、石のように固くなった細胞組織だった。手術を受けるつもりはないと叔父は言った。理由は話してくれなかった。
叔父がもどってきたのは、家の整理をするときだけだった。部屋にあるものを段ボールに詰めたり、ゴミ袋に入れたりしていた。その他の時間には布団にくるまっていた。宙をぼんやりと見つめているときもあった。泣いているときもあった。
「こんなの出てきた」とある日、叔父が僕に手渡してくれたもの、それは母がくれたお守りだった。大事にしていたはずなのにいつのまにかなくしてしまったお守り。安全祈願と書かれた白い生地は今では黄色く変色し、袋の下側はぽこりと膨らんでいる。その固いふくらみに覚えはなかった。開けてみると、石が入っていた。道端に転がっていそうな何の変哲もない石。母が入れたのか、僕が入れたのか。普通に考えれば僕が入れたのだろう。でも違うような気がした。僕はその石を持ち歩くようになった。暇があれば飽きずに眺めた。
有は毎年二月になるとフィレンツェ行きの飛行機に乗った。本人から聞いたわけではないけれど、たぶんあの家には彼女の恋人が住んでいたのだと思う。あの地下の部屋で、あの写真に写った男は生活していた。男の身に何が起きたのかはわからない。でも何かが起きて、二人は会えなくなったのだろう。有は二週間ほど店を閉めた。そのあいだはもちろん僕の店にやってこない。彼女はあの雨の音がする地下室で男の帰りを待っているのだろうか。僕はしゃがみ込んで泣いている彼女の姿を、押し潰されそうになっている彼女の姿を、彼女がいつも座るカウンター席を見ては思い浮かべた。
閉店後、僕はすぐには家に帰らず、ウィスキーを入れたコーヒーを厨房で飲むようになった。ステンレスの作業台に置いた石を眺めながら。
コーヒーを飲んでいると、吉崎憂が私服に着替えてやってきた。髪を下ろすと僕よりも年上に見える。「おつかれさま」僕は言った。「おつかれさまです」彼女は言い、自分もコーヒーを飲んでもいいか訊いた。どうぞと僕は答えた。彼女はカウンターに行き、ホイップクリームを浮かべたウィンナ・コーヒーを持ってきて僕の隣に座った。
「コーヒーにお酒入れていますよね。何のお酒ですか?」
隠していたわけでもないが、知られているとは思わなかった。僕はウィスキーの瓶を彼女に渡した。「アイリッシュ・ウィスキーですね」彼女は蓋を開けて匂いをかぎ、眉間に皺を寄せた。それから「これでアイリッシュ・コーヒーです」と言いながらウィスキーをコーヒーに入れ、スプーンで混ぜて一口二口と飲んだ。
「有さん、もどってくると思いますか?」
「どうして?」
「なんだかわたしはもどってこないような気がします」
有がフィレンツェからもどってこないなんてことがあるのだろうか? 僕にはわからない。
「太月さんは有さんのこと、どう思っているんですか?」
吉崎憂のまっすぐな目を見て、ああ、そうかと僕は納得した。彼女は有のことが好きなのだ。尊敬や友情ではなく、恋愛感情として。僕ははぐらかそうと思ったが、彼女の目は真剣だった。「どうだろう。わからない」と僕は答えた。
「わからない、ですか」彼女は鼻で笑うようにして言った。「わからない、わからないって言う人、たまにいますよね。あれって卑怯だと思いませんか? 本当に考えているんですかね。わからないって尻尾を切って逃げているようにしかわたしには見えないんですけど」
吉崎憂の頬は仄かに赤くなっていた。酔っているか訊くと、酔っていないですと返ってきた。口調はしっかりしている。
「酒は飲んでも飲まれるな、ですか」彼女はふっと鼻を鳴らし、微笑みを浮かべた。誰もそんなことは言っていない。「ほんとにね、飲まれている人が多すぎますよ。みんな飲み込まれているんです。それでいて自分ではまったく気がついていないんです。お酒だけの話じゃないですよ。家族、恋人、学校、仕事、職場、環境、社会。でも元をたどれば全部人だと思うんです。全部、全部、人なんです」彼女はウィスキー入りのコーヒーをぐっと飲んだ。「これを言ったのは母親と有さんだけですけど、飲み込まれている人がわたしにはわかるんです。昔から。ぱっと一目で。ぼやけて見えるんです。輪郭がぼやけて見える。水彩絵の具を水でぼかしたみたいに」
僕は横顔に注がれる彼女の視線を感じた。それはたまに彼女が向けてくる視線と同じだった。僕はステンレスの作業台に置いた石をじっと見つめた。そうしていると、石がだんだん宙に浮いているように見えてくる。冷蔵庫のモーター音がカチリとやみ、静寂が厨房を包む。「僕もぼやけて見える?」
「はい」
「有も?」
「そうです。でも、有さんはわたしが何とかします」
「何とかするって、どうやって?」
「今はまだ自分に何ができるかを探っているところです」
僕は吉崎憂の言う「飲み込まれている」ことについて考えた。あの夜、空に浮かぶ月は空白に変わらず、僕を飲み込むことはなかった。僕は宙に浮かぶように見える石を見ながら「僕は飲み込まれなかった」と口に出して言った。機械の音がしていればかき消されてしまいそうなくらい小さな声だった。
吉崎憂は優しく否定するように首を振った。まっすぐな黒髪の先が微かに揺れる。
