Episode110 ユンケル再来
その頃、僕たちはエンジンの爆破した車を囲んでいた。
「やっぱり、あの爆破でほとんどの部品が粉々になッちゃってるわね。」
マリアは言いつつ、ダメになったエンジンを眺める。
「そうか...なら『フィックス』では無理だな。と言うか、構造も知らないから根本的なところからダメだ。」
流石の僕もこれはお手上げだ。膨大な魔力を持ったところで、また強大な半神を宿したところで、無知の領域に干渉することはできない。ましてや、構造が分かってこそ発揮できる「フィックス」など無力である。
「ってことは馬車でも雇うしかないんじゃ...。」
「そんなもの雇えるわけないだろ。こっちに来ていたとしてシャインズの騎士団や魔導師団だけだ。」
「それもそうよね...。」
「リドナーさん、その...『モールディング』で壊れた部品を補うってのは?」
「いや、無理だ。構造をマリアから教わるとして材料がない。」
マリアの提案をバーロンが拒否し、テーラが納得し、ニコラスの提案を僕が拒否する。周囲に鉄などの金属があれば別なのだが「サーチング」で探しても見つからないのである。
と、そこへ1人の男が迷いこんできた。
ガサガサガサ...
茂みから音がし、また何かとてつもない気配も感じて、僕は剣を抜きすぐに戦闘体勢に入る。後ろの4人も次いで戦闘体勢に入る。
だが、現れたのは初めて会った気のしない男であった。さっきのとてつもない気配も何故か判明した。彼にシルバさんと同じものを感じる。おそらく、俺や彼と同じ神宿しなのだろう。
「またお会いしましたね、確かリドナーさんと言いましたか。僕はユンケルですよ。」
男はそう言って手を差し伸べてくるが、会ったことがある気がするというだけである。だがまぁ、礼儀は礼儀。悪い感じもしないし、こちらも手を差し伸べた。
そのユンケルとやらが僕の手を握ると
「二度もお会いするなんて本当に特別な縁があるようですね...。」
とニヤリ。
「...?」
今の不適な笑みは何だろう?と僕が小首を傾げた瞬間。僕の目に
青空が映っていた。そして、
ドンッ!
背が地面に付く。見上げると、こちらを見下すユンケルの悪い顔があった。彼はまだニヤリと笑っている。しかも、その後ろに先程まではなかった凄まじい邪気を感じた。
ズドドドドド...
「シャイニングブレード!」
「おらぁっ!らぁっ!」
刹那、銃声と詠唱と怒号が真上を交う。ユンケルは掴んだまま手を一度離して、全てかわしつつ下がっていった。その隙に僕は立ち上がる。
「フフフ...フハハハハハ...!」
ユンケルは高笑いを浮かべ天に手をかざす。彼の周りを黒い霧が巻き上がり、やがて一条の闇となって狼煙をあげた。僕は嫌な予感がして、
「皆、僕の後ろへ隠れろ!」
と4人に言う。彼らも同じく危険を感じてすぐに後ろへ隠れた。さらに
「ダイヤモンドプロテクション!」
超硬質の障壁を前方に収束してさらに硬度を高める。さらに魔力を込める。その頃にはすでに地球上のいかなる物質を以てしても、いかなる兵器を以てしても無傷に間違いなしという所まで来ていた。ただし、相手が神宿しであれば保証はない。だが、やるしかない。
「フッフッフッ...さぁ、準備は整った。神の右腕よ、我が手に移れ。二元接合っ!」
ユンケルが高笑いを終えて言うと、島の北西の方に巨大な柱が立った。その柱は放物線を描くように曲がり、隼が降下するように高速で彼を目掛ける。
ドッゴォォォォォッッッッッ!
柱が落ちた衝撃は他のいかなる凶虫、巨龍、巨人が変化するのよりも強い。凄まじい暴風を吹き荒らして大木を凪ぎ飛ばし、大量の砂を払いのけ、障壁を避けて吹いた強風はいとも簡単に後ろの車を吹っ飛ばし、また地面を無理矢理抉った。
結果、俺たちを取り囲むように陥没地帯が生まれる。見た感じ、俺があの洞窟前で放った「ニュークドシャイニングインパクト」よりも酷い惨状である。
「な、何なのよ...これは....。」
「この辺りの地面が丸ごと持ってかれてるわね。」
「生きているのが不思議なぐらいだ。まぁ、それは多分リドナーの盾のお陰だが。」
マーリン、テーラ、バーロンはこの惨状に驚きと恐怖を覚えながらも言葉を発する。だが、ニコラスとフレイアは言葉を失ってしまった。流石の僕も上手く声が出せない。
「フハハハ...!我が名はユンケル、原初の神ドュンケルの半身であるっ!」
ユンケルはそう言い、いつのまにか神の黒き腕に変異した右を見せつけた。その腕はあの日、ニュースで見た邪神の腕そのもので吐き気を催すほどの濃い邪気を纏っていた。
人類はこんな化物を相手にしていたのかと改めて実感した。そう、そんなことは初めから分かりきっていたことだ。敵は最強最悪の邪神、下級である五島の守り神に敵うはずもなく、半神であるヘーミテオスにも敵うはずがない。つまりは神宿しを以てしても敵わない。正直、僕はこのまま世界が奴らに支配されるとさえ思っていた。