Episode155 従者の借城(後編)
しばらくすると監視眼は何かを捉えて、ノワールの持つ視枢球に映し出す。そこに見えたのではアルベロではなく、蛇のようにうねる一本の細い枝であった。
「何だ?」
と呟くと、突然その枝がこちらを向く。マズい!音を感知できるのか...!彼はそう考え、呼吸を少なく、心音を少なくする。
すると枝は監視眼の監視範囲外側へと戻っていた。
「行ったか...。」
ノワールをこれを見て小声で良い、個室の戸を開ける。だが、そこで
ガタン!ガタン!ガタン!
と入り口の扉を何者かが何度も叩いている。だが、視枢球を見てみると、そこに人の姿はなく、叩いているのは複雑に枝が絡まり槌であることが判明した。
「こ、これは...!」
ヤツはすぐ個室に戻り、これと同時に入り口の扉も砕け散った。だが、心肺機能を最低限に押さえても枝は感知をし続けているように見られる。枝に目はなく、正確な発生地点は押さえられないが、心臓の微笑な音にも奴は敏感なようである。
「だったら...!」
ここでノワールは隠れていおう意味はないと考えた。
「イグニス!」
ヤツは中から突如、現れて炎を浴びせる。その炎は細い枝を焼き尽くし、そしてエレベーターへと急いだ。今、この階に乗り場はなく爆発に巻き込まれることもない。それにあの裏は広く、逃げ回るのは容易である。
だが、そうしている内にアルベロは既にノワールの後ろを取っていた。
「まだ生きていたとは...!」
と言って剣を振り下ろすが、その前にヤツはかわす。さらに、「スクロペトゥム」の連撃を放ちながら後ろに下がりエレベーターの方へ入っていった。
アルベロは守り、見ながらその幹へ。
「10-F12~13に『自己破壊』を付与。合図とともに切り離せ。」
そう言うと、ノワールの真上の木が反応を示す。そして、ヤツはがまんまとそこに入れば、
「切り落とせ。」
と言う。実はこのビルのエレベーターは既に彼の大樹の支配下にあって、乗り場を支える部分に『自己破壊』を起こすことで落石攻撃のようなものが可能なのである。
故にヤツは20m超の自由落下を孕んだエレベーター乗り場に襲われるのである。だが、何か来るだろうと張っていたノワールはすぐに反応をすることが可能であった。ヤツは余裕の表情で背を地面に向け、
「バイデント!」
するとヤツの手元には二又の槍が現れ、その頭上に赤の魔法陣が現れた。ヤツはそこを通して落ちる乗り場を見据え、そこを通して槍を投げる。すると、魔法陣の魔力がそのまま槍に乗っかりそれを貫いた。中央には穴が空き、そこから亀裂が走る。その亀裂はすぐ全てに走って真っ二つ。見事、ヤツを避けてしたで砕け散った。それでも止まらなかった槍はここの天井も貫いていた。
そこからノワールは5階へ上がる。だが、そこへまたアルベロが現れる。ただし、今回は前方から。そして、ノワールははっきりそれを目にしたのである。彼が木から現れる瞬間を。ヤツの推測は正しかったようである。
そうして、再び対峙したノワールとアルベロ。
「ったく、それも森の加護で奴か...?飛んでもないな。」
とノワールが剣を構えて言うと、
「人の技をコピーするお前が何を言う?」
とアルベロも剣を構えてこちらから飛び出す。
ギィィィッッッン!
剣と剣とがつばぜり合う金属音。だが、このビルにいる限りはアルベロの方が手持ちは多い。近くの木に触れて、
「5-E12~20を刃に。」
も言う。すると、ノワールをアルベロの剣とは違う得物8つが襲い掛かかった。
「イグニス!」
とヤツはすぐに炎でこれを処理するが、その隙にアルベロは両手で押し出しエレベーターの方へと吹っ飛ばしてやった。
だが、その中、ノワールは再び、
「バイデント!」
と二又の槍を放つ。咄嗟にアルベロは木に手を付き、
「5-A~F全てを盾に!」
と言う。すると、木はどんどんと壁を生み出していく。槍はそれを貫きながらも、確実に速度は落ちて行き、アルベロは最後の壁で何とか防ぎきることができた。
その内にノワールは10階へと上り、気付いた彼もすぐに木か上へと向かった。
もちろん、最上階である10階にも木は張り巡らせれている。しかも、木の頂点にあたるここには毒粉を放てる花が大量にあり、一番危険な場所なのである。そのことを知らないノワールはただ外へアルベロを叩き落とすことだけを考えていた。彼が力を使うには木に触れる必要があり、木に触れられない外へ出されてはどうにもできないだろう、との推測からである。
「わざわざ、自分からこんな所を選ぶとは思わなかったよ。」
木から現れてすぐにアルベロは言う。ノワールは彼を睨み付け、
「どういうことだ?」
と言うと、彼は
「何か考えがあってここに来たのだろうがそれは誤算だったということだ。全巨花に開花を命ず。」
と言って早速、その毒粉の攻撃に出る。
シュゥゥゥゥゥ...!シュゥ...!シュゥゥゥ!