「僕はどうしたらいい?」
「わたしに訊かず、自分で考えてください。わからない、わからないと逃げるのではなく、自分で考えて行動してください。わたしはわたしで考えて行動しますから」
考えないように有には言われたんだ、僕はそう思ったが、口には出さなかった。有が言った「考えない」時期は終わりを迎え、吉崎憂が言うように「考える」時期がきているのかもしれない。
僕はコップに水を入れて飲んだ。吉崎憂の分も入れて彼女の前に置いた。彼女はじっと石を見つめていた。僕は石をポケットにしまった。
「何の石ですか?」
「わからない」と僕は答えた。それから「ちょっと考えてみるよ」と付け足した。
吉崎憂はこくりと頷き、水を飲んだ。
店を出るとき彼女は僕に謝った。「偉そうな話をしてすみませんでした」と。僕は気にしていないという風に首を振った。でも彼女は俯いていて見ていなかった。「言いたいことがあるなら言ったほうが楽になる」と僕は言った。
吉崎憂は顔を上げ、黒い瞳でまっすぐに僕を見た。「太月さんは恵まれています」彼女は言った。「腹が立つくらい恵まれています」そう言い残して吉崎憂は夜の闇を切り裂くように歩き去っていった。
僕はしばらくその場から離れられなかった。空気は澄み、きんと冷えた風が頬を撫でる。空に雲はなく、くっきりとした月が浮いている。その浮いた月を見つめるほどに現実感が薄れていく。サキが首を吊った夜に浮いていた月は空白に変わらず、僕を飲み込むことはなかった。僕は目を閉じて吉崎憂の優しい否定を思いだす。
錆ついた機械を動かすようにぎこちなく脳を動かし、自分が抱えている問題について考えた。僕はあまりにも多くの問題を抱えているようだった。そしてそのそれぞれが糸玉のように絡み合っている。とにかくほどけ目を見つけださなくてはいけないのだ、と僕は思う。そこから一つひとつ丁寧にほどいていくしかないのだ。
僕はポケットから石を取りだして、空に浮かぶ月に重ね合わせた。二つはぴたりと重なった。僕は石をぎゅっと握り、地面の感触を確かめるようにして歩きだした。
5
有はフィレンツェからもどってきた。これまでは二週間ほどの滞在だったが、今度は一か月近く向こうにいた。もどってきてからはまた夕方に店にやってきて、パンを食べ、コーヒーを飲むようになった。けれど元気がないのは誰の目にも明らかだった。口数は少なく、表情は乏しく、ずいぶん痩せていた。僕の目には、中身を向こうに残したまま入れ物だけがもどってきたかのように見えた。吉崎憂の目にはどう見えただろう? 吉崎憂はシフト数を減らし、有の世話をあれこれ焼くようになった、そう今日子さんから聞いた。今日子さんは今日子さんで元気がなかった。僕や客の前では笑顔を見せるけれど、一人になったときにはよくため息をついていた。彼女は祖母の家にいる叔父を何度も訪ねていたが、叔父の意思は固く、手術を受けない考えをあらためるつもりはないようだった。「ほんとに頑固」今日子さんは言った。「理由くらい話してくれたらいいのに」
閉店後、僕はステンレスの作業台に石を置いて見つめながら、自分が抱えている問題について考えた。石は見つめれば見つめるほど宙に浮いて見えてくる。僕は母と暮らしていたときのことを考え、葬儀の日のことを考え、自分の中にいた母のことを考え、自分の中にいる母の腕のことを考えた。それからフィレンツェにいたときのことも。消えた声、テレビに映った裸の女性、ユースホステルの受付の女の子、くちなし色のノート、道を塗り潰した地図。それらはただ白い紙の上に箇条書きされた出来事のようで、自分の身に起きたこととは思えなかったが、徐々に映像として立ち上がってくるのを感じる。僕は夜のフィレンツェを自分の中にいた母のことを思いだしながら歩き、石を蹴飛ばし、それが原因で男たちに囲まれ、財布から金を盗られた。眼鏡が消え、靴の底から金が消えた。ユースの受付の女の子の「Ciao」と言う声が聞こえ、笑顔が目の前に蘇る。彼女は僕のことを弟のように気にかけてくれた。手紙を読みながら悲しい顔を見せた彼女。あれは何の報せだったのだろう? 「She lost」唐突に無愛想な男の声が聞こえる。僕はそれを否定しようとする。彼女は消えたわけじゃない、今もどこかできっと笑っているはずだ、と。僕は彼女が幸せそうに暮らしている様子を想像しようとしたが、うまくいかなかった。僕が手を引いてしまったときに見せた彼女の表情。彼女が弾いた曲も、彼女の名前も僕は知らない……。僕は宙に浮かぶ石をさらに見つめる。石を入口にして、僕は自分の中に入っていく。僕は一人、公園にいる。僕は十八歳の僕がゴミ箱に入っていくところを見ている。そのあとに誰かがやってきてゴミ箱の上に乗る。サキだ。しかしそれはただの影にしか見えない。影はゴミ箱から地面に降りてからも立ち去らずにずっとゴミ箱を見ている。いつしか僕はその影になっている。僕がゴミ箱をじっと見ている。僕は蓋を開ける。そして傷つき怯えて泣いている子どもを見つける。
僕ははっと意識をもどし、辺りを見まわした。いつもの厨房だった。冷蔵庫の低い唸りの中、心臓が乾いた音を立てている。僕はすっかり冷めたコーヒーを飲んで気を落ち着けてから、もう一度石を見つめ、公園のゴミ箱の前に立つところを想像しようとした。そのとき、その気づきは出しぬけにやってきた。あの夜、サキは首を吊って死のうとしていたのだ。ゴミ箱の上に乗って、張りだした枝に縄をかけて。庭でタバコを喫っていたサキ、フレンチトーストを焼いてくれたサキ、僕が焼いたパンをおいしそうに食べてくれたサキ。せっかく与えられたチャンスを僕は逃してしまったのだ。どうすれば僕はサキを死なせずに済んだのだろう? 影のように歩くサキ、じっと絵描きの男を見つめるサキ。僕はあの男のことを考える。絵描きの男、猫目の男。
僕はコップを流しに置いて石をポケットにしまい、戸閉まりをしてから有の店まで歩いていった。店の入口にはクローズの札が出ていた。店の中はガラスの傍に置かれたハンカチ以外何も見えない。もちろん彼女はいない。僕はガラスに手を触れた。有と話がしたいと思った。だけどその前に話をしないといけない人がいることに僕は気がついていた。ガラスから手を離すと白い手の形が残り、すっと跡もなく消えていった。僕はあのとき、あの夜、あの橋の上で、あの男と自分の父親を重ね合わせていたのだろうか? 最初からいなかった父、見たことのない父。僕は叔父のことを考えた。
叔父に会わなければ、話をしなければ、そう思いながらも僕はどうしても気が進まなかった。日に日に時間は経ち、状況はよくない方向に向かっているようだった。有は店にこなくなり、吉崎憂は店をやめた。今日子さんは子どもが麻疹にかかって店に出られなくなった。まるで申し合わせたようにみんなが僕から離れていく、ステンレスの作業台に置いた石を眺めながら僕はそんなことを思った。
「まだそんな石を眺めているんですか?」
顔を上げると吉崎憂が立っていた。彫像のように身をこわばらせて。
「有さん、お店を畳んでフィレンツェに行くつもりでいます。太月さんは知っていましたか?」
「いや……」
「太月さんはどうするつもりですか?」
どうするかと訊かれても、僕は何も答えられない。
「わたしは有さんに行かないように言ったのですが、どうしても聞いてくれません。そこでお願いがあります。太月さんから有さんに行かないように言ってもらえませんか?」吉崎憂はつづけた。「でも、たぶん太月さんでも有さんをとめるのは無理だと思います。なのでこっちが本当のお願いですが、わたしがフィレンツェに行くまで、有さんについていてもらえませんか?」
「それは僕に有と一緒にフィレンツェに行けってこと?」
「そうです」
「どうして……、僕に頼まなくても自分で一緒について行けば――」
「そうしたいです。でもわたしはまだ未成年で、親の承諾がないとパスポートを作れません。だからお願いしているんです。親を説得してパスポートを作ったらすぐに行きますから。それまででいいんです」
「有はすぐにでも向こうに行くつもりなのかな」
「すぐに、ではないと思いますが、そう遠くでもないような気がします」
僕はしばらく考えてから口を開いた。「行かないように言うことはできると思う。でも、一緒に行くことはできない。僕にはこの店があるし、やらないといけないこともあるから」
「太月さん」吉崎憂はその黒い瞳で僕をまっすぐに見つめて言った。「何をそんなに怯えているんですか?」
怯えてる?
「それは有さんが死んでしまうことよりも怖いことなんですか?」
有が、死ぬ?
「可能性はあります。最悪、有さんが死を選ぶこともあるとわたしは思っています。太月さんはそうは思わないんですか?」
「わからない」僕は呟くように答える。そんなこと僕にわかるわけがない。
吉崎憂はふうと長い息を吐いた。「わたしは親を説得してパスポートを作ります。承諾を得られないときは、あの親ですから承諾を得るのはほとんど不可能だと思いますが、体を張ってでも有さんをとめます。それも無理だったときは、パスポートなしでも有さんについて行こうと思っています。フィレンツェまで。まだどうすればいいのかはわかりませんが」
吉崎憂が階段を下りていく音が消え、僕は再び一人になった。厨房に置いてある機械の唸りがいっせいに鳴りやむ。僕は拳を作り、作業台を思いっきり叩いた。石が数センチ跳ねるくらい、強く。僕は何度も作業台を叩いた。手の感覚がなくなるくらい、何度も何度も。突き刺すようなひどい痛みが手を走り、僕はやっと叩くのをやめた。小指のつけ根から血が出ていた。赤くなった石が作業台の上に転がっている。僕は石を見つめた。それから自分の手の傷口を見つめた。