突如、あちらこちらから何か噴射される音が響き渡り、間もなくビルの中は緑の粉に包まれる。
「ぐぁっ!」
それを吸ったノワールは血を吐き、悶え苦しみ、地面に倒れこむ。そこへアルベロはよっていき、
「どうだ、巨花・フロースモルスの毒は?回りが早いだろう?」
「き、貴様っ...!毒殺とはっ...それが聖なる森の従者のやることかっ...ぐぁぁぁっっっ!」
「何とでも言うがいい。元よりこんな陰険な真似は好まないのだが、悪を討つべくして泥を被るというのもまた良いではないか?」
とヤツと言葉を交わす。だが、ヤツの目にはまだ抵抗の意思が見え見えていた。
「バイ...デント!」
言うと二又の刃は放たれ、それは後ろの窓を撃ち砕いた。
「どこを狙...いやっ!あの毒を食らってそこまで出きるか!」
一瞬アルベロはノワールが何をしたいのか分からなかったが、少し考えその意味を知る。しばらくすると毒粉は外へ流れて薄まり、しかも、ヤツはアルベロを引き離して立ち上がっていた。
「毒が薄ければいくらでも解けるし、この程度であればもう効かん。」
そんなヤツは飛び出して剣を振る。
この時、彼がしたのは換気である。一方はエレベーター破壊の副産物として生まれた天井の穴、一方は先程作った窓の穴。エレベーターの扉は壊されており、この道は風の通り道となっているのである。この毒は軽く微細な粉であれば、それが毒を薄めることになるとは容易に想像できるだろう。
そこから、ノワールの畳み掛けが始まった。
ギン!ギィィィッッッン!ゴギィィィッッッ!
と剣と剣とが打ち合い、アルベロは力負けして徐々に押されれていく。これ程の連撃では力を使う暇もない。だが、彼は防ぎながら
「大樹の鎧よ。」
と全身を木の鎧で覆う。ノワールは未だ打ち続け、
ギンッ!ギンッ!ガギィッン!ギギンッ!
と連なる音を聞きつつ、
「無駄だ!その鎧では落下の衝撃は消しきれん!」
と言い、ついに端まで追い詰める。大樹の鎧の力もあってここで何とか踏みとどまるが、徐々に、徐々に押されている。ヤツの連撃は力任せではあるが的確。
そこで鎧の手を木と繋ぎ、策に出る。なんと、
「9-ALL、10-ALLに脂を抽出、さらに前者に『炎上』を付与!即ち、階層9を爆砕せよ。」
と言ったのである。
そして、その命はすぐに実行される。
ドガドガドガァァァァッッッン!
という音がしたかと思うと10階が揺れ動く。
「貴様、血迷ったか!」
とノワールは叫び、その揺り戻しを利用してアルベロを押し出そうとした。だが、あろうことか彼はこれを受け入れ自ら落ちたのである。もちろん、先程繋いだ手も切り落とされ、そのお陰で余った力で自分も外に放り出されてしまう。
「だが、俺には...!」
すると、すぐにノワールは翼を広げて飛ぼうとする。しかし、それを彼の足に知らぬ間に絡まった木が阻む。
これに手こずるヤツを見ながら落ちるアルベロは剣を伸ばして5階の木へ突き刺し、
「10-A全てで敵を包め。」
と言う。これに応じて木はヤツを包み込み、身動きを封じてしまう。
「待て...!」
ノワールの目には自分の体をピッタリ包み込む木が見え、しかも大量の脂の塊に囲まれているのが分かっている。遠くから聞こえる、
ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!
との音は自らにいずれ振りかかる運命を物語っている。
「スクロペトゥム」を使うと脂が爆発してしまうし、剣でどれ程切ってもキリがない。もはや、ヤツに打つ手など1つもなく最後に残ったのは死への恐怖と絶望である。
「待て待て待て待て待てっ...ぐぁぁぁぁぁっっっ!」
その恐怖と絶望のまま、いよいよヤツを包む脂も火が灯り、刹那の内に轟音と断末魔が響き渡った。
これを聞きながらアルベロは鎧の木を網に改造。地面に激突する前には何とかビルとビルに取り付け、助かることができたのであった。
こうして、アルベロとノワールの戦いはアルベロ勝利の形で幕を閉じたのであった。