祖母の家に着いたときには十二時をまわっていた。もうすぐ四月だというのに吐く息は白くなった。通りに人気はなく、どの家もしんと静まりかえっている。叔父はすでに寝ているだろうと思っていたが、台所に明かりがついていた。僕は家の前に立ち、しばらくその明かりを眺めた。そのまま家に入るには何かが足りなかった。僕は川の向こう側にあるコンビニまで歩き、ウィスキーの小瓶を買い、川沿いの階段に腰を下ろした。川の水面は暗くてよく見えなかったが、僕は構わずに眺めた。川の流れる音、道路を走る車の音が聞こえる。僕は川の縁まで下りていき、水に手をつけた。祖母の家の台所の明かりを思いだしながら僕は自分に言った。叔父はおまえがくるのを待っているんだ、と。僕はポケットから石を取りだし、川の水につけて血を洗い流しながら、叔父を殺してしまうことを怖れている自分に言い聞かした。叔父を殺したりしない、と。僕は目を閉じる。手に触れる石の感触、傷の痛み、水の流れを感じながら、自分の中にある母の腕にも同じことを言い聞かす。僕は叔父を殺したりしない、絶対に。僕は目を開けて夜空を見上げ、月が出ていることを確かめる。それから瓶の中身を川に流し、祖母の家に向かった。台所の明かりはまだついていた。
叔父はテーブルに突っ伏して眠っていた。綿の入った半纏(祖母のものだ)を着ている。僕は石油ストーブに火を入れ、空になったワインボトルを捨ててグラスを洗い、鍋でインスタントコーヒーを作った。冷蔵庫の上に置かれたラジオはずいぶん昔のもので、演奏者は砂嵐の中でピアノを弾いているようだった。どうにかしてその砂嵐からピアニストを救おうとラジオをいじっていると叔父が目を覚ました。「太月か?」僕は頷き、ラジオを冷蔵庫の上にもどした。コーヒーを二人分注ぎ、叔父と向かい合って座る。叔父は何か考えているように押し黙ってコーヒーのコップに口をつけた。
「今日子さんの子どもが麻疹にかかったのは知ってる?」僕は訊いた。
「ああ」
「大変みたいだよ。店にも出られないし……」
「ああ」
「店はしばらく閉めることにしたよ。今日子さんもいないし、バイトの子も抜けちゃったから」
「ああ」
腹の底で怒りが泥のように立ち上がるのを僕は抑えることができなかった。腹の底から口元まで込み上げてきて、僕は我慢できずに吐きだした。「死にたいならさっさと死ねばいい」
「……死にたいわけじゃない」叔父は静かな声で言った。「なんでかな」ぼやけた視線でコーヒーの湯気を眺める。「おふくろ、癌で亡くなっただろ? 最初に乳癌が見つかって、切り取って、またすぐに転移して、また切り取って、そんなのを三回繰りかえして、おふくろ、もうやめるって言って手術するのをやめたんだ。治療するのもやめた。痛み止めもあんまり飲んでなかったな。最後はモルヒネ使ったんだけど、もうそのころにはおふくろ自身何されているのかよくわかっていなかったんじゃないかな。俺のこと誰だかわからないときもあったし、サツキのことを呼んだこともあったし、あのおふくろが死なせてくれって言うし……」叔父は鼻をすすり、目には涙が溢れていた。「なんだろ、ごめん。何の話をしているんだろうな、ほんとに」
僕はラジオの小さな音を聞いていた。ピアノの音色は今にも砂嵐に消えてしまいそうだ。
「ああ、そうだそうだ」叔父は言った。「ノートをな、書いたんだ。サツキがどんな子どもだったかとか、何があったかとか。でも太月が知りたくないと思うのならそのまま捨ててしまっていいから。とりあえず俺が知っていることだけを書いた」
「……遺書?」
「になるかな」叔父は言った。
僕は母のことを考えた。僕の知らない母。「話してよ」僕は叔父に言った。「ノートになんか書かなくていいから、話してよ」
「そうだよな」叔父は立ち上がり、二つのコップにコーヒーのおかわりを注いだ。「親父が亡くなったのはサツキがまだ六歳のときだったな。俺は生まれたばかりで、親父の顔を見た記憶がない」
僕は叔父の話を聞きながら、自分が小さかったころのことを思いだしていた。母と二人で暮らしていたとき、僕はほとんどの時間を一人で過ごしていた。幼稚園にも保育園にも通っていない僕のまわりには誰もいなかった。僕は独り言のひどい子どもだった。テレビに映る人やアニメのキャラクターに話しかけていた。猫や鳥たちにも話しかけていた。もちろん動物たちは口をきいてはくれないから、僕は猫や鳥たちの役もやっていた。一人芝居のようなものだ。それで満たされていたなら問題はなかったのかもしれないが、そんなわけにはいかなかった。子どもの僕はもっと多くの人を必要としていたのだ。僕を見てくれて、話しかけてくれて、遊んでくれて、励ましてくれて、怒ってくれるような人たちを。暖かい腕で抱いてくれる人たちを。そんな人たちはどこにもいなかった。僕は叔父の話を聞きながら、母も同じような思いをしていたことを知った。でも少なくとも子どもの僕は母の腕に抱かれて眠っていたじゃないか? そう思ったとき、どこかから声が聞こえた。違う、とその声は言っていた。僕がお母さんを抱いていたのだ、と。そして僕は思いだす。母の背中から聞く心臓の音を。
僕は母がずいぶん傷ついて生きていたことを知ると同時に、僕自身ひどく傷ついていたことを知った。その傷口から泥のような怒りが滲みだしてくる。
「僕が叔父さんの財布から金を盗ってたのは知ってる?」
「ああ」
「ならなんで何も言わなかったの? なんで何も言ってくれなかったの? なんで知らないふりなんかしたの? 僕が何を求めていたかわかる? 僕は、叔父さんに、僕は……」
僕は叔父の答えを待った。叔父の答え次第では、僕はたぶん台所にあるものをすべて破壊していたかもしれない。叔父はストーブの火を消し、窓を開けて言った。嬉しかったんだ、と。最初、僕には叔父が何を言っているのか理解できなかった。
「嬉しかったんだ」叔父ははにかみながら繰りかえした。「なんでかなって自分でも考えたんだ。そしたらな、うん、なんて言うのかな、もし親父が生きていたら、俺もきっと同じようなことをやっただろうなって。そんなことを思ったら嬉しくなったんだよ。変だよな」
そのとき僕は自分の手が自分の意思とは無関係に動きだすのを感じた。僕はポケットの中で石を力いっぱい握り、目をぐっと閉じて、その手に、母の手に、こう言い聞かした。お母さんはもう死んでるんだ。もう死んでいるんだ。僕は自分の中にある石に手を伸ばして握りしめた。石は僕に、母の額に触れたときの感触を思いださせた。その冷たさを、その固さを――。僕は意識の海に沈み込んでいく。体は重石がついたように、ゆっくりと、着実に沈んでいく。そしていつのまにか僕は空白に包まれている。そこには何もないが、すべてがある。空白の外側は砂嵐のようだ。でも僕がいる場所は守られている。僕は空白の外にじっと耳を澄ます。風と石とが引っかき合う音、その音の奥に、力強く鼓舞するような音が聞こえる。体はぽかりと暖かく、穏やかだ。僕は一人だけれど、一人ではない。ずっとここにいたいと僕は思う。けれど空白は徐々に狭まってくる。何かが、誰かが、僕を外に押しだそうとしているのだ。僕はその力に抗う。僕は出ていきたくなんてない。外は砂嵐なんだ。僕はずっとここにいたい。しかし、力は容赦がない。僕は頭がねじれだすのを感じる。つづいて体全体がゆっくりとした回転を始める。
僕を待っていたのは、窓から入るひんやりとした空気と瞼を透かす蛍光灯の明かりだった。僕は自分のすべてを吐きだすようにして泣いた。空気を吸っては思いっきり泣いた。母はもういないのだ、そう思うと悲しくて悲しくて仕方がなかった。涙と鼻水がとめどなく溢れでてきた。叔父がしっかりと僕を抱いてくれていなければ、僕は波にさらされた砂山のように崩れて落ちてしまっていたかもしれない。叔父は何も言わず、僕が泣きやむまで抱いていてくれた。背中をとんとんと叩く優しい手は、母のいない世界に生まれてきた僕を迎え入れ、祝福しているかのようだ。ラジオからはピアノの音色が聴こえていた。今では砂嵐はもうやんでいる。僕はその曲の名前を知っている。ドビュッシーの『月の光』。叔父が教えてくれたのだ。
その夜、僕は叔父が作ってくれたラーメンを食べながら、自分の中に母がいたことを話した。叔父は自分の中にある癌細胞を母親のように感じるのだと話してくれた。僕たちは互いのあいだに横たわる溝を埋めるようにして話しあった。
布団に入るころには夜が明け始めていた。僕は夢を見た。祖母の家の庭で、叔父が大学ノートを燃やしている夢を。目が覚めて庭に出てみると、何かを燃やした跡があった。それがノートだったのかどうかはわからなかったけれど。台所では叔父が朝食の用意をしていた。朝食を済ましたら病院に行くと叔父は言う。一緒にきてほしいと言うので僕もついて行くことにした。
病院で何をするのかと思っていたら、叔父は医者に手術を受けることに決めたと言った。叔父の心変わりに驚いた医者は、検査をしてからでないと何とも言えないのですが、と前置きをしつつも、手術の概要を丁寧に教えてくれた。質問はありますか、と訊かれた叔父は、傷跡が残るのかどうか尋ねた。
「傷跡?」医者は言った。「そうですね、残ると思います」
そうですか、と頭を掻いた叔父は、どうしてだか喜んでいるように僕には見えた。
そのあと僕たちは地元にもどり、叔父は今日子さんに、僕は有に会いに行った。
有の店にはお婆さんの客が一人いて、孫にハンカチを買うのだと話していた。名前を刺繍できますが、と有が訊くと、お婆さんは、いいの、いいのと笑った。孫と言ってももうずいぶん大きいですからね。でもね、困ったことにまだまだ泣き虫なのよ。だから自分の涙くらいは自分で拭けるようになってほしくてね、ハンカチを買いにきたの。それに、ほら、そのうちに他人さまの涙を拭くこともあるかもしれないものね。僕は有の手が空くまで子ども用のハンカチコーナーを眺め、今日子さんの子どもに一枚買ってあげようと思った。どれがいいだろう? 不思議なハンカチがいくつもあった。絵本のように開くものや、葉っぱの形をしたもの(青虫が刺繍され、虫食い穴が空いている)、立体的なバラの花なんかもある。
「子どもにプレゼント?」有が訊いた。
久しぶりに見た有は思っていたよりも元気そうで、僕はほっとした。「今日子さんのちびっこにあげようと思って」
「確か男の子だったよね。そうだな、これなんてどう?」
有が手に取ったのは、水色のタオル生地でできたハンカチで、刺繍された木々のあいだから動物たちが顔を覗かせている。札には「森と動物たち」と書かれている。僕はそれに決めた。名前を刺繍できるけど、と訊かれ、お願いすることにした。糸の色を決め、サンプルから手書きの文字を選んだ。出来上がりは明日の昼だと言われ、僕は有と話がしたかったのだけれど、どう切りだせばいいかわからず、じゃあ、また明日、と言って店を出ることにした。
「何かあった?」僕の背中に有が声をかける。
僕は振りかえって言う。「話したいことがたくさんあるんだ」
有はドアにクローズの札を出し、売り場の明かりを消して、僕を奥の部屋に連れていった。「狭いけど、座ってて」一口コンロで湯を沸かし始める。
僕はミシン台の椅子に座った。小学校の工作室にあるような四角い木の椅子で、手造りのクッションがついている。天井まで届く背の高い棚には様々な布が詰まっていて、壁のコルクボードにはたくさんのメモとポストカードが透明な画鋲で留められている。立ったまま作業できる台には道具と作業途中のハンカチがのっている。小型のラジオからはピアノ曲が流れている。
「別れの曲」有はそう言ってラジオの音量を絞り、作業台の上をさっと片づけてコーヒーとクッキーを置いた。
僕は礼を言い、コーヒーをすすり、クッキーをかじった。どこから話せばいいのだろう? 僕は窓の外のコンクリートの塀を意味もなく眺めた。
「ご飯は食べた?」有が訊く。
「まだだけど」
「うちに憂が作ってくれたハヤシカレーがあるんだけど、一人じゃ食べきれなくて」
有は店の二階に住んでいた。外階段を上がり、玄関を入るとキッチンになっていて、そこの窓から廃墟が見えた。以前僕が入っていった廃墟だった。あのとき、有はどういう気持ちで僕を見ていたのだろう? 僕は謝りたい気持ちになった。
1DKの部屋はきれいに片づけられていた。というよりも、あまり使われていないように見えた。本棚に並ぶ本やマンガは読まれているようには見えなかったし、テレビのリモコンはテレビの上に置かれ、テーブルの上には何ものっていない。
「憂ね、あの子、もともと料理したことがなかったみたいなんだけど、レシピとか調べて勉強したみたい。道具も揃えてね。でもおいしいんだけどね、いつも量が多くてちょっと困ってるの」
それを聞いて、僕はサキにカレーを作ったときのことを思いだした。吉崎憂のように、僕も何か食べてもらいたくてカレーを作り、パンを焼き始めたのだ。有にフィレンツェであったことを僕は話そうと思った。だけど、どこから話せばいいのかよくわからないでいた。始まりはどこだったのだろう? 僕は生クリームの入ったハヤシカレーを食べ、有がいれてくれたコーヒーを飲みながら考えた。頭に浮かんできたのは、ガラスに描かれた白い文字Indirizzo Puroだった。その言葉の意味を有に尋ねると、自分の居場所だと教えてくれた。
僕は話し始めた。「あの白い文字を見て、僕はイタリアに行くことを決めたんだ」
サキと出会った話をしている辺りで僕たちはテーブルを離れ、ベッドを背もたれにして床に座った。しばらくすると有の頭がコクコクと小さく揺れだした。「疲れてる?」と僕が訊くと、「ううん、ごめん、なんだかほっとしちゃって」と有は言った。「大丈夫、話して」彼女はそう言ったけれど、しばらくすると僕の肩に頭を置いてすうすうと寝息を立てていた。僕は手を伸ばしてベッドから布団を取り、自分と有を覆うようにしてかけた。有の温かさと寝息を感じていると、僕も眠たくなってきた。
どれくらいそうしていただろう。目を覚ました有はベッドに這い上がり、僕の手を引いた。僕は引かれるままベッドに上がり、電気を消した。有はそのまま眠ってしまったけれど、僕の眠気はどこかに消えていた。有が寝がえりをして僕に背を向けたとき、僕は急に寂しさを感じて、そっと腕をまわして彼女を抱いた。有の背中と触れ合うところに自分の心臓の動きを感じる。有にも伝わっているだろうか? そうだといいな、そんなことを思いながら僕は眠りに落ちた。
意識を打つのは雨の音だった。僕は目を覚まし、腕の中に有を求めた。彼女は音も立てずに眠っていた。僕はほっとしてもう一度眠ろうとしたが、何か違和感があることに気がついた。それが空気のカビ臭さのせいだとわかるまでに時間がかかった。僕はまわりに目をやった。暗くてよく見えなかったけれど、有の部屋のようには見えなかった。僕は起き上がり、壁にあった電気のスイッチを入れた。裸電球に照らされたのは、有がフィレンツェで使っていた家の地下室だった。僕は呆然として部屋を眺めた。様子は以前と変わりなかった。書き物机があり、背のない椅子があり、何もかかっていないハンガーラックがあり、フィオレンティーナのマットが敷かれた床の片隅には空気の抜けたサッカーボールが転がっている。しかしそのどれもが埃を被り、カビが生えていた。僕は有を起こそうとしたが、彼女は死んだように深く眠っている。階段の先のドアはコンクリートに塞がれていた。僕はその湿ったコンクリートの壁に触れ、そのまま壁に手を触れながらベッドのところまでもどって有の頬に手をあてたが、彼女はぴくりともせず、微かに息をしているのを確認できるだけだった。僕は机にのっていた本を手に取り、表紙の埃を払ってぱらぱらとめくってみた。イタリア料理のレシピ本だった。
雨の音は執拗に僕を意識の底まで沈み込ませようとしていた。僕はレシピ本を閉じて、換気扇を探した。壁の高いところにそれはあった。でもスイッチは見つからない。僕は椅子に立って腕を伸ばし、まわる羽の真ん中に手をあてて回転をとめた。すると雨の音がやんだ。羽が再びまわると雨の音がした。僕は換気扇をぐっと掴み、壁から引き剥がした。換気扇は思っていたよりも簡単に外れ、空いた穴から外が見えた。地下ではなかったのかと僕は疑問に思いながらも穴を手で掘るようにして広げ、窓を作った。外は暗くて何も見えなかったけれど、そこにはコンクリートの塀も廃墟もなかった。空気が入れ替わり、カビ臭さがましになる。有はまだ起きそうにない。
背のない椅子に座ると、いつのまにか目の前にオーブンがあった。サキの家のガスオーブンだった。テーブルもあった。パン作りの材料や道具もその上に揃っていた。それはどれも僕がサキの家で使っていたものだった。サキの伊和辞典も僕のくちなし色のノートもあった。伊和辞典にはマーカーが引かれ、くちなし色のノートは僕の字で埋まっている。そしてそこにはサキの小さな丸い文字で、ありがとう、と書かれている。僕はサキの家のキッチンに立ち、ロールパンを作り始めた。最初はねとねとした生地も働きかけているうちにだんだんと形になっていく。発酵させて、成形し、オーブンに生地を入れる。焼き上がるのを待っていると、扉のガラス部分から外光が差し込んできた。僕は外を見ようとして、庭にサキが立っていることに気がついた。サキはタバコを喫っている。風はなく、タバコの煙はまっすぐに昇り、消えていく。僕の心臓は激しく鼓動を打ち鳴らし、扉を開ける手は細かく震えている。僕は庭に出て、サキを呼ぶ。サキ! でもその声は声にならない。サキは庭の向こうに広がる森を見つめ、タバコを喫っている。その森から優雅な尻尾を立てた猫が現れ、サキの脚に顔を擦りつけて挨拶をした。サキは短くなったタバコを足元の空き缶に捨て、猫の喉を優しく撫でた。撫でられた猫は満足してサキを森へと案内する。僕は一緒について行こうと思った。サキと一緒に。気がつくとサキが僕の胸にそっと手をあてていた。それから視線をすっと建物のほうに向ける。音が聞こえてくる。カタカタカタ、と。有が目を覚ましてミシンを繰っているのだと僕は思う。僕はサキに待っているように言い、キッチンにもどって焼き上がったばかりのパンを紙袋に詰める。視界が急にぼやけ、眼鏡のことを僕は考えるが、パンについた染みを見て自分が泣いていることを知る。袋を受け取ったサキはパンの匂いをかいだ。それから微笑み、「ありがとう」と言った。その声が僕にはちゃんと聞こえた。何についてのありがとうなのか、そんなことを訊く必要はなかった。猫と共に森に消えていくサキ。僕は彼女の背中に向けて言った。さよなら、サキ、僕を見つけてくれて、ありがとう。
目が覚めると、僕は有の部屋にいた。有の姿はなく、僕は一人、ベッドに仰向けになってしばらく泣いた。
店に下りていくと、有がミシンを繰っていた。カタカタカタ、と。僕は彼女を見て、ミシンの前に座る母の姿を思いだした。母は何かを縫っていた。たぶん祖母が僕のために学校で使うゼッケンか雑巾を縫ってくれていたのだろう、母はそのつづきを縫っていた。もしかしたらあのとき、母は祖母のことを考えていたのかもしれない。そうだとしても、きっと僕のこともすこしは想っていてくれただろう。有が僕におはようを言い、僕もおはようを言う。よく寝れたか訊かれて僕は頷いて答える。「よかった」と彼女は言い、僕に「森と動物たち」のハンカチを見せてくれる。今日子さんの子どもの名前が刺繍されている。そのあと、僕は有がいれてくれたコーヒーを飲みながら、針と糸と布切れを借りて、自分の名前を縫う練習をした。やり方は有が教えてくれた。縫えるようになると、売り場から白い生地に白い糸で花が刺繍されたハンカチを選び、傷口を縫うようにして自分の名前をちくちくと縫った。
出来上がったハンカチを有に見せると、よく縫えていると言ってくれた。僕はハンカチを受け取り、「僕も一緒に行くよ」と言った。唐突過ぎて有には何の話なのかわからないようだった。僕は言葉を足してもう一度言った。「僕も有と一緒にフィレンツェに行くことにしたよ」
すると有の目が急に陰った。「……わたしの問題だから」
僕は床に膝をつき、「一人で考えないで」と言った。「僕にも考えさせてほしい。有の話を聞かせてほしい。有がフィレンツェに行かないといけないのであれば、僕はとめようとは思わない」僕は有の目を見た。彼女も僕の目を見たが、すぐに伏せてしまった。「話したいことがたくさんあるんだよ。聞きたいこともたくさんあるんだよ。僕は有ともっと話がしたいと思ってる。有のことをもっと知りたい。僕のことも知ってほしい。……ねえ、有、実は僕には向き合わないといけないことがあって、それは簡単には償えるようなことでは全然ないんだけど、それでも有のことを考えると、そんなことはどうでもいいような気がしてくるんだよ」僕は息をふうと吐き、短く吸う。「だからね、有、これからも何が起きるのかなんてわからないんだけど、僕と一緒に歩いて、僕と一緒に考えて、僕と一緒に生きてくれないかな」
有は視線を伏せたまま、こくりと頷く。僕は彼女の手に触れた。有の手は冷たく、僕は自分の手が温かいことを嬉しく思った。
空は晴れ、暖かい風が吹いていた。丘に植えられた桜が花びらを散らしている。ふもとの小学校では、赤と白の帽子を被った子どもたちが校庭を走りまわっている。子どもたちの歓声と先生の笛の音。遠くには海が見える。僕は墓の前の段差に腰かけ、母の骨壺を膝に抱いてそんな風景を眺めている。母のことを考えようと思っても、陽気のせいか、意識はぼんやりとして考えが混じり合ってしまう。手術室にいる叔父、叔父を待っている今日子さんと子ども。有は何をしているだろう? 暖かく湿った風が僕の中を通り抜ける。桜の梢を揺らし、花びらと雲をどこかに運んでいく。僕はポケットから石を取りだして、自分の名前を刺繍したハンカチに包み、母の骨壺に入れる。目を閉じると、瞼の裏に母と祖母が台所のテーブルの椅子に座っている光景が浮かんでくる。お茶を飲みながら、二人とも楽しそうに話をしている。僕は二人がずっと仲良くいてくれることを願った。
今、僕はフィレンツェに向かう飛行機に乗っている。隣に座っているのは有ではなく、吉崎憂だ。イヤフォンで音楽を聴きながら眠る彼女の横顔を見て、どうしてこんなことになってしまったのだろうと僕は考える。僕が一緒にいてほしいと有に伝えたとき、有は確かに頷いたように見えたけれど、あれは何かの間違いだったのだろうか? 僕にはわからない。有は一人で行ってしまった。吉崎憂にも何も言わずに。行ってしまったことを知った吉崎憂は体を震わせながら怒り、涙を見せた。僕にも切り捨てられたような痛みはあったが、彼女ほどの怒りも失望もなかった。
「パスポートは作れそう?」僕は訊いた。
「親が許可してくれません」
「僕でよければ事情を説明することもできるけど」
「いえ、大丈夫です」吉崎憂は涙を拭って言った。「親の許可なんてもういらないです」
吉崎憂がどうやったのか僕は知らないが(親のサインをまねたのだろうか?)、一週間後にはちゃんとパスポートを手に入れていた。僕たちは(吉崎憂が言うに)休戦協定を結び、有の安全第一に行動することを約束した。有に会って、それから僕たちはどうするのだろう。あの地下室のある家で共同生活を始めるのだろうか? 地下室とリビングを除くと部屋は二つしかなかったような気がする。有と吉崎憂は同じ部屋を使うのだろうか。それとも僕があの地下室を? いや、新しく家を探したほうがいいだろう。地下室のない家で、窓からは庭かフィレンツェの街並みが一望できるような、もちろんオーブン付きの家を。そこで僕たちは不思議な三角形を保ちながら生活する。……いったいどんな生活になるのだろう?
フィレンツェに着いたらまず叔父からのメールを確認しようと思う。僕は家を出るときに置き手紙を残してきた。
――恥ずかしくて手紙でしかこんなこと言えませんが、僕は陽司叔父さんのことを本当の父親のように思っています。色々ありがとう。叔父さんの健康と幸せを願っています。それでは、行ってきます。
その返事がきっと届いているだろう。叔父の手術は無事に成功した。予後も問題なく、叔父と今日子さんは夫婦になった。僕には弟ができた。小型のタンクローリーみたいに太っちょで照れ屋な弟だ。ハンカチをあげると、刺繍された名前を指さして無邪気な笑顔を見せてくれた。
窓の外を見ていると、十八歳の自分が飛行機に乗っていたときのことを思いだした。あのときも今と同じように窓の外は雲に包まれていた。僕の中にあった石は今では消えてなくなっていたけれど、僕はその石があった場所に熱を持った柔らかい塊を新たに感じた。僕は男を殺したことと向き合わなければいけない。男の背中を押したのは、僕の手なのだ。熱を持ったその柔らかい塊は、男を殺したことと向き合う恐怖なのだろうか? 僕はたぶんその塊が熱を失う前に何かしなくてはいけないのだろう。でも何をすればいい? 警察に行き、自分がやったことを告白する? 刑が執行されて何年か刑務所に入るのだろうか? わからない。そもそも法に従うことが償いになるのだろうか? 有はどうなる? 償いよりも彼女と一緒にいることのほうが大事だと思ったのは、ただ単に刑務所に入りたくなかったからなのだろうか? いつのまにか息をとめていたことに僕は気がつき、長く息を吐きだした。一人で考える必要はないのだ、と僕は思う。一緒に考えよう。有と一緒に。それからでも遅くはないだろう。
吉崎憂が目を覚まし、イタリア語の教科書を開いて熱心に勉強を始めた。細かい印刷文字が並び、さらに細かい吉崎憂の楔形文字が余白に書き込まれている。そのページの上部に比較的大きな文字で書かれたPOMPEIという語が僕の目に映り、ポンペイ遺跡の石膏像を思いだした。僕は目を閉じる。僕の中にある空白にもし石膏を流し込んだら、それはきっと母の姿をしているだろう。けれどその空白もいつかは消えてしまうのだろうか。癌があった場所を新しい肉が埋めるように? また僕は母のことを忘れてしまうのだろうか?
吉崎憂が僕の膝にそっと手を置いた。僕は思った。いや、そうはならない、と。空白があった場所には傷跡が残るだろう。そして僕はその傷跡に触れて、母がいたことを思いだすだろう――
僕はシートに体を預け、涙の流れるまま、淡い眠りがやってくるのを待った。眠りにつくまでのあいだ、吉崎憂はその手を離さないでいてくれた。
(終わり